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第77話 財宝の山と二度目の帰還

 霊装竜を倒したあと、次の階層に向かう前に、俺たちは散乱している霊装竜の落とした宝石・金貨の類を調べていた。


 竜は光る物が好きで、ねぐらに宝を貯め込む習性がある。それは屍竜ドラゴンゾンビでも変わらないらしく、ミラルカが地盤を砕いたその下には、骨だけでなく大量の金貨と宝石が埋まっていた。


「やっぱりSSSランク相当の魔物は、倒した見返りも大きいね。ディー君、これだけあれば、ひとつ町を丸ごと買い取るくらいはできるよ」


 師匠が宝石を拾って、単眼鏡モノクルを使って観察しながら言う。手のひらに乗るくらいの、純度の高い宝石というだけで、国宝として扱われてもおかしくないほど希少だ。


「魔王クラスの敵だったんだから、それくらいの収穫はあって然るべきだが……毎度のことながら、収穫が大きすぎて選別しないといけないのが辛いところだな」

「国の予算で迷宮探索隊には報酬が出ているので、分配する必要もないのだがな。先立つものがあるといずれ役に立つかもしれない。価値の大きいものは私の籠に入れておこう」


 ヴェルレーヌは師匠の鑑定した宝石の中でも、金貨5千枚以上の価値があるものだけを籠に入れていく。アイリーンはあまり価値がわからないようだが、赤い宝石を気に入って、俺のところに持ってきた。


「ねえねえディック、持って帰ってアクセサリーにしてもいい?」

「ああ、いいぞ。俺は『コア』をもらったから、みんなも欲しいものがあったら遠慮なく持っていってくれ」

「わーい! あたしはこれ一つでいいかな、いっぱい持つと入れるところがないし」

「あなたも迷宮に来るときくらい、ポーチくらい持ってきなさい」


 そう言うミラルカも最低限の小物を入れるバッグしか持っておらず、それも俺のナップザックに詰め込んでいる。彼女も宝石には多少興味があるようで、屈み込んで石を拾い上げていた。


「ディック、これをもらってもいい?」

「ああ、俺の許可を取らなくてもいいぞ」

「じゃあ僕も一つだけ。ピアスの材料になる石が欲しかったから、助かるな」

「死霊を浄化したあとに残ることがある聖石のかけらも落ちていますね……あぁっ、こんなに大きいものまで……すごい……六百四十年もの間、溜まりに溜まった穢れを浄化したことで、こんなに綺麗に……」


 聖石は死霊系の魔物を浄化して倒したときに得られることがあるもので、浄化された魂の残滓ということらしい。


 教会ではさまざまな用途に用いられるので、死霊祓いによって聖石を持ち帰れれば、僧侶たちはほかに見返りを必要としない。ユマが仮面をつけて救った村の人々は、自分から教会に寄進をしてくれるそうだが、本当はそれも必要ないほど聖石には価値があるという。死霊を浄化すれば確実に得られるわけではないことも価値に拍車をかけていた。


 そんな希少品だが、ユマが持っているものは手のひらに乗る宝玉サイズだった。価値が大きすぎる拾得物ばかりで、感覚が麻痺してくる――俺のギルドが一年運営して得る利益を、屍竜を倒しただけで獲得してしまった。


「ディック、このまま残りの宝をそのままにして、ほかのギルドの人たちが地上に持ち帰ると、市場での相場が大きく崩れると思う」

「それについては大丈夫だ。ここだけの話だが、迷宮産の宝石なんかの価値が下がりすぎないように、この国で取れない希少素材と交換できるルートを用意してある。まあ、あまり他国に貴重な宝石を流出させすぎるのも、貴族は嫌がるところなんだけどな。それは調整しつつやっていくつもりだ」

「ディックさんは商人ギルドにも影響力があるんですね……私たちは必要な物資の買い入れはしていますけど、あくまでお得意先というだけの関係です」


 ロッテは感嘆しきって、俺のことを尊敬の目で見てくる。今までさほど好意的でなかっただけに、この反転ぶりには心動かされるものがある――と、俺はミラルカの時も同じようにやられている気がする。


「作戦に参加している人たちへの報酬の分配は、功績通りにできるといいわね。個人で見つけた宝だけでも、探索に投じている費用は賄えていると思うけれど」

「転移陣の守備が主な任務だからね。魔物のほとんどは掃討しているし、新たに湧かない限りは消耗もしない。ただAランク以上の冒険者は、外で任務を受けた方が実入りは大きそうだね」

