第91話 メイド店長と女執事
スフィアの手でうさ耳をモフモフされ尽くしたサクヤさんは、テーブルに伏したままで息を整えている。肌は紅潮し、彼女にとって耳が弱点であること、少女の姿のスフィアに触られても弱いことが分かった。
(俺もスフィアの中にいるから、触り尽くした気分だが……少し申し訳ないな)
(お父さんったらそんなに喜んで、可愛いんだから)
喜んでいるというか、こういう感触なのかという好奇心を満たされて――というと、サクヤさんに悪いか。スフィアでなければ触れないので、ある意味で役得をもらってしまった。
(……あれ、俺の呼び方は元に戻したのか。良かった、急に成長していかれると複雑な気分だからな。娘の成長を見る親の気分ってのが、今なら分かる気がするよ)
(ふふっ……心配しなくても、私は大きくなってもお嫁さんに行ったりしないよ? ずっとずっとずーっと、お父さんと一緒だから)
そんなことを急に言われると、何か胸にくるものがある。狙ってやっているわけでなく、思っているままだと分かるから尚更だ。
(外では『ディック様』っていうけど、家では『お父さん』がいいな)
人工精霊は、生み出した者を創造主として敬愛する。外ではディック様と呼びたいというのは、そういう理由だろう。
「それにしても、マスターってもともと面倒見はいいですけど、考えてみたら父性のかたまりみたいな人ですよね。私のことだって、甲斐甲斐しくしてくれましたし」
「私からすると、父というよりは弟のような存在でしょうか。そう言うと、マスターに対する不敬になってしまいそうですが」
サクヤさんは二つ年上で、出会った時は俺が十四歳、サクヤさんは十六だった。月兎族は成長が早く、俺より随分大人びていると感じたものだ。
「マスターって、お兄さんとお姉さんがいるんですよね。だから、サクヤさんも弟っぽく感じるんじゃないですか? 年上キラーっていうか」
「……それはあるかもしれません。いつもしっかりしているのに、時折母性をくすぐるというか……マスターは甘え上手ですから、頼み事は断れません」
「お父さんったら、あまえんぼさんなんだ……私にも甘えてくれるかな?」
(娘に甘える父親ってのもどうなんだ……くっ、二人ともそんな目で……)
「え、えっと……娘さんなら、お父さんに優しくするのもたまにはいいんじゃない?」
「……そういった意味で甘やかすのは、少し……照れてしまいますね」
サクヤさんは多分、頼んだら何でもしてくれるだろう。だからこそ甘えてはいけないのだが――俺は確かに、そういう包容力のある女性に弱い。討伐隊の仲間たちのように、放っておけないタイプにも弱いのだろうが。
「どうやって甘やかしてあげようかな……あっ、二人に教えてもらっていいですか?」
「えっ、わ、私? 私だったら……マスターにしてあげるとしたら、み、耳かきとか……」
「……お昼寝の際に、子守唄を歌うなど……それは、リムセリット様の領分でしょうか」
(お父さん、どっちがいい?)
(……好きにしてくれ。どっちも相当に恥ずかしいからな)
(じゃあ、耳かきしてあげる。お父さんの耳は、私がいつもきれいにしてあげるね)
嬉しそうに言うスフィア。彼女の好奇心に正直な行動をこうして見ていると、一日に何度も照れくさい思いをしそうだ――彼女の身体に宿ってしまった以上、仕方がないのだが。
師匠は俺の身体に意識を戻すために、今頃何をしているのだろう。全く把握できなくてもどかしいが、ここは師匠を信頼し、俺は俺でやるべきことに集中しよう。
(ま、まあ耳かきはそのうちしてもらうとして、今は騎竜戦に向けての練習だな)
「うん、わかった。リーザさん、サクヤさん、お話してくれてありがとうございました。お父さんと一緒に、竜に乗る練習をしてきます」
「マスターがいれば安心だと思うけど、気をつけてね。私も応援してるから」
「騎竜戦については、私たちもギルドの一員として観戦するということでよろしいでしょうか。当日はいつでも動けるように備えておきますが」
