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第54話 回想と動き始めた時間

 自分に眠る必要がないと知ったのは、回復魔法を睡眠不足による疲労を取るために使えると知ったときだった。


 魔力を回復するための基本的な方法は睡眠で、身体を成長させるためにも眠ることは不可欠だ。しかし眠る必要が無いとなると、時に思うことがある。


 眠るということは、限られた人生を無駄にするということだともいえる。眠らなければ、常に俺の中で物事は動き続けて、やりたいと思うことをこなせる量が増える。


 ――それでも俺は、人に合わせて眠り、朝方に目覚め、毎日の日課である酒場の開店準備をし、食材の仕入れに行き、ギルド員に指示を出す。


 俺のギルドしか受けられない依頼を探し、それしか受けない。そうやって自分の好奇心を満たすこと、なかなか手に入らない報酬を手に入れ、できることを増やすことだけを、目標としていた時期もあった。


 しかし実際にギルドを始めてみると、俺はギルド員の能力に合わせ、彼らの力を生かすことを第一に考えるようになった。危険な仕事をするときは十分な配慮をし、必要ならばサポートして達成させ、ギルド全体を成長させるように心がけてきた。


 5年間、俺がずっと第一に考えてきたことは、ギルド員を一人も依頼の中で死なせないことだった。


 それは改めて考えることでもなく、ギルドマスターとして当然のことだ。ギルド員に仕事をしてもらう俺が、最も彼らの安全に気を配るべきだと思った。


 しかしその考えは、人の命は失われるべきではないという思いは、師匠に通じるものではなかった。

 

 人は簡単に死ぬもので、それは悲しいことではない。


 当然のように訪れる死というものを、恐れる必要はない。だから、自分を殺すことを躊躇う必要はない。


 そう言う師匠を、俺は恐ろしいと思いながら――同時に、超然とした存在に対する憧れを覚えた。


 ずっと敵わないはずだった。しかし師匠から教えを受け始めてある日、俺は気が付いてしまった。


 このまま学び続ければ、彼女を超えられる。彼女の望み通りにできる力を、手に入れられるということに。


 ◆◇◆


 眠るつもりはなかったし、師匠をずっと起きて見ているつもりだった。


 それでも夢を見ているということは、俺は自分を完全に律することができていないということだろう。


 それとも、ヴェルレーヌと皆が来てくれて安心したからか。


 ヴェルレーヌと共に、彼女たちが店の手伝いをしてくれると言って部屋から出ていったあと、ほどなくして俺は眠りに落ちたようだった。


 俺は、師匠と出会った当時――十歳だった頃のことを思い出していた。


 子供の頃、俺は成長するにつれて大きくなる魔力を制御できず、意図しない魔法を発動させてしまうことがあり、同年代の子供たちから怖がられ、遠ざけられていた。


 代々うちは農家をやっていたが、父親は早くに引退し、長男――俺の一番上の兄に家を譲って、若い頃に志していたという冒険家の道に戻り、家を出て行った。母親もそれについていったのだが、子供たちは既に俺を含めて自分で生きていくことができる力を身につけていたため、両親の希望を受け入れた。


 俺は三人の兄と二人の姉の意志に従った。五歳の頃から家の手伝いをしていた俺だが、長兄は両親が出て行ったあとで、俺に子供らしいことをしても良いと言った。


 しかし俺には、一緒に遊べる友人などいなかった。兄や姉は末の弟である俺を可愛がってくれたが、彼らには彼らの交友があり、いつも相手をしてもらうというわけにもいかなかった。


 そうして俺は、山に出るようになった。山ならば、魔法が暴走しても誰にも迷惑をかけないし、元から探検の類が好きであったこともあり、家の手伝いを減らした分だけ山に行き、そのうち野営の仕方を覚えると、数日家に帰らないこともあった。泥だらけになって帰って来た俺を姉たちが捕まえ、風呂に入れてくれた――兄たちは「おまえはきっと大物になるよ」と笑っていた。


