第63話 迷宮の罠とトラブルメイカー
オークを殲滅したあとの四階層は特に難なく超えることができた。ミラルカの回復を待って五階層に入った方がいいかと考えるが、彼女が大丈夫だというので、このまま進むことにした。
「今日中に、一つ目の魔法陣は起動しちゃいたいよね。この迷宮の中で野営って、何が起きるかわかんなそうだし」
「一階ごとに環境が変わりすぎだからな……3、4階は安定してたが、次はようやく『遺跡迷宮』らしく、迷路構造になってるのか。どんな経緯で、こんな迷宮ができるんだ」
なぜ王都の遥か直下に、迷宮が広がっているのか。今さらに疑問に思うが、世の中にある迷宮には成り立ちが不明なものも多いといえば多い。特に遺跡迷宮と呼ばれるダンジョンは、神話の時代に作られたものが残っていると言われることもあり、未だに人間の手では解明されない謎だらけだ。
王都の存亡の危機とはいえ、ここに入ることができ、先発隊として手つかずの状態で潜っていけるというのは貴重な機会だ。できるだけ早く進みつつ、冒険者としての収穫も拾っていきたいところではある。
「『ベルサリスの蛇』が目覚めてたら、教えてくれるかもね。どのみち封印しなきゃいけないけど」
「その蛇が迷宮を作ったのか? じゃあ、蛇というよりは、やっぱり高度な知能を持った存在なんだな」
「人間に害意を持ち、絶大な力を持つ存在か。それが目覚め、意志を持ってこちらに攻撃してくるとしたら……どれくらいの強さを持つものなのだろうな」
「あたしたちと対等に戦える相手がいたら、それはそれで楽しみだけどね。絶対に負けられないし、負けるつもりもないけど」
SSSランクの七名が揃い、完璧な連携をすれば、理論上は『S4』ランクに相当する相手を倒せるということになる。
そこで俺は、ある考えに思い当たる。
千年生きたドラゴンキマイラの充魔晶を使い、冒険者強度の測定器を作成したら、俺の冒険者強度は、SSSランクの範疇におさまるものなのだろうかと。
一度魔法陣を起動して地上に戻り、夜になっているようなら、一泊して再び迷宮に潜る前に測定してみたいところだ。測定器がどれくらいの時間で作れるかにもよるが。
師匠の魔道具作成は昔一度見たことがあるが、凄まじい集中力で、手先の器用さも尋常ではない。できるなら、昔は見様見真似で学ぶしかなかった技術を教えてもらいたいものだ。
◆◇◆
五階層に降りる途中から、地層が全く切り替わった。壁と床には長方形に切り出された石が敷き詰められ、表面が風化して削れてはいるが、自然のままの洞窟とは全く違う環境になる。
人工物でこんな広大な迷宮を作ることはできそうにない。遺跡迷宮についてよく言われる、神話の時代に神々が作った遺物が現代にも残っているという仮説も、まんざら出鱈目ではないと思える。
「……気を付けてください、みなさん。この階層には、不浄なるものの気配を多く感じます」
「死霊が出る階層ってことか。しかし、今のところは視界に入らないみたいだな」
「事前に浄化してしまえばいいと思うのだけど、どうかしら。幾らユマでも、それは負担が大きくなってしまうというなら、別の方法が良さそうね」
「これくらいの広さの階層ひとつでしたら、浄化の力を遮るものがなければ、簡単に浄化できるのですが……この壁は、私の力を通してくれないみたいです」
目を凝らして見ると、ユマの身体を包んでいる聖なる力が、壁から反発を受けている。『邪悪な存在』だけあって、ベルサリスの蛇は浄化能力を持つ聖職者に対抗策を講じていたということだろうか。
「ひとまず進んでみるしかなさそうだな。師匠殿、罠は感知できているか? 私も多少なら、精霊の力で感じ取れるのだが、専門家ではないのでな」
「この通路には何も仕掛けられてないと思う。だいたい魔力を検知して作動する罠だったり、壁や床に同化するように偽装してある仕掛けにしても、空気の流れとか材質の違いで判別できるから」
罠の判別法は俺も師匠に教わったので、率先してすることがない。久しぶりに弟子の気分を味わいつつ、ずっとミラルカを背負っているので、背中が微妙にしっとりしてきた。
俺が汗をかいているのではなく、ミラルカの身体が熱くなっているのだ。背負ってからずっと、肩甲骨のあたりに豊穣の象徴というか、柔らかすぎるものが二つまふっと当たっている。もし限定によって抑制していなかったら、平然としていることなどできないだろう。
「そろそろ降りた方がよさそうね。ありがとうディック、なかなか良い乗り心地だったわ」
「俺は乗り物か……まあいいけど。またのご利用をお待ちしてるよ」
