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第76話 霊装竜と解放召喚

 八層で過ごした時間は思いがけず長くなったが、日が変わるまでには十一層に辿り着いておきたい。


 一日五層、理想を言えばより多く進めるだけ進みたいところだ。迷宮探索のペースを掴めれば攻略も早くなると思いたいのだが、進むほど敵が強くなることも、難解な仕掛けが待ち受けていることもあるだろう。


 テントの撤収をして、ヴェルレーヌの魔法の収納籠バスケットに入れてもらう。荷物持ちは俺がやろうかと思ったが、彼女は特に苦にしていないようだ。もっとも元魔王だけに身体能力も半端ではないので、心配することもないのだが。


「ふふっ……やはりレディ・ファーストが徹底しているのだな。ご主人様はこれだから愛らしい」

「な、なんだ……俺は別に何も考えてないぞ?」

「目を見れば分かる、荷物を持ってくれようとしたのだろう。だが心配は必要ない、魔法で軽量化できるのでな。私も女なので、優しくされるのも嫌いではないが……むしろ、時にはそうしてくれるとありがたい」

「そこまで言うなら俺に持たせてもいいんだぞ。みんなそうだったしな」


 ミラルカやユマの着替えなどが入った大容量の革のナップザックを背負い、余計なものは置いていかないかと提案していたのは最初だけで、魔王国に入っても女性ものの装備や服が増えていく一方だった。毎日着替えたいと言って実行するミラルカに、下着すらずっと変えられないのが本物の旅だ、と幾度言おうとしたことか。


 当時コーディが俺に荷物を預けなかった理由は、今にしてみればよくわかる。アイリーンは着替えなくても大丈夫な俺と同じ野生派だったが、ミラルカの影響を受けてだんだん綺麗好きになっていった。ユマは僧侶なので、毎日水浴びをしなければと言って――よく魔王討伐の旅を、三ヶ月で完遂できたものだと思う。


「……なぜ遠い目でこちらを見ているのかしら。私に目の焦点を合わせたくないっていうの?」

「きっとディックさんは、何か思い出されているんだと思います。このきれいな湖に、思うところがあるというお顔です」

「ああ、まあな。いろいろと思い出してたよ」

「ディックの昔のこと……私たちはまだよく知らない。もっと教えてもらわないと……」

「お姉さま、今は迷宮攻略に集中しましょう。地上に戻ってからなら、お話をする時間はたくさんありますし」


 二人とも、俺に対する意識が変わったからといって戦闘で気を抜いたりということはなさそうだ。彼女たちもできれば戦力として数えたいが、ランクの違いは忘れてはならない。俺たちが楽勝の相手でも、彼女たちに迂闊に相手をさせることは避けるべきだろう。


「ご主人様、八階層にはもはや脅威はない。しかし、次の階層なのだが……コーディ殿が偵察をしてきたところ、どうも奇妙なことになっているらしいのだ」

「奇妙……この迷宮じゃ、もはや何が起きても驚かないけどな。コーディ、どんな感じだったんだ?」

「それが、生物の気配が全くないんだ。辺りには白骨化した魔獣の骨が数多く残されていたけど、ユマが言うには、通常なら残っているはずの死霊が一体も見当たらないらしくてね」

「はい……何らかの原因があって、死霊が浄化されたのだと考えることはできます。でも、迷宮の魔物の死霊は、他の魔物の屍に取り憑いて動かしてしまうことが多いんです。それが一切ないというのは、普通では考えられません」


 死霊が屍に取りつくことで、不死系の魔物が生まれる。五階層で戦った竜骨剣士ドラゴスケルトン、そして屍喰鬼グールなどがそれに当たり、麻痺毒などを持っていることが多いが、油断しなければさほど苦戦はしない。