 それまでの俺の狭い世界では、年の離れた兄たちは自分よりずっと立派だし、容易に追いつけないと思っていた。大人であるということは俺にとって憧れであり、早くそうなりたいと思っていた。


 冒険家として旅に出た父と母に会うには、自分も大人になり、同じ道を選べばいいという思いも多少はあった。二人は時々帰ってくるものの、滞在は短く、俺たちは引き留めるような理由も持ち合わせていなかった。


 そんな家族の形を俺は悪いと思わないし、両親のことを非難する気持ちもない。長兄を残して、他の兄たちも旅に出るようになり、家に戻らなくなった。そういう血筋なのだと思う。


 家を離れ、山にこもる時間が長くなっていくほど、俺は誰かと話すということを忘れそうになり、その代わりに魔力の流れで獣の感情を読み取ることができるようになった。


 しかし俺は、獣にまで恐れられた。山に住む獣たちは、人間である俺を受け入れず、近づいてくることはなかったし、攻撃してくることもあった。


 それでも山で暮らし続けるうちに、感覚はどこまでも鋭敏になり、自分がただの人間ではなくなっていくように感じた。険しい山奥で生き延びる日々が、自覚なく俺の能力を強くしていたのだ。



 ――そして俺はあの日、豪雨の降り注ぐ中で雨宿りに駆け込んだ山奥の洞窟で、傷ついた二足の飛竜ワイバーンに出会った。


 冒険者の討伐対象となり、命からがら逃げてきた飛竜は、重傷による死への恐れと人間への怒りから、近づこうとする俺を攻撃した。


 飛竜ほど強い生物なら、俺の気持ちが分かるかもしれないと思った。


 その時の俺はもう、正気を失いかけていたのだと今は分かる。


 魔力の暴走で、家族に迷惑をかけたくない。それで家に帰らずにいるうちに、家族にもいつか忘れられるのではないかという恐怖があった。


 飛竜は俺を受け入れず、爪を振るい、炎を吐きかけた。俺はあきらめず、山で採った薬草をすり潰して作った薬を、飛竜に塗ってやろうとした。


 飛竜が苦痛によって気絶したところで、俺は薬を塗った。そこで俺の意識は、一度途絶えた。


 自分のことは、どうなろうと興味はなかった。


 飛竜がそのまま死んでしまったなら、そのことにだけは後悔があった。そして最後に、俺は家族のことを思い出し、ようやくかすかに思った。


 ここで死ぬことには、意味がない。そのことをひどく寂しく、虚しいと感じた。


 俺にはしたいことがあった。父と母のように冒険に出て、知らない世界を見て――そして。


 普通の人のように、人の中で生きたかった。


 まだただの子供でいられたころに、村の子供たちと遊んだ日々が、途切れ途切れにめぐった。




 結論からいうと、その時俺を助けたのが師匠だった。傷ついた飛竜ワイバーンが飛んでいくのを見た彼女は、なぜか追いかけてみる気になって、叩き付けるような雨の山林を転移しながら移動してきたという。


