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第74話 千年前の真実と冒険の始まり

 コーディと共にテントを設営し、その中にシェリーを寝かせると、ロッテが看病のためについていたいと言うので、彼女と師匠に任せることにした。


「はぁ~、つい飛び込んじゃった。湖ってやっぱり魔力があるよね~」

「きゃぁっ……あ、アイリーンさん、下着のままで上がってきてはいけません。ディックさんの魂の波動が乱れてしまいますっ」

「えっ、それってどういう……ディ、ディックがあたしのことを……?」


 正直を言って目のやり場に困るが、そんなあざといのか天然なのか分からない誘惑で動揺するわけにもいかず、魔法で理性を強化する。


 この魔法には『理性の獣ビーストオブリーズン』という大げさな名前がついているが、もともとは暗殺者が使うものである。暗殺者に、異性を意識する情動などはまったく無用なのだ。


 しかし強制的に気持ちが凪の海のように安らかになるこの感覚は、あまり慣れてはいけない感じがする。そのうち俺が不能になってしまったら、その時はアイリーンに責任を取ってもらいたい――と、あらぬ心配をしている場合ではない。


 アイリーンは武闘家として鍛え上げられているため、腹筋がうっすら割れていたりするが、出るところが出ていて、非の打ちどころのない身体をしている。身体もSSSランクだな、と軽口を叩いたら、俺は湖に投げ込まれても文句は言えない。


「ディックが遠い目をしてる……もしかして女の人の裸が怖い病気だったとか?」

「怖い怖いと言いながら……というのはよくある話だな。いいから向こうで着替えてこい。濡れた下着の代わりはあるのか?」

「現実的には、脱いで乾かすしかないわね。向こうの物陰で、木にでも干しておいたら? 魔物にとられないように、ディックが見張ってくれるから」

「見てもいいなら見張る……じゃなくて、この階層に留まるのは、シェリーが起きるまでだからな。あまり悠長にはしていられないぞ」

「またヴェルレーヌさんの魔法で乾かしてもらおうかな。髪はいいけど、下着はちょっと……ねえ?」

「そう言いつつ、なかなか服を着ないでご主人様を動揺させるなどと、アイリーン殿は身体を張ることを厭わない女の鑑だな。非常に参考になる」


 ヴェルレーヌは感心しつつ、アイリーンの肩にタオルをかける。そして、二人は着替えのために少し離れた木陰に向かった。


 ようやく俺も『理性の獣』を解くことができるわけだが――と考えたところで。


 丈の短い草地に敷いた敷布の上に、ミラルカが座る。足を崩したお姉さん座りというやつだが、何かやけに色っぽく感じるのはなぜだろう。彼女のスカートが短めであること、自然にしなを作った座り方が、絵になりすぎているからだろうか。


「……なに? いつまでも立っていないで、そこに座りなさい。にわか雨のせいで、食事がこれからなのよ」

「ああ、そうだったのか。じゃあ俺が準備するよ」

「うむ、それは助かる。私だけでは全員分を配るのは大変なのでな。あとで師匠殿たちにも差し入れてやってくれ、ご主人様が持っていく方が、彼女たちも喜ぶだろうからな」

「そうか? 大して変わらないと思うが……な、なんだ。無言で下から見上げないでくれ」

「何でもないわ。あら、これって前にも食べたバゲットサンドじゃない。久しぶりに食べたいと思っていたのよ、あなたにしては気が利くわね、褒めてあげるわ」

「食事は好きなものを摂るのが理想だからな。迷宮の中でも、粗食にはしたくないもんだ」


 ミラルカとしては最大限の褒め言葉だと思い、上からであることを気にせず有難く受け取っておくべきだろう。俺は『白元豚のベーコン』と『太陽のレタス』、そして自家製のチーズを挟んだバゲットサンドの包みを剥がし、ミラルカに渡した。


 ユマは肉とチーズが食べられないのでそれらを抜いて、代わりに特製のソースで野菜と豆をあえたものを挟んである。僧侶は肉や魚の代わりに主に豆を摂るわけだが、普段の食事はかなり味気ないらしいので、彼女にはできるだけ工夫して美味いものを食べさせてやりたい。


