第70話 姉妹の挑戦と湖の階層
地下六階の転移魔法陣に飛んだあと、ディックたちのパーティが出発したあとで、シェリーとロッテは同じ六階の防衛に当たる人々を、改めて見ていた。
すべてのギルドにSランク以上の冒険者がいるわけではない。シェリーとロッテがそうであるように、ギルドマスターの資格を得られるのがSランク以上であり、標準的なギルドにおいては、Cランク以下のギルド員の方が圧倒的に多い。
シェリーたちは昨日この迷宮の一層で、新たに湧いたと見られる魔物を倒したが、その強さはCランクのギルド員でもぎりぎり相手ができるほどだった。しかし、ディックたちはSSランク相当のドラゴンキマイラを討伐していたし、千年放置された迷宮一層に元々いた魔物たちは、蠱毒のように戦い合うことで強さを増し、Aランク相当の実力を持つものがごろごろしていた。ゴブリンですら、シェリーたちが見たことのない真っ黒な体色をしており、ロッテのフレイルによる全力の打撃を撃ち込まなければ倒せなかった。
そんな状態を目の当たりにしては、ディックたちが魔物の排除を終えずに進んだ階層はあまりに危険すぎる。Aランクの冒険者ですら安全が保障できないということは、迷宮攻略のために集められた千名のうち、戦力になるものがごく一部しかいないということだった。安全を確保した階層で、湧いてくる魔物がBランク未満だと確認できなければ、Bランクの人員は投入できない。
『ベルサリスの蛇』を討伐するための迷宮攻略作戦は、ディックたちと、Sランク以上の一握りの人間の手に命運を委ねていた。しかし集めた者たちが戦わないということはない、この六階層で再度湧いてくる魔物の強さ次第では、Bランク以下の冒険者にも仕事を割り振ることができる。
「姉様、ディックさんたちがおっしゃっていた通り、この階層の魔物は完全に排除されていますね。それでも念のために、皆さんと一緒にここに駐留し続けた方がいいんでしょうか?」
ロッテが時間を持て余して聞いてくる。レオニードと一部の冒険者は、1階層から順に降りてきて、ディックたちが無視して進んだ魔物を排除することになっていた。
この六階層のように完全に魔物を掃討すれば、魔王討伐隊といえど体力と魔力の消耗はある。そのため、ディックたちが無用な戦闘を避けて進むことは、迅速に『ベルサリスの蛇』を討伐するという意味でも妥当な判断だった。
普通の迷宮ならば、一度魔物を掃討した階層に、再度魔物が湧くのを防ぐために『魔封じの社』を作ることもあるのだが、この迷宮の一階層ごとがあまりに広すぎて、魔封じの社を等間隔で幾つも建てなければならなくなる。社を作る技能は高位僧侶だけが持つ専門的なものであるため、それは非現実的だった。
魔法陣の周辺には社が建てられているが、それはディックがユマの協力を得て作ったものだった。抜かりない仕事ぶりに、シェリーも含め、六階層にやってきた40名は、手持ち無沙汰になっているとも言えた。
(ディックはまだ、7階層にいる。ピアスを通じて様子がわかる……7階は、Sランク以上でも厳しい戦いになるかもしれない)
7階層には規格外の大きさのサンドワームがいて、その幼体ですらオークをひと呑みにする大きさだという。
シェリーはミミズの類が苦手で、それらを怪物化したような姿のサンドワームを想像すると、ぞくぞくと背中に悪寒を覚える。ディックですら苦手意識を持って戦っているということには共感を覚えたが、7階層には足を踏み入れたくない――と思いかけて、彼女はそれではいけないと思い直す。
「……騎士団長のコーディさんは、光の力を使って、迷宮の仕掛けをある程度看破できるらしい。他にもそういった技能を持つ人がいるから、おそらく、この階層には見落としはないと思う。あるとしたら、次の階層。すごく広いし、砂で埋もれて、何があるのかわかりにくい」
「では、私たちも7階層に行って調査をしてもいいか、念話のピアスを使ってディックさんに指示を仰ぎましょうか。彼に探索の指示をもらっておいた方が、他の方への説明もしやすいと思いますし」
