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第68話 探索二日目と貴重な人材

 迷宮探索期間は、いつもより早く料理番のハレ姐さんとラムサスが出勤してくる。彼らはそれが当然というように、俺たちの朝食を作り始めた。


 ミヅハも眠い目をこすって店の制服に袖を通し、朝から店員として開店の準備を手伝う。毎日働かせてしまっているが、そこまで人手が足りていないわけでもないので、少し申し訳なく思うところだ。


 店じまいをするときにテーブルの上に上げた椅子を、ミヅハは一脚ずつ丁寧に下ろしている。俺はそれを手伝いながら、彼女に声をかけた。


「ミヅハ、疲れてたらいつでも休んでいいからな。他にも、ウェイトレスを頼める人はいるから」

「うちなら大丈夫です、全然へーきですよ。ディック様たちの作ってくれたご飯を食べて一晩休んだら、もう昨日の疲れなんて吹き飛んでしまいました」


 細い腕を折り曲げて、力こぶを見せようとするミヅハ。しかしメイド服の袖越しにも、まったく変化は見て取れず、彼女は顔を赤らめて笑ってごまかした。


「ふぁぁ、なんやうち、はしゃいでしまって恥ずかしいわ。ディック様、兄上様には言わんといてな」

「ああ、よろしく伝えとくよ」

「えー、それってどっちやの? ディック様、いけずやわ」


 ミヅハは俺の二の腕をつつくと、再び椅子下ろしに戻った。厨房からはできあがった朝食の匂いがする――焼けたパンとバター、燻製肉と卵、そして店でも出す野菜スープの香りが食欲をそそる。


 二階から準備を整えたみんなが降りてくる。そして、探索に向かうギルド員も続々と集まってきた。ライア、リゲル、マッキンリー、ゼクト、そしてサクヤさんだ。

 他にもAランク以上の冒険者はいるが、全員が迷宮探索に臨むというわけでもないので、しばらくはこのメンバーで固定となる。疲労が残ったりした場合は、無理せず休んでもらうようにと言ってあった。


「兄さん、おはようございます! 今日も一日、銀の水瓶亭の名に恥じないように頑張ります!」

「俺たちは、今日はどの階層に行けばいいんですかね?」


 リゲルとマッキンリーが指示を仰いでくる。昨日もレオニードさんに説明したが、俺たちが通った階層の情報を伝えることにした。


「二階と三階には魔物が残ってるが、三階のバグベアは無害化してる。四階のオークも一匹残らず倒してあるが、大量に魔石なんかを残していったから、それを回収するのがいいかもしれないな。もしまた新しい魔物が湧いたときは、とりあえずマッキンリーのボウガンで牽制してみて、どれくらいの強さか確認してくれ。たぶん、長く生きてない魔物なら、新しく湧くときは弱くなるはずだ」

「分かりました! もし新しい敵がいたら、慎重に対処します!」

「五階には入らないようにと、昨日レオニードさんとお話しされていましたね。そうすると、四階まで降りたあと、一階まで上がるということになるでしょうか」


 ライアに言われて思うが、確かに五階層を抜けてしまった方が魔法陣が近い。そうすると、五階層を完全に浄化しておいて、転移の罠で致命的な事態にならないようにしておいた方がよさそうだ。


「迷宮の魔物の魂が迷っていると、再び死霊として何かに憑依し、人を襲うことがあります。でも、私達が倒してきた魔物の魂は、みな魔石に変わるか、天に送られています。ですので、大丈夫だと思います」

「だが、あの転移する仕掛けが、俺達と同じ場所にだけ飛ぶとは限らないからな。もし、低確率で死霊の残った密室に飛ばされたりしたらと思うと……」

「あっ……そ、そうですね。私の力では、あの階層の壁の向こうまでは、迷える魂の波動を感じ取ることはできませんし……」


 もちろん俺の杞憂ということもあるのだが、迷宮というのは、無情に冒険者の命を奪う仕掛けを備えていることが少なくない。


 だから俺は、慎重すぎるくらいでちょうどいいと思っていた。何度も俺が転移の罠を作動させるという手もあるが、やはり今は先に進むことが先決で、五層で時間を費やすわけにはいかない。


「分かりました、それでは私たちは、レオニードさんのパーティに随行して探索を行いたいと思います。私達三人では、マスターのパーティと違い、浅い層の魔物にも心してかかるべきですし」

「そうだな、できれば危険なときに別のパーティに力を借りられる方がいい。そこは、自己判断に任せるよ」

「「「はいっ!」」」


 三人の威勢のいい返事に、彼らはまだ強くなるだろうと手応えを感じる。


 彼らの他にも、ゼクト、サクヤさん、そしてリーザの三人に迷宮に潜ってもらうことになっている。彼らは俺たちと共に六階に転移し、探索を行う予定だ。


 コーディとユマによって魔物は掃討されているが、階層自体は手付かずという状態だ。突き進むだけでは行き詰まってしまうということもありうるので、諜報活動に長けた三人には情報収集をしておいてもらいたい。


「盗賊としては腕はいいようだが、あまり前に出ないことだ。見落としはないと思うが、仕掛けから魔物が出てくることもあるからな」

「大丈夫です、私絶対無理しない主義ですから。迷宮に潜ったことも何度かありますし、大丈夫ですよ。盗賊は鍵を外したり、罠を外すのが仕事ですから」

「よろしくお願いします、リーザさん。私も出来る限り補助しますので」

「えー、というかサクヤさんがいるなら、私よりいろいろ上手なんじゃ……」

「いえ、盗賊の技能は専門ではありませんから。どちらかというと、私の能力は戦闘寄りです」


 月兎族は魔法を扱う能力の方が目立つが、身体能力の高い獣人族の中でも、特に敏捷性が高い。アイリーンと組み手をしてもある程度ついていけるほどで、相手の力を利用して投げる独特の投げ技に関しては、俺も受けてみたが相当な手練れだった。冒険者強度に大きな差があるので、もし投げられても負けるということはないのだが。