「ディックさん、いつもありがとうございます。私の教義で、お肉が食べられないことも考えてくださって……」

「成長期だから、乳製品をとったほうがよさそうなのだけど。チーズが食べられないというのは大変ね」


 気遣われてユマは畏まりつつ、なぜかミラルカの胸をじっと見ながら目を潤ませる。


「はぅぅ……そうですよね。私ももっと大きくならないと、こんなちんちくりんのままじゃ……」

「初めて会った頃よりは、ずっと大きくなったじゃないか。まあ、小柄ではあるけどな」

「こ、小柄って、ちっちゃいってことですよね。私、その言葉に甘んじてはいけないと思うんです」


 ユマはめらめらと闘志を燃やしている。なぜ俺がその闘志をぶつけられているのかは、神のみぞ知るといったところか。


「お父さんとお母さんが大きいから、まだ身長は伸びそうだけどね。心配しなくていいんじゃないかな」

「そ、そうですよね、コーディさん。ディックさん、私たくさん食べて大きくなりますから、見ていてくださいね」

「ああ、変化を見極められるように、注意深く見てるよ」

「素直に褒めてあげなきゃ、そういうときは。ディックには、レディに対する対応を教えてあげるべきなのかな?」


 社交場に出れば俺よりもご婦人方に人気があるだろうコーディにそう言われると、教えてもらってもいいような気はしてくる。


 しかし同時に、コーディがコーデリアとして、女性の立場でそういったところに出たら、とも考えてしまう。騎士団長でいるうちは男性として通しているので、ありえない話なのだが。


「……何を考えているのか知らないけれど、うかうかしているとあなたの分も取ってしまうわよ? アイリーンが」

「おまたせー! お腹すいたー! ディック、私の分は?」

「こ、こら……服はどうした? どういう格好してるんだ」


 タオルを胸と腰に巻いただけという格好でやってきたアイリーンが、座って食事している俺を覗き込んでくる。この格好で前かがみになると俺からどう見えるのか、理解していないがゆえの無防備さだ。


「服は下着が乾かないと着られないでしょ。だから、とりあえずタオル巻いておけばいいかなと思って」

「……山奥で暮らす鬼族は、下着をはかないらしいという噂があるのだけど、ディックはどう思う?」

「ど、どど、どう思うと言われても、そんな衝撃の事実を聞かされたところで、下着を装備しないことについて、俺は冷静に対応しかねるというか……」

「ふえ? あ、ち、違うよ? 私は普通に穿いてるけど、里の人は穿かないこともあるよ。人間だって下着をつけるようになったのは、かなり最近になってからだって言うじゃない。ミラルカもそうでしょ?」

「んっ……わ、私に振らないでちょうだい。私は文明の申し子といえる幼少期を送ってきたから、下着のない生活とは無縁よ」


 ユマは笑って聞いているが、頬が赤らんでいる。それもこれも、アイリーンが天真爛漫すぎるのがいけない。


 そのアイリーンをじっと見ていたコーディが、ふとこちらを見て聞いてきた。


「……大きければいいというものじゃないよね?」

「突然真顔で聞かれても怖いんだが……というか、食事中らしい和やかな話をしてくれ」


 コーディはいつも表に出さないが、アイリーンとミラルカのスタイルについて思うところがあるらしいというのは分かった。分かったところで、俺に何を語れというのか――。


「俺が見た限り、コーディも謙遜をすることはないと思うぞ」

「……あ、ありがとう……って、言わせないでほしいな。別に僕は何も気にしてないよ?」

「あぁ……なんという友愛でしょう。ディックさんの労りが、私の心にまでしみ込んでくるようです」

「アイリーン殿、乾かし終わったぞ……む? な、なぜ私をじっと見るのだ、コーディ殿、ユマ殿……そんなにじっとりと見つめられては、落ち着かないではないか」


 コーディとユマが浮上しかけたところで、さらなる発育の暴力が襲来する。ヴェルレーヌは首をかしげつつ、俺の隣に座る――それがまた、俺の琴線に触れる、ミラルカと同じ座り方だった。