(ああ、その方向で頼む。ところでベルベキアを脅かしてる魔王国は、なんていう国なんだ? そろそろ素性が伝わってきてないか)
「それが、国の名前を明確に決めてないみたいなんですよね。新たに台頭してきた一人の魔族が王になって統治しているらしくて、王の名前を旗として掲げています。その名が『ラトクリス』だとか」
ラトクリス魔王国――エルセインと接触して何を企んでいるのか。ベルベキアに圧力をかけているのはアルベインを攻めさせるためだったとしたら、そろそろ放置することはできなくなってきた。
「引き続き、国内の情報収集は私たちにおまかせください。マスター、スフィア様、騎竜戦のご武運をお祈りしています」
(ああ。試合を見届けるのは限られた人数になると思うが、場合によってはうちのギルドや、他のギルドの冒険者も警備に当たってもらうことになるかもな。基本は騎士団の仕事だが)
「国を挙げての試合ですからね。ここで勝たないと、エルセインの要求はエスカレートすると思うんですよ。魔王討伐隊の皆さんなら、ひとつのパーティで押し返すこともできちゃいそうですけどね」
ヴェルレーヌの時と違うのは、状況から見て二つの魔王国が絡んでいること。そして、現王ジュリアスが姉の安否を心配してやってきているということだ。彼も簡単には引かないし、力でねじ伏せようとすれば、双方ともに加減などできない。
(世間知らずの王子を叩き直してやる……というのも何か違うしな。ヴェルレーヌは弟を信頼して国を任せた様子だったし……やりにくいが、『そういう方向』でいくしかないか)
(お父さんが、お父さんらしいところを見せたら、ヴェルお母さんの弟さんも分かってくれるよ。どうしてヴェルお母さんが、お父さんのところに来たのかって)
(……だといいんだけどな。というか、その言い方は恥ずかしいからやめてくれ)
護符を取り返すためではなく、ヴェルレーヌは俺に会いに来た。そう薄々と感じてはいたが、魔王国が五年間敵対行動を起こさなかったら護符を返すと約束したのに、その目的がいつからか変化していた。
――護符を返したら、ヴェルレーヌは魔王国に帰るだろう。俺たちの仲間として、ギルドの一員として過ごしても、そうなるだろうという予感がある。
今回の件が済んだあと、ヴェルレーヌとは改めて話すべきだろう。彼女がここにいる理由をもう一度確かめて、それから……。
(お父さん、ヴェルお母さんのことを本当に大事に想ってるんだね。私まで泣きたくなっちゃうくらい……)
(……優秀な店主を失いたくない。魔王じゃなければ、遠慮なく雇ったんだけどな)
(お父さん、お母さんはもう魔王様じゃないよ。弟さんに安心して任せておけたら、ずっとここにいられるよ)
スフィアは俺が考えても、容易に口にできないことを、簡単に言ってくれる。
こんな面倒な性格の俺から、こういう素直な子が生まれたというのは不思議なものだと思う。俺を反面教師としたら、スフィアのようになるのかもしれないが。
「親子の会話をしてるんですかね? 何を話してるのか気になりますね、サクヤさん」
「……マスターがお子さんとどのようなお話をされるのか、興味はありますが。ミヅハに知らせたら、好奇心でいっぱいになりそうですね」
同じ天真爛漫なタイプなので、気が合うかもしれない。俺の意識が元の身体に戻れたら、スフィアを人間の少女と同じように育てるべきだろうか。
それについてはスフィアは答えない。その心情を何も言わずに汲み取ってやれたならと思いつつ、俺はサクヤさんたちに挨拶し、七番区の情報部を後にした。
◆◇◆
銀の水瓶亭に戻ってくると、ちょうど昼の部の営業中だった。店の裏口から入り、厨房を通るところでハレ姉さんとラムサスに声をかけられる。
「こんにちは、お嬢ちゃん。あたしはハレっていうの、お嬢ちゃんのお父さんに、ここの厨房を任されてる者よ」
「はい、お父さんがいつもお世話になってます」
