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第71話 宰相の企みと隠された祭壇

※今日と明日は連続更新いたします。それぞれ19:00更新です。

 アルベイン王国城内にある自身の執務室にて、宰相ロウェは古文書を開き、すでに三時間もその内容に目を通していた。


 魔王を超える人智を超えた強さを持つ存在であり、王国にとって脅威である敵『ベルサリスの蛇』についての記録。千年前にどのようにして封印されたのか、その経緯について初代王アルベインと共に戦った僧侶が記したものが、何度も写本を作られ、現在まで残されていた。


 アルベイン神教会によって保存されてきたそれを、ロウェは宰相となった者の特権として、持ち出して閲覧することを許可された。


 前任の宰相は病魔に侵され、その座をロウェに譲った。ロウェは国のために自らの内政の才を振るうことができる宰相の地位を渇望していたが、今となっては、この椅子に座ることを忌避する思いすらあるほどだった。


 古文書には、ベルサリスの蛇の封印がいずれ解けるものだとはっきり記されていた。


 しかし迷宮の深層に降りて犠牲を払うことを恐れ、歴代の宰相は、五十一層までを繋いでいた転移魔法陣が機能しなくなっても、第一層さえ守れていればよいと考え、封印の確認を怠り、放置し続けたのだ。


 迷宮というものはそれ自体が魔物を生むこともあり、原理が解明されていない部分が多い。ベルサリスの蛇が魔物を生み出していると言うものもいるが、そこに確証はない。本来なら、そういったことを継続的に調査し、迷宮の実体を把握しておくべきだったのだ。


 歴代の宰相は、長く続いた危機管理放棄の代償を、全てロウェに覆い被せた。彼らは古文書の内容を知っていたにも関わらず、自分が宰相を務める期間を終えてしまえば逃げ切れると考えていたのである。


 あまりの愚かさに、ロウェは頭を抱える。魔王という目に見える脅威を前にすれば、国王はすぐさま討伐隊を募ったというのに、肝心の遺跡迷宮のことは他者に一任し、自ら対処すべきことではないと考えていたのだ。王女マナリナに演説をしてもらいたいと進言したときも、国王は「それほど由々しき状況なのか」と他人事のように問いかけ、ロウェは思わず天を仰ぎたくなった。


 このままでは国が亡びる。ベルサリスの蛇を封印する方法は一つしかなく、都合よくその条件が整うわけもない。


 まずロウェは事態に対処するため、オルランド、シュトーレンの二つの公爵家に今後の指針を相談した。しかし二つの公爵家の現当主は、過去のいざこざもあって互いに競い合う関係にあり、「どちらが『蛇』討伐の指揮を執るか」と揉めに揉めた。


 そこでロウェは、両家の当主であるマーキスとプリミエールに働きかけた。どちらかに肩入れをするのではない、その両方である。


 今日もマーキスはロウェを訪問し、迷宮攻略の状況について話し合いの時間を持つことになっていた。表向きは責任者同士の会談ということになっているため、マーキスは堂々と王宮を訪れ、ロウェの執務室の扉を叩く。


 ロウェが秘書に命じて扉を開けさせると、マーキスは常日頃からそうであるように、目を糸にして微笑みながら部屋に入ってきた。


「難しい顔をしていますね、ロウェ公。いや、ここ最近はずっとですか」

「マーキス殿ほどではありませんよ。私はもう、半分は役目を終えているのですから」

「後方支援とは言いますが、魔王討伐隊の方々はやはり優秀すぎる。支える人員を揃えられず、苦労をかけております」

「オルランド家の護衛にもSランク相当の方は一人居られますし、まったく関与できないということもないでしょう?」

「ははは、手厳しい言われようだ。しかしその通りです、冒険者ギルドの優秀な冒険者より弱い家来しか持たないというのは、事実ですからね」


 マーキスは笑っているが、その内心が穏やかでないことをロウェは知っている。

 シュトーレン家との力はずっと拮抗していたのだが、『偶然』にも、プリミエールは今回の迷宮探索に送り出すための、優秀な人材を獲得していたのだ。


 その男は顔に火傷を負っているとのことで包帯を巻いて隠しているが、その戦闘能力はAランクの冒険者数人を相手にしてもたやすく蹴散らすほどで、少なくともSランク以上と見られていた。