「そうでもない。Aランクの実力が必要な任務なんて、今の王都にはそうそうないからな。暇を持て余すよりは、俺たちがこぼした魔物を狩るほうが有意義だろう」


 この迷宮探索が始まらなければ、職を失ったも同然の冒険者は多くいた。しかしもう少し早いペースで潜らなければ、守備に投じられる人員が少なく、地上で待機している人々は暇を持て余していることだろう。


 だが、生活の心配がないように報酬を前払いにすると、前金をもらった時点で姿を消す者が多いというのも仕方のない事実だ。ギルドの依頼において前金1に対して後金が10というような契約が多かったり、依頼放棄をして逃げた者を捕らえるための懲罰部隊が置かれていることが多いが、それは金が人を変えることがままあるという経験則によるものだ。


(取ったもの勝ちのようにして価値の高い宝石を残していくのも問題があるか……仕方ない)


「やっぱり方針変更だ。とりあえず、大粒な宝石は全部拾っておく。今後金が必要になる局面があるかもしれないしな」

「ご主人様は、国内に拠点を増やしたいと言っていたからな。この迷宮での収穫は、そういった計画のためにも貯蓄しておくべきだろう」


 ヴェルレーヌの言う通りなのだが、俺は一つ気になっていたことを思い出した。

 俺はいつも、彼女から預かった『魔王の護符』を身に着けている。それはヴェルレーヌに言っていなかったのだが、彼女は先ほどの戦いで、魔王の護符の力を借りていた。


 つまり、ヴェルレーヌは、やろうと思えばいつでも魔王の護符を持ち出せたはずだ。しかし、そうしなかったのは何故なのか。


「……先ほどのことか。やはり、誤魔化すわけにもいかないようだな」

「これまで十分に働いてくれたしな。魔王の護符があった方が、本来の力を発揮できるのなら……」


 そう言いかけたところで、ヴェルレーヌは俺に近づく。そして、長い耳が触れるほどの距離で、耳元で囁きかけてきた。


「それを取り返してしまうと、私は帰らなくてはならなくなるだろう? これでも並々ならぬ覚悟で出奔してきたのでな。そう簡単に帰れるような状況ではないし……」

「なっ……い、いったい、どんな理由をつけて国を出てきたんだ?」


 ヴェルレーヌはくすっと笑うと、適切な距離を取り直し、人差し指を唇に当てた。


「弟が私の葬式を上げるくらいのことはしたかもしれない。もちろん密葬だがな」

「……お前ってやつは。不退転の決意ってやつじゃないのか、それは」

「魔王様……いえ、前魔王陛下。そのような事情がおありになったのですね……そこまでして、ディック様のもとに……」


 ベアトリスはなぜか頬を赤らめている。その裸エプロンを早急に何とかしてやらないと、俺の目に非常に毒だ。とりあえず、使っていない外套コートを彼女にかけてやる。


 しかしまだヴェルレーヌは何か言い足りないらしく、俺とベアトリスの姿を見て憂いを帯びたため息をつきながら話を続けた。


「初めは寝首を掻いてやるつもりだったが、この男には恐ろしいほど隙が無かった。寝ていても私の手首を掴まえて、身動きを取れなくしてくるのだ。魔王といえど私も女、勇者の力にはかなわず、ご主人様と呼ぶから堪忍してくれと懇願したのだ……あの時のことを思うと、今も身体が火照ってしまう」

「ま、待て……そんな話は初耳だぞ。勝手に転がり込んできて、侍女服も自分で準備してきてたじゃないか」

「それは、ご主人様を油断させるためだ。しかし最初の一晩で、私は格付けを思い知らされてしまった……5年間、それなりに修練を積んだはずなのに、かなわなかった。私がその時どう思ったか……ベアトリス、想像できるだろうか?」

「……わ、私は……魔王様のお考えを慮るなど、恐れ多い身分ではありますが。ディック様に、一生連れ添いたいと思われたのではないかと……」


 なぜそうなるのか――俺は魔族のしきたりをあまり知らないのだろうか。ヴェルレーヌもベアトリスも、強い者に従うという習わしがあるような態度だ。


 まさか俺が寝ぼけてヴェルレーヌに寝技か何かを決め、それで屈服させてしまったなんてことが、本当にあったというのか。そんなことをしてしまったのなら、言ってくれれば責任をと考えたところで、違和感に気が付いた。