「私はラムサスです、アナタのお父さん、私の恩人デス。そしてアナタのお父さん、料理人のワタシより料理がお上手。ワタシ非常に尊敬してます」
「お父さんって本当に何でもできちゃうんですね。私もお父さんと一緒にお料理してみたいです♪」
あまりにスフィアの対応が良い子すぎて、ハレ姉さんが胸を押さえる。ラムサスはいつも通り、彫りの深い濃い顔でいい笑顔を見せていた。
「事情があるとはいえ、ダンナのお子さんであることに変わりないって店長から教えてもらったけど……こんなに人懐っこくていい子だなんてねえ……」
「ありがとうございます、お姉さん。お姉さんはとっても優しいので、私大好きです♪」
「っ……ごめんラムサス、料理お願い。すぐに戻るから、五分ちょうだい」
「かしこまりマシタ。今日はそこまで混んでない、ワタシだけでも大丈夫デ―ス」
ラムサスは陽気に答えて仕事に戻る。ハレ姉さんは厨房の椅子に座ると、スフィアを膝に乗せて可愛がり始めた――すると俺も可愛がられてるようなものなのだが。
(この背中に当たってるやつは……いつも意識してなかったが……)
「ハレお姉さん、お胸が大きいです。お母さんたちも、だいたい大きいですけど」
「肉を食べれば大きくなるよ。と言いたいけど、あたしの場合は重い鍋を振ってるから、ほぼ筋肉かもねえ」
「あの、私の中にお父さんもいますけど、大丈夫ですか?」
「ん? ああそっか、そういう話だったっけ。あたしは魔法には疎いからよく分かってないんだけど、凄いよねえ。なに、お嬢ちゃんをこうしてると、ダンナが照れてたりするわけ?」
「ちょっとだけ照れてるみたいです。お父さんって可愛いですよね♪」
(ス、スフィア……俺の気持ちを代弁するのは、俺が頼んだときだけにしてくれ)
「ほんとにねえ……見た目は可愛いボウヤなんだけど、ギルドマスターだけあって身体の鍛え方は尋常じゃないのよね。こうやって肩を揉んであげたらさ、ぴっちり無駄のない筋肉がついてんの」
「あはは、くすぐったいですー。お父さんもくすぐったいって言ってます」
「……なんかこうしてると、あたしも娘が欲しいって思っちゃう。料理一筋だけでも寂しいしねえ……まあ当面は、お嬢ちゃんを構って補充しようかしらね」
「はい、仲良くしてください。お父さんもそうしてほしいって言ってます」
店がにわかに混み始め、ラムサスが大変になってきたので、ハレ姐さんは仕事に戻る。彼女がこんなに子供好きとは知らなかったので、新しい一面を見た気分だ。
「あ、そういえば。今日はダンナの友達が手伝ってくれてるから、ホールを見てきてあげてよ」
(友達……それって、もしかして……)
「お父さん、行ってみようよ。できたら私もお手伝いしたいな」
スフィアは厨房からホールに出る――すると。
「ミラルカさん、お客様にはもう少し柔らかい態度でお願いします」
「あの男がじろじろ見るから、私も相応の態度を返しただけよ。正当防衛だわ」
店を手伝ってくれているのはミラルカだった――ウェイトレス服が似合いすぎるほどに似合っているが、何やらもめているようだ。
「ミラルカ、ディック様のお店の評判を落とさないためにも、ここは接客に徹してですね……」
「マナリナはスカートが長いからいいじゃない。私はなぜこの丈しかないの? これなら男物を着たほうがまだ良いわ」
「お店にあるスペアの制服がそれしかなかったのです。ミラルカさんのスタイルなら、見事に着こなせているかと」
「っ……そ、それは仕方なく着たけれど、やっぱりだめよ。私は労働環境においても、精神衛生を重視するほうなの。このままだとストレスで殲滅してしまうわ。他になにかないの?」
どうやら男性に、短めのスカートだからと視線を送られるのが嫌なようだ。ミラルカは潔癖なので無理もない――俺でもつい視線が行ってしまうほど、スカートの裾と膝丈のソックスの間に生まれるわずかな白い肌には、惹きつけられる魔力がある。
(お父さん、ミラルカお母さんがきれいだから見とれてるの?)
