第90話 娘の成長ともう一つの魔王国
夜も更けて、時刻は十二時を過ぎたところ。
俺は居間で、膝の上に乗っている娘らしき存在――人工精霊の少女に、降りてくれまいかとも言えないままに、向かいのソファに座ったミラルカと王女姉妹の視線を浴びていた。
「……説明を求めるまでもないわね。ディック、あなたは私たちを騙していたの?」
この瞳は――ミラルカが、俺とアイリーンのことを勘違いして、距離を置いて居た頃の瞳だ。感情の揺れが全く無くて、取り付くしまもないこの感じ。あの頃には戻って欲しくないのだが、娘の正体を伝えるのも、顔から火が出るほどに照れくさい。
『ミラルカの魔力も入ってるから、この子は俺とミラルカの娘みたいなものなんだ』
そんなことを真顔で言おうものなら、動揺したミラルカに殲滅魔法を使われ、ギルドハウス半壊という事態にもなりかねない。俺が来てからちまちまと改装を進めて、完璧な住処になりつつあるのに、ここで壊されると精神的なものも含めて被害は甚大だ。
「え、えっと、その子はディー君の娘なんだけど、それだけでもなくて……」
「そんなことは分かっているわ。馬鹿にしているの? 私だって男性一人で子供が作れないことくらい理解しているわ」
「だ、だから違うんだ。ミラルカ、お前が想像しているようなことじゃなくて……」
「想像……? 私が何を想像しているというの? 具体的に言ってみてちょうだい、合っていたら情状酌量を考えてあげる」
俺と誰かの間に子供が生まれたと思っているのならば、それは間違いで、俺は清廉潔白であると言いたいのだが、それを言っても怒らせてしまう。ではどうすればいいのか――みんなの力を借りて、嘘をついていないと分かってもらうしかない。
「師匠殿、さらに混乱を招くだけなので、説明には細心の注意を払おう。ミラルカ殿、心を落ち着けて聞いてほしい。ご主人様は、あなたを騙してなどはいないぞ」
「だ、だって……この子はディックに似ているようだし、さっきから、お父さんと言ってなついているじゃない。まだ見苦しい言い訳をするというなら、殲滅するわよ」
もう一触即発の状態だ――ここは何とか誠意を示すしかない。ちゃんと順序立てて説明すれば分かってもらえるはずだ。
「待ってくれ、ミラルカ。俺は嘘をついてなんていないぞ。いつもミラルカには、本当のことしか言ってこなかったつもりだ。だから俺の話を聞いてくれ」
俺はじっとミラルカを見つめて言う。ミラルカも俺を見返していたが、ぱちぱちと目を瞬くと、ついと目をそらしてしまった。
「……そ、そこまで言うのなら説明してみなさい。なぜあなたに似ている子がいて、あなたに懐いているの? あなたの子供ではないというなら、この子は一体何者なの?」
俺は『蛇』と戦った時にみんなの魔力を集めたこと、『レギオンバースト』で使い切らなかった魔力が身体に残っており、俺の容量を超えて溢れそうになったことを説明した。
「あの場にいたみんなの魔力を引き継いでいる……そ、それは、私の魔力も含んでいるということ?」
「あ、ああ。いつもなら、『小さき魂』を使っても、俺の意志で動く光の球体ができるだけなんだが。それが、今回はどういったわけか、人間の姿になったってことだ」
説明を終えると、ミラルカが娘を見る目が変わる――戸惑ってはいるが、いくらか視線が柔らかくなったようだ。マナリナとティミスはしきりに感心している。
「ディック様に、お子様がいらっしゃるというわけではなかったのですね……娘さんですが、ディック様の作り出した精霊であると。そのような魔法があるのですね」
「私は最初から信じていました、ディック殿が皆さんに内緒で、そのようなことをされるわけがないと。しかし精霊とは……見れば見るほど、人間の女の子にしか見えないのですが」
俺もそう思う。膝の上に乗って大人しくしている少女は、触れた感じも、体温も、人間と寸分違いがない――ここまで人間そのものだと、精霊であっても、自分の娘だという意識が強くなる。
「お父さん、ちょっといい?」
「ん? ああ、降りたいのか。どこに行くんだ?」
娘は俺の膝の上を降りて、ミラルカの方に歩いていき、何をするかと思うと――彼女の膝の上にぽふっと座った。
「な、なに? お父さんの膝が固くて、座り心地が悪かったのかしら」
「ううん、あなたも私のお母さんだから、甘えたいなと思って」
「えっ……い、一体何を言っているの? 私が、あなたの……?」
ミラルカはそして気がつく――少女の髪は銀色だが、その毛先が、ミラルカの髪と同じ金色になっている部分がある。
ミラルカはその髪を手にとってじっと観察したあと、俺の方を見て、かぁぁ、と耳まで赤くなった。そんな絵に描いたような甘酸っぱい反応をされると、俺まで赤面してしまう。
