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第61話 水と森の階層と仲間たちの交流

 食事を終えたあと、俺たちは外から後続の人々を呼んだ。すると、百名ほどが一度に転移してきて一気に賑やかになる。


 各階層の魔物駆除などに参加する人員は、5階ごとに転移陣を接続するたび、百人ずつ増員することになっている。最終的に、51階に到達するまでには千人が迷宮に入るわけだ。そこからはSSランク以下の冒険者は潜ること自体が危険であるため、俺たちだけで進むことになるだろう。


 第一陣でやってきたのは、ミヅハとゼクトを含む高ランクの冒険者たちだった。先に赤の双子亭のギルドマスター姉妹が俺たちに気づき、駆け寄ってくる。シェリーは後衛型、ロッテは前衛型の装備をしているが、両方とも赤系の色で統一されていた。


「……ディック、お疲れさま」

「ドラゴンキマイラを倒してくれてありがとうございます、お姉さまを危険な目に遭わせずにすみました。良いものですね、頼りになる殿方がいるというのは」

「いや、俺は補助をしただけだ。みんなが上手くやってくれただけだよ」

「……そうやって謙遜するから、ますます妹の評価が上がる」

「そ、そんなっ……私はお姉さまについていられれば、それだけでいいんです。ディックさんを男性として意識しているとか、そういうことはありませんよ?」


 シェリーは慌てる妹を見てくすっと笑うと、薄暗い洞窟の先を見た。


「後続の私たちは、洞窟の中の探索をしながら、実力に見合った階で魔物を退治する。そういう方針だと聞いた」

「そうだな。先に俺たちが行って、強力な魔物は倒しておくよ」

「……ありがとう。本当は、私と妹もディックについていって、少しでも腕を磨きたい。でも、ドラゴンキマイラと同等の魔物が、途中の階にいる可能性もある。そうしたら、足をひっぱるかもしれない」


 シェリーは真面目な性格なので、俺たちに先行させて安全になってから進むことに遠慮があるようだった。しかし彼女の言う通り、今の迷宮は浅い階層でも、強力な魔物と遭遇する可能性がある。二階層がドラゴンキマイラの巣になっているということは無いと思いたいが、絶対にないとは言えない。


「ドラゴンキマイラに限らず、魔物の変異体がいたら、様子見でも刺激しない方がいいな。俺たちが見逃すことはないと思うが、何か困ったことがあったら伝えてくれ。迷宮の中で使えるか分からないが、連絡用の魔道具を渡しておくよ」

「……ピアス?」


 遠くに居ても会話ができるようになる魔道具。俺のギルドのメンバーにはすでに配ってあるが、迷宮では魔力が遮断されるところもあるので、常に使えるとは限らない。しかし、同じ階にいれば高確率で通じるだろう。


 透明な魔石をあしらったピアスを受け取ると、シェリーはそれを大事そうに握り、胸に当てた。


「……ありがとう。大事にする」

「ああ、しっかり持っててくれ」

「お姉さま……ディックさん、意識せずにそういうことをなさるんですから。油断なりませんね」

「ん? ああ、ロッテも持っておいた方がいいか。二人ともギルドマスターだから、別個でパーティを率いることもあるんだよな」


 ロッテにもピアスを渡すと、彼女は姉と顔を見合わせる。シェリーは微笑み、ロッテは顔を赤らめる。


「も、もう……私はお姉さまが一番大切なのに……」

「うん、分かってる。いつもありがとう、ロッテ」


 姉妹の絆というのはいいものだ、と柄にもないことを思う。ロッテの頭を撫でるシェリーを見て微笑ましく思っていると、今度は向こうから別の人がやってきた。銀色の総髪が特徴的な、レオニードさんだ。


「おお、ディックよ。お前たちが出発する前に挨拶しておきたかったんだ。しかしお前さんは、相変わらず大したやつだな」

「お疲れ様です、レオニードさん。お手数をかけてすみません」

「なに、いいってことよ。老兵ますます盛んってやつでな、こんなでかい仕事が巡ってきて、年甲斐もなくやる気を出しているところだ」


 最古参のギルドマスターであるこの人には、白の山羊亭のギルドマスターが拘束されている今、全てのギルドマスターを代表して、冒険者たちを統括する役割をお願いしていた。


「第一陣の連中は、ひとまず拠点を固めることを考えて選抜してきた。こう転移魔法陣が剥き出しでは、防衛するにも心もとないからな」

「そうしてくれると助かります。その転移魔法陣は、地上だけじゃなくて白の山羊亭の敷地内に敷いた魔法陣にも接続してあるので、うちで転移管理をしてるギルド員に来てもらっているから、転移するときは彼らに行き先を伝えてください」