「迷宮の中で、野外のように食事を摂れるとはな。こうして透き通った湖を見ていると、心が安らぐというものだ」


 それはヴェルレーヌの言う通りだったので、俺は彼女のバスケットから水筒を取り出し、温かいスープを注いで飲みつつ、一息ついてから師匠たちに食事を届けることにした。


 ◆◇◆


 湖から少し離れたところにある森に入ったところで、木陰にテントが張ってある。辺りは静かで、魔物が辺りに潜んでいるということもない。


 しかし動物はいるようで、鳥の声がする。それだけ聞く限りでは、ヴェルレーヌの言っていたように、野外にいるのと気分は変わらない。


「俺だ、ディックだ。食事を持ってきたけど、入ってもいいか?」

「あ、ディー君……ちょっと待ってね、できるだけ静かに……」


 テントの中を覗くと、シェリーの傍に寄り添って、ロッテも眠ってしまっていた。サンドワームとの戦闘もあったし、クライブとのこともあって、彼女も疲れていたのだろう。


 シェリーはまだ意識が戻らないが、胸はゆっくり上下している。師匠は二人をしばらく見てから、俺の方に向き直った。


「あのね、話しておきたいことがあって……ディー君も、もう気が付いてるかもしれないけど」

「……ああ、わかった。外に出よう」


 テントから出ると、師匠は湖から離れ、森の方に歩いていく。


 俺はその後ろに黙ってついていく。銀色の背中に届く長さの髪を揺らしながら、師匠はしばらく歩き続けて、そして森が少し開けたところで止まった。


 振り向いた彼女は、俺の顔を真っ直ぐに見つめる。彼女の宝石のような瞳を見ると、いつも思う――こんなに神秘的な姿をしている人間は、ほかにはいないと。


 そして本当に、人間ですらなかった。彼女は遺されし者――人間とは似て非なる存在だ。

 審問の場に呼び出され、『蛇』の存在を知った時から、俺は師匠に聞かなければならないことがあった。


 千年前、初代アルベイン王と共に蛇を封じたとき、どんな経緯を辿ったのか。

 それを聞くことで、俺はずっと気にかけていたことにも触れなくてはならない。


「……本当は、気が付いてるよね? 私があんなふうに簡単に許してもらえたのは、おかしいって」

「いや……最初は、そこまで不思議には思わなかったよ。この洞窟を攻略する難易度と、蛇を討伐する困難を考えれば、それを達成することである程度罪を軽減してもらえるのは、おかしくはないと思った」

「うん……だけど、それは私が傷つけた人たちへの償いとは違うよね。王国の人たちは、本当はそこまで獣人の人たちや、冒険者ギルドの事情を気にしてない。一番優先するべきことは『蛇』だって思ってる……本当は、自分たちがずっと放置してきたことなのにね」


 『蛇』の討伐、あるいは封印を俺たちが代わりに請け負うことで、師匠の罪が赦される。それが、あの審問で言い渡されたことだ。

 

 だが、本当に『赦し』なのかという疑問が生まれた。


 この迷宮に師匠を送り込むこと。俺たちが、彼女を『蛇』のもとに連れていくこと。


 ――それこそが、王国が師匠に言い渡した刑罰の実体なのだとしたら。


「……俺は、王国の言うことを、無条件で聞く必要はないと思ってる。宰相ロウェも、オーランドも、シュトーレンも、もう一度地上に戻ったときに問いただすつもりだ。彼らが本当に考えていることは何なのかを」

「それは、しちゃだめだよ。それはディー君と、ディー君のギルドが、王国を敵にするっていうことだよ」

「もちろん、大っぴらに喧嘩を売るつもりはない。俺はシェリーが傷ついた原因が、あいつらにあったと思ってる……それだけは見過ごせない」

「ううん……私が白の山羊亭にいたとき、クライブの行動を制御する方向に動いていたら、こうはならなかったの。彼が赤の双子亭を襲うことも、二人に恨みを持つこともなかった」


 師匠がすべての糸を引いていたわけではない。白の山羊亭のギルドマスターは、王都でのトップギルドの地位を保つために、師匠の力を借りた――全ての悪意の始まりが、師匠だったわけではない。


 それでも彼女にとって、白の山羊亭――王都のギルド全ては、自分が生み出した子供のようなもので。白の山羊亭のしたことは、自分のしたことと同じだと考えている。


 確かに師匠は、白の山羊亭の悪事に加担した。彼女がいなければ、苦しまずに済む人もいた――けれど、それは。


 師匠が、王国のために死ななければならないということにはならない。


「ディー君、私はこうやって、ディー君たちと迷宮に入れて楽しいよ。一緒に戦うことができて、昔のパーティにいたときよりも、ずっと嬉しいと思ってる。これが、私の欲しかったものなんだなって……」