「……ど、どうやら……騙されていたというのは、私の早とちりだったようね」
「ご主人様がそう簡単に陥落するわけがない。それは私も、皆も分かっていることではないか」
「……うん、そうだよね。ディー君は……」
師匠がどこか、思い詰めたような表情を見せる。
――彼女がまだ、自分が不老不死であることに絶望していた頃。一度だけ彼女は、間違いを起こしそうになったことがあった。
それだけ俺のことを大事に思っていてくれたことは嬉しい。しかしそれは、自分が全てを教え、与えた相手に、永久に続く生を終わらせて欲しいという願いからくるものだった。
あの時拒まなかったら、俺は彼女の願いを聞き入れてしまっていたかもしれない。けれどそうしてしまったら、俺は今でも後悔していただろう。今はこうして、師匠は生きることを選んでくれた――その可能性を捨てるようなことをしなくて、本当に良かったと思っている。
そんなことを考えていると、思い詰めているとでも思われたのか、ミラルカが少し慌てた様子で話しかけてきた。
「……ディック、一度聞こうと思っていたのだけど……もしかしてあなたは、女性が本当は怖かったりするのかしら。私がいつも、過激なことを言うから……」
「い、いや……そんなことは全く無いんだけどな。そういうことは、めぐり合わせってやつが大事なんじゃないか。女性が怖かったら、俺のギルドが男だけになってるよ」
俺の説明にマナリナとティミスは得心がいったという顔をする。どうやら、本気で女性が怖いのではないかと思われていたらしい――古い考えかもしれないが、男女のことは一生ものなので、急いだり焦ったり、その場の感情に流されてはいけないと思っているだけなのだが。
「それもそうですね……銀の水瓶亭は、女性の比率の方が高いくらいみたいですし」
「ライアも、このギルドは女性でも馴染みやすく、仕事がしやすいと言っていました。ディック殿が、男女隔てなく接していらっしゃるからだとも」
女性だからギルドに入れたというケースは一度もなくて、全て能力を見て決めている。各支部には年配の男性も多いし、王国内の全ての支部を総合すれば、男女比率は同じくらいになるだろう。
「……ディー君、凄く立派なマスターなんだね。私なんかよりずっと、グランド・ギルドマスターにふさわしいと思う」
「い、いや……立派というか、普通だと思うんだが。あまり買いかぶらないでくれ、俺も別に聖人君子ってわけじゃないからな」
「……私は十分、聖人だと思っているのだがな。誘惑しても全く通じないし……い、いや、私もまだ本気を出していないだけではあるが」
ヴェルレーヌが口を滑らせている。彼女は俺から護符を取り返すために、たまに突拍子もない『奉仕』をして俺を籠絡しようとしていた時期もあったのだが、最近は多忙なのでそういう時間は取れずにいる。しかしジュリアスとの一件が済んだら、また挑んできそうな気配はしていた。
「ふぁぁ……」
「精霊でもあくびをするのね……ディック、事情は説明してもらったから、あなたへのお仕置きは無しとするわ。感謝しなさい」
「そいつは何よりだ。やっぱり話せば分かるな、ミラルカは」
「私の娘でもあるのなら、あまりいらいらしているところは見せられないもの」
娘はずっとミラルカの膝の上に乗ったままなので、よほど落ち着くのだろう。少し師匠とヴェルレーヌが寂しそうにしているが、娘はそれも察しているので、お母さんたちに平等になつくのではないかと思う。
「お母さんたちともう少しお話してもいい? お父さんのこと、もっと知りたいから」
「うむ、ミラルカ殿だけ甘やかすというのはずるいからな。私も娘を構わせてもらおう」
「ディー君は、この子の名前を考えておいてね。私たちお母さん組も考えておくから」
「あ、ああ……俺はセンスがないから、みんなに任せたいとこだけどな」
女性陣が師匠の部屋に行って、一気に静かになる――と思いきや。浴室の方から水音がしている。
どうやら、アイリーンが風呂を借りに来ていたようだ。彼女にも娘を紹介しなくてはならないが、ミラルカの時のことを踏まえて、誤解を受けないように説明するとしよう。
◆◇◆
そのままソファで娘の名前を考えていると、まるで自分の家にいるかのような振る舞いで浴室から出てきたアイリーンが、濡れた髪を拭きながらやってきた。寝間着の上しか着ていないので、無駄のない脚線美がどうしても目に入ってしまう。
「あ、ごめんねディック。夜中だから遠慮しようかなと思ったけど、お風呂借りにきちゃった」
アイリーンは近くに住んでいるので、夜に風呂に入りそびれて寝てしまったとき、うちに借りに来ることがある。うちの風呂は火精霊の力を封じた魔石の力で沸かすので、時間もかからず手間も少ないのである。