 冒険者のパーティに一人は僧侶が必須だと言われるのは、死霊を浄化しないと後で敵が増える可能性があるからだ。しかし、下の九階層には骨はあっても、死霊はいないという。


 場所によっては、死霊が存在できずに浄化される場合もあるが、それは最も都合がいい考えだ。警戒はしておくに越したことはない。


「とりあえず、降りてみよう。実際に俺の目でも、どういう状況か見てみたい」


 九階層を目指し、俺たちは歩き始める。湖に棲むアクアランたちは、アイリーンに追いかけられて懲りたのか、俺たちが立ち去るまで姿を見せることはなかった。


 ◆◇◆


 九階層は岩壁の洞窟だった。青黒い石壁の洞窟が、うねるように先へと続いている――広いので音がよく反響するが、敵の気配は感じない。ひゅるひゅると音を立てて、乾いた風が流れているだけだ。


 ドラゴンキマイラはここも通ったはずだが、足跡は残っていない。しかしよく見ると、壁に破砕されたような痕跡が残っている。ここで、それほど遠くない時期に巨大な生物同士が戦ったのではないか――俺はそう推論を立てる。


 コーディが言っていた通り、周囲には風化して原形を留めていないが、魔獣のものらしき骨がある。風でさらさらと崩れるほどに古く、見た目は白い灰か何かのようだ。それらが骨になったのはずっと昔のことだろう。


 ユマが先ほどコーディとここに来た時に浄化したらしく、辺りに瘴気は溜まっていない。不死者に対して強い俺とコーディが前を歩くが、敵の気配は――と考えかけて。


 しばらく歩いたところで、獣のような何者かの声が、洞窟の先から聞こえてきた。


 一体ではない、多くの声が同時に聞こえてくるようにも思える。九階層か、それとも十階層からなのか。

 どちらにせよ、尋常ではない何かがこの先にいる。俺ですら不安を喚起させられるようなその声に、ロッテは言葉を失くして青ざめていた。


 しかし、シェリーは落ち着いている。蛇の分霊の力を宿した彼女は、今までより強くなっている――その実力がどれほどなのかを知るには、冒険者強度の測定器を使ってもらうのがよさそうだが、今はヴェルレーヌの数値を記録したままなので、地上に戻って解析が終わった後だ。


 ――だが、この先に進めば、否応なしにシェリーとロッテも戦いに参加することになるかもしれない。


「……ディック、私は大丈夫。足は引っ張らないようにするから」

「ね、姉さま……力が及ばないと分かるようなら、控えていた方が……」

「ロッテのことも私が守る。今なら、それができると思う……私はお姉ちゃんだから」

「分かった。俺たちで何とかできればそれに越したことはないが、緊急時は自分の身は自分で守るんだ。この先には、おそらく何かの異変を起こした魔物がいる」

「ドラゴンキマイラ以上の敵ということもありうるわね……高位の魔物は特殊な能力を持っている場合があるから、どんな能力かを見定めないと」


 全員に緊張が走る。ゆっくりと下っていく道は広く、オォォ、と形容しがたい声が聞こえ続けている。


「ディックさん……次の階層に、とても禍々しいものがいます。迷える魂が、そこに集中しています……!」

「魂って、この階層の魔物の死霊のことだよな。それが下の階層に集まるってことは……」

「広い範囲の死霊を集めてる……ベアトリスちゃんと同じような力を持ってるっていうこと……?」


 あの屋敷に居合わせたアイリーンも思い当たったようだった。レイスクィーンのベアトリスも、屋敷に住んでいるだけで死霊を呼び寄せてしまい、幽霊屋敷と呼ばれる原因となっていた。


 そういった能力を持つ魔物が、他にもいる。レイスクィーンのベアトリス――六魔公と呼ばれる家に属する高位の魔族である彼女だが、この迷宮には同等の能力を持つ魔物がいてもおかしくない。