「……そんな言い方をして、何になるんだ。師匠は分かってるんだろ……ロウェの、王国の言い渡した刑が、どれだけ遠まわしであっても……っ!」


 ――王国は『蛇』を封印するために、師匠に死ねと言っている。


 あの審問の場で師匠に言い渡されたのは、赦免ではない――師匠にだけ理解できる極刑だった。


「……やっぱり、気づいちゃったんだね。昔のこと、少しだけ教えただけなのに。シェリーちゃんのことがあったからかな」


 蛇の分霊を封じた祭壇は、シェリーの血を捧げることで、彼女に力を与えた。


 血とは、命だ。封じられた『蛇』は命に反応する。


 そして俺の推測通りなら、千年前に蛇を封じる過程で、命を落としたと思われる人物がいる。


 師匠と同じパーティにいた、不老不死の女性。もうひとりの、『遺されし者』。


 死ぬはずのない存在が、命を落とした。それがなぜなのか、俺はもっと早く明確にしておかなければならなかった。師匠の口から、何が起きたのかを聞くことで。


「蛇を封じるために必要なもの……それは、師匠の……いや。『遺されし者』の……」

「……うん。私が、代わりにならなきゃいけないの。前に『蛇』を封じてくれた、親友のかわりに」

「っ……!」


 否定してくれれば、どれだけ良かったか。

 『蛇』が目覚めれば、王国は滅ぶという。それを止めるためには、師匠の命を犠牲にしなければならない。


 宰相も、公爵家の二人も、俺たちに『頼んで』など初めからいなかった。

 肝心のところを何も言わず、全ての事情を知っている師匠に委ねて、迷宮探索を受け入れさせた。


「……師匠……俺に、教えられる立場だって言ったよな。みんなが知ってる、当たり前のことを知りたいって」

「今、教えてもらってる。私には、勿体ないくらい」

「そんなやせ我慢を、そうですかと認められるわけないだろ……!」


 俺が何も気づかずに、師匠を迷宮の深層まで連れて行ったとしたら。

 彼女が王国の犠牲となって、今のように笑って死ぬために、この迷宮を潜り抜けていたとしたら。


 俺は自分が間違っていると分かっていても、宰相たちに何もせずにいることはできなかっただろう。


「……だめだよ、ディー君。私には、余りあることなんだよ。急かされもしないで、ディー君たちと一緒に冒険ができるんだもの。私みたいにいっぱい生きた人は、贅沢を言っちゃいけないんだよ」


 それは強がりでも何でもない、師匠の本心だろう。不老不死の彼女は、限られた生しか持たない者たちに、引け目を感じている。一人で生き続ける孤独よりも、死を望んで生きてきたのだから。


 そしてまだ、師匠は俺に教えようとしている。彼女が知っている『蛇』についての事実を。


「この百層の迷宮はね、もともとは空中に浮かんでいた島の中にあったの。それが落ちてきてね、中にいた『蛇』は、人間を滅ぼそうとした。それが誰の決めたことなのかは分からない。でも、私たちは『蛇』を止めたいと思った。それは、『蛇』の起こす天変地異で死んでいく人たちを、これ以上見ていられなかったから」

「空中の……島……?」

「そう。『ベルサリス』は、空中に浮かんでいたときの島の名前……その深層にいたから、『ベルサリスの蛇』。『蛇』は浮遊島の動力となる、神様みたいな存在だったの」


 本当は蛇を封じるまで、教えるつもりはなかったのかもしれない。

 だが、俺は気づいてしまった。このまま師匠に問いたださずに迷宮に潜れば、彼女を殺すことになると。


 そして俺は、聞いてしまったからといって、師匠の覚悟を受け入れるつもりはなかった。


「……昔話は、それくらいでいい。師匠に、言っておきたいことがある」

「言っておきたいこと……?」


 俺がどんな信条で、師匠のもとを離れてから、これまで生きていたのか。


 今回も、それを曲げる気などない。今まで通り――目立たずに。


 あのうらぶれた通りで、気の向くままに、カウンターの端で酔っていられるように。


「俺は目立ちたくないんだよ。今の状況は、とても不本意なんだ。どれだけ注意しても、魔王討伐した実績にいつまでも目をつけられて期待される。今の状況は、俺がもっとも避けたかった状態だ。それで師匠が死んだりしたら、俺はどうすればいい? ひとつも自分の理想を叶えられやしない。そんなことになるんだったら、迷宮探索なんて放棄してやる。自分の都合しか考えない奴らなんて知ったことか、この迷宮を放置したことに、誰にも責任なんてありはしない。だったら俺たちだって同じことが言えるんじゃないか? 魔王を討伐して引退した俺たちを、いつでも引っ張り出していいなんて契約を結んだわけじゃない。それも含めて褒美を出したなら、初めから言っておくのが筋ってものだ。師匠、俺は何かおかしいことを言ってるか?」