「ねえ、話が聞こえてきたのだけど。寝首を掻こうとしたというのだから、責任を取るとかは考える必要がないと思うわ」

「そ、そうだ。そうだよな、危ないところだった。かなり先の方まで責任を取ることを考えかけたところだ」

「むぅ、もう少しというところだったのに。ベアトリス、今見ていて分かったと思うが、ご主人様の攻略方法はとても簡単にして明白だ。実践を交えてアプローチをしていかねばならぬ」

「い、いえ……魔王様、私はその、何と言いますか……」


 ベアトリスは魔力補給のために俺と一夜を過ごしたということを、未だに内密にしてくれていた。知られるとどうなるか俺も予測しかねるが、パーティの空気が微妙に悪化するであろうことは想像に難くない。


 しかし少し口ごもっただけでも、ミラルカとヴェルレーヌはピンときたという表情に変わる。ぞくぞくと寒気を覚えつつ、俺は半ば強引に話題を切り替えた。


「コーディ、次の階層の入口も見えてるし、偵察に行ってくるか」

「あはは……僕を逃げ道に利用されても困ってしまうんだけど。まあ、僕くらいは味方をしてあげないといけないかな」


 何か気を回されたが、コーディは何だかんだ言って付き合いが良く、俺と一緒に偵察役を請け負ってくれた。


 十階層は屍竜のいた大広間だけで構成されていて、抜けると十一階層への下り坂があった。螺旋状にうねっているその坂を下りた先には、かすれた転移魔法陣があり、その周囲をぼろぼろに風化した石柱が囲んでいる。


 階層全体をコーディの剣精の光を巡らせて把握する。『光線の探索レーザー・サーチ』という魔法だそうだが、探索を終えるまでに今までより少し時間がかかった。


「この階は……どうやら、向こうの森の中に大きな建築物があるみたいだね」


 洞窟の中に森があるというのはもう驚かない。この階のようにどこからか光が入ってきている階層では、植物が成長するには支障がないからだ。


「建築物……誰がそんなものを作ったんだ? オークか何かか」

「いや、そういった魔物ではないね。王国の兵士たちは、過去に迷宮の守備についていたのは確かだ。しかしある段階になって、防衛に限界が来て少しずつ退くことを余儀なくされ、最後は一階層を死守するのみとなったわけだけど……」

「この階層に居た頃に、何か建てて拠点を置いてたってことか?」

「そうみたいだね。君の言っていた『蛇の祭壇』とは違って、騎士団の工作兵の技術で作られているようだから。でも数十年前には放棄されたようだから、調査しても何も見つからないかもしれない」


 強力な魔物がいないのなら、それは他の人員に任せてもいいかもしれない。藍の乙女亭のカスミさんが来ていることだし、彼女たちかレオニードさんに頼むのもいいだろう。


 ◆◇◆


 パーティのみんなを呼び寄せたあと、師匠は魔法陣の修復を始め、ミラルカは陣魔法で円柱状の石材を切り出し、アイリーンが運んできて、石の祭壇を形作る。


「ミラルカの魔法にはこんな使い方もあるんだな」

「破壊魔法を応用すれば、決まった形に造形することもできるわ」

「ほいせっ! これで全部かな。お師匠様、魔法陣はもうすぐできそう?」

「うん、あと少し……よし、完成したよ。ディー君、今日はもう外に出るんでしょ?」

「ああ。みんなは先に行っててくれるか。俺は一階と六階に連絡してから出るから」


 俺の指示に従い、みんなは一足先に銀の水瓶亭に戻っていった。俺は自分で行き先を指定すると、まず六階層に移動する。


 景色が変化し、周囲に人の気配を感じる。俺のギルドの転移技術師が、転移してきた俺を見るなり一礼した。


「無事にお帰りで何よりです、ギルドマスター」

「ああ、そっちもお疲れ。すまないな、面倒かけて」

「いえ、今回の作戦においては重要な役目ですから。全員が承知して待機しております」


 彼は壮年の男性だが、俺に対して敬意を払ってくれている。それも相応の報酬を支払っているからではあるが、有能な人材が忠節を尽くして仕事に当たってくれるのはありがたい。