「いずれにせよ、行くしかないな……みんな、強化魔法はかけておく。戦いが始まったら指示出しをするが……」

「大丈夫、いつも通りでいいんだよ。僕たちもそのつもりで心構えはしてる」

「今度こそちょっとは格闘が通じやすい相手が来て欲しいけど、この迷宮はちょっとそう簡単にいきそうもないよね~……」

「アイリーン、大丈夫よ。パーティが集まっているのだから、捕まって大変な目に遭うこともないわ」


 ミラルカがアイリーンの肩に手を置いて言う。それで緊張が和らいだのか、アイリーンは笑った。


「ミラルカってみんなと一緒だと度胸がすわってるよね~。怖いの嫌いじゃなかったっけ?」

「そ、そんなことは……急に驚かされるのが嫌いなだけよ。この布陣なら、奇襲はディックが何とかしてくれるもの」

「ディー君、責任重大だね。いきなり敵が出てきても、大声を上げずに驚いてね」

「それどころじゃないと思うんだがな……まあいい。行くぞ」


 昔は後方からみんなを指揮していた俺だが、前に出たらそれができないというわけでもない。コーディと一緒に先に進んでいくが、彼女は実に頼もしいことに、どんな事態にも即応するべく全身に気迫を漲らせている。


「このところ戦いの前に緊張するということもなかったけど。今は肌で感じるよ……間違いなく、この先に『怪物』がいる」

「分かってて正面から近づいていくのも、なかなか肝が冷えるもんだな。辺りの壁に気づいたか?」

「焼け焦げた痕跡があるね。ここは、戦場だったんだ……この迷宮では魔物たち同士が争い、そして強いものがその場に居座るんだろう」


 敵はドラゴンキマイラよりも強く、キマイラのブレスに耐える防御力を持つ。そして、死霊を集めている。


 それが何を意味するのか。三十分ほど歩き、次の階層に続く下り坂を降りた後、俺はその答えを知った。


「――コーディッ!」

「っ……!」


 ――光剣ライトブレード光弾幕バレット・カーテン――


 コーディは光剣を呼び出すと、有無を言わさず、前方の暗闇に向けて光弾の嵐を打ち込んだ。


 光が幾筋も空間を駆け抜け、広大な広間の全貌が、瞬くように浮かび上がる。その間に俺は『明かりライティング』の魔法を使い、発生させた光球を上方に投げつけて炸裂させ、明かりとする。これで、十五分は照らし続けられるはずだ。


 だが、コーディの光弾を受けながら、明かりに照らし出されたそのドラゴンキマイラを凌ぐ巨躯を見て、俺とコーディは一瞬言葉を失った。


「なんだ……あれは……っ」


 ――無数の死霊が、骨だけになった屍竜ドラゴンゾンビの身体の周りを浮遊している。その死霊のひとつひとつが、コーディの光弾を受けて弾け飛ぶが、屍竜の周りを守るように、後から後から死霊が地面から出現する。


「オォォォォ……ォォォ……」


 骨だけの竜は雄たけびを上げることもできず、ただ風を震わせるのみ。それが、俺たちの耳に届いていたのだ。


 まるで小山のような大きさの骨の竜。これではもし光弾が届いたとしても、一部を削ることしかできない。


 その何もない虚ろな眼窩が輝く。そして屍竜が顎を開いてブレスを吐く――炎でも、他のどの属性でもない。俺たちに向かって撃ち出されたものは、死霊――それも、凄まじい数を圧縮した塊だった。


 ――死霊砲フォビドゥン・カノン――


「クオォォォォォォッ……!」


(ユマ、力を借りるぞ……!)