「の、乗るなどといきなり何を言っているのだ。びっくりして耳がぴんとなってしまったではないか」
ダークエルフ――というか、今は幻術で肌を白く見せているのだが、ヴェルレーヌのエルフ耳は、多少なら自分で動かせるらしい。ミラルカの発言で想像を働かせてしまったようで、耳を触って気にしていた。
「ヴェルレーヌさん、ディックさんに乗ってはいけないですか? わたしはいつも乗っていますが……」
「乗るといわずに、背負ってもらっていると表現してほしいところだね。なぜとは言わないけど」
コーディのそういった知識は、他の三人より進んでいた。いや、アイリーンが何も言わずに口笛を吹いているところを見ると、知識量は彼女が一番上だろう。
「え、な、なに? あたしは別に、またのご利用ってあたしもしていいのとか思ってないよ?」
「アイリーンは頑丈だから、よほどのことがなければディックに運んでもらうことはなさそうね」
「ま、まあね。あたしがむしろディックを運んであげちゃうみたいな? あはは……」
すごく期待しているのが伝わってくるが、アイリーンがそこまで消耗するような事態になるとしたら、それなりの強敵が現れた場合ということになる。
不定形の魔物を少し苦手とするアイリーンだが、魔力をうまく打撃に乗せて、死霊に攻撃を通すことは可能だ。物理攻撃を完全に遮断し、魔力を封じるような魔物でも現れなければ、苦戦することはまずないだろう。
そうこうしている間に、通路からそこそこ広い玄室に出た。迷宮の部屋には魔物が待ち受けていることが多いのだが、何もいない。
師匠の様子を見るに、罠も仕掛けられていない――が、明らかに怪しい台座と、その上に嵌った黒い球体を発見する。
「ここで行き止まりか……つまり、この黒い宝玉が、進むための仕掛けっていうことか?」
「うん、そうだと思う。魔力を通さないと、何が起きるのか分からないようになってるね」
俺と師匠の転移では、空間が物理的につながっている場所で限られた範囲内しか移動できないので、転移魔法を使って次の階に移動するということはできない。
そうすると、迷宮にあらかじめ用意された仕掛けを起動するしかないわけだが、例えそれしか方法がなさそうだと言っても、容易に起動する気にはなれない。
「まず、俺だけで起動してみるか。みんなは部屋を出ていてくれ」
「ディー君、私のほうが危険が少ないから、私が起動するよ。こう見えても、ディー君の先生だしね」
「お師匠殿、ここはご主人様の忠実な従僕である私に、忠誠を示す機会をくれまいか。そういったきっかけがなくては、ご主人様の評価をさらに上げることは難しいと思うのだ」
「いや、何が起こるか分からないことを、他の誰かにやらせるわけにはいかない。俺なら大丈夫だ……って」
師匠とヴェルレーヌを説得していると、アイリーンがそわそわと落ち着かない様子で、黒い球体を見ている。
俺はアイリーンをじっと見る。彼女は俺の視線に気づいて、こちらを見る。珍しく真顔だ。
(……触るなよ。絶対に触るなよ)
目力に自信があるほうではないが、真剣に訴える。するとアイリーンはこくりと頷いた。
(本当に触るなよ。触ったらすごいことをするぞ)
さらに訴えかけると、アイリーンは二度うなずいた。バッチリ、と言わんばかりに指で丸を作る。
「壁を壊すのに労力がかかりすぎなければ、破壊して次の階に進むのだけど」
「迷宮は迷宮として探検してほしいということなんですね、きっと」
「探検か……言い方はいろいろだけど、ユマが言うと平和なものに思えてくるね。気は抜けないけど」
コーディの言う通り、気を抜いてはいけない。ここは俺がまず、球体を作動させて何が起こるのかを確認するべきだ。
師匠は部屋を調べているが、他に気になるものは無い。確認を終えたあと、俺は腹を据えて、台座の方を振り返った。
すると、アイリーンが黒い球体に両手でべたべたと触っていた。
俺の思考はたっぷり一秒ほど停止していた。そしてまず言うべきことにようやく思い当たる。
「触るなよ、とお願いしたはずだが、なんで触る?」
「えっ、さっきのって触っていいよってことじゃなかったの!?」
「っ……俺たちの話を聞いてたんじゃなかったのか! その装置は何が起こるか分からないから、俺がまず一人で……うぉぉっ……!」
「ご、ごめんなさーいっ! あたし、こういうの見るとどうしても触りたくなっちゃうから!」
「あなたって言う人はっ……これは……気を付けて、どこかに転移させられるわよ!」
(忘れてた……アイリーンは冗談抜きで脳みそが筋肉なんだった……!)