「落ち着いたら、ギルドのみんなで一度は飲もう。報酬も弾める予定だ」

「おお、それは何よりでございますな。我々は待遇には満足しておりますが、転移魔法陣にそれぞれ一人ずつ配置されますので、話す機会ができるのは喜ばしいことです」

「いや、ちゃんと臨時報酬は出すつもりだ。家族にいい報告をしてやってくれ」


 今回の作戦に加わってくれたギルド員には、ギルドマスターとして相応に報いたい。その気持ちを伝えたかっただけなのだが、彼はずっと深く頭を下げたままでいた。


「まあそういうことでよろしく頼む……カスミさん、レオニードさん。お疲れ様です。レオニードさん、もしかして五階層を通って来たんですか?」


 レオニードさんのパーティは傷を負っている。レオニードさんは頭をかきつつ、申し訳なさそうにこちらにやってきた。


「忠告を受けておいて、好奇心に駆られちまった。黒い転移装置をいじったら、骨の魔物が居る場所に飛ばされてな……何度か転移して、ようやく脱出できた。いや、死ぬかと思ったぜ」

「死ぬかと思ったでは済まぬぞ、御仁。ディックも冗談で忠告しているわけではないのだから、腕に覚えがあろうと従うべきであろう」

「ぐぅ……そう言われちゃ何も反論できねえ。だがこれで、1階層から5階層までは何とか探索は終えたと思うぜ。あの転移の罠も、もう打ち止めだろう」


 こういうこともあるので、できるだけ俺たちが万難を排した方がいいのだろうかとも思う。レオニードさんは信頼できるが、血の気が多いのは玉に瑕だ。


「無事で何よりでした、レオニードさん。あの装置を前にすると血が騒ぐのは分かります、俺たちの仲間もそうでしたから」

「すまねえな、責任者をカスミの嬢ちゃんに任せておいて、自分は好き勝手冒険しちまってよ。それにしてもディック、取らずにおいたっていう宝物がとんでもない量転がってたが、あれは一旦片付けていいんだよな? うちのギルドの連中が震えながらかき集めてきたぜ」

「ええ、それは待機組にも分配してやってください。自分たちで魔物を倒した分は自分の取り分と決めてますが、如何せん俺たちがほとんど倒してるので、ボーナスがないのは寂しいでしょう」

「お前……分かっちゃいたが、途方もなく器のでかい男だな」

「待機組とは、私たちのことも含むのか。それは豪気じゃな……ディック、そなたはそれで良いのか?」


 屍竜で得た収穫は、浅い層の魔物から得られる収穫とは桁違いの価値がある。シェリーが危惧した通り、持ち帰って換金すると王国の経済に影響が出てしまうくらいだ。


 だが、バグベアやオークの残す宝でも、普通の冒険者には十分すぎる収入である。亜人種の巣を見つけて宝を持ち帰れば、それは冒険者の月収に軽々届き、下手をすれば数年は何もしないで暮らせるほどなのだ。


 冒険者が仕事にあぶれても他の職に移らないことが多いのは、そういった面もある。一度冒険で身を立ててしまった者は、他の職業に就いて第二の人生を送ることが難しくなる。


「近年はどうしても依頼が不足して、生活に苦しむギルド員も居たからのう……私が言ってはならんことじゃが、此度の迷宮任務はある意味で天恵とも言える。皮肉なものじゃな、『蛇』は王都を滅ぼす力を持っておるというのに」

「まあ、地上の魔物やら悪党を倒すのも、本質的には変わらねえよ。そう考えて、今はそれぞれの仕事をこなすとしようや……ディック、そう言っておいて無謀を犯してこのザマだ。叱責の一つでもしたい気持ちはあるだろうが、本気で反省してる。俺のギルドを探索から外すことはしないでくれるか」

「ああいや、それは全く考えてないですよ。レオニードさん、11階層まで行ってきたので、守備隊を配置し直してもらえますか。あと、11階層には手ごろな探索場所があるので、カスミさんと協力して調査してみてください。他の人員に任せるかどうかは、お二人の判断に任せます」


 おお、とレオニードさんが目を輝かせる。カスミさんはずっと閉じていた目を開く――『心眼』で視界を得ているが、彼女の瞳自体は何も映してはいない。だが、俺のことはしっかりと見えているはずだ。