(っ……そ、それだけは言うなよ。あいつは怒ると怖いからな)
スフィアに気持ちが伝わらないようにシャットダウンできれば父の威厳を保てるのだが、今は全く頭が上がらない。まあ、スフィアも本当に言ってはいけないことは分かっているようなので、それは安心して見ていられるのだが。
「ほかに男物のウェイター服ならございますが、そちらはディック様が、必要な時にお召しになっているもので、サイズが合わないかと存じます」
「……い、いいわ。足が出ている格好より落ち着くし。トラウザーが長いなら、折ってしまえばいいしね」
カツカツ、とミラルカが靴を鳴らして歩いてくる――そのヘッドドレスをつけた、完全なまでのウェイトレス姿は、男性客が見とれても仕方ないほど魅力的だった。
「なあ、あの子……」
「ああ、凄い美少女だな。ここの酒場にあんな店員いたか……?」
「店主さんも美人だが、違うタイプの美女を揃えてるよな……俺、ファンになりそう」
そういった声ですらミラルカはむかむかとしているらしく、腕を組んで不快そうにする。そうするだけで腕に胸が乗って――こんなことばかり考えていたら、スフィアにばらされても文句は言えない。
「……あっ……ご、ごめんなさい。スフィア、お帰りなさい」
「ただいま、ミラルカおか……お姉ちゃん」
「ふふっ……いい子ね。私が恥ずかしくないように、気を遣ってくれているの? でもいいのよ、私はあなたのお母さんなんだから」
ミラルカはスフィアの銀色の髪を撫で、優しく手櫛を通して整える。スフィアはされるがままで嬉しそうにしていた。
ミラルカもスフィアには甘いというか、驚くほど母性的な接し方をするので、彼女に対する印象を改めさせられる。
(本来はそういう性格なんだろうけどな……スフィアの視点だと、俺が甘やかされてるみたいで……)
もし普段からそんな接し方をされたら、俺は確実に駄目になるだろう。ミラルカが厳しくしてくれることで、どれだけ自分を律することができているのかと自覚する。
「……え、ええと……何ていうか……お、お父さん……の服を借りるわね。この露出がいたずらに多い服よりは、ずっといいから」
俺を『お父さん』と呼ぶのはかなり恥ずかしいらしく、ミラルカは真っ赤になっている。それでもそう呼ぶあたり、スフィアの心情を考えてのことだろう。親同士仲が良くなくては、と思ってくれているのだ。
(ミラルカが着てる制服も、そんなにダメじゃないと思うんだがな。それを普通に着てる店員もいるんだし)
(お母さんは、お父さん以外の男の人には、あまり注目されたくないみたい)
(っ……そ、そうか。じゃあ、着替えた方がいいな)
他の店員が同じ制服を着てる手前、あまり差はつけたくないのだが――いや、マナリナのようにスカートの丈が長い制服もあるので、これをきっかけに統一すべきだろうか。
ミラルカが着替えに行ったあと、ヴェルレーヌがこちらにやってくる。いつもはカウンターの中にいるが、今は指導のために外に出ていたところのようだ。
「制服については、柔軟に規定を設けても良いかもしれませんね。統一すると店の特色は出ますが、個人の考えもありますので」
(そうだな……スフィア、どうした?)
スフィアが何かうずうずとしている。そして――彼女はヴェルレーヌに飛びつき、驚くようなことを頼んだ。
「ヴェルレーヌお姉さん、私もお手伝いしたいです!」
「っ……スフィア、あなたが?」
(昼の部が終わってから、騎竜の訓練に出かけることにするよ。スフィアには、できるだけしたいようにさせてやりたいしな)
「……分かりました、そういうことなら。私も同じ気持ちですが……この子の姿で勝負というのは、少し心配でもあります。まだ、生まれたばかりなのですから」
(俺がついてるから問題ない。それに……俺がジュリアスと戦うと、あいつは俺の言うことを本格的に聞かなくなる可能性がある。でもスフィアは、どんな頑なな相手でも素直にするようなところがある。それに期待するのは、甘いと思うか)
念話で語りかける俺の声に、ヴェルレーヌは真摯な表情で耳を傾ける。
「……あの子に負けを認めさせるには、同年代の姿をしたスフィアがいいと、そうお考えなのですね」
(それもあるな。俺は何だかんだで年上だしな……長命なダークエルフとはいえ、子供の姿をした奴とは、全力を出しづらい)
「お父さんがついてれば大丈夫です。私、お父さんとお母さんのできることは、なんでもできる気がしますから」
殲滅魔法、光剣、格闘、浄化、そしてヴェルレーヌの召喚――さらには俺と師匠の魔力剣、短距離転移までを、スフィアは少し訓練すれば使えるようになる。オリジナルそのままではないが、六割程度で再現できるのなら、軽くSSSランクの評価を突破していることは間違いない。
「できる気がする……ではなく、できるのだろうな。スフィアに戦ってもらって私の居場所を守ってもらうというのは、気も引けるが……素直に言って、嬉しくもある」
思わず店主の姿で魔王の口調に戻ってしまう――それは、ヴェルレーヌがスフィアの実力を認めているからだろう。
「ヴェルお姉さんは、ここにいなきゃだめだよ。家族は一緒にいなきゃ」
「……ありがとう。おまえは優しいな……きっと、父親に似たのだな」
――家族。俺の言ったことを、スフィアは大事なこととして覚えてくれている。
人工精霊とはいうが、人間と変わらず人に触れることができて、心がある。誰もがスフィアに心を開くのは、彼女の純粋さゆえなのだろうか。
(……俺は別に優しくないから、他のみんなに似たんじゃないか?)