ロッテは6階層の守備だけで一日を終えることは避けたいと思っていた。順調に行けば半日もせずに11階層の魔法陣が開通し、動きがあるかもしれないが、場合によっては魔物の出ない階層で一日を潰してしまうことになる。
同時に降りてきた探索者の中にも、そのことを危惧する者はいて、5階層を自主的に探索したいとか、ディックたちのあとを追ってはどうかと言い出す者もいた。彼らは、ディックたちが魔物を倒したあとの状況しか見ていないので、未踏の状態がどれほど危険かを知らない。Aランク以上の実力の騎士、貴族の護衛の中でも選りすぐられた精鋭たち、そして血の気の多い冒険者。その中には、手柄を挙げたくてうずうずとしている者がいる。
しかし、転移魔法陣の守備が最重要任務と理解し、それを忠実に遂行する者がいるので、全員がばらばらに行動して最悪の事態に陥るということはない。ディックが手配した転移魔法陣の管理を行える技能を持つ者は、一人失うと補填が難しいので、警護は厳重に行う必要がある。
しかし、40名はやはり多い。拠点となる階層が少ない現状では、人員が分散しないので仕方がないのだが、ロッテは人員が余剰しているなら、むしろ好都合だと考える。
彼女は拠点防衛を離れてもいいか許可を取るために、現在6階層守備隊の指揮を担っている、『藍の乙女亭』のギルドマスターに声をかけた。
カスミ・クシュリナ。王都のSSランク冒険者の中の一人であり、冒険者強度66442の実力を持つ、最も魔王討伐隊に近いと言われた、剣聖である。
13歳にしてSランクに上がり、天才剣士の名前をほしいままにしながら、視力を失うほどの大病を患って一線を退いたあと、20歳で『心眼』の技能を身につけ、奇跡の復帰を果たした。今でも万全の健康状態とは言えないが、王都で起こっている数々の出来事に胸を痛め、一時的にギルドマスターとして復帰し、こうして迷宮に赴いている。
「カスミ様、お久しぶりです、赤の双子亭のギルドマスターをしております、シャルロッテ・ハーティスと申します」
「おお、久しいな。そなたと会うのは、ふたつ前のギルドマスター会議以来じゃな」
たおやかな振る舞いの女性だが、彼女は東方から来た老剣士を師匠に持ち、彼の口調の影響を受けて枯れた口調で話す。ロッテはその振る舞いと端正な容貌も含めて、カスミに先輩として憧れを抱いていた。
「ひとつ前の会議の頃は体調を崩していたが、今は久しぶりに動くことができておる。お国の一大事とあれば、屋敷で悠々と過ごしているわけにもいかぬからな。昨日は久しぶりにゴブリンを斬ったが、胸が熱くなる思いがした。やはり私は戦好みのようじゃ」
瞳を閉じたまま嬉しそうに話すカスミ。彼女の持つ曲剣は『太刀』というもので、王都では他にライアのみが同系列の武器を使用している。ひとたびそれを振るえば血の雨を降らせるという剣士が、今は心から楽しそうに微笑んでいる。
シェリーとロッテと比べると少し華奢に見え、病弱ゆえの儚さは感じさせるのだが、それが時折凄みのようにも感じられる。カスミの『居合い』の間合いに入っているということは、生殺与奪を握られているということでもある――だからこそ、ロッテは思う。彼女を恐れないほど強くなれたら、それがSSランクに値する強さを得るということなのだと。
「しかし、ディックたちに置いて行かれては、身体を徐々に慣らすこともままならぬな。待つことも仕事のうちじゃとはいえ、なかなかこたえる。言ってしまえば、暇じゃな」
「は、はい。それで私たち、少しでも先発隊の力になりたいと考えてまして、七階の手つかずの部分を探索してみたいと思っているんです。許可をしていただけますか?」
「私も行きたいと言いたいところじゃが、レオニードのじいやに指揮を頼まれておるから、動くに動けぬ。そなたらに思いを託して、私はここで待っていよう」
「ありがとうございます、カスミ様。また近いうちに、ゆっくりお話をさせてください」
「楽しみにしておるよ。私にとっても、そなたらは可愛い後輩じゃからな。年寄りのようなことを言うが、くれぐれも気を付けて行っておいで」