俺が転移させられる前、最後に見たのは、台座に触れていたアイリーンが、そしてミラルカと一緒にいたユマとコーディが、そして師匠とヴェルレーヌが順に転移する光景だった。
◆◇◆
転移した直後、同じような玄室に出たが、状況は全く違った――周囲をずらりと並んだ、竜骨剣士の群れに囲まれている。
カカカカ、と気味の悪い音で歯を鳴らしつつ、見上げるほどの背丈の骸骨剣士が、骨の剣を振り下ろしてきた。俺は剣を抜き、魔力で強化してはじき返すと、竜骨剣士の弱点である、『核骨』を突きで破壊する。脊髄の骨の一つが核骨という部分で、これを壊さないと、骸骨剣士は粉々に砕かない限り何度でも復活するのだ。
二体目、三体目と斬りかかってくるが、受けられるにしても一撃が重く、信じがたいことに少し手が痺れる。スケルトンも、年月を経ると強化されるのだということがわかる。この手応えではSランク程度の戦闘力があるので、あの黒い球体を普通のパーティが起動したら、全滅は免れないだろう。
(みんな、無事か!? 聞こえるかっ!?)
連絡用のピアスを使って呼びかけると、全員から返事が返って来た。だが状況は俺と変わらず、否応なく魔物との交戦に突入している。
他の場所ではスケルトンでなく、亡霊の類、屍喰鬼などの不死系の上位の魔物が現れている。ミラルカ、ヴェルレーヌ、師匠と、コーディとユマは同じ場所に飛ばされていて、単独で戦うという状況にはならずに済んでいた。
しかしアイリーンだけが一人で分断されており、どういうわけか戦況が芳しくない。先ほどから聞こえてくる思念が、かなり焦っているように感じられる。
(ああっもう、ねばねばぶよぶよしてっ……ちょ、ちょっと、今ビュッて出したのなにっ!? 服が溶けてるんですけどっ!)
よりによって、アイリーンにとって一番相性が悪い魔物が出てきてしまった。酸を吐くタイプの、おそらくスライムの類と戦っているのだ。
例えSSSランクであっても、相性次第では苦戦する。実力を発揮できない事態を避けるために、パーティを組むことが重要だというのに、みすみすアイリーンが自分でしたこととはいえ、分散させてしまった。
俺はパーティのリーダーなどではない。決してないが、メンバーの犯したミスをフォローし、カバーしてやることが、ずっと自分の役目だと思ってきた。
「カカカカカカッ!」
「ちょっと静かにしててもらおうか。急いでるんでな……!」
――『負荷解除・拘束開放』――
手段を選んでなどいられない。俺は邪魔をする骸骨を一層するべく、能力の抑制を解除する。
部屋から通路に至るまで、二十体あまりのスケルトン。その一体一体の核骨を狙うのではなく、もう一つの方法で、まとめて活動を停止させる。
「どけぇぇぇっ!」
展開したのは、ミラルカに先ほど見せられた陣。通常の限界を超えた速度で編み上げ、俺の剣技と組み合わせ、破壊をまき散らす斬撃を作り出す。
――『広域殲滅型十二式剣技・破壊衝撃剣』――
一体も残すつもりはない。俺は全方位に回転するように斬撃を繰り出し、破壊の振動を全方位に放つ。
オークたちを一瞬で破砕した時と同じように、スケルトンたちが爆砕して灰になっていく。それを受けても迷宮の壁は壊れず、ただビリビリと振動が伝わるのみだった。
竜骨の灰が舞う道を、俺は駆けていく。それは俺が転移した部屋からつながる通路から、声が聞こえてきているからだった――アイリーンがいる場所、あるいは他のみんながいる場所すべてと、俺のいる場所は繋がっているのだ。
だんだんと声が近づいてくる。通路の先にある玄室、アイリーンはそこにいる。
「ちょ、ちょっとっ……それはちょっと卑怯なんじゃ……も、もう怒ったからね! 本気出したら、こんなぶよぶよ、一発で吹き飛ばして……きゃぁぁっ……!」
「アイリーンッ!」
玄室にかけ込んだ俺を待っていたのは、予想の範囲をはるかに超えた魔物と、それに捕まったアイリーンの姿だった。
先ほどの巨大スケルトンなど比べ物にならない。そこにいたのは、部屋を埋め尽くさんとするほどの、あまりに巨大すぎるスライムだった。
「ディ、ディック……ごめん、こいつ、魔力が通らな……」
「しっかりしろアイリーン、すぐに助けるぞ!」
スライムが伸ばした触腕に取り込まれていたアイリーンの顔までが、半透明のスライムの中に取り込まれる。足を踏ん張ることができなければ、彼女の打撃力が生まれない――予想に反して攻撃が通らず、スライムの触腕に触れられ、捕まってしまったのだろう。
アイリーンは酸を紙一重でかわしたのだろうが、服がぼろぼろに溶けてしまっている。彼女の意識は残っていて、鬼神化に望みを託して今まさに発動させようとしていた。
物理攻撃も魔力も通じないスライムに、何なら通じるのか。殲滅系の魔法陣の範囲に入れることもできず、魔力刃も通じない――だが、活路はある。
そんな相手でも確実に「粉砕する」方法がある。俺はそれを実行に移すために、新しい魔力剣を実戦で使うことにした。俺のギルドに入ったばかりの、あの少女から学んだ属性を取り入れて。