「おお、そいつは便利だな。一応、深層に繋がった時に若い連中が無茶して飛ばないよう、管理者には護衛をつけておくか」


 こうして拠点固めが行われることになり、シェリーたちを含めた高ランクの戦闘要員は、一層に残った魔物の掃討をすることになった。


「ディック様、ご武運をお祈りしてます。うちらは、この一層で魔物退治をしてればいいんですよね?」

「これだけの人数がいれば、さほど時間はかからないだろうが。手始めはこんなものか」


 ゼクトは少し物足りないという顔をしているが、深層の魔法陣を維持するとなると、相手にする魔物も強くなる。今のうちだけ、肩慣らしということで我慢してもらいたいところだ。


 ◆◇◆


 遺跡迷宮は俺が今まで見てきた迷宮の中では破格の広さだった。天井も高く、この規模の一層が百層積み重なっているとすると、普通に徒歩で探索すれば、最深部まで数ヶ月はかかるだろう。


 しかしコーディがいれば、光剣の力を利用して、光が届く場所である限り地形を把握できる。次の層に降りる最短経路を常に探索できるうえに、強力な魔物がいれば離れていても発見できるので、俺たちは二層に降りてからも行き先を迷うことはなかったのだが――二層も広く、そして非常に足場が悪かった。


 二層は一層と同じく、岩肌の露出した洞窟だ。しかし一層と大きく違うのは、水の精霊の影響が強いのか湿度が異常に高く、岩壁も地面も苔むしている。滑らなくなるように『安定歩行バランスウォーク』の魔法をかけ、全員の靴をコーティングして進んでいく。


「浅い層の魔物も、年月が経って変異を起こしているわね。ジャイアントバットの目が完全に退化してしまって、あまり可愛くないわ」


 たまに空中から襲撃してきて血を吸いに来るジャイアントバットだが、コーディの剣精で自動的に撃墜される。その大きさときたら、通常は子供が腕を広げたくらいの大きさで、それでも巨大だと言われるのに、この迷宮の個体は大人と同じくらいの大きさがあった。そのままにしておくのも何なので、ミラルカが陣魔法で分解し、ユマが魂を浄化する。


「果実を主食にする蝙蝠は、食材として珍重されることもあるんだがな。まあ、今は必要ないが」

「もし食料が尽きたら、できるだけ美味しく調理してもらいたいものだけど、できるのかな?」


 コーディが心配そうに聞いてくる。すると俺の代わりにヴェルレーヌが答えた。


「可能ではあるが、六層の魔法陣を起動できれば、一気に地上に戻れるので、必要にはならないだろうな。ここだけの話だが、銀の水瓶亭にある転移魔法陣に接続できるので、魔法陣にさえ辿り着けば一瞬で帰還して温かい食事を取り、ふかふかのベッドで寝ることが可能だ」


 ヴェルレーヌが人差し指を立てて得意げに言うと、みんなが目を輝かせる。やはり女性陣は風呂好きだし、迷宮で一夜を明かすというのは避けたいだろう。


「じめじめしてるから、服が張り付いちゃって困るったら。うぅ、向こうにまた水たまりが……ひぃ! でっかいカエルもいるし。あの紫色のカエル、毒があるんだよね。触らずにやっつけることはできるけど……」

「あっ、いいことを思いつきました。倒して浄化してさしあげても良いのですが、私たちが進む途中にお水のたまった場所があったら、私の力で聖水に変えてしまうというのはどうでしょう」

「そうすると、聖水を飲んだ魔物たちが戦意をなくしちゃうわけね。ディー君、それいいかも。ポイズンフロッグは倒すと毒霧を出すけど、聖水を飲ませると無害になるし」


 道を阻む魔物を全て倒しながら進むと気持ちが荒んでくるので、戦闘が回避できる場合はそうするべきだろう。アイリーンは大丈夫だろうが、死に際の毒霧を気にしながら戦うのは面倒そうだ。