「俺も一応男なんだから、しっかり備えをして風呂から出てきてくれ」
「そなえ? あはは、ディックは私の足なんて見えても気にしないでしょ? いつもドレスで戦ってるし」
アイリーンはシャツの裾を引っ張りながらソファに座るが、危ういことこの上なくて、俺は一体何を我慢しているのかという気がしてくる。俺も男と言う名の狼であることを、きちんと理解してもらうべきなのだろうか。脅かしたりそういうことはするつもりはないし、鬼族に腕力では敵わないので、アイリーンが俺を警戒しないのも分かるのだが。
「それより、約束してたよね。オルランド家へのお使いも行ってあげたし、ディックにはお礼をしてほしいな~。控えめに言って、髪の毛くらい乾かしてくれてもいいよね」
「礼はするつもりだったが、とりあえずボタンはもう一個上まで留めろよ」
「っ……ディック、今のもう一回言ってみて。『留めろよ』っていう言い方、いつもより男らしくて良かったから」
「俺が留めてもいいんだぞ? 関係ないところに触っても、不可抗力だがな」
「ご、ごめんなさい……っ」
アイリーンは素直に謝ってボタンを閉じる。胸がきついのは分かるのだが、開いていると髪を乾かしている時に、見えてしまいかねない。
そしてしおらしく待っているアイリーンを見て、俺は毒気を抜かれた気分になる。
「い、いや。俺こそ悪い、脅かすみたいなこと言って」
「え……ど、どうしたの? 私が悪ふざけしてたんだから、謝ることないのに」
「まあ……何というかだな。そんな格好見せられたら、俺だって意識するし、関係ないとこに触るっていうのも、そうしたい気持ちが全く無いってことじゃない。だから冗談でも、言うべきじゃないと思ってな」
そんなことを言われてもアイリーンは困るだろうと思いつつ、俺は彼女の後ろに周り、いつものように熱風の魔法の温度を調節して、彼女の桃色の髪を乾かし始めた。
――その拍子に、いつもは触れないようにしている鬼の角の部分に手が触れてしまう。
「あっ……ディ、ディック……そこだめっ……角、角は弱いの……っ」
「えっ……そ、そうだったのか? 悪い、弱点だと思わなくて……」
「……弱点っていうか……角は鬼神化するときとかに力を生み出す大事な部分だから、触られると……」
言いにくそうにしながら、後ろにいる俺を伺うアイリーンの仕草が、いつもとは少し違って見える。
「……ど、どうしてもっていうなら……触ってもいいけど……」
「駄目なら無理にとは言わないけどな。そう言われると、触ってみたくはなるな」
何か期待されてるようなので、俺はアイリーンの小さな角――本当に小さくて、貝かなにかで出来た髪飾りのようにも見える――に、ちょん、と指先で触れた。
「……っ、……っ」
「そっと触れば大丈夫みたいだな……これが鬼の角か……」
「……ディック……角の触り方、上手……びっくりしちゃった……」
そっと撫でたくらいなのに、気がつくとアイリーンの肌が紅潮していて、少し震えているようにも見える。
――もしかして、角が弱い部分というのは、種族としての弱点という意味ではないということなのか。
「ア、アイリーン……もう髪は乾いてきたぞ。これくらいでいいか?」
「う、うん。ありがとう……あと九回分くらいは残ってるからね、私の貸しは」
「多いな……なんてこともないけどな。まあ、そのうち使い切るだろ」
「……使い切る前にまた貸してあげるから、遠慮なく借りていいよ。私、いつも暇だから」
ふわふわに乾いた髪に触れ、アイリーンは俺を振り返りながら言う。
――みんなが師匠の部屋にいるのに。いくらも離れていないと分かっているのに、俺はアイリーンから目を離せなくなる。
「……ディック……無事でよかった。本当に心配したんだから……」
彼女は『蛇』と戦った後、俺が意識を失ったことを言っているのだろう。
心配をかけたことへの謝罪と感謝。今のアイリーンは、そんな言葉を求めてはいない。
振り返ったままで、アイリーンが目を閉じる。そして、俺の手をそっと引き寄せて――、
「あっ、またお母さん! お母さん、お父さんと何してたの?」
「えっ……えっ?」
アイリーンはまず、その声が誰のものかということに驚き、その次に、お母さんと呼ばれたことに驚いた。
娘は俺を呼びにでも来たようだが――アイリーンは俺と娘の顔を見比べ、ぱちぱちと長い睫毛を瞬かせる。
「……ふぇぇぇぇぇーーっ……!?」
アイリーンの反応を、後から見に来たみんなは物陰から見て、自分のことのように恥ずかしそうにしている。
「……理由を説明してもらって理解はできたのだけど、やっぱり……実質上、ディックと私たちの子供ということだから……お、お母さんと……呼ばせてあげるべきなのかしら」
「私の魔力も使っていただけていたら、私の娘でもあったのでしょうか……?」