「……ディー君」


 酒を飲んで、たちの悪い絡み方をしているようだと自分でも思う。

 これを飲み込んで生きていくのが大人であり、理想の勇者の姿であるとしたら、あまりにも窮屈すぎる。


「……だから……俺に、方法を探させてくれ。王国は師匠が死ぬことでしか、『蛇』を封じられないと思ってるんだろうが、それを受け入れることはできない。極刑を回避する方法を自分で探す死刑囚なんて、聞いたことはないけどな」

「……うん、聞いたことない。ディー君、すごく無茶言ってる」

「無茶くらい少しは言わせてくれよ。これでも、魔王を討伐して帰ってきたんだから」


 そう言うと、師匠はほんの少しだけ表情を和らげた。

 その瞳の端から、涙がこぼれる。今はまだ、自分が死ぬ以外に方法がないと思っているからか――それとも。

 嬉し泣きを期待するのは、まだ早いだろう。俺が足掻くと宣言しただけで、まだ迷宮探索は始まったばかりなのだから。


「……あ……」


 師匠が小さな声を出す。振り返ると、いつから話を聞いていたのか、ヴェルレーヌと仲間たちの姿があった。


「魔王として討伐された私からしても、彼らには不可能を覆す力があると思える。師匠殿、償いについてはご主人様の力を遠慮なく借りれば良い。彼が本気を出せば、師匠殿が迷惑をかけた人々の今後の生活を保障し、場合によっては一人ずつ謝罪して回るということも厭わないのだからな」

「……それは、私がしなきゃいけないことだよね。もし生きていられたら、一人で謝りに行かなきゃ」


 師匠が答えると、今度はミラルカが彼女の前にやってくる。そして、とても言いにくそうにしながら言った。


「もし王国が、あなたが生きて帰ったときに何か干渉してくるとしたら。そのときは、私たちに任せてちょうだい。ディックは気が優しいけれど、私は優しくないということを、破壊の美学をもって教えてあげるわ」


 ミラルカにそんなことをさせるわけにはいかないが、それは彼女なりの師匠への気遣いだった。

 いつも言葉が裏腹で、素直ではないが、彼女は優しくないわけではない――むしろ、その逆だ。


「……あ、あなたがいなければ、ディックは討伐隊に加わっていなかったかもしれないし……私も彼のおかげで生き残ったという側面は否めないから……できうる限りは、あなたの味方をするわ」

「うん……ありがとう、ミラルカちゃん。うちのディー君をずっと見ててくれて、ありがとう」

「常に見ていたというわけではないけれど……観察対象としては、一定の価値は……」


 何やら後の方は小声になって聞こえなかったが、どうも照れるようなことを言っている気がするので、問いたださないのが優しさというものだろう。


「ミラルカを見てると、たまにこう、いてもたってもいられなくなるよね。ならない?」

「あれでも素直になったほうだと思うよ。昔は花に棘がありすぎるって、ディックも言っていたしね」

「お花は楽園の象徴です。ディックさんはミラルカさんの魂を通して、楽園の姿を見ていらしたのですね……」


 三人それぞれの感想がミラルカにも聞こえていて、彼女は頬を赤らめつつ、俺を睨みつけてくる――が、その瞳は、いつもほど攻撃的ではなかった。


 彼女たちに頼りすぎてはならないと思いながら、本当は他の誰よりも信頼している。それを確認するたびに、俺は思う。一人で生きられるようにと強くなっても、それは一人でいいというわけじゃない。


「ディー君、シェリーちゃんたちを見に行かないと。みんなで来ちゃったから心配だよ」

「おっ……そうだな。一人くらい様子を見ておいて欲しかったんだが」

「問題ない、ロッテ殿が起きていたからな。もうすぐシェリー殿も目覚めるだろう」


 連れ立って、テントのある場所に戻る。他のみんなと話しながら歩いていく師匠は、自然に笑顔を見せている。


 彼女が死ぬことで王国を救えるなら、それが罪の償いになる。それも、一つの考え方ではあるだろう。


 ――俺はその結末を認めない。この先も続く迷宮を、希望を探すために冒険する。師匠が死なず、彼女が別の形で罪を償い、俺たちと共に生きられるという希望を。


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