 俺は後ろにいるメンバーに被害をそらさないために、『防壁の檻』を展開する。同時にユマから浄化の力を借りる――パーティを組んだ相手の力ならばいつでも借りて使える、本来パーティメンバーの魔力が枯渇した時、俺の魔力を共有して補助するために覚えた技術だったが、今はそれが役に立った。


 ――魔力剣スピリットブレード邪魂浄滅イクソシズム――


「うぉぉっ……!」


 俺たちパーティを全員巻き込むほどの範囲を持つ死霊のブレスを、俺はユマの力を借りて作り出した魔力剣で、正面から切り裂く。


 死霊に対して有効な攻撃ならば、確実に相殺できる――そう確信してのことだが、斬撃で死霊のブレスを浄化するまでに予想以上に魔力を消耗する。圧縮された死霊の数は、予測よりも遥かに多かった。


 そして俺がブレスを防いだからか、屍竜は俺を標的として執拗に狙い始める。囮になっていなければ、他のメンバーを狙われる――ならば、常に『邪魂浄滅』を放てる状態で屍竜に警戒させ、引き付けるしかない。


「みんな、敵の攻撃の軌道から外れろ! 俺が標的をそらす!」


 凌ぎ切ったあと皆に指示を出す。アイリーンは既に走り出し、少しでも俺を補助するべく、屍竜に近接戦闘を挑みにかかる。


 既に彼女の身体は、赤色の闘気で包まれている。最初から鬼神化して挑まなくては勝てない相手だと見切ったのだ。


「――やぁぁぁっ! 羅刹残月蹴っ!」


 屍竜は骨だけの前足を、死霊を装甲のようにして覆い、一撃必殺のはずのアイリーンの延髄への蹴りを受け止める。受け止めた死霊は爆散するが、本体の腕骨を砕くことはできず、アイリーンはすぐさま『修羅残影拳』を繰り出し、六人に分身して猛攻撃を始める。 


 アイリーンが何を狙っているか――もちろん、敵の防御を削り、隙を突いて本体の骨格を砕こうとしている。だがそれがならずとも、彼女は絶えず攻撃を続けて、死霊の装甲を少しでも剥がそうとしていた。


「――アイリーン、引けっ!」

「くっ……!」


 猛烈な悪寒が走り、俺は叫ぶ。屍竜はアイリーンの攻撃を防ぎながら、自分の周囲すべてを巻き込む攻撃を繰り出そうとしている――その予想通りだった。


 ――不浄なる隔絶ワイアード・リジェクト――


「っ……こ、こんな……っ」


 アイリーンが声を上げるのも無理はなかった。屍竜の足元から、ブレスとほぼ同じ威力に見える死霊の集合体が全方位に向けて柱のように突きあがったのだ。


 あと少し密着して攻撃を続けていたら、アイリーンも巻き込まれていた。鬼神の闘気に包まれ、俺の強化魔法で防御力を極限まで高めていても、まともに喰らえばただでは済まない。


 あの攻撃は『死』そのものだという予感がある。死霊が身体に触れると生命力を奪われるのだから、その集合体がまともに身体を貫通されたら、生命力を根こそぎ持っていかれてしまう。


 アイリーンには一度引かせるが、屍竜は腕を振り、死霊の塊を刃に変えて攻撃しようとする。回避に徹したアイリーンは、反撃の意思を瞳に宿しながらも、標的をそらすことに徹する――そして。


「――ユマちゃん、お願いっ!」

「はいっ……お鎮めしてさしあげます……っ、迷える魂よ、天に召されよ!」


 ユマの身体から放たれた浄化の光。屍竜は反応してブレスを放とうとするが、その前に屍竜の全身がユマの光に曝された。


「コォォォァァァッ……!」


 苦しむように屍竜が声を上げる。だが、その表面を装甲として覆っていた死霊が浄化されて消えても、屍竜の本体にまで光が届かない――王都の全域を浄化するユマの力でも、一度には屍竜の装甲を剥がしきることができなかった。


「――クォォォォォッ!」


(ディックさん、あの骨の竜は、足元の地中に凄まじい数の死霊を集めています……そこから死霊を引き出して、力に変えているんです。でも、竜の足元に浄化の力を届かせるには、竜を倒さないと……)


 ユマの声が聞こえてくる。パーティ全員と魔力でつながっている俺は、魔道具を使わずとも意思を読み取り、答えを伝えることもできる。


(ユマは常に浄化の光を浴びせ続けて、竜の装甲の再生を少しでも遅らせてくれ。ミラルカ、竜の足元に破壊陣を展開して地面を掘りぬけるか?)