口調だけは老成しているのだが、カスミはまだ22歳であり、シェリーたち姉妹より5つ年上というだけである。奇しくもギルド名と同じ、藍と青の中間のような色の艶髪は長く、頭の後ろで結い上げられており、ただのお下げではない特徴的な髪型になっている。それが東方伝来の、ローブを重ねて着るような衣服と合わさると、年齢以上の妖艶さが生まれる。
そんな彼女に、ディックは例によって目をかけられている。魔王討伐隊の強さにカスミは敬意を抱いており、その一員であるディックとは、ギルドマスター会議で面識を持ったとき、いつか自分の技を見せたいとカスミの方から申し込んだということもあった。
シェリーにとってもカスミは同じ女性ギルドマスターとして尊敬する相手だったが、その一点においては、ディックへの距離感の寄せ方の大胆さに、警戒しているところもあった。
そんなだから、魔王討伐隊の面々にまで嫉妬してしまう。そして、妹にも心配をかけてしまう。シェリーはそのことを内心で反省すると、妹とカスミの会話に加わった。
「……私たちは、ディックと連絡ができる魔道具を持っています。これで指示を受けられたら、7階の探索を行いたいと思っています」
「ディックたちが魔物を残して8階層に進むのなら、二人だけでは心配じゃな。念のために、SSランクの者も同行させるか。そうじゃ、7階層の入り口まで、別動隊として数名に巡回させよう。それならば、7階でもし強敵に遭遇しても、救援要請に応えられるじゃろう」
「はい、そうしていただけると助かります」
「では、ゼクトたちのパーティと共に7階層に降りるがいい。他に数名、この階層の巡回を希望する者を募って後から出発させよう」
ロッテは自分の希望が通ったことに安堵しつつも、ディックのギルドの一員とはいえ、男性が同行することに少しだけ抵抗を覚える。ゼクトは身体が大きく、SSランクということもあって、ロッテは少なからず威圧感を感じていた。
「銀の水瓶亭の、ゼクトという者だ。よろしく頼む」
「同じく、サクヤと申します。いつもマスターがお世話になっております」
「リーザです、よろしくお願いします。戦闘では隠れてますけど、足を引っ張らないようにします!」
「赤の双子亭の、シェリオン・ハーティスです。よろしくお願いします」
ロッテは人見知りをするほうなので、いつも初対面の相手への応対は姉に任せきりになる。姉の後ろに隠れたいくらいなのだが、それは我慢して、ゼクトを警戒しないようにと自分に言い聞かせる。
「あ、そういえば……シャルロッテさんって、男性が苦手なんですよね。ゼクトさんってこう見えて人畜無害なんですけど、それでも怖いですか?」
「あっ、い、いえ……すみません、男性には慣れなくて。どうしても駄目というわけではないので、大丈夫です。皆さんも一緒ですし」
「仕事で組むということで、割り切ってもらえると助かる。できるだけ干渉はしない」
ゼクトは淡々と言うと、先行して歩いていく。SSランクであり、罠などにも強い影撃士が先導するというのは理に適っているので、他の四人もその後に続いた。
◆◇◆
7階層まで特に障害もなく辿り着いたところで、シェリーはディックと魔道具で連絡を取った。
『7階の探索か。俺たちは潜ることを優先するから、確かに調べきれてない。一番のデカブツは倒したが、他にもサンドワームの小さいやつは無数に潜んでるはずだ。あまりお勧めはしないが……』
ディックの声が、ピアスにはめ込まれた透明な魔石から耳に伝わってきて、シェリーはくすぐったさを感じる。耳元で囁かれているかのようにディックの声が聞こえるというのは、不思議な感覚だった。
(……これを使えば、いつでも……ううん、そんなことのためにもらったわけじゃない)
『シェリー? 聞こえてるか? 俺たちは、そろそろ次の階層に向かうぞ。8階層にいるうちはまだ戻ってこられるから、何かあったら呼んでくれ』
『大丈夫。それじゃ、気を付けて。パーティの人たちにもよろしく伝えて』
『ああ、ありがとう。そっちもくれぐれも気をつけてな』
