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第93話 潜む黒竜と初めての空戦

 火竜の(ねぐら)である洞窟では、シュラ老と弟子ふたり、そして準備を整えたバニングが待っていた。


「おお、スフィアお嬢様……まこと、勇ましい姿ですな。ロロとスーラも見とれておりますわい」

「そ、そんなこと……お父さんが用意してくれた服が、素敵なだけです」


 そういうことを素直に言ってしまうので、俺としては照れることこの上ない。シュラ老は白い髭を触りながら笑っていた。


 ――しかしどうも、最近ロロとスーラの視線が熱い気がする。少年のロロにとってもスフィアはどうやら美少女に感じるらしく、スーラも憧れの視線で見ているのだ。


「二人共、お仕事頑張ってね。私はお父さんと一緒に、少しお散歩に行ってきます」

「は、はいっ……有り難きお言葉です、お嬢様!」

「おじいちゃんの言うことを聞いて、あたしたち頑張ります!」


 スフィアは下手をすれば、俺より人心掌握に長けているのではないだろうか。娘が尊敬されるというのは、俺としても自分のことのように嬉しい。


 バニングもグルル、と喉を鳴らすが、スフィアに対しては威厳があるというより、どうも甘えているような声を出す。火竜一家の大黒柱も、スフィアの前では骨抜きだ。


「ほっほっ、母竜が焼き餅を妬いてしまいますな。今は子竜と共に、食事に出ておりますが」

「みんなにもよろしく伝えてください。お父さん、バニングさんに乗るね……やぁっ!」


 本来なら竜の身体をよじ登るようにして乗らなければならないが、アイリーン、コーディの力を引き継ぐスフィアは運動神経も舌を巻くほどに優れている。地面を蹴って跳躍すると、軽々とバニングの背中より上まで到達し、宙返りしながら背中の上に立つ。


「すごーい!」

「さすがスフィアお嬢様!」


 俺が竜に乗ったときよりも、同年代の見た目をしているスフィアの方が反応がいい。スフィアは照れ照れと、師匠にしてもらった細い三つ編みを触りつつ、彼女専用の鞍に跨る。


「行こう、バニングさん!」


 シュラ老たちが物陰に隠れると、バニングが翼を広げ、力強く羽ばたく。洞窟の中をゆっくり浮上し、天井の穴から一気に空へと飛び出す――眩しさに目がくらみ、スフィアは手をかざして日光を遮る。


 明るさに目が慣れ、真っ青な空が視界に入ると、ゾクリとするような感覚を味わう。スフィアもそれは同じようで、自分の身体を抱くようにしていた。


(大丈夫か、高度が上がっても寒くないか?)


「うん、大丈夫。この騎竜服を着てると、温かさが逃げないから。ちょっと暑いけど」


 そう言って無造作に襟をゆるめて、前を開けようとする。娘なので俺は気にしないが、他に誰かいたら見せられない格好だ。


「ミラルカお母さんも、人前ではしっかり着てなきゃだめって言ってた。お父さんと、そういうところは一緒だね」


(そうか……まあ、あいつも真面目だからな)


「お父さん、照れてる。お父さんのそういうところ、お母さんたちも可愛いって」


(っ……あ、あまり親をからかうもんじゃないぞ)


 バニングは紅蓮の翼をはためかせ、さらに加速していく――スフィアはバニングが加速すると気流障壁(ウィンドスクリーン)という魔法で風を遮断し、髪が乱れることもない。ここまでは無音詠唱でもできるようになった。


 八割ほどの速度で飛ぶだけでも、王都は遥か南の彼方に消えて見えなくなる。王国が所有している転移魔法陣のうち、一つが北部渓谷近くの村にあるので、国王を始めとした観衆は前日に移動し、村で歓待を受けたあと、観戦所に移動することになっている。


「お父さんは、ヴェルレーヌお母さんの弟さんに勝ったら、お母さんと結婚するの?」


(け、結婚か……そこまでは考えてなかったな。いや、お母さんのことが嫌いというわけじゃないんだぞ)


「お母さんは七人いるんだから、お父さんはみんなと結婚しなきゃだめだよ?」


(……そ、それはお父さんとしても、お母さんたち一人ひとりと、ゆっくり話さなくてはいけない問題だな。そもそも結婚の対象に俺を考えていない可能性も否めない)


「……お父さん、それをお母さんたちの前で言ったら、一日口聞いてあげないから」


(ちょっ……ま、待ってくれ、分かった。最大限、前向きに善処していく)


「ふふっ……いいよ、慌てなくても。お父さんとお母さんが、今がいいなと思ったときじゃなきゃ、心が通じ合わないと思う」


 もう師匠と同じような精神年齢になってきているような――と、娘に翻弄されながら思う。世の父親も、こんなふうに娘に振り回されているのだろうか。


「……あっ。い、今のはお母さんたちの受け売りで……私はそれを言ってみただけなの」


(どのお母さんだ……まあ、シェリーかな)


「すごーい! お父さん、どうして分かるの?」


 シェリーは恋愛小説が好きで、ロマンチストなところもあるとカスミさんが言っていたことがある。女性ギルドマスター同士には横の交流があり、時折交流会を開いているそうだ。赤の双子亭、藍の乙女亭の他に、水色の魚亭、金の天秤亭は代替わりもあって、現在は女性がマスターとなっている。もう一人、白の山羊亭のマスターがいるが、彼女は謹慎中だ。