(ええ、やってみるわ。けれど詠唱の間は無防備になってしまう……)


(大丈夫、私がついてるから。ディー君、あの竜のコアを壊さないと! 胸郭の中の、心臓のところにあるからっ!)


 核――巨大スライムを倒したときに手に入れた、魔物の本体と言える部分。それが、この骨の竜にも存在している。


 永きに渡り、九階層と十階層で死んだ魔物が元になった、膨大な数の死霊を集めている骨の竜。攻撃と防御に渡って無数の死霊を使い、一体にして不死者の軍勢にも等しい力を持つ存在は、『霊装竜レギオン・ドラゴン』と呼ぶにふさわしい。


 奴をあの場所から動かすことは難しい。ならば装甲を削りきらなくてはならないが、コーディの光弾の嵐を受け、ユマの浄化の光を浴びながらも、恐るべきことに装甲の再生速度の方が勝っている。


(もう少し攻撃の密度を上げれば、再生が途切れるはずだ……その瞬間に俺が胸郭の装甲を破壊し、コアを壊すしかない。だが俺が攻撃に加われば、ブレスの標的に後衛のみんなが入ってしまう……!)


 あのブレスの威力は常軌を逸している。コーディは防げるかもしれないが、『かもしれない』で他の仲間にブレスを撃たせるわけにはいかない。


 屍竜はコーディとアイリーンに対して、翼から骨の槍を射出し、腕を振るい、尻尾を振り回して常に反撃し続けている。それで防御が崩れないというのは、脅威というほかない。


 手数を増やしたいが、師匠は屍竜が時折後衛を狙って飛ばしてくる骨の槍から、ミラルカとユマを守ることに集中している。


 他のこちらの戦力は、シェリーとロッテ――彼女たちが攻撃に加わったとして、装甲の破壊に寄与できるのか否か。


 ――今のシェリーならば、あるいは。その思いに応じるように、彼女の強い思念が伝わってくる。


(ディック……私を頼って。少しでも力になりたいの……っ、『幻影蛇鞭ファントム・スネイク』!)


 シェリーが繰り出した技を見て、俺は目を疑う――彼女が鞭を振ると、その一撃が空間を超えて、直接屍竜に叩き込まれた。


「――っ!」


 シェリーは手首を切り返して、連続で屍竜に鞭を撃ちこむ。『蛇』の分霊の力が、シェリーの鞭の一撃を、屍竜の身体の近くに転移させることで、攻撃を届かせているのだ。


 シェリーは手首を切り返し、鞭を生き物のように振るって、屍竜に猛攻を開始する。その未知の攻撃を見てコーディとアイリーンは目を見開いたが、すぐにシェリーに負けじと攻撃を再開する――屍竜は吼え、シェリーを狙おうとするが、俺は魔力剣の一撃を入れて注意を引き、標的をそらした。


 だが、屍竜もまた、一体だけでは防戦一方になると悟ると次の手を打つ。屍竜の周囲の地面から、骨だけの狼――スケルトンウルフとでも呼ぶべきものが現れ、後衛の皆を狙って襲い掛かってくる。


「これくらいの敵なら……っ、やぁぁっ! 『風車撃スパイラル・スマッシュ』!」


 そこで果敢に前に出たのはロッテだった。フレイルは、骨系の魔物には相性がいい――屍竜には防がれる攻撃でも、骨の狼を砕くことは造作でもなかった。遠心力を載せた金属球が、相手を一撃でバラバラに破砕する。