 そして、いつの間にか俺の目の前に立っていた。火傷と爪による傷でぼろ屑のようになっていた俺を覗き込み、手をかざし――『快癒の光リカバーライト』を使った。


 目覚めたとき、俺は焚火のそばで、師匠に膝枕をされていた。


 揺らめく明かりの中で初めて見る、透き通るような銀色の髪を持つ師匠は、この世の存在とは思えないほど美しく見えた。


 彼女は俺の頭を撫で、頬に触れて微笑みながら、優しく語りかけてきた。


 その声を聴いた時から、俺は彼女に心酔していた。文字通り、心を奪われていた。


「君の名前はディック・シルバーって言うんだね」

「……どうして、おれの……」


 久しぶりに出した声はしゃがれていて、自分の声でないように感じた。師匠は口元を押さえて笑い、俺に目を閉じるように促した。


「もう少し寝てたほうがいいよ。大丈夫、この子は君に感謝してるよ。痛くて、苦しくて、暴れてただけだよ」


 彼女には、飛竜の気持ちが分かる。


 自分と同じだ。やっと仲間を見つけられた、そんな勝手な思いが、俺の胸を焦がれるほど熱くさせた。


 出会ったばかりの彼女は、ひたすらに優しかった。


 後になって、本当は生死というものにさして興味がないことを知るまで、俺は彼女に信仰に近いものを抱いていた。


 柔らかい膝の感触。それほど年齢が離れているように見えないが、身を預けたときの安心感は、二度と抜け出せなくなると自覚できるほどだった。



 彼女のためならば、俺は何でもできると思った。


 何をしたら、感謝の気持ちを伝えられるのか。


 どうしたら喜んでもらえるのか、そう尋ねて、いつもと変わらぬ笑顔で彼女が答えるまでは。



 ◆◇◆



 焚き火の光ではない、暖色の光が頬に当たっていた。


 まだ昼だったはずなのに、目を覚ますと夕暮れ時になっていた。


 髪に、触れられていることに気が付いた。俺は師匠の寝ているベッドに伏して、うたた寝をしていたのだ。


 触れている指が動いた。そうやって触れられていたから、俺は昔の夢を見たのだと思った。


 そうやって、俺は彼女に出会った。師匠、師匠と呼んで、彼女の後ろをついて回った。


 俺のことを、自分のものだと彼女は言った。5年前まで、それは紛れもなく事実だった。


 俺が失った他者との繋がりをもう一度与えてくれたのは、この世界で生き続けることを望まない彼女だった。


 だが、最後の望みをかけて、俺は言う。5年前には、失望させることが怖くて言えなかったことを。


「俺は師匠に、生きてて欲しいんだ」


 喉が痛んで、しゃがれた声が出た。それもまた、初めの時と同じだった。


 俺の髪に触れる、師匠の指が止まった。俺はまだ、顔を上げることができなかった。


「殺してくれなんて言わないでくれ。俺にとって、それは自分を殺すのと同じことなんだ」


 答えは返ってこなかった。彼女の心を変えることは簡単じゃない、そう分かっている。


 師匠は何も言わないまま。止まっていた指が、かすかに動いた。


 ――そしてその手が、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。そこで俺はようやく顔を上げ、師匠を見た。


 彼女は静かに微笑んでいた。大きな瞳に俺を映して、差し込む光を受けて、俺のことを肯定してくれていた。


「……君にとって命と同じくらい大切な人は、私だけじゃない。それが、王都に戻ってきて良くわかった」

「俺は……」

「君は元から、人の中で生きていくべきだった。私は、そのための道筋をつけてあげただけ。気まぐれで助けただけで、そんなに恩を感じる必要なんてなかった……なのに、いつの間にか、私の方が君に依存していた」


 彼女の瞳には、殺してくれと口にする時の狂気はもうなかった。


 長い間見ていた悪夢から覚めたようだった。俺の言葉が、彼女に届き、聞き入れられている。それは師匠のもとを離れるまで、どれだけ願っても叶わなかったことだ。


「初めて失うことが怖いと思った。私は、君に殺されて終わるのなら、寂しくないと思った。寂しいなんて気持ちは、ずっと昔に忘れたつもりだったのに……おかしいね。いつ、思い出しちゃったんだろうね」

