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第十二話  知られてはいけない力

 休憩を挟みつつ一時間ほど森の中を歩いて行くと、木々が伐採され綺麗に整地された場所へと辿り着いた。

 ラウラの話によると、ここは若い頃に魔術の練習をする為に何度も訪れていた場所らしい。


「ここならどんな魔術を使用しても誰にも迷惑は掛かりませんし、森の奥には壊れる物は何もありませんので、そちらに向かってなら安心して強力な魔術を使う事も出来ますよ」


 ラウラはまずイリーナが試したと言う水の魔術を使ってみせるよう指示を出した。

 イリーナは言われた通り、言葉の魔術、文字の魔術、手指の魔術の順で使って見せる。

 百聞は一見に如かずとは正にこの事だろう。

 ラウラは決してイリーナ達の言葉を疑っていた訳ではないが、想像を遥かに超えた現象を目の当たりにし、暫くは呆然とその様子を眺める事しか出来なかった。


「イリーナちゃん凄い凄い凄い!」

「た、確かにこれは凄いですね……」


 アリフィアは驚きつつも素直にイリーナの力を称賛している。

 ラウラは悩みを解決する為にはイリーナの持つ魔力の全てを正確に知る必要があると考え、冷静に次の指示を出した。


「イリーナさんは私が獣を退治した時に使った攻撃魔術を思い描く事が出来ていたようですし、今度はその魔術を試して森の木を切ってみましょうか」

「え? さっきのラウラ先生の魔術をですか?」

「頭の中に、やいばの材料は何なのか、どこにあるのか、どんな形にするのか、どうやって相手を切るのか……それを思い浮かべて声に出してみてください」

「わ、分かりました……」

「それと、思い浮かべる時は森の木を全部切り倒すつもりで考えてくださいね」

「そ、そんな事したら森が……」


 イリーナは本当に森の木が全て無くなってしまったら……そんな情景が頭に浮かんでしまい躊躇した。


「心配しなくても大丈夫ですよ、森の木を全部切り倒すイメージで魔術を使っても自分の魔力の限界値以上の魔術は発動しませんから、例えば私の場合でしたら森中の木を切り倒すイメージで魔術を放っても、ここに生えてる太さの木なら三本くらいしか倒せませんからね」

「そうなんですか?」

「はい、その系統の魔力が強ければ数本の木が切り倒されるかもしれませんけど、魔力が弱ければ木の表面を傷つける事しか出来ません……だからこれはイリーナさんの風と土の魔力上限を知る目的も含まれてるんですよ」


 ラウラは自分の魔力はどの系統の魔術に適しているのかを知るのはとても大切な事だと説明する。

 どの系統にどれくらいの魔力を込める事が出来るかを正確に把握していれば、普段使う日常魔術でも力加減が容易になり、問題が起こる危険性も減るのだと言う。

 指示の目的を理解したイリーナは木を切り倒す為のイメージを思い描いてみた。


(前世の小学校でも磁石を使って集めたりしたもの、きっとこの世界でも土や砂の中には砂鉄が含まれてる筈よ……それを集めて薄い刃の形にして、突風に乗せて凄い勢いで木に当てたらスパっと切れるわよね?)


 イリーナは思い描いた情景を言葉に変えて唱えてみた。


「大地に潜んでいる砂鉄よ、薄い刃に姿を変え、風の威力を帯びて大木を切り倒せ」


 すると詠唱を終えると同時に一陣の風が前方に向かって吹き付け、森にある木が一本切り倒された。


「やっぱりイリーナさんは凄いですね! 私も教会で長年魔術を教えていますけど、攻撃魔術を初めて使って成功させた生徒は他に居ませんでしたよ!」


 ラウラは目を輝かせ、興奮したようにイリーナに詰め寄ってくる。


「じゃあ次は同じ攻撃を文字の魔術で使ってみましょうか」

「あの……それなんですけど、今の魔術に相応しい文字が思いつきません……」


 漢字を知らないラウラには思い付かないと言う理由が分からなかったが、確かに『砂鉄を集め、飛ばして切る』と言った意味を象形文字の漢字で表現するのは難しいかもしれない。


「どうして文字魔術が使えないのか私には分かりませんけど、手指の魔術は使えそうなんですか?」

「はい、それは大丈夫です」

「そうですか……でも先ほどからずっと考えてるんですけど、イリーナさんはいつ、どこでその文字や手指の動きを覚えたんですか? 私はどちらも初めて見ますし、古文書に書かれていた文字とも違うように思えますし」