「今ギルドを離れてるメンバーにも招集をかけてるから、探索向きのメンバーが揃ったら、リーザには通常の任務に戻ってもらうよ」

「はい、王都の情報網を維持するのが私の本来のお勤めですからね。でもほんとに平和ですよ、王都の地下があんなことになってるなんて言われても、みんな普通に生活を続けてます。お店が急に利用できなくなったりしないので、それは安心ですよね」


 宰相ロウェは、戦う力を持たない者を一時的に王都から避難させる、あるいは遷都することも考えていたようだが、国王と貴族たちはそれを良しとしなかった。王都の機能を移せるだけの規模を持つ都市が、アルベインには存在しないからだ。


 王都から北東に馬車で三日ほど移動した距離に、副都パルドールという都市があるが、その規模は王都の十分の一といったところだろうか。十分栄えている町だが、王都の民を受け入れられるほどではないし、住民が分散して散り散りになってしまうと、王都に人が戻るまで時間が必要になる。


 国の顔である王都の衰退は、国自体の衰退を諸外国に連想させることになる。隣接している3つの国のうち、東方の国だけがアルベインと友好条約を結んでおり、西と南の国とは時々小競り合いが起きている。特に西方平原で国境を隔てているベルベキアとは、全面戦争になりかけたばかりだ。


 そんな話をしていると、コーディがこちらにやってきた。今日もしっかりと剣士として武装しており、騎士団長としての凛々しさが前面に出ている。


「表面だけ無事を装っているということにならないよう、早く脅威を排除しなくてはね。このギルドにはお世話になっているけど、これからも力を貸して欲しい」

「は、はいっ! 私、がんばりますので! できたらいい人紹介してください! 貴方でもいいですけど!」


 そんなことを言われたらコーディは困惑してしまうだろう――ということもなく。彼女、いや彼は、正体を明かす前にそうだったように、落ち着いた紳士としての対応を見せた。


「いい人……そうか、適齢期だからということかな。わかった、僕の部下の中でも誠実そうな男性に声をかけておこう」

「い、今のは勢いで言っただけで、まだそんな行き遅れ感は感じてないので大丈夫です。はぁ、これくらい、どこかの誰かさんが優しい心遣いをしてくれたらいいんですけどね……あっ」


 リーザがはっとしたように口を塞ぐ。そして俺の方をちら、と見るが、すぐに目をそらしてしまった。


「……ディックって、もしかして私が思っていたより、輪をかけて鈍いのかしら?」

「やー、鈍くなかったら今頃、お母さんの違うきょうだいがいっぱい生まれててもおかしくないからね」

「ディー君は昔から、女の人に優しいから。お姉ちゃんたちの影響なのかな」

「ディックさんのごきょうだいにも、いつかお会いしてみたいです。できれば、私のお父様とお母様もご紹介して、家族ぐるみで仲良くできたら……あぁ……ディックさんと血を同じくする方々の魂は、きっとあたたかくて、すてきな魂なのでしょうね……♪」


 恍惚としているユマを見て、ミラルカとアイリーンはどう言ったものか、と困り笑いをする。師匠だけがにこにこと機嫌よく話を聞いているが、この人はたぶん困惑すること自体がそうそうないだろう。


「私の家族というと、弟になるか……定期的に知らせを寄越すように言ってあるが、なかなか伝書が届かぬようだな。便りがないのが良い知らせということか」

「もし心配だったら、一段落したら里帰りでもするか?」

「むぅ……それは、厄介払いをしようとしているのではないか? 私はまだ、ここに残る理由があるのだぞ。忘れてもらっては困るな」

「いや、一時的に帰ってみるかっていうだけだ。俺としては、ヴェルレーヌはここで……」


 ずっと働いてもらいたい、と当たり前のように言いかけて、俺は自分に視線が集中していることに気づいた。男性陣すら俺が何を言うのかと、興味深げな顔をしている。


「……ここで働くために色々教えたわけだから、貴重な人材を逃すと勿体無いしな」

「に、兄さんっ……オレが言うことじゃないですけど、それはあまりにもあんまりなんじゃ……」

「マスターは本当に硬派ですね。俺だったら自慢じゃないですが、同居している女性に何もしないなんて、逆に女性に対して失礼だと思うところですよ」

「な、何を言っている……男どもは本当にしようがない。マスター、気になさらないでください。彼らは若く、後先を考えないで好き勝手を言っているだけなのです」

「そ、そんなことないっすよ! オレは兄さんのことも、ヴェルレーヌさんのことも尊敬してますし!」


 ライアに釘を刺されて反論するリゲル。マッキンリーはどちらの味方もせずに、ちゃっかりと日和見していた。


「貴重というのは褒め言葉だと受け取っておこう。私は余裕のある大人の女なのでな、少々のことでは焦らないのだ」

「じゅうぶん焦ってたように見えるのだけど、気のせいかしら」

「あはは……それは言わぬが女の情けってやつだよ、たぶん」


 ミラルカとアイリーンが小声で言っているが、ヴェルレーヌの耳にも届いていたようで、エルフの姿をした彼女の白い頬に、ほんのりと朱がさしていた。


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