「じゃあ、聖水でカエルを浄化してみるか。ユマ、頼んでいいか?」

「はい、これで大丈夫だと思います。えいっ」


 ちゃぽん、とユマが水たまり――というか、池に指を入れる。それだけで、淀んでいた水がユマの触れた場所を中心に一気に浄化され、水中にいたカエルの色が変化する――一瞬で毒々しい色でなくなってしまった。


 ゲコゲコ、とカエルは鳴くと、水辺にいるユマを襲うこともなく、跳ねてどこかに行ってしまった。


「……とんでもない浄化能力ね、相変わらず。水路が繋がっているみたいで、他の池まで全部聖水になっていくのだけど」

「ああ……穢れた地を浄化するというのは、なぜこんなに心地がよいのでしょう。女神さま、感謝いたします」

「ユマが女神そのものなんじゃないかと、僕はたまに思うことがあるよ……実は、迷宮探索において一番貢献度が高いのは彼女かもしれないね」


 それこそユマなら呪われた土地だろうが、千年放置された迷宮だろうが、一層ずつ浄化していける。そして彼女は戦闘においても、危険にさらされることがない。パーティの中にいると、敵がユマを狙うことがまずないのである。救いを求める死霊は集まってしまうが、彼女はそれを近づく前に浄化してしまうので、隙が全くない。


「ユマを中心に歩くと、気分がすさまなくて良さそうね」

「そうだな。これからはユマを魔よけの御神体として、俺が背負っていこう」

「ディ、ディックさん、運んでくれるのはうれしいですが、恥ずかしいです……」


 彼女の唯一の弱点は、昔と変わらず、体力があまりないことであろう。食べているのか心配になる重みだが、健やかに発育していて何よりだ。そんな雑念を生じても、ユマを背負っていると心なしか浄化される気がした。


「ディー君、あまり揺らしちゃだめだよ。わざとやっても私にはわかるからね」

「っ……そ、そんなことはしない。師匠も足元に気を付けてくれ」

「むう……私も服が湿気を含んできてしまった。そんなことをしている場合ではないが、三層に入ったら乾かしたいものだな」

「服が濡れたままだと体温を奪われるから、そうした方がいいな」


 その時はなんとはなしに言ったのだが、俺はみんなの空気が微妙に変わったことに、二層を抜けるまで気が付かなかった。


 ◆◇◆


 事前に見た図面では、二層が水場だとは描かれていなかった。長年を経て水精霊が集まってきて、あんな環境になったのだろう。


 そして三層は、またも図面通りではなく、鬱蒼と茂る森が広がっていた。ドラゴンキマイラが通った痕跡がまだ残っていて、樹木が焼き払われて道が開けており、生い茂る木をかき分けながら進むということにはならなさそうだった――しかし。


「――ギィィッ!」

「お呼びでないってば! せいやっ!」


 森に入ると、そこはバグベアという亜人系の魔物の巣になっていた。体格はそれほど大きくないが、樹木や石、骨を使って武具を作って武装しており、集団で攻撃してくる。


 アイリーンは相手の数をものともせず、指抜きグローブの甲に貼られた鋼板で飛んでくる石や吹き矢を全て弾き、見る間に敵を減らしていく。コーディも違う方面から来る敵を、次々に光剣で射抜いていた。


 しかし、数が尋常ではない――この森の全体を縄張りにしているとしたら、下手をしたら千体近くいるのではないだろうか。それが休むことなく、久しぶりの食料だと言わんばかりに目をぎらつかせて襲ってくるのだから、後続のことを考えると放置しておく気にはなれない。


「ああいうすばしっこい魔物は、前衛のふたりに任せておくのがいいわね。それにしても毛むくじゃらで、可愛くない魔物ばかり……もっとどうにかならないのかしら」

「魔物って、可愛いほうが珍しいからな。火竜の子供は例外だぞ」

「むぅ……よもや、火竜の子供を二人で抱きながら、『私たちの赤ちゃんみたいね』などというやりとりをしていたのではあるまいな。それを抜け駆けというのだぞ、ミラルカ殿」

「っ……し、していないわ、そんなこと。この人がどう思っているかは知らないけれど、私は純粋に、幼竜を愛でていただけよ」

「三人とも、もう終わっちゃったよ。手伝う必要もなかったみたいだけどね」


 師匠が言う通り、辺りのバグベアは殲滅され、彼らが落としたものが散乱していた。宝石や鉱物を集める習性があるため、光るものだらけだ。後で持ち帰って鑑定してみれば、使えるものがあるかもしれない。


