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海の娘と砂漠の男と猫の旅  作者: 守雨


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19  バラの香り     

ジーン目線です

 受付のハルは大喜びで納入時契約を了承してくれた。

 どちらの魚も料理店からの依頼だそうで、縞黒鯛は時期的に湖の深い位置に引っ込んでいて確保に苦労していたらしい。


「冒険者ランクはお二人ともDですね。はい、契約完了としました。それにしてもよく獲れましたね」

「泳ぎが得意なんです」


 そう答えるイーファは嬉しそうだ。この町は私に向いてるかもしれない、と思う。

 縞黒鯛はニ匹で小銀貨六枚、ヌメリウオは小銀貨三枚。合計で小銀貨九枚。思わぬ収入になった。受付のハルさんには「縞黒鯛とヌメリウオは常時依頼なので毎日でも欲しい」と言われた。


 宿をどれにするかで意見が割れた。ジーンは料理自慢の『銅鍋亭』が気になるが、イーファは風呂無料の『白猫亭』に泊まりたい。

 コインを投げて決めた。今夜は白猫亭だ。「明日は銅鍋亭にしよう」とジーンが言うと「うん」とイーファが笑う。値段はどちらもほぼ同じだ。


 白猫亭はなんと猫の同伴が許された。宿の主人一家が大の猫好きなんだそうだ。イーファは大喜びでチルダを部屋に連れ込んで「チルダァ、今夜は一緒だよぉ!」とチルダを抱きしめてイチャイチャしている。


 チルダは抱きしめられたりキスされたりするたびに迷惑そうで逃げ出したそうだが、ジーンは余計なことは言わないでおいた。

(すまん、チルダ。イーファのために耐えてくれ)と頼む。


 イーファに解放されたあとチルダは手の届かないベッドの下でせっせと毛繕いして「おいでよぉ、ここは一緒に寝てもいいんだってよぉ」と声をかけられても出てこない。


 白猫亭は風呂が売りなだけあって、女風呂はバラの花びらの浮くバラ風呂、男湯は柑橘風呂だそうだ。

 普段は大きな木桶に湯を貰ってざっくり身体を清めるだけなので、イーファは「貴族みたい!」と喜んで長風呂して戻ってきた。


「そうか。風呂はそんなに嬉しいのか。この宿にして良かった。明日以降もここに泊まろう。銅鍋亭じゃなくていい」


 微笑ましい笑顔を見てそう言うと、イーファが「うれしい!」と言ってまた笑った。

 風呂上がりのイーファは全身がほんのり上気して、長い髪は銀の糸のようにキラキラ輝いている。淡くバラの香りも漂って、ジーンの脳内に、『目の毒』という言葉が頭に浮かぶ。


 ジーンが入れ替わりに風呂に向かった。慣れない部屋にチルダを置いて出るのはためらわれて、交代で入ることにしていたのだ。

 男湯は大小の柑橘類がぷかぷか浮いていてよく温まる。そして実に香りの良い風呂だった。


 部屋に戻りドアを開けると(いや、これはどうする?)と思うくらい部屋の中がバラの香りと甘いイーファの香りで(俺が悪かった! 同室はちょっと厳しい!)と謝りたくなる。

(いや、俺、何言ってる?)


 困惑しているジーンに比べ、スッキリした顔でチルダと遊んでいるイーファは十六歳の成人と言うには雰囲気が少女だ。ジーンが部屋に戻ると近寄ってくる。顔をジーンの胸に近づけてクンクン嗅いでは「わー! 爽やかな香りー!」と笑ってる。


 俺の匂いを嗅ぐな!

 嗅ぐときに俺の顔の前に頭を突き出すな!

 髪が良い香りで雑念が湧くわ!

 こっちは三十歳なんて中途半端な年齢だぞ!


 そう心で慌てつつ「はいはい、そこまで」とイーファの頭をグイと、押しやった。


 追放される前、ジーンは毎日毎日戦争のことばかり考え、くる日もくる日もいかに敵兵を倒すか、飾らずに言えばいかに効率よく敵を殺すかを考えていた。


 誰が情報を敵に流しているのかを知ったあの日からイーファに出会うまで、何をして何を食べてどうやって一日を過ごしたか記憶が曖昧で思い出せない。

 今は一日のほとんどを笑って過ごしている。


 兄上は体調を崩してはいないかと考える日もあるが、第一王子も十二歳だ。三年もすれば兄上や宰相たちと力を合わせて立派にあの国を導いていける年だ。


「俺がいないと国が回らん」と思い込んでたのは、ジーンの勘違い、思い込みだったと気づく。


(あの国は俺がいなくなっても何事もなく回っている。「俺がやらねば」と目を吊り上げて寝る間も惜しんでピリピリしていた日々は俺の勘違いだった)


 俺にもっと心のゆとりがあったら。

 周りをちゃんと見ていたら。

 近しい人の苦悩に気付いていたら…。


「ジーン! ジーン!」


 肩口を優しく叩かれて目を開けた。

 顔の真上にイーファの心配そうな顔がある。


「お、おう、どうした?」

「つらい夢を見てたのね」

「え?」


 イーファが気遣わしげな顔をしている。そっと指でジーンの目尻を拭った。


「あんまり静かに涙を流すから、我慢できなくて起こしちゃった」

「ああ……眠っていたのか」

「起こさない方がよかったかな」

「いや、いいんだ。ありがとう」


 イーファが母親みたいな表情になった。


「疲れちゃったのね。若くないものね」

「年寄り扱いはやめろ」


 イーファが可愛くて抱きしめたくなり、腕をベッドから持ち上げている途中だったが、苦笑しながらそのまま腕を下ろした。



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