「お姉さま、結婚もしていないのに娘が生まれたとお父様が知ったら、それこそディック様に王位を譲って引退されてしまうやもしれません……!」
この国の王位はそんなことで動いてしまうのか、と指摘したいのはやまやまだが、陛下が俺に王位を譲りたいと言っていたのは事実なので一概に否定しきれない。
「よろしくね、アイリーンお母さん♪」
「……あっ、ここの髪の先が、私と同じ色……鬼族しかこの色にはならないはずなのに……」
この反応を他の皆もするのだろうが、これは必要な通過儀礼だろう。しかしシェリーの黒髪は入っているようだが、今見てみると俺の色が入っていないようだ。
「それに、ディックと同じ瞳の色……お父さんとお母さん……ディックと私……」
と思ったら、目が俺と同じらしい。なるほど、見ていて既視感を覚える色なわけだ。
「あー……何というかだな。多分その子は、鬼神化に近いこともできるはずだ。アイリーンの力も持ってるはずだから」
「や、やっぱりそういうことなの? 私の娘……で、でも、私ディックとそういうことしてないのに、娘っていうのはやっぱり、話が飛びすぎっていうか……」
「言ってしまえば、この子は私たちとご主人様の力を結集した存在なのだ。もちろん本体のご主人様ほどではないが、ゆうにSSSランクを超える力を持っているだろう」
「アイリーンちゃん、この子は私たちの娘だから、みんなで大事に育てていこうね。生まれたばかりだけど、私たちの精神性を少しずつ受け継いでて、とってもいい子だから」
精神性――問題のある部分ばかり受け継いだりしてないだろうか。若干心配になるが、見た感じ、俺も明るくて真っ直ぐな子だとは思う。
俺も父親として、どうこの子を育てていくかを考えなければ。師匠の言う通り、人間の赤ん坊とは違って、生まれたばかりでも俺たちから受け継いだ知識を持っていて、人格もしっかり形成されているようだが。
「ディックお父さん、私にできることがあったら何でも言ってね。私はお父さんの助けになるために生まれてきたんだから」
何の迷いもなく、そんなことを言う我が娘。しかし俺は一つだけ、大事なことを確かめておかなければと思う。
「君は、俺の魔法で生まれてきたが……俺のためだけを全てと考えるんじゃなく、一個の人格を持つ存在として、やりたいことを見つけて欲しいとも思う。もちろん俺たちと一緒に暮らしていくわけだし、生まれたからにはずっと家族だけどな」
人工精霊の少女は、俺の話にじっと耳を傾けていた。彼女は幼い外見をしているが、俺の言っていることをよく理解していることが、目を見ればわかる。
「ありがとう、お父さん。でも私は、お父さんのことが大好きだから、お父さんの気持ちは嬉しいけど、最初はお父さんのためになることだけ考えていたい。お母さんたちの気持ちも全部集めて、私は生まれてきたんだよ」
――本当にこの子は、俺の生み出した存在なのだろうか。あまりにも素直で、真っ直ぐで、親思いすぎる。
この生まれて初めての感情は、父性の目覚めなのだろうか。そしてそう思っているのは俺だけではなく、他の皆も一緒だった。
ミラルカが歩いてきて、後ろから少女をきゅっと抱きすくめる。
「ミラルカお母さん、あったかい……どうしたの?」
「……子供はそんなに好きじゃなかったのだけど……こんなに健気な娘だと、守ってあげたいと思ってしまうわね」
「えへへ、ありがとう。お母さん、私お母さんの魔法も半分くらい使えるよ。だから、また一緒に、せんめつしようね」
「っ……」
今のはミラルカにとって、最も娘に言ってもらって嬉しいことなのだろう。物凄く感激していることが一目でわかる。
俺も殲滅魔法の実験に誘われることがあり、予定を繰り合わせて付き合っているのだが、彼女は月一回程度の頻度では全く満足していないのだ。
「……ディック、この子を時々家に連れて帰ってもいい?」
「あ、ああ。それは構わないけど……そろそろ名前をつけたほうがいいか。この子とか、娘っていうのも曖昧だしな」
俺も考えてはいたが、これだという名前は浮かんでいない。みんなはというと、既に何か候補が出ているようで、師匠が代表して話してくれた。
「それなんだけど、そんなに迷わないで一つ浮かんだの。『スフィア』っていう名前がいいかなって」
「スフィア……天球? それとも、月のほうか」
スフィアという言葉は、古代の用法と今の用法では微妙に異なる。アルベイン語では、基本的には大きな球体を示す単語だ。
「この子ね、首の後ろのところに『精霊章』があるの。ほら、月の形をしてるでしょ」
「精霊章……固有精霊とか、精霊の王だけが持ってるっていう印か。確かに、月みたいだな」
「……お父さん、気に入ってくれた? 私の名前……」
決まっていたのに名乗らなかったのは、俺の意見を聞きたかったからだろう。