 これで戦闘は拮抗状態になり、時間を稼ぐことができる。最後のひと押しには、ヴェルレーヌの力が必要だ。


 ミラルカの陣魔法は屍竜の足元の死霊を一気に浄化するために仕掛けているが、そのためには屍竜を一瞬でもいい、怯ませなくてはならない。装甲の生成を止める、あるいは遅らせることさえできれば――。


「ヴェルレーヌ、『彼女』を呼んでくれ! 彼女なら、屍竜の力を相殺できるかもしれない!」


 この戦いが始まってから、ずっと考えていたことがあった。屍竜の力の根源は、死霊――それを集める力。


 ならば、もう一人この場に、死霊を集める力を持つ者がいれば。


 王都の全域から死霊を集める力を持つ彼女が、この場に居てくれたら――あの怪物の防御を、貫ける。


 ヴェルレーヌは遺失魔法で仕掛けることも考えていたようだが、俺の指示を受けて途中で詠唱を切り替える。


「そうだ……なぜ私は気が付かなかったのだ。『彼女』の力を引き出せば……!」


 彼女は前方に手をかざし、魔法陣を発生させる。それは『満たされぬ者』を呼び出すときに使ったものと似ていて、また非なる召還陣だった。


「我が主の眷属、死霊の女王たるレイスクィーン。魔神バルドの名のもとに、その力をひととき解放し、現界せよ!」


 ――ベアトリス・シルバー。


 彼女ならば、屍竜の足元から無限に現れる死霊を、自らに引き寄せることができるかもしれない。


 召還陣から、白い裸身を持つ銀髪の少女が姿を現す。しかし、俺が知っている彼女とは違う――ヴェルレーヌの持つ魔力と、そして、俺が常に持ち歩いている『魔王の護符』から、召還陣に力が吸い上げられている。


(ご主人様、済まぬが護符の力を借りたぞ……魔力の共有をしたときに、こちらからも引き出せる気配があったのでな。心配するな、『解放召喚』をするために、魔王の力を取り戻す必要があっただけだ)


 解放召喚。それは、魔王が魔王たりえるための力――魔王の眷属の力を引き出す召喚魔法だった。


 彼女が得意とするのは精霊魔法だけではない。『満たされぬ者』を呼び出してサンドワームを撃破した時のように、召喚魔法も極めているということだ。そしてその召喚魔法は、失われた技術――遺失魔法に相当している。


 ヴェルレーヌは自分、あるいは主人である俺が『眷属』とした魔族を召喚することができる。その際に魔王の護符の力を借り、自分の魔力を代償にすることで、召喚した眷属は一時的に強化された状態で呼び出されるのだ。


「屍の竜よ……暗い地の底で、力を蓄えてきたのですね。ですが、我が主の道を塞ぐことは何人たりとも許しません……『万魔死装パンデモニウム・フォーム』!」


 ベアトリスの解放された力――それは、死霊を自らを守る装甲に変える力。それは屍竜と同質の力であるが、発生する現象はまるで違うものに見えた。


 召喚されたベアトリスの裸身が、白い花びらか何かのように変換された装甲で、少しずつ覆われていく。屍竜が自分の装甲を再生させるために呼び寄せている死霊の一部を、彼女は強引に引き寄せて、自分の装甲に変換していた。


 レイスクィーン――死霊の女王のまとうドレスが、織り上げられていく。だが、それを最後まで見届けることはできない、今がベアトリスの作ってくれた絶好機だからだ。


(仕掛けるぞ、みんな! 全力で攻撃すれば、必ず再生は止まる!)


「了解っ……!」

「近づかないと攻撃できないと思わないでよね……っ、『羅刹紅天翔』!」

「『幻影の蛇ファントム・スネイク』!」


 コーディが光弾を放ち、アイリーンは赤い闘気を練り上げて気弾として撃ち出し、シェリーが無数の鞭打を叩き込む――屍竜の装甲が爆砕し、はじけ飛び、再生が始まる。同時に俺は正面から屍竜に肉薄していた。直線軌道で動けばブレスで狙われるが、相殺できないわけではない。今までかわし続けてきたのは、奴の装甲を貫くために準備が必要だったからだ。


 胸郭の中にある核を最短距離で狙うには、懐に入るしかない。総攻撃をかけて再生が追い付かなくなれば、必ず届く……!