「……師匠は……ずっと寂しかったんだ。ただ、気が付かなかっただけで」


 そんな傲慢な決めつけを、口にしていいはずもないのに、気が付けば声に出していた。


 頬を打たれても仕方がないと思った。まだ二十年も生きていない俺に、何が分かると。


 だが、俺の想像通りにはならなかった。


 師匠はベッドの上で顔を背け、窓の方を見た。その長い髪を窓から入って来た微風が揺らし、その頬に光る滴を覆い隠そうとする。


「……ディック・シルバー。やっぱり君は今でも、やんちゃな『ディー君』だね」

「……ごめん。成長してるつもりが、そうでもなかったかな」


 師匠はこちらを向かない。意地になっているようで、それとも違う。

 なぜなら彼女は、笑っている。道化師の笑顔ではなく、自然で、こちらまで嬉しくなるほどの笑顔で。


「……師匠。これから、色んな所に謝罪しなきゃならないし、許されるかどうかも分からないこともある。俺を今でもあんたの弟子だと思ってくれてるなら、俺も一緒に責任を取る。それで今回のことは、一度決着をつけよう」

「ディー君は私に恩を売って、死なないで欲しいっていうの?」

「それは……そうだな。これくらいのことで、師匠が言うことを聞いてくれるとは……」


 思わない。そういう前に、師匠は涙を拭いてからこちらを見た。


「私はディー君に負けちゃったから、本当は発言する権利はないんだけど、一つだけお願いをさせてくれる?」

「……殺してくれ、以外なら。何でも承るよ」

「ディー君がおじいちゃんになって、もう死んじゃうって時になったら、その時には私を連れていって。それまで、私はできるだけ、ディー君の邪魔をしないように生きるから」


 それは、彼女にとって最大限の譲歩で――それでも俺は、弱音を口にしてしまう。


「……それなら俺は、師匠も老衰で亡くなるための方法を探すよ」

「それ、本当にあるのかな? 少なくとも私が探してきた限りでは、見当たらなかったけど」

「じゃあ……俺も不老不死になるか。それは、みんなに怒られるか」

「ディー君と一緒だったら、みんなはずっとこのままでいたいと思うかもしれないね」


 そんなことを言ったら、ミラルカたちは笑うだろうか。それとも不老不死というものに、興味を抱くのだろうか。


 選べる選択肢ならば、手に入れておきたい。そう思うが、絶対に手に入れたいわけでもない。


 師匠を孤独にしないと決めた今、そのための方法は、幾らでもあるはずだ。彼女が死を望まないのなら。


 彼女の罪を考えると、すぐに穏やかな日々が始まるというわけではないが――それでも、今までよりはずっといい。


「……師匠に、聞きたいことがあるんだ。出会ってから今まで、ずっと気になってたんだけど」

「私の名前? それはね、忘れちゃった。大昔にはあったような気がするけど、誰も呼ばなくなったから」

「そうなのか……」


 今なら聞けると思ったが、そう言われてしまっては仕方がない。


「俺も『忘却のなんとか』なんて言われてたから、師匠譲りなのかもな」

「今ごろ気がついた? 私と同じでギルドマスターもしてるし、ディー君は私と行動がよく似てるよ。情報網のつくりかたは、ちょっと甘いかなと思ったけどね。おおむね、よくできました、って言っていいかな」


 久しぶりに褒められた気がする。もうずっと昔で、最後にそうされたのがいつかも覚えていないが。


「……レイスのベアトリスと同じで、これからは私もディー君の眷属みたいなものになるから。ふたりめだね、ディー君の家名をもらうのは」

「い、いいのか? 師匠はベアトリスの場合とは……」

「家名はそれでいいとして、名前のほうは、ディー君に考えてもらおうかな。師匠って呼ばれるのも、私は嫌いじゃないけど……ディー君の方が強いから、もう私の弟子からは卒業しちゃってるからね。一人前として、認めてあげないとね」

「……そいつは光栄だ。じゃあ俺も、師匠を一人の人間として認めて、まずやってほしいことがあるんだ」

「ディー君、いたずらっぽい顔だね。私に何をさせようって言うの?」


 怪訝そうながらも、楽しそうな顔をする師匠に、俺はこのギルドに入った者への通過儀礼を申し付ける。


 まずは、酒場の夜の部に向けての準備を手伝ってもらう。先輩のヴェルレーヌ、ミヅハ、そして階下にいるだろうミラルカたちと一緒に。

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