俺は娘の前に膝をついて屈み込むと、彼女の頭を撫でながら言った。
「いい名前じゃないか。スフィア、これからよろしくな」
「あ……」
スフィアは顔を赤らめて照れている。嬉しいけれど、それをどう言葉にしていいか分からないようだった。
「……アイリックちゃんとか、ちょっとかっこよくない?」
「アイリーンお母さんとお父さんの名前を混ぜたの? 私はそう呼んでもらってもいいよ」
「ふぇぇ……ほんとにいい子。ううん、大丈夫。私だけ抜けがけしちゃいけないし」
スフィアはアイリーンの前にやってきて、彼女の頭を撫でる――アイリーンは照れながらも、頭を下げてスフィアのするがままにさせていた。
そして、姿の見えなかったヴェルレーヌが何をしていたかというと、皆のために夜食を用意してきてくれていた。
「軽いものではあるが、前にご主人様に教えてもらった『透明な麺』を作ってきた。ちゃんとスープの作り方も習った通りにしたぞ」
透明な麺というのは、正式には『ピスタ麺』という。ピスタ地方という土地が原産の緑色の豆から作られる乾麺で、茹でると透明になるのが特徴だ。
小麦のパスタとは異なるクニュクニュとした弾力のある食感が特徴で、噛むと絶妙な歯ごたえでプチンと切れる。
これを様々なスープで食べるのだが、『銀の水瓶亭』で出すときは、海藻と貝などの乾物でダシを取り、そこに煮こごりにして保存してある鶏のスープを加える。あとは茹でた麺を加え、彩りにハーブの葉を散らせば完成だ。
「む……そういえば、人工精霊でも食事はできるのだろうか。魔力を貰って食事とするのか?」
「ううん、物質化してるから食べられるよ。すぐに力に変わっちゃうけど」
「そうなのか……ならば良かった。全員分作ってきたからな、余ってしまっては寂しい」
ヴェルレーヌは器用に大きなトレイを両手で持って運んできていたので、全員が器を受け取る。食欲を湧き立たせる香りがたまらない。
「深夜の食事は、いつもは控えているのですが……この香りには、勝てそうもありません」
「銀の水瓶亭は、いつも私たちの知らない料理を教えてくれて、恥ずかしながら楽しみにさせていただいています」
マナリナとティミスもお気に召したようで、席に着いて皆と共に食べ始める。フォークで絡め取って食べると麺を啜る音が立たないので、品格を大事にする王女姉妹でも問題なく食べられるだろう。
「スフィアちゃん、あーんしてあげようか?」
「うん♪ ありがとう、リムセリットお母さん」
「二人共銀色の髪だから、親子感もすごいっていうか……リムセさんをちっちゃくしたような感じじゃない?」
「彼女はディックの先生だから、魔力の供与をした時も、割合が大きかったんじゃないかしら。魔力の波長が近いほど、共有の効率も良くなるものね」
あのとき流れ込んできた魔力の中で、誰のものが一番大きかったかなんて比べようもなく、みんなに全てを託してもらったと思っている。
そういった心情はさておき、スフィアの世話をする師匠は嬉しそうで――俺も子供の頃、彼女の後をついて回っていたことを思い出していた。
◆◇◆
翌朝、俺は自分の寝室で寝たはずなのに、別の場所で目を覚ました。、
「……すー……すー……」
目の前には、無防備に眠っているアイリーンの姿がある。彼女は窓から差し込む朝の光に反応したが、まだ起きるそぶりは見せなかった。
ここは――師匠の部屋のベッドだ。師匠、スフィア、アイリーンが一緒に寝ていたはずなのだが、師匠とスフィアの姿が見えない。
(俺はいったい……あれ? 何か、身体が小さくなっているような……)
この感覚は、『小さき魂』に意識を移した時に良く似ている。
しかし今までと違うのは、自分の身体が蛍の光ではなく、少女のものになっているということだった。
「……ふぁぁ。お父さん、おはよー」
俺の身体が、勝手に声を発する。そう――俺の意志は、眠っている間にスフィアに移ってしまっていたのだ。
(っ……ど、どういうことだ……悪い、すぐ本体に意識を戻すから……!)
「ううん、お父さんは、もうちょっと休まないといけないみたい。だからね、リムお母さんがお父さんの身体を見てくれてるの」
(……後遺症ってやつか。師匠に面倒をかけちまってるな……スフィア、師匠のところに行ってくれるか?)
「あ……そ、それはだめ。リムお母さんは、いいって言うまで見ちゃだめって。見られたら恥ずかしいからって言ってた」
一体師匠は、俺の身体にどんな治療をしているのだろう――そこまで恥ずかしがるということは、何となく想像はついてしまうのだが。師匠とはいえそこまでしてもらっていいのだろうか、と思ってしまう。
「……ん……んん。あれ……? スフィアちゃん、誰かとお話してた……?」
(うわっ……!)