「それは……」


 自分には日本の女子高生だった頃の記憶があると話しても信じてもらえないだろう。

 イリーナは何とか誤魔化す言い訳はないかと考えた。


「実はラウラ先生から魔王様が使った魔術のお話を聞いた夜に、凄く怖い夢を見たんです」 

「夢ですか?」

「はい……夢の中の私は今とは全然違う姿で、なぜか文字の魔術や手指の魔術を使って悪者と戦ってるんです……その時に見た文字と手の動きをなぜか目を覚ました後も忘れられなくて……」

「ん~……不思議な事もあるものですね」

「それで、その日の朝に有り得ない夢だと思いながらも、覚えていた魔術を試してみたら……」

「そうだったんですか……怖い思いをしたんですね」


 夢と言う事にしておけば変な詮索はされないだろうとイリーナは考えていた。

 ラウラはイリーナが怖い経験で落ち込んでいるのだと思い、傍に寄り添い頭を撫でていた。


「今は私が付いていますから大丈夫ですよ」

「はい」


 ラウラはイリーナを隣で支えながら、手指の魔術を使うように指示をする。

 イリーナは先ほど声に出した言葉をそのまま手話にして唱えてみせた。


【大地に潜んでいる砂鉄よ、薄い刃に姿を変え、風の威力を帯びて大木を切り倒せ】


 次の瞬間、三人の目の前に信じられない光景が広がった。

 黒い影を帯びた風が森に向かって吹き荒れたかと思うと、そこにあった木々は次々と切り刻まれて姿を消していった。

 しかもその切り口は強引に引きちぎられたり折られたりと言った状態ではなく、腕の良い大工が木を切った後に表面をかんなで削ったかのように滑らかなものだった。


 森の木は一目見ただけでは数えられないくらいの数が切り刻まれている。

 目の前に突然現れた広大な空間と、そこに散りばめられている木片……もしこれを人族の軍隊に向けて放っていたらと考えるだけでも恐ろしい。

 想像を遥かに超える威力に三人は言葉を失っていた。

 何種類もの魔術が使え、それを子供達に教える立場のラウラでさえ言葉を失ってしまう威力に、イリーナは自分がこの世界に存在する危険性を突き付けられたような気がした。


「古文書に書かれていたので手指の魔術の威力は理解しているつもりでしたが、実際に見てみると想像以上なんですね」

「ラウラ先生……私はどうなってしまうんですか? こんな力を持った者がこの街に居ても大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫に決まってるでしょ! もしイリーナちゃんが居なくなるなら私も一緒に行く!」


 必死に訴えるアリフィアを落ち着かせるように、ラウラは優しく答えた。


「大丈夫ですよ、イリーナさんのこの力はきっと魔王様がお与えくださったものなのだと思います、先ほど話していた不思議な夢も、魔王様が見せてくださったに違いありません」

「でも……」


 それでも困惑しているイリーナに、ラウラは更に話を続けた。


「強大な力と言うのは決して力そのものが悪い訳ではありませんよ、大きな力が周りの者に脅威を与え悪だと断罪されるのは、それを扱う者の心がけがれているからなんです……魔王様のように多くの魔物を慈しむ優しい心の持ち主が使われたなら、その力はきっと癒しを与える素晴らしいものになる筈なんですから」


 ラウラは震えるイリーナを優しく抱きしめながら話した。


「ただ、それでも文字の魔術と手指の魔術は極力使わない方がいいかもしれませんね……」


 ラウラの表情が先ほどに比べ若干厳しくなったような気がする。


「私や司祭様は全力でイリーナさんを守りますけど、どこに心無い者の目があるか分かりませんから……特に今でも人族との戦いをしている中央都市に知られてしまうような事は絶対に避けなければなりませんからね」

「私はこれからどうしたらいいんですか? どうすればアリフィアちゃんと一緒に居られるんですか?」


 イリーナが不安そうな表情で尋ねる。


「特に変わった事をする必要はありませんよ、先ほど見せてもらったお水の魔術や攻撃の魔術も、確かに手指の魔術だと凄い威力を出しましたけど、言葉の魔術では規格外だと思えるような威力はありませんでしたから」

「そう……なんですか?」

「はい、あの魔力の大きさでしたら優秀な生徒の範疇で済みますから、今まで通りお友達みんなと魔術や算術のお勉強をしていれば大丈夫ですよ……ただ、お父様が『俺の娘は天才だ~!』って街中を走り回ったり、何かある度に教会に嘆願しに来るのは止めた方がいいかもしれませんね、あの行動は必要以上に目立ってしまいますから」

「うん、イリーナちゃんのパパ凄いもんね」

「うう……恥ずかしい……」


 二人に揶揄からかわれ、イリーナは両手で顔を覆ってしまった。

 しかし笑いながら冗談交じりに話すラウラおかげで、イリーナは少しだけ穏やかな気持ちを取り戻す事が出来た。


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