「……まだ改めてそういった話はしておらぬが。ディック、お主にはやはり、あの役職を務めてもらいたいものじゃな。お主は苦手じゃろうが、適任者がほかにおらぬ」

「そうだな……グランド・ギルドマスター。12のギルドが発足したとき、そのすべてを統括した者の称号だ。無色の蛇遣い亭の初代マスターだけが、その名で呼ばれていた」

「それは、今回の任務が終わってから改めて合議で決めたいところですね」

「ふふっ……奥ゆかしい男じゃな、相変わらず。到底かなわぬと分かっておるが、そんなお主を見ておると、是が非でも手合わせを願いたくなる」


 カスミさんは魔王討伐隊の俺に憧れを抱いているとのことで、過去に何度も手合わせを申し込まれているが、都合が合わず受けられていない。


「お主に見直してもらうためにも、務めを果たすとしよう。レオニード殿、十一層に転移する人員を選抜しようぞ」

「ああ、その前に一つ……カスミさん、顔を包帯で覆った男が、今日の探索隊に居たと思いますが。どういった流れで参加したかわかりますか?」

「ギャレットという男じゃな。Aランクの冒険者で、今日の探索から加わり、六層に転移しておる。その男じゃが、先ほど六階層を巡回する部隊に加わったあと、行方をくらませてしまった……罠にでもかかったのじゃろうかと、案じていたのじゃがな」


 ギャレット――クライブはその人物に成りすまして潜り込んだ。そうなるとギャレットが生きているかどうかが気にかかるところだ。どこかに監禁されているということなら、情報網に引っかかる可能性もあるか。


「教えてくれてありがとう、カスミさん。それだけ分かれば十分です」

「そなたには初めに会った時から言っておるが、もっと気兼ねなく話してもらって良いのじゃぞ?」

「敬語が苦手ってことですか。分かりました……いや、分かった。カスミさん、これでいいか?」

「う、うむ。それで良い……むしろ、それが良い。これからは常に続けて欲しいものじゃ」

「くっくっ……ディック、そのうちお前、刺されはしねえが誘拐でもされんじゃねえか?」

「何か聞こえたようじゃが、レオニードの御仁。私は悪党ではないので、そんなことはせぬぞ」


 カスミさんのことを言ったわけではないのに、彼女がなぜか予防線を引く。

 しかし誘拐とは、仮にされたとしてどうなるのだろう。縛られて「くっ、殺せ!」とか言わされるのだろうか。

 俺を縛れたら大したもんだとか言いながら脱出して、逆に縛り返すくらいしか我ながらビジョンが浮かばない。カスミさんのゆったりした布でできた特徴的な装備を、縄で縛ったりしたら――と、脱線しすぎだ。


「ただでさえ、エルフの女性に酒場の店長を任せて、同居しているというのに……ディックには女難の層が出ておるが、私はむしろ厄払いをするつもりでおるからの。頼ってくれて構わぬぞ?」

「え、えーと……と、とりあえず、手合わせをしてから考えさせてもらえるかな」

「まだ嫁に行き急ぐ年じゃねえと思うがなぁ。まったく最近の若い娘ってやつは、大胆極まりねえぜ」


 そうだった、カスミさんはなぜか俺に惚れ込んでいるのだった。

 強いからというだけで好意を持たれているわけではないと思うのだが――こちらから俺の何が気に入ったのかと聞くのも、自意識が過剰すぎる。


「銀の水瓶亭のもてなしは、素晴らしいものじゃと噂に聞いておる。この件が落ち着いたら、客として来店させてもらいたいものじゃ」

「いつでも来てもらって構わないけどな。レオニードさんも、時間的に他で食事が難しかったらうちの店に来てください」

「おっ、いいのか? じゃあそのうち世話になるとするか。あまり連れて行きたくねえんだが、うちの孫が銀の水瓶亭に行きたいって聞かなくてなぁ……一つ言っておくが、手は出すなよ? まだ十五なんだからな」

「だ、大丈夫ですよ。俺をどういう奴だと思ってるんですか」


 カスミさんとレオニードさんはすぐに答えず、肩をすくめる。とてもこちらの口からは言えないという顔である。


 パーティーのメンバーが俺以外女性という状況にあっては、女好きと思われても仕方がない……のだろうか。俺は何もやましいことはしていないし、適切な距離を保っているはずなのだが。


「生真面目な女殺しというのは、手強いものじゃな。手癖が適度に悪い方が、女としては助かるともいえるか」

「遊び人よりは堅物の方が、俺はいいと思うがな。まあ食い散らかすのだけはやめろよ、本気で刺されるからな。がっはっはっ……!」


 豪快に笑いながら、カスミさんとレオニードさんは自分のギルド員のもとに向かう。

 

 食い散らかす、なんて言われると、まず食うとはどういうことだと考えてしまう。


(……まあそういうことなんだろうが……パーティメンバーをそういう目で見るのは、俺の主義に反する……いやしかし……)


 銀の水瓶亭に転移させてもらうように頼み、周囲の景色が変わり始める中でも、俺はレオニードさんに変なことを言われたせいで、緊張感のないことを妄想してしまっていた。


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