アイリーンにボタンを留めるようにとあれほど言ったのに、寝ている間に大きく服の前が開いている。
胸が苦しいのかもしれないが、スフィアの視界を借りて、思い切り見えてしまった。
「アイリーンお母さん、おはよー」
「おはよう……はふ。気のせいかな? あれ、リムセさんがいない……?」
「リムお母さんは、ちょっと席を外してるの。アイリーンお母さんは、朝ごはんができるまで寝てていいよ」
「……うん。分かった……ありがと、スフィアちゃん……」
アイリーンは再び毛布にくるまって寝息を立て始める。スフィアが機転の利く子で良かった……事情を説明するのがわりと大変だ。
「お父さん、ミラルカお母さんたちにはなんて言えばいいかな?」
どのみち誤魔化しきれないので、『蛇』討伐の影響がまだ残っているので師匠に身体の様子を見てもらっており、その間は意識がスフィアに移っていると、簡潔明瞭に説明するほかはない。
朝食の席でその旨を皆に説明すると、みんな俺の身体を心配してくれたが、師匠が付きっきりでいると知ると安心してくれた。一部は顔を赤らめたりもしたが。
「ご主人様、情報部から報告したいことがあると先程知らせがあった。少し混乱はあるかもしれぬが、スフィアの姿のままで報告を受けるしかなさそうだな」
「お父さん、私が行っても大丈夫かな?」
(まあ、問題はないだろう。サクヤさんは俺の『小さき魂』を見たことがあるし、俺だってことは信用してくれるだろうからな)
「あなたも大変ね……あまり無理はしない方がいいわよ。何かあったら手伝ってあげるから、いつでも言いなさい」
「私たちも、ディック様には全面的に協力するようにとお父様に仰せつかっております。何でも言ってくださいませ」
スフィアの中にいる状態でも、念話で語りかけることはできるので、俺はミラルカと王女姉妹に返事をした。
(今のところは大丈夫だが、騎竜戦は三人にも観戦してもらうことになるかもしれない。あと六日後だから、北の渓谷に行く準備はしておいてくれ)
「なるかもしれない、ではなくて、私も勿論同行するわ。竜に一緒に乗せてとは言わないから安心しなさい。エルセイン側がもし不届きなことをしたら、お仕置きしてあげなくてはいけないしね」
「ミラルカお母さんたちが見ててくれたら心強いよね、お父さん」
(ああ、そうだな。スフィアも分かってると思うが、母さんたちは王国でも最強のメンバーだから)
「っ……『母さん』って普通に言うのはやめてもらえるかしら。事実ではあるから否定はしないけれど、事情を知らない人に聞かれると説明に困るわ」
(そ、そうか……悪い、俺としたことが気遣いが足りなかった。分かった、気をつけるよ)
「お父さんとお母さんが、本当にお父さんとお母さんになるときは、まだ先だもんね」
「……スフィア、あなたはそういう機微も分かるようだけど、あまり気を遣いすぎなくていいのよ。私と、みんなと、ディックがあなたの生みの親なのだから、私はあなたの本当のお母さんということでいいの」
「うん、分かった。ありがとー、お母さん……あっ……」
ミラルカは言って、屈み込んでスフィアを抱きしめる。スフィアは笑顔になり、ミラルカの背中に手を回してきゅっと服を掴んだ。
そうされると俺も抱きしめられている気分だ、とは言わずに黙っておく。スフィアに宿っていると、日頃はできない経験を次々とすることになりそうだ。
◆◇◆
七番通りにある、馬車の王都中央駅には今日も多くの人が集まっている。
この場所の近くに、情報部の拠点がある。銀の水瓶亭と別にしているのは、あのギルドハウスだけでは、集めた情報の資料などを納めておくスペースがないからだ。
商店の並ぶ区画にある、石造りの二階建ての建物。元は古書店だった建物を買い取ったので、入り口は書店だった当時から変わっていない。偽装になるため、あえて改装したりはしていなかった。
店の扉を開けると、カウンターの中に、うさぎ耳の獣人の女性がいる――サクヤさんだ。
「……あなたは……申し訳ありません、こちらは関係者以外は入店をお断りしておりまして」
「私はディックお父さんの娘で、人工精霊のスフィアと言います。サクヤお姉さん、お父さんがいつもお世話になっています」
「人工、精霊……話に聞いたことはありますが、マスターはそのような研究もなさっていたのですか?」
「それはお父さんも、よく分かってないみたいです。お父さんは、意識だけ私の中にいます。身体のほうは、おうちで安静にしてます」
(驚かせて悪い、サクヤさん。俺の本体は今動けないんだが、師匠が見てくれてるからそのうち良くなると思う。スフィアを俺の代理と思って扱ってくれ)
いつも感情の動きが小さいサクヤさんだが、長いうさぎ耳が小さく動いている。それは彼女が感心している時に見せる仕草だった。
「正直を言って、とても驚いていますが……マスターが彼女の中にいらっしゃることは理解できました。念話だけでも判別できるものですね」
(そう言ってもらえるとありがたい。それで、報告っていうのは?)