 紫の蠍亭、緑の巨蟹亭、青の射手亭はマスター不在で活動停止しており、黒の獅子亭、橙の牡羊亭、黄の牡牛亭、そして俺たちの銀の水瓶亭ですべてだ。師匠がマスターをしていた零番目のギルド『無色の蛇使い亭』は欠番となっている。


「リムお母さんは、お父さんと同じお仕事してたんだ……」


(冒険者ギルドを創始した、偉大な人物だからな。最近になって、王都に混乱を招くこともしたが……それは、俺が原因でもある)


「……お母さんと一緒に、私も獣人の人達に謝らなきゃ」


(スフィアは気にすることはない。師匠はそんなことを言ったら、逆に辛くなるだろう。どれだけ責められても、俺と師匠で謝罪しないとな)


「うぅ~……分かった。お父さんがそういうなら、私は我慢する。でも、つらいことがあったら言って。私でもお話は聞けるから」


 本当に優しいなと思っても、今は頭を撫でてやることもできない。早く元の身体に戻らなければ――自分の身体でしなければならないことを、あまりにも保留しすぎている。


「……あれ? お父さん、ずっと向こうの方に、何か見える……」


 北部渓谷の上空に差し掛かろうというところで、エルセイン側から国境を超えてくる、黒い姿――あれは、黒竜だ。


「あの黒い竜、何かから逃げてる……あっ……!」


 黒竜の後ろから走った雷撃が、騎乗者に当たった――騎乗者は気を失ったらしく、全く動かなくなる。


 このままでは、黒竜がよほど訓練されていなければ、混乱して騎乗者を落としてしまう。どうやら、穏便に下見を済ませるわけにはいかないようだ。


(スフィア、光視(ライトビジョン)はできそうか?)


「えっと……うん、難しいけどできそう。やってみるね……光視(ライトビジョン)!」


 『光視』はその名の通り、光剣を操るコーディの得意な魔法である。光が届く範囲まで見通せるようになり、敵が魔法を使って潜んでいても光が遮られることにより、存在を感知することができる。


 そして見えたのは――黒竜。『隠密ハイディング』の魔法で自分だけでなく竜までも覆って気配を消していたのだ。


(黒竜同士が争ってる……? それに乗ってるやつの着てる鎧、あれは近衛騎士の……)


「お父さんっ、気を失ってる人が落ちちゃう! 助けなきゃ!」


(よし……スフィア、バニングに命令を! 誘導閃(ホーミングカノン)で、隠れている黒竜を牽制する!)


「うんっ! バニングさん、お願いっ……!」


「――グォォォァァァァッ!!!」


 久しぶりに聞く、大気を鳴動させるような咆哮――紅蓮の火竜の翼が輝き、そのエネルギーが収束して翼爪の先に光球が生じ、光線がいくつも同時に撃ち出される。


 その狙いは甘く、黒竜の騎乗者は軸をずらすだけで簡単に回避できると考え、黒竜は翼をはためかせて光線から逃げる――だが、誘導閃の『誘導』たるゆえんは、騎乗者であるスフィアが火精霊の力を借りて、熱量の収束したものである光線を操ることにより、敵の移動に反応して鋭敏に軌道を修正できるという部分にある。


「くっ……!!」


 光視ライトビジョンの効果で、まだ豆粒のように小さい敵の姿がはっきりと見える。逃げた先まで光線が追いかけてきたことで、敵はたまらず隠密を解き、防御魔法を使って光線を弾く――全身鎧に鉄仮面(フルフェイス)という姿のせいで顔は見えないが、その声は女性のものだった。


 そしてよくよく見てみれば、追われていた黒竜に乗っていたのはイリーナ――近衛騎士の一人で、俺に突っかかってきた彼女だ。


「同じ仲間の竜同士でケンカするなんてだめ! お父さん、そうだよね!」


(それもそうだが、もう一発牽制するぞ! その間に、落ちかけてるイリーナを助ける!)


「うんっ! バニングさん、いくよ! 私と力をあわせて……あっ、危ないっ……!」


 向こうが俺たちの存在に気づき、遠距離でも届く魔法で攻撃してくる――これは、王都では使うものがほとんどいない暗黒魔法の一つ、闇霊弾ダークスピリットだ。


 付近の死霊を呼び寄せ、闇の魔力を纏わせて敵を追尾させる魔法。空中でも使えるということは、常に死霊を引き寄せている――死霊術士ネクロマンサーか、召喚に長けている召喚術士ということになる。


(召喚……いや、まさか……)


「お父さん、どっちにする!? 弾く、それともよける!?」


(――弾きながら避けるぞ!)


「うん、わかった! お父さん、剣を使うね!」


 騎竜服と同様に、スフィア専用の剣として新調した半月剣シミター。彼女自身の希望で刃が丸められているが、魔法で強化すれば武器として使える。


「お父さんから受け継いだ、直伝の技……いきまーすっ!」


 ――魔力剣(スピリットブレード)邪魂浄滅(イクソシズム)――


 ユマとの合体技であるこの技も、スフィアは一人で使うことができる。威力こそ六割から七割だが、闇霊弾を弾くには十分だった。


「やぁぁっ!」


 次々と飛んでくる闇霊弾を、スフィアは浄化の力を宿した剣で弾き、消し去っていく。我が娘ながら勇ましい――そして、戦う姿すら愛らしかった。


「お、お父さんったら……そういうことは、後で言ってほしいな」


(――スフィア、さらに来るぞ!)


 闇霊弾がさらにいくつも発生し、不規則にずれたタイミングでバニングを狙ってくる。だがスフィアは落ち着いていて、俺が指示した通り、次の対応を実行に移した。


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