「うぉぉぉぉっ!」

「クォォォォォッッ……!」


 圧縮された死霊を撃ち出すブレス――俺はユマの力を借り、それを切り裂き、さらに踏み込む。


 二度目のブレスではなく、屍竜は全方位への反撃を選択する。しかし俺に一瞬でも時間を与えれば、それは事を終えたのと同じことだった。


 残影ではなく、自らが転移する――ユマの浄化の気を纏い、俺自身が弾丸となって、屍竜を穿つ。


「――貫けぇぇぇっ!」


 ――邪魂浄滅イクソシズム転移突破ワープドライブ――


 屍竜の装甲の再生が、ついに間に合わなくなる。その瞬間が、俺の目には確かに見えていた。


 瞬きの後には、転移魔法で加速した俺は屍竜の胴体を貫いて、前方の上空に斬撃を繰り出した姿勢で突き抜けていた。


 手には、青く脈動する心臓のような宝玉――屍竜の胸にあったコアが握られている。そして着地すると同時に、大気が震えた。


「コアァァァァァッ……!」


 屍竜が断末魔を上げる。その瞬間、解放された死霊が暴れ出そうとする――だが、屍竜の核が失われた今、統率を失った死霊は、ユマの浄化に耐えることなどできはしない。


 ユマは瞳を閉じ、煌々と浄化の光を放ち始める。ベアトリスが影響を受けないように師匠が保護する。そして、最後にミラルカが、地面に埋まっている死霊すらもすべて浄化するために、陣魔法を発動させる。


「浄化されたら、今度こそ永久に眠るがいいわ……おやすみなさい」


 ――『広域殲滅型十式・地裂岩砕陣』――


 屍竜の足元の地盤が爆砕する。巻き上がった魔物の骨を、ユマの力が残らず浄化していく。


 屍竜は原形を留めていられなくなり、ぼろぼろと崩れるようにして消えさっていく。元は、どんな姿をしていた竜だったのか――知る由もないが、倒さなくてはならなかったことに違いはない。


「――クォォォッ……オォ……ォォォ……」


 巻き起こる砂埃を魔力の防壁で防ぎ、完全に収まるまで待つ。ようやく静まったあと、俺は改めてみんなを見やった。


「厄介な相手だったな……うわっ……!」

「ディック様……ああ、お会いしたかった……迷宮に潜られると聞いてから、お屋敷に居ても、生きた心地がしませんでした……もしものことがあったらと思うと……」


 ベアトリスが俺に抱きついてくる――それはいいのだが、戦闘が終わると『万魔死装』が解けるのか、彼女は一糸まとわぬ姿になっていた。


「す、すまない……連絡用の魔道具は渡してあるだろ? それで俺たちが無事だとは分かったと思うんだが……」

「こんな激しい戦いをしていることが伝わってきて、安心できると思いますか……?」

「……それもそうだな。ありがとう、ベアトリス。来てくれて助かったよ。あれは、全員でかからないと倒せない相手だった」


 屍竜が装甲を再生できなくなるまで攻撃し続けるという手もあったが、ミラルカが粉砕した地盤に埋まっていた骨から推測すると、死霊が尽きることは早々なかっただろう。


 第九階層、十階層の全ての魔物の命を糧にして生まれた霊装竜レギオン・ドラゴン。それは、毒虫や蛇を壺に入れ、生き残った生物が最も強い毒を持つようになるという原理にも似ている。


「解放召喚をしたのは久しぶりなので、不手際があったようだな……召喚した際に、衣服が失われてしまったようだ。『万魔死装』を発動する前提で召喚したからかもしれないが、ひとまず私のエプロンをつけるがいい」