「では、奥に参りましょう。そこで、リーザさんが待っています」
奥の部屋にはミーティング用のテーブルが置かれていて、リーザは律儀に席を立って待っていたが、スフィアの姿を見ると目を丸くした。
「あ、あれ……? サクヤさん、その女の子は……?」
「初めまして、スフィア=シルバーです。ディックお父さんの娘です」
「ひぇぇっ……む、娘!? 隠し子とか、いそうとは思ってましたけど、本当にいらっしゃるなんてどう反応していいのか……っ」
「娘さんと言っていい存在ですが、彼女は精霊です。マスターの意識が彼女の中にいらっしゃいますので、失礼のないようにお願いします」
(そういう体で頼む。驚かせて悪いな、リーザ)
「あっ、本当にマスターの声が……魔道具で聞きなれてますけど、念話の声ってくすぐったいんですよね~。スフィアちゃん、じゃあこの席にどうぞ」
「ありがとうございます、リーザお姉ちゃん」
「……ほんとにマスターの娘さんですか? 素直で良い子じゃないですか」
(俺も根は素直なんだよ、多分な。とりあえず話を聞かせてくれ)
「ええ、それなんですけど……みなさんが迷宮探索に行っている間も、情報部には国中から情報が入ってきてまして、私もそれの処理をしてたんですけど。実はですね、ベルベキアの向こう側にある魔族の国なんですが、何か不穏な動きをしてるみたいなんです」
アルベイン王国の西側にあるベルベキア共和国。この国に攻め入ろうとしていたが、俺たちによって侵攻計画を挫かれ、しばらくは動きを見せていなかった。
ベルベキアには、エルセインとは違う魔王国が隣接している。ベルベキアはその脅威に耐えかね、新天地を求めてアルベインに攻め入ろうとした。魔族よりは、人間の国の方が与しやすしと思ったのだろうが、それは俺たちや、高ランク冒険者の存在を度外視していたからだ。
「その魔王国はベルベキアを属国扱いとする不平等な盟約を結んで、年に二度くらい貢ぎ物をさせてます。でも、まだ不穏な動きをしているみたいで……」
(密偵を送り込んできたとか、そういうことか?)
「密偵という確証はないんですが、王国北西の村にある支部から報告があったんです。村の近くの上空を、いつも見ない竜が通っていったそうです」
「アルベイン南東の火山帯にいる火竜ではなく、魔物の生息する地域を好む竜です。偽装を行って火竜のように見せていましたが、明らかに飛行する際の姿が違っていたとのことです」
――魔物の暮らす地の瘴気を好み、魔王国にある迷宮などを巣とする竜種、黒竜。
エルセイン以外でも、黒竜が生育し、軍事に利用されているとしたら。王都の北西を通りすぎた黒竜が、どこに向かっていたのかが問題になる。
「あ……ごめんねスフィアちゃん、難しいお話しちゃって」
「お父さんにとって大事なお話は、私もちゃんとわかります。お父さんは、もしそれが黒い竜だったら、エルセインの国に飛んでいって、悪いことをしないかが心配だって言ってます」
「そうなんですよ、まさにその通りです。といっても、まっすぐエルセインに行かずに、北に抜けていったみたいなんですけど」
(迂回くらいはするだろうな。その黒竜に誰かが乗っていたとしたら……いきなりエルセインの王がやってきたのは、それが理由だったのかもしれない)
「魔王国同士で連携し、アルベインを攻めようとした……ということですか?」
(おそらく、エルセインは利用されたんだ。俺たちを陽動するために使えるとでも思って、ジュリアスを扇動したんだろう)
つまり、エルセインの中に入り込んだ者がいる。あの竜騎士たちの中に紛れていたのか、それとも別にいるのか。
俺はジュリアスの申し出を受けた。それが敵側に伝わっているのなら、ベルベキアを脅かしている魔王国は、必ず騎竜戦に合わせて行動を起こす。
「……あっ、あの、マスター。エルセインから挑まれた戦いって、いつでしたっけ?」
(あと六日後だが、それがどうかしたか?)
「マスター、今の状態がもしその時まで続くのであれば……アルベインの代表としてマスターが出場されるとなると、その姿のままでということになりますが……」
(……それまで俺が自分の身体に戻れないってことはないと思うが、可能性は確かにあるな。もしそうなったら、スフィアの姿で出る。俺の火竜は、俺がどんな姿でもわかるから大丈夫だ)
「分かりました、私がお父さんの代わりに出ます。お父さんがついててくれるので百人力です……あっ、お父さん、私もっと大人らしくした方がいいかな? 代表になるんだったら、子供っぽいことしてたらだめだよね」
(あ、ああ……できるのか?)