シェリーの意識に語り掛けていたディックの気配が遠のく。それを見守っていたロッテは我がことのように緊張していたが、話が終わるとふぅ、と一息ついた。
「ディックさんはどうおっしゃっていましたか?」
「探索はしてもいいって。まだAランクでも苦戦する敵が残ってるから、お勧めはしないっていうけど、このメンバーなら大丈夫だと思う。リーザさんは……」
「あ、呼び捨てにしてもらっていいですよ。この階層、もう敵っていなさそうだから、私のランクでもいけると思いますけど……やっぱり危ないです?」
「いえ、砂中に潜んでいます。潜伏している魔物にリーザさんを狙われると危険ですが、私は危険感知ができますから、私の耳を見ておいてください。砂中の異音を感じ取ると、耳が立ちます」
サクヤは頭上の兎耳を示してみせる。ヘッドバンドでつけているようにも見えるその兎の耳は、れっきとした月兎族の特徴である獣耳であり、その聴覚は獣人族の中でも随一というほどに優れている。
しかしサクヤが耳をぴこん、と立てるところを見ると、シェリーの頬が少し赤らむ。『可愛い』と思ってしまったので、姉が顔に出さないように我慢しているのだとロッテは悟る。
ゼクトはサクヤの耳を見て小さく頷くと、彼女の索敵を生かすために、サクヤを少し前に出し、残りのメンバーが追随するという布陣を取った。月兎族は砂地に適性があり、ヴェルレーヌの使用した『砂上歩行』の魔法と同じような効果を、独自の魔法によってパーティメンバーに与えることができるため、彼らが砂に足を取られることはなかった。
「……ん?」
「わっ、びっくりした。ゼクトさん、どうかしたんですか?」
前を行くゼクトが立ち止まったので、リーザも慌てて止まる。ゼクトは無言で殿に位置取りをし直すと、後方――6階に上がる坂路の入り口を見ながら言った。
「他の者が、あの上まで巡回してきたのかもな。誰かの視線を感じた」
「そ、そんな不気味なこと言わないでくださいよ、こっちまで降りてきてないと、見えないじゃないですか」
「すまない。念のため、殿を務めさせてもらう」
ゼクトは短く返事をすると、無言のままで周囲に対する警戒を強めた。影撃士の技能として、奇襲に対して即座の対応が可能ではある――しかし、砂中の魔物ではなく、ゼクトは目に見えない何かに対して脅威を感じていた。
できるなら自分の戦闘能力を生かし、ディックたちの残した魔物を掃討したいという思いはあったが、慎重に慎重を重ねなくてはならないと思い直す。
もしこの勘が正しければ、敵は魔物だけではなく――ゼクトがそう考えたところで、サクヤの耳が反応する。
「皆さんっ、散開してください! 下から来ますっ!」
全員が指示に従って、五方向に飛びのく。すると砂地を突き破って、硬化した皮膚を持つサンドワームが姿を現した。ゴォォッ、と風を切るような音だけを発して、サンドワームは最も弱いとみなしたリーザを狙い、食らいつこうとする。
「――『写影身』」
自分でも回避できると感じたリーザだったが、ゼクトの魔法で補助される。リーザの影から二つの写し身が生まれ、混乱したサンドワームは、リーザの本体を見失って別の影を攻撃する。
「きゃぁっ……!」
リーザのすぐ横を通り過ぎ、ドズン、と砂にサンドワームの巨体が突っ込む。放っておけばすぐに潜り始めるが、その隙を見逃さず、シェリーとロッテが同時に攻撃をかけた。
「『雷撃鞭』……!」
「はぁぁっ……『旋風打』ッ!」
シェリーは鞭を取り出すと、精霊魔法で雷をまとわせた一撃をサンドワームの胴体に浴びせる。稲光と共に感電したサンドワームの骨格が透ける――外骨格しか持たず、牙と皮膚だけが強固な骨でできている。
そして帯電したままのサンドワームに、ロッテはフレイルを回転させて遠心力を生み、渾身の一撃を叩き込んだ。サンドワームの外骨格が砕け散り、それにとどまらず高く空中に吹き飛ばされ、迷宮の闇に消える。
「はぁ、びっくりした……やっぱりすごいですね、双子だからぴったり息も合ってて」