「あ……ヴェルお姉さん、お父さんが自分は優しくないって言ってます」
「ふふっ……そうだろうな。そう言われることが嫌で、『目立ちたくない』と言っているようなものだからな」
(あー……ま、まあそれはいい。ヴェルレーヌ、師匠はどうしてる?)
「リムセリット殿なら、先ほどいったん外に出てきて、シェリー殿を連れてきていたぞ。今は上にいるのではないか。私とミラルカ殿にも、後で来て欲しいと言っていたな」
(シェリーお母さんが来てるの? お父さん、会いに行ってもいい?)
シェリーが来ているのなら、スフィアを紹介しておきたい。スフィアはシェリーの娘でもあることだし――どんな反応をされるかと思うと照れはするが、ちゃんと説明すれば分かってもらえるだろう。
(よし、会いに行ってみるか。しっかり挨拶するんだぞ)
(うん! お父さん、シェリーお母さんに抱っこしてもらってもいい?)
(っ……ま、まあ、シェリーがいいのならな。俺もいる手前、大胆なことは控えめにしてもらえるとありがたいが)
(ふふ……お父さんって照れ屋さんだよね。私、だんだんお母さんたちの気持ちが分かってきちゃった)
もしかしなくとも俺たちは、友達感覚の父子になりつつあるのだろうか。俺のことを可愛いと言ってみたり、今みたいなことを言ってみたり、父親をからかうのもほどほどにしてもらいたい。
「からかってないよ、私はお父さんのことが大好きだから」
「なんだ、またご主人様が照れているのか。私もご主人様と一体になれば、隠しようもなく考えが伝わるのだがな……スフィアのことが正直を言ってうらやましいぞ」
「お父さんは、お母さんのことも大好きだって♪」
(ちょっ……!)
そんなことは考えていないはずだが、ヴェルレーヌは大事なギルド員であることは間違いない。得難い人材であり、急に魔王国に帰ってもらうのは困る。
「……スフィアは本当にいい子だな。だが、ご主人様の気持ちを大雑把に括ってはいけない。彼は私を信頼してくれているが、それは愛情とは異なる感情なのだから」
「そう? お母さんが思ってるより、お父さんは……」
(ス、スフィア。お父さんの気持ちを代弁してくれるのはいいが、お父さんも大事なことは自分で言いたいから、ほどほどにしておいてくれ)
ヴェルレーヌは頬に手を当て、白エルフの姿で頬を赤く染めながら、スフィアを――その中にいる俺を見つめた。
「……これだけ面倒をかけても、まだ私に呆れていないのなら。やはり私は……」
「店長、着替えてきたわよ。仕事の続きを教えてもらえる?」
そこに姿を現したのは――俺がセバス=ディアンに変装するときに使用した執事服を身に着けたミラルカだった。
胸が大きいので、ジャケットの前が閉じられない大胆な格好だが、彼女は一つ残してシャツのボタンを全て閉じ、きっちりと着こなしている。俺が着るよりもある意味似合うのではないかと思う――別の意味で男性客の目を惹いてしまいそうだが。
「……シャツも男物を着ないといけないから、あなたのを借りたけど……一回り大きいから、何とか着られたわ」
(そ、そうか……それは良かった。しかし、存外に似合うな)
「ミラルカお姉ちゃん、すごくかっこいい! 私もこういう服を着てみたいな……」
「あなたにはサイズが大きいかしらね。でもお父さんなら、喜んで新調してくれると思うわよ。女の子らしい服も、いくらでもおねだりしなさい」
執事服に合わせて髪をリボンで結ったミラルカは、女性客に憧れの視線を送られているが、スフィアの頭を撫でて微笑みかける姿は、少なからず淑やかさを感じさせる。
(……子竜との接し方といい、本当に母親向きなんだよな。口はあれだが、根は優しいというか)
「私が手伝った分のお給料を、この子の服に当てなさい。ただ働きはしないわよ」
「では、そのように取り計らいます。お仕事の説明に戻りましょうか」
ヴェルレーヌとミラルカは二人でホールに向かい、接客をする。メイドと執事が揃って、またうちの酒場が評判になる要素が増えた――人気が出すぎてもいけないが、そろそろ二号店などを開くことを考える時期が来たのかもしれない。