スフィアは俺だけでなく、みんなの精神性も引き継いでいる。そんな彼女が本気を出すとどうなるのかというと――。
彼女はいったん目を閉じ、すう、ともう一度開く。その時には、彼女はすでに無邪気な少女ではなくなり、彼女の言う『大人』に切り替わっていた。
「……心配しないで、ディック様。あなたの娘として恥じないように、魔王ジュリアスを軽くあしらってあげる」
薄い胸に手を当て、自信たっぷりに言うスフィア。この振る舞いは、母親の一人に思い切り重なるものがある。
「すごーい、スフィアちゃんはそういう感じにもできるんですね。確かに大人は親離れするものなので、いいかもしれないです」
「何か、ミラルカさんの振る舞いにも似ていますね。ミラルカさんは絶対に『様』をつけないとは思いますが」
サクヤさんは俺に近い感想を抱いたようだった。母の誰の振る舞いも真似られるのかもしれないが、今回はミラルカをベースにしたということか。
「……ディック様……お父さんって言うのと全然違う。お母さんたちも、こういう気持ちなのかな……」
「サクヤさん、これって禁断の愛っていうやつじゃないですか……?」
「人に生み出された精霊は、創造者を至上に考え、愛するものだと聞いたことがあります。つまり、そういうことなのでしょうね」
(い、いや……勝手に納得されても困るが。スフィア、ジュリアスの前だけでいいんだぞ、大人っぽくするのは)
「ううん、私も大人だから、独り立ちしなきゃ。よろしくね、ディック様」
娘が独り立ちした気分を、たった半日で味わうことになるとは。まあ俺が親であることに変わりはないので、今後一切『お父さん』と呼ばれなくなるわけでもないか。
「はぁ~、それにしてもきれいな子……何か、マスターの近くにいる美人さんたちのいいとこどりをしたみたいですよね」
「……そういった事情については、また後日伺いましょうか。マスターもお盛んですね」
「本当にしょうがないんですから、ディック様は」
(お、おいスフィア、お盛んって意味が分かって……い、いやそうか。分かってるんだな)
子供のようなのは見た目だけで、知識は大人顔負けにあるのだ。どんどん精神面が成長しているように見えるのは、備えた知識を使えるようになってきているからだろう。
「……ご、ごめんなさい、ディック様。ちょっと言ってみたかっただけで、お父さんが真面目だってことは、私が一番よくわかってるから」
「そ、そうなんですか。これは女性ギルド員の皆さんにとって朗報ですね」
「やめてさしあげなさい、リーザさん。それは確かに朗報かもしれませんが、マスターにも男性の矜持というものがあるのですよ」
サクヤさんはリーザを牽制してくれるが、少し顔が赤くなっている。そして耳も垂れており、かなり恥じらっていることが見て取れる。それでも彼女は俺の誇りを守ってくれようとしたのだ。
スフィアはそんなサクヤさんをじっと見ている。そして何を言い出すのかと思うと……。
「あの、サクヤさん……だめだったら無理はしなくていいんですけど、そのうさぎの耳を、さわってみてもいいですか……?」
「っ……だ、駄目です。月兎族の耳は繊細な器官で、少し雨に濡れただけでも影響があるのですから……で、でも、どうしてもというなら、少しだけ……」
「わーい♪ じゃあさわります! ふぁぁ、モフモフしてる……柔らかい……」
「っ……マスター、私の反応を見ないようにお願いします。マスターといえど、見せられない姿というものもありますので……んっ……」
(だ、大丈夫だ……俺は何も見ていないぞ)
サクヤさんは座ったままで頭を下げ、耳を垂れて、スフィアに触らせてくれる。俺にもその感触は伝わってきて、くせになりそうな柔らかさだ。
何も見ないなんてことは今の状態では難しいのだが、見ていないことにしておこう。耳は本当に弱いみたいで、サクヤさんの顔が真っ赤になっている。しっとりと汗もかいてしまい、相当な感覚を味わっているようだ。アイリーンもそうだったし、人族以外にはそういう弱点がある場合が多いということか。
「……何かいけない空気になってる気がするんですけど……マスター、それで結局どうします?」
(ああ、方針を決めないとな。全ての支部に、騎竜戦の日は上空を監視するようにと指示を伝えてくれ。敵が飛んできた場合は報告してもらえば、俺の仲間に対応を頼める)
空中から敵が攻めてきても、コーディの力で対抗できる。報告があった支部に転移陣で飛び、そこから光剣で迎撃すればいい。
そして試合の期日までスフィアに宿ったままでも、元の身体に戻れても、実際のところどちらでもいい。皆にはまだ見せていないが、スフィアにもSSSランク相当の力があるので、ジュリアスとの対戦において力不足ということはないからだ。
「……マ、マスター……そろそろ、耳を、解放して、くださ……っ」
「もっとモフモフさせて。ディック様だって、そうしたいと言っているから」
「そこでミラルカさんの口調になると、何か攻めっ気たっぷりですね……あ、でもサクヤさん、そろそろ本当にだめみたいですよ?」
「ひ、他人事だと思って……っ、ス、スフィア様……も、もうお許しください……っ」
「ふふ……こんなにくすぐったがりなんて、サクヤさん、とっても可愛い……♪」
(スフィア、お手柔らかにしてあげてくれ……一気に大人になりすぎだ)
(お父さんがしてみたいこと、私もしたいなと思って。だめだった?)
(っ……ま、まあ、ほどほどにな。俺がサクヤさんの耳を触りたかったというのは、絶対に秘密だぞ)
(はーい♪ ふぁぁ、でも本当に気持ちいい……ずっと触ってたいくらい)
名残惜しそうにサクヤさんの耳を離すスフィア。何とか持ちこたえたサクヤさんはくったりとしながらも、仕方ないというようにスフィアの頭を撫でてくれた。