リーザは胸を撫で下ろしながら言う。ロッテとシェリーは同時に武器を納め、彼女に微笑みかけた。
「……大丈夫だった? やっぱり狙われやすいから、気を付けた方がいい」
「しかし、狙われやすいからこそ、守りやすくもある。それは、一長一短だろうな」
「心して参りましょう。どうやらこの階層には、砂に埋もれていますが、何かの施設があったようです。過去に侵入した者が作ったのか、迷宮元来のものかは分かりませんが、調べてみる価値はあるでしょう」
遺跡の知識を持つサクヤは、眼前にある砂地から露出した岩を観察し、それが元は石柱であり、何かの文字が刻まれていたと判別する。
ディックたちが一つ一つ調べるよりは、自分たちが調査を担った方が良い。サクヤはそう考えるが、ロッテもまた、自分の希望通りに事が進んだことを心の内で喜んでいた。
(この階層に来てよかった。重要な情報を何としてでも見つけないと……)
五人は再び探索を再開する。それからしばらく魔物は現れず、慎重に周囲の気配を探りながら、砂に埋もれた施設の捜索が続けられた。
◆◇◆
8階層は、草原と湖の階層だった。乾いた砂地との落差の激しさに、俺たちは最初面食らったが、それも最初だけのことだ。
湖に近づくと、湖底に潜んでいた半魚人のような怪物――アクアランが出てきたが、彼らは時を経てもAランクの強さが限界のようで、俺たちの敵ではなかった。コーディの威嚇射撃で怯むと、彼らは大人しく水底に帰っていく。もともと好戦的な種ではないようだ。
「せっかくきれいな湖だと思ったのに、魔物がいたらお水が飲めないじゃない」
「アクアランは清浄な水の中にしか住まないから、飲んでも問題はないと思うけどね。気持ちの問題はあるかな」
アイリーンとコーディが、広い湖を見ながら言う。洞窟の中でも明るいのは、上の階層と同じで、どこからか光が入ってきているからだ。地上に繋がっているわけもないので、何か別の光源があるのだろう。地上の昼のようだとはいかないが、視界の確保には困らない。
「この階では戦闘にならずに済みそうだな……む、どうした? ご主人様、気になることでもあるのか」
背負っているヴェルレーヌが、俺の様子を察して声をかけてくる。
先ほどシェリーと話したが、上の階まで来ているという。俺たちはサンドワームを撃破したあと、道を塞いでいたサンドワームの身体の一部をミラルカの陣で排除し、進んできたのだが――確かに7階層には、まだ気にかかるところがあった。砂に埋もれつつもところどころ露出していたが、あそこには何かの施設があったようなのだ。
先に進むことを先決としてここまでやってきたが、この階は迷宮の中ということを忘れるほど長閑な場所だ。みんなに休んでもらっている間、少しだけでも、7階の様子を見に戻った方がいいかもしれない。
「みんな、悪い。少しだけここで待っててもらえるか? 7階に来てるパーティの様子を見てくる」
「はい、わかりました。では、ちょうど良い時間になりますから、私たちはお昼の支度をしていますね」
「うむ、そうするとしよう。ご主人様の背中で十分に休めたが、食事も魔力の回復に重要なのでな」
ヴェルレーヌは俺の背中から降りる。彼女は『精霊王の王笏』の召喚を解除すると、元の従者の姿に戻っていた。どうやら、変身しても元の服が失われるわけではないらしい。
「ディー君、私もついていっていい?」
「ああ、すぐに戻ってくるつもりだけど、それでいいなら」
「うん、ありがとう。ちょっと気になることがあるから」
師匠は荷物を置くと、身軽な状態で俺についてきた。彼女は手ぶらでも戦えるので問題ないだろう。
「二人とも、寄り道をしないで帰ってくるのよ」
「大丈夫だ、ミラルカを待たせると後が怖いからな」
師匠と連れ立って、来た道を戻る。
なぜ、こうも気になるのか――俺はやはり過保護なのかもしれない。俺たちに求められていることは、わき目も振らず深層に潜ることだとは分かっている。
しかし気になることをそのままにしてはおけない。俺はシェリーに渡したものと同じ魔道具のピアスに注意を傾けつつ、砂の階層を目指して走った。