「は、はい……ありがとうございます」

「どこかで見たような状況に……ベアトリスちゃん、後ろに気を付けてね。あぁ~、思い出すと私もいたたまれないぃ」


 アイリーンは頭を抱えて悶えている。俺も慣れたもので、ベアトリスの身体の感触に名残惜しさを感じつつ離してやると、みんなが連携してベアトリスの周りをカバーし、エプロンを着せた。


「……ベアトリス、何か髪が伸びてないか?」

「召喚された際に魔王様のお力をいただいたので、その影響かと思います」

「膝のあたりまで届く長さね……リボンをあげるから、結んでおきなさい」


 ミラルカは白いリボンを取り出すと、ベアトリスの髪を結ぶ。いつもの姿とかけ離れすぎて、何とも新鮮だ。久しぶりに見たが、やはり人形のように整った容姿をしている。


「も、申し訳ありません、つい、久しぶりにお会いできて感激してしまって……」


 俺に抱きついたことを、頬に手を当てて恥じらうベアトリス。そんな姿を見ていると、魔力を供与するために一緒のベッドで寝たときのことを、昨日のことのように思い出してしまう。


「お姉さま、美味しいところを持っていかれてしまいましたね」

「……仕方ない。私たちはまだ未熟だから」

「二人もよく頑張ったな。ロッテは自分の役割を果たしてくれたし、シェリーのあの技を評価に入れれば、もうSSランク級の実力だと思うぞ」

「っ……あ、ありがとうございます、ディックさん」

「……良かった……少しでも、役に立てて」


 二人が俺の力になりたいと思っていることは分かっていたので、全員に活躍の場があって良かった。


「スライムだったり、近づきづらかったり、あたしにとってはつらい相手が続くよね~……はぁ。武闘家からほかの職業に変わった方がいいのかなぁ」

「特殊な敵だったから仕方がないよ。僕も自分の弱点に気づいた……再生力が高い相手を一撃で倒しきるには、一撃の威力が足りない」

「私も未知の魔物だと表面しか破壊できないから、ああいう魔物は苦手ね……でも、そんなときのためにパーティを組んでいるのだから、気にしすぎてもいけないと思うわ」


 足りないところを補ってこそのパーティだ。師匠も攻撃に回るだけの実力はあるのに、後衛の護衛に徹してくれたからこそ、最後の詰みに持って行けた。


「ディー君、なにげなく持ってるけど、そのコアもすごく貴重なものだよ。ディー君が使ったらもっと強くなれるし、ベアちゃんが使っても力を引き出せると思う」

「い、いえ……私は、この場限りお呼び出しをいただいただけですから。本来なら、みなさんのお帰りを、あの屋敷で待っているべき存在です」


 ――そうだ。そう言われて気づいたが、俺には、ベアトリスに頼んでおきたいことがあった。


「ベアトリス、ひとつ頼みがある。地上に戻ったあと、一度、あの屋敷に客を招きたいんだ」

「は、はい……かしこまりました。お招きされるお方とは、どなたでいらっしゃいますか?」


 ベアトリスを召喚し、あの屋敷に置き去りにしたシュトーレン家。その若き当主には、ぜひ一度聞いておきたいことがある。


 プリミエール・シュトーレン。彼女とはベアトリスの件、そしてクライブの件について、一度話さなくてはならない。そしてできるなら、謝罪も引き出したい……それは、シェリーたち姉妹のために。


 最初から喧嘩腰で接するというわけではない。俺が試みるのは歓待だ。美味い酒と料理、そして俺のもてなしでどれだけ彼女の心を開けるか。


 謀略を巡らされるくらいならば、狙いを聞き出して味方につけてしまった方がいい。ギルドの仕事を通してあらゆる客の要望に応えてきた俺の経験が、ここにきて試されようとしていた。


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