「……プリミエールはどこからあんな人材を……私の知らない経路でスカウトしたのか。王都に入ってくる人材を、私のところで仕分けできれば……」

「マーキス殿は、プリミエール殿と和解されるおつもりはないのですか?」


 ロウェは今が機ではないことは分かっていたが、マーキスの心情を知るべく、質問を投げかける。

 マーキスとプリミエールは、元々は婚約者の関係にあった。しかしプリミエールがシュトーレン家の公爵位を継ぐことになり、現公爵同士が婚姻することはできず、自ずと婚約は解消された。


 プリミエールはそれ以後、公の場に出るときはヴェールで顔を隠すようになった。それは彼女が生涯制度上の伴侶を持たず、跡継ぎとして子を成すとしても、夫の存在を表に出さないということでもあった。未婚女性がヴェールをつけるということは、公的に男性から交際を申し込まれることを拒むという意味であるからだ。


 マーキスは既に伯爵家の女性を妻に迎えていたが、それでも王女マナリナに引けを取らぬ美貌を持ち、『アルベインの白き花』と呼ばれたプリミエールに今でも執着していることは、ロウェの目から見て明らかだった。


「和解などと、人聞きの悪い。私と彼女は、仲を違えたわけではありません」

「そうでしたね。お二人は王国のために、国王を支える貴族家の代表として、手を取り合われている。無粋なことを聞いて申し訳ない」


 ロウェは柔弱な笑顔で答える。マーキスも笑いながら、食えない男だ、と胸中で独りごちる。


 すべて、分かっていて聞いているのだ。ロウェに戦争の才はないが、およそ謀にかけては、この男の右に出るものはそういない。


 今もマーキスはロウェから情報を得るために必死になっている。今回の迷宮探索において、プリミエールよりも明確に大きな功績を上げ、彼女に自分の存在を認めさせる。


 それこそが、婚約を破棄した後に何の事情も説明せずに、ヴェールで顔を覆ったプリミエールに対しての、マーキスの復讐であった。


「……おそらく、そろそろかと思いますが。プリミエール殿は、今回の作戦においての発言力を失うことになります」

「っ……そ、それは。ロウェ殿が……?」


 マーキスのために、何かを仕掛けたのか。そう口にしそうになるが、ロウェが首をゆっくりと振るので、マーキスは言葉を飲み込む。


「出所の知れない者を、実力が高いというだけで雇い入れればどうなるか。プリミエール殿はその点において、功を焦りすぎたと言えるでしょう」

「そ、そうか……確かにそうだ。ロウェ殿のおっしゃる通りです」

「これはあくまで、世間的な一般論です。ただの不運な偶然ですよ」


 そのとき、雲に隠れていた太陽が姿を現したのか、ロウェの背後にある窓から差し込む光が強さを増した。


 白麗公と呼ばれる男の顔に影が落ちる。その表情から微笑みが消えていることに気づき、マーキスはぞくりと悪寒を覚えた。


 ――この男が、どこまで今回の作戦に陰で干渉し、何をしようとしているのか。


 『蛇』を討伐する、あるいは封印する。魔王討伐隊の力を持ってしても、それが可能なのかマーキスには分からない。


 しかしロウェは、それを成すために策謀を巡らせている。彼が執務室を出ないということは、今は動く必要がないというだけで、彼の意志通りにことは進んでいるのだ。


(ディック・シルバーは魔王討伐隊の参謀であり、相当な切れ者だと聞くが……この男の企みに気が付かなければいいが。そうなれば、待っているのは修羅場だ)


 ディックにロウェの策謀が露見し、それが魔王討伐隊を利用し尽くすようなものであったら。彼らの怒りを買い、ロウェの首が飛ぶということも十分に考えられる。そうなれば、マーキスとロウェの関係性も疑われ、自分に累が及ぶこともある――浅はかだと思いながらも、マーキスはそれを本気で恐れていた。


 そしてマーキスはロウェが自分に味方してくれているのだと思ってはいるが、なぜプリミエールではなく自分を選んだのか、我がことながら理解できていなかった。


 プリミエールは優秀な女性だ。けれどその器量を、自分の妻として輝かせてほしかったとマーキスは思う。そう欠片でも思うことが、現在の妻に対する裏切りであると知りながら。


「プリミエール殿が失脚したとしても、マーキス殿の望む通りになるかは分かりませんが。どちらにせよ、国を守るために、一枚岩となりたいものです」

「そ、そうですね……宰相殿、あなたの言う通りだ」


 もし失脚して当主でなくなれば、プリミエールは公爵家の子女に戻る。

 そうしたら、もう一度彼女の素顔を見ることができるのだろうかとマーキスは思う。既に他の妻を娶った今、二人目の妻として迎えることなど敵わないと思いながらも、夢想せずにはいられなかった。


