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第46話 SSSランクの領域

 『限定拘束スピリット・リミットホールド』。それが、俺の力を常に制限している、逆強化魔法と言うべきものである。


 その拘束は筋力、魔力、そして思考速度にも及ぶ。


 人間の頭というのは、普段はその能力を最大まで発揮することはできていないらしい。ならば、その使っていない脳を使えるように、常に負荷をかけて訓練しておくとどうなるか――。


 言うなれば、『一瞬の判断』を要求される場面で、最適の行動を確実に取ることができるようになる。正確に計測する手段が存在しないが、常人では俺の状況解析速度に追随することはできない。


 まだ、目の前にいる金髪の死神じみた格好の男は、俺がどのように変化したのか理解できてはいないだろう。


 しかし未知の相手に怯んだことを屈辱と感じ、面食らった顔は即座に怒りに染まる。


「……クソがぁぁぁッ!」


 大鎌を振り上げたあと、風の精霊の力で加速して距離を詰める。

 先に仕掛ければ有利になる、経験上そう判断しているのだろう。誰でも、初手で未知の攻撃を放てば、対応するためには一度受けるか、避けるかしなければならない。


 しかしそれは、相手が何をしてくるか、『一撃目で分からなければ』の話だ。


「おらぁぁぁぁぁっ!」


 男が鎌を横薙ぎに振り抜く――俺はそれを『斬撃強化スピリット・ブレード』を施した長剣で受ける。


 ニヤリ、と男が笑う。釣りあがった目に、嘲笑するように吊り上がる口元――。


「『破乱風刃ランダマイズ・シザース』ッ!」


 精霊魔法が発動、鎌は魔道具であり、相手の魔法に従って形状を変化させる。収納されていた十字の刃が飛び出し、鎌槍に変化する。『精霊反応機構エレメンタルフレーム』を備えている武器によって、風の精霊の力を最大限に利用し、技を繰り出す。魔力の流れ、その場に存在する風精霊ジンの反応、これまでの経験からの推測、鎌から放たれる何重もの風の刃。物理的に武器を受け止めても、風の刃は止められず、俺に襲い掛かる。


 だが俺は勝ち誇るように笑う奴に、刹那の一瞬、こちらからも笑いかけてやる。


 読み切ったあとは、返すのみ。次の一撃に繋がるように、反撃を繰り出すだけ。


 ――『斬撃回数強化スピリット・ブレード・アタックライズ』――


 笑っていた男の目が見開く。先ほどと同じ、余裕めかせた次の瞬間に足を掬われる。


 自分が強いという絶対の自信が、破られる。無数に発生して俺を切り刻むはずの風の刃が、確実に全て『斬り返され』、防がれているのだから無理もない。


「風の刃……悪くはないが。手数を増やすだけのトリックじゃ、俺には届かない」

「――っざけ……!」


 奴には大技を繰り出した後でも、すぐに追い打ちをかけるだけの実力はある。Sランク以下ならば、再度精霊魔法を使えるようになるまでに、どうしてもブランクが生じるところを、次の詠唱にスムーズに移行できている。


「……このギルドごと吹き飛ばしてやるよ……風の精霊どもよ、嵐を巻き起こし、破壊し、無に帰せ……『破嵐ストーム・テンペスト』!」


「ディックッ……!」

「っ……姉さま、あの仮面の方が、ディック様なのですか……!?」


 シェリーが俺の名を呼ぶほど心配するのも、無理もない。彼女に今まで、俺は実力の一部すら見せる機会がなかった。


 元勇者で、強いとは分かっているけれど、実感がわかない。そう淡々と言う彼女に、俺はいつか機会があったら、俺が強いかどうかを見て判定してくれと言った。


 しかし、こうして改めて全力の一端を解放してみると、思い知らされてしまう。


 同じSSSランクの相手でなければ、俺が本気を出しきるには実力が不足しているのだと。


 大鎌の男の金色の髪が、巻き起ころうとする嵐の中で逆立つ。体内の魔力が収束し、風の精霊が呼応し、俺たちを巻き込み、建物を破壊するだけの力を生み出そうとする。


「あるわけがねえ……俺が怯えるなんざ、あっていいわけがねえんだッ!」

「――あっていいわけがないか。だったら、これはどうする?」


 俺はその場で剣を振りぬく。


 コーディの光剣を、我流で模した技――『魔力刃スピリットエッジ』で、俺にしか見えていないあるものを斬った。


 魔法とは、いかにして発動するものか。多くの者は精霊と契約し、その力を魔力を代償に引き出すことで、世界に干渉して変化を起こす。


 火の精霊ならば炎を、水の精霊ならば水を生み、時には極低温で氷結させ、土の精霊ならば土を盛り上げて壁にし、精霊の力でゴーレムを動かすこともできる。


 風の精霊は風、極まれば嵐の力を生み出す。しかしそれらは、魔法使いが自分で一から構築して現象を起こしているわけではない。あくまでも、精霊の力を決まった手続きで引き出しているだけなのだ。