「やっぱりドラゴンキマイラが上がってきてたのが例外なだけで、他の魔物は強くないね。すっごい強いバグベアがいるわけでもないし」

「問題は50層だ。ドラゴンキマイラが移動しなければならなかった理由が、単なるエサ不足じゃなくて、強力な魔物が50層に上がってきたからって可能性もあるからな」

「その可能性はあるね……それにしても、すぐに次の魔法陣まで行けると思ったのに、弱い敵でも足止めを食うものだね。無視しすぎてもいけないから、仕方がないか」


 コーディは汗はかいていないが、やはり二層で水を吸ったアンダーシャツの着心地が気になるようで、表情はさえなかった。


「では先ほども言っていたとおり、このあたりで、服を乾かしていくか。ご主人様に見張りをしてもらえば、周囲の警戒は問題あるまい」

「っ……ろ、6層まで突き進むという案はないのか?」

「そこまで時間を取るわけでもないし、いいんじゃないかな」


 コーディは既に服を脱ぎたそうにしている。魔王討伐隊の弱点は湿気であった――などと、世間に知れたら少し恥ずかしいが、非常に現実的な問題だ。


「……絶対にここで、というわけでもないと思うのだけど。確かにこのまま進むのは気分が進まないわね」

「ディックさん、少しだけいいですか? 本当は、一刻も早く百層に行かないといけないですが、服が濡れるとみなさんの力が出ません」

「ちゃっちゃとやっちゃって、気分を切り替えて、気持ちよく次の魔法陣に行こうよ」


 ミラルカ、ユマ、アイリーンも同調する。そうすると白一点である俺は、有無を言わさず多数決に従わなければならない。


「そうと決まれば、火を起こすとしよう。炎の精霊と、風の精霊をうまく使うことで、清浄な熱源を作ることができるのでな。炎の精霊、そして風の精霊よ。我が魔力を炎に変え、そよ風に揺蕩う火球を生み出せ。『浮遊炎球フレイムスフィア』」


 ヴェルレーヌは光以外の、多くの精霊と契約している。特にダークエルフらしく闇の精霊魔法が強力なのだが、他の精霊魔法も高い水準で習得していた。


「ディー君はあとでね。私たちが終わったら、呼んであげるから」

「ああ、分かった。じゃあ、向こうで見張ってるからな」


 火球の周りで装備を外し始める仲間たち。それはさぞ男性の夢が詰まった光景なのだろうと思いつつも、俺は夢よりもパーティの信頼を選ぶ。その選択はきっと後になって評価されるはずだ――だから後ろは向かない。


「はぁ、やっとすっきりした。髪も濡れちゃったけど、どうする?」

「ついでに乾かしていきましょうか。ヴェルレーヌさん、タオルを貸してちょうだい」

「いいだろう。私は乾かすのが得意だから、任せておくといい」

「みなさん、私より年上なのはわかりますけど、その……いえ、ちっちゃくはないですよ?」

「ディー君はたぶん控えめでも大丈夫だから、心配しなくてもいいよ」

「……それは僕にも刺さるから、そういう話はほどほどにしてほしいな」

「え、コーディはユマちゃんより……あ、声大きい? ディックに聞こえるかな」

「あの人は朴念仁だから、気にしなくていいわ。少しくらい見る勇気があってもいいのだけど」

「『そんなことをしたら殲滅されるだろう』などと言うに決まっているな。まったくご主人様の愛らしさときたら、反則きわまりない」

「ふふっ……それはいかにも、ディックが言いそうなせりふね。あの人、へたれだもの」

「あー、それはねー。ディックももうちょっと押しが強いっていうか、そういうところを見てみたいよね」

「そうですか? 私は今のディックさんの、清らかな魂がとっても好きですよ♪」

「その清らかというのは、どういう……あ、うん、なんでもないよ。聞いてはいけないことだってあるからね。人のことは言えないし」


(なぜ気を遣われてるんだ……そして人のことは言えないって、コーディも……い、いや、何を真剣に聞いてるんだ俺は)


 その後も服を乾かす間という名目で女性陣の会話が続き、俺は大いに葛藤し続けることになるのだった。

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