(マーキスが今も恋慕するプリミエールが、ディック・シルバーを見た時どう思っていたのか。男と女というのは儚いものだ。男に見込みがあると感じた時、女は自分の伴侶としたいと、本能で求めるものなのだ)


 ロウェはかつて、若い頃に一度だけ会ったことのある少女が魔法大学の教授となったと知ったとき、彼女に挨拶に赴いたことがあった。


 そこで見たのは、黒い髪の冴えない男が、王女マナリナまでも席を共にして、談笑しながら食事をする姿だった。


 ミラルカ=イーリス。ロウェは文官の職務に励み、功績を認められて宰相となった暁には、彼女を妻にしたいと、彼女の父であるフェンルートに申し込むつもりでいた。一度しか会ったこともなく、まともに言葉も交わさなかったというのに、ロウェは身分さえ手に入れれば、あの美しい少女が手に入ると信じていた。


 それもまた、夢想だ。ミラルカが魔王討伐隊に加わった時には、全てが始まることもなく終わっていたのだ。


「……ロウェ殿?」

「ああ、いえ……何でもありません。少し、昔のことを思い出していただけです」


 同じ大学の教授を父に持つロウェが、ミラルカの家を訪問したのはただ一度きり。


 ロウェは彼女の読んでいる魔法の教本を覗き込み、とても難しい本を読んでいることを褒めた。彼女が当時読んでいる本はロウェでも理解に時間がかかるようなものだったが、そんなことは気にかけなかった。


 まだ年端もいかないというのに、静かに読書をする少女が持つ非の打ち所のない美しさが、ロウェの関心を惹いた。この少女を手懐けておきたいという、所有欲にも近い感情が疼いたのだ。


 少年の頃から周囲の女性に好意を持たれることしかなかったロウェは、ミラルカにも同じ反応を返されるものと思っていた。


 しかし予想に反して、ミラルカは本から目を離すと、彼に冷ややかな視線を送った。それでもロウェは拒絶はされないと確信していた。


 そんな彼の心を見透かすように、ミラルカは言った。


 『あなたの自尊心を満足させるために、私を利用しないでくれるかしら』と。


 ◆◇◆


 シェリーたちが7階層の探索を始めて、どれほども時間が経たないうちのことだった。


 サクヤの優れた聴覚が、『砂の流れ』に些細な違和感を感じ取り、彼女はパーティを先導して、7階層に降りてから左手の方向に向かった。次の階層に向かう方向とは違うため、その方向にはディックたちは進んでいなかった。


 ディックも魔法で聴覚を強化することはできるが、月兎族の聴覚には及ばない。サクヤは進むうちに、前方の砂中にどうやら空洞があるらしいと推察した。砂が空洞に少しずつこぼれていく、サラサラという音が聞こえるのだ。


 長い年月の間に、空洞が砂で埋まってしまわなかったことは幸いだった。しかし砂を一気に掘り起こすような技能を、サクヤたちは持ち合わせていない。


 ディックたちの応援を要請するかどうかと考えているうちに、サクヤは気づいた――前方からサンドワームが、潜行しながらこちらに近づいていることに。


「皆さん、気を付けてください。前から来ます」

「……ロッテ、準備はいい?」

「はい、いつでも行けます姉様」


 初めはワームの気配を感知するたび、声を張っていたサクヤだが、仲間たちが安定してワームを撃破できると分かると、常日頃のように声のトーンを落として警告するようになった。シェリーとロッテも慣れたもので、ギルドマスターの名に恥じない、落ち着いた対応を見せる。


 ゼクトはディックの大切な知人である赤の双子亭の姉妹、そしてギルドの仲間を守り抜かねばと思っていたが、Sランクの女性3人の連携は見事なもので、狙われやすいリーザも回避に徹すれば危なげなく攻撃を避けることができ、彼は何も手出しする必要がないほどだった。


(彼女たちからは、俺に頼りきってはならんという気骨を感じる。ギルドマスターの知り合いには、強い女が多いな)


「ゼクトさんっ、ぼーっとしてると食べられちゃいますよ!」

「ぬ……そうか」


 Aランクのリーザの方がいい動きをしている、とゼクトは苦笑する。そして、また何もせずともワームに果敢に向かっていく仲間たちを見て、自分にできる補助を行うことにした。


「――来るっ!」


 シェリーの声と同時に、前方の砂地が大きく盛り上がり、猛烈な勢いでこちらに迫ってくる。そして最も前に出ているロッテに食らいつこうと、ついに砂地を突き破り、ワームが姿を現した――しかし、その時。


 ワームが飛び出すと同時に大量の砂が舞い上がり、埋もれていた建造物が姿を現した。


「――シャォォォッ!」


 鳴き声とも風を切る音ともつかぬ音を発しながら、ワームがロッテを狙う。だが、ワームの速度ががくんと落ち、まるで網にでもかかっているかのように遅くなる。


「我が敵の影は、この手の上で戯れる――『影遊びシャドウ・シンク』」


 ワームが地表に飛び出したことで生まれる影を利用し、ゼクトは魔法を発動させていた。影が移動する速度を遅くする――そうすることで影を生む本体の動きも遅くなる。影と本体の因果を同期させる、影の精霊魔法の基礎でありながら極意に近いと言われる魔法である。


 鈍重な動きで砂地に着地し、ワームはそれでもなおロッテに食らいつこうと顎を開くが、姉妹は呼吸を合わせ、左右から同時にワームに技を叩き込む。


「『雷撃鞭ライトニングウィップ』!」

「『旋風打ローリングスマッシュ』!」


 シェリーが雷を帯びた鞭を浴びせた直後、硬直したワームにすかさずロッテの渾身の一撃が叩き込まれる。しかし今までよりも大きな個体であるため、外骨格が砕かれても一撃で倒すことはできず、ワームは大きく怯みながらも、近くにいたサクヤに狙いを変えて襲いかかる。


「『幻影の歩法ファントムステップ』」


 ワームの攻撃が物理攻撃である以上、今のパーティメンバーを捕らえることは不可能に近い。サクヤはワームの視覚を特殊な歩法で騙し、見当はずれの場所を攻撃させる。


 そして彼女は隙だらけになったワームの身体の下に入ると、しなやかな筋肉を限界まで引き絞り、会心の体術を放った。



 ――『月面宙転蹴ムーンサルト』――


「はぁぁっ!」 


 砂地をものともせず力強く踏み切り、サクヤは宙返りをしながら蹴りを放つ。ワームの胴体が突きあげられ、砂中に埋まっていた部分までもが遥か中空まで浮かされる――そして。


「『飛影斬シャドウスライサー』!」


 ゼクトの腕の筋肉が盛り上がり、影の精霊の力を宿したスライサーを全力で投擲する。砂中では貫ききれないところを、空中ならば、口の中を貫いて貫通させることができる。


 スライサーはワームの口内を貫通し、ロッテたちの一撃で砕けていた外骨格を突き破って、影の精霊の力で引き寄せられ、ゼクトの元に戻ってきた。


「はぁ~……もう見てるだけで息できないですよ。ぼっこぼこでしたけどね」


 隠れていたリーザが出てきて、ほっと胸を撫で下ろす。サクヤはすでに歩き始めて、姿を現した建造物に近づいていた。


 正方形の平らに磨き上げられた石床に、二つの頭を持つ蛇が描かれた円形の魔法陣が描かれている。周囲には石柱が建てられていて、屋根もあったようだが、先ほどのワームの身体にぶつかって半壊していた。


 サクヤは屈み込み、陣を調べる。その蛇の図柄は『ベルサリスの蛇』との関連を容易に想起させた。


「うわあ……大きい魔法陣ですね。転移の魔法陣みたいなものですか? 10人くらいは上に乗れそうですけど」

「どのような用途に使うものかは分かりませんが、とりあえずマスターをお呼びしましょう。この建造物……おそらく祭壇だと思いますが、これの調査は私たちの手には余ります」

「待て。誰かが近づいている……もう、すぐ近くに来ている」

「えっ……ちょ、ちょっ、ゼクトさん、気のせいじゃなかったんですかっ!?」


 ゼクトはワームが出現している間も後方の警戒は怠らなかった。しかし、彼の警戒を掻い潜り、近づいてきた者がいる。


 隠密行動の技能に長けているか、それとも、ゼクトと同格――SSランクに相当する存在か。


 ――ようやくだ。ようやく会えたな、クソ生意気な双子の女……!


「姉様、この声は……!」

「……私たちのギルドを襲ってきた、風使いの男……騎士団の牢に捕まっていたはずなのに……っ!」


 ディックによって倒されたはずの男。その男がなぜ、この迷宮に入りこむことができたのか。


 ロッテとシェリーが信じられずにいるあいだに、彼女たちの視線の先で、砂を巻き上げて竜巻が起こる。


 その中に姿を現したのは――クライブ・ガーランド。


 頭と半身に包帯を巻き、ぼろぼろの外套を纏った男が、肉食獣のように目をぎらつかせて立っていた。

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