 ならば――精霊に干渉する魔力の経路を絶てば。契約によって簡略化された手続きでなくては魔法を使えない『現世代の魔法使い』は、一切の魔法を使うことができなくなるということだ。


「な……んで……お、おい……ふざけんなッ、俺が、俺が失敗するわけが……ッ!」


 発動しかけていた破嵐ストーム・テンペストは、何の現象も起こさずに終わる。空を斬ったように見えるだろう、俺の魔力刃で、魔力の経路を絶たれているのに、奴は気がついてもいない。


「クソがぁ……っ! 風精霊ども、こいつらを打ち砕け、ぶち壊すんだよッ! 『破嵐ストーム・テンペスト』! 『破嵐ストーム・テンペスト』ォッ!」


 その魔法の威力だけを見れば、このギルドの建物を破壊することはできる。


 SSランクの冒険者は千人の兵が駐留する砦を、1時間かけて攻略する力を持っているという目安もある。


 しかし戦闘評価だけで10万を超える者に攻撃されれば、その程度の砦は、一分も原型を保っていられない。俺やミラルカ、コーディ、アイリーンは、そういった領域にいるのだ。


 俺の戦闘評価は測っていないが、理論値でいうならば、通常状態のアイリーンと格闘し、勝ったり負けたりしている時点で9万はあると考えられる。それは、近接戦闘における評価のみ――魔法の評価を含んではいない。


 初めから、SSランクだろうが、SSSランクの前には相手にならない。Aランクに対してもそうだったように、どれだけ手加減をしても負けられない。


 自分に何が起きているかもわからずにいる男は、魔法が使えなくなったという事実をようやく受け止める。


 ――そして、握りしめた鎌を俺ではなく、離れて見ていたシェリーとロッテに向けて振りかざした。


「邪魔さえ入らなければ、てめえらを操ってそれで終わりだったんだよッ……クソ女がぁッ!」

「姉さまっ……ここは私が……!」

「ロッテ、だめっ! 私たちではっ……!」


 Sランクの冒険者6人がパーティを組んで、ようやくSSランクの冒険者一人に勝つことができる。シェリーとロッテでは、一撃で戦闘不能にされてもおかしくはない。


 鎌男は魔法が使えなくとも、武器だけでSランクを喰らえるつもりでいる。しかし、俺がその場にいて何もしないと思っているのなら、やぶれかぶれもいいところだ。


「『戦闘力貸与スピリット・ライジング』――『戦闘力低下スピリット・レデュース』」


 シェリーとロッテに、俺の戦闘評価を貸し与える。近距離で、短時間ならば、一度に貸与できる戦闘評価は5万――そして。


 同時に鎌男の戦闘力を低下させる。風の精霊と契約していても、俺の強化・弱体化魔法に抵抗する対抗手段をまったく持っていない彼は、自分の能力が恐ろしく低下したことに、まさにロッテに切りかかった瞬間まで気が付かなかった。


「ぐっ……!?」


 男には大鎌の重量が、数倍にも増して感じられていることだろう。

 限界解放をした状態での、俺の『戦闘力低下』は、大人の男を赤ん坊と変わらない身体能力に変えてしまう。SSランクでもBランク相当まで落ちてしまう、自分でも悪夢のようだと思える威力だ。


「はぁぁっ……!」


 ロッテが意を決して、鎖鉄球チェーンフレイルで一撃を繰り出す。大鎌の刃は弾かれ、男は武器を離す――今の戦闘力では武器を保持し続けることすらできない。


「姉さま、今ですっ!」

「ええ……っ、『鞭縛り(ウィップバインド)』!」

「うぉぉっ……!」


 シェリーは鞭を相手に絡みつかせ、拘束する。彼女が使う鞭はリーチが恐ろしく長く、あれよと言う間に天井の梁に男をつるし上げてしまう。


「てめえらっ……! 殺す……絶対に殺してやるッ……!」


 どれほどの屈辱かは察するに余りあるが、彼がやろうとしていたことを考えると全く同情はできない。


 つるし上げられた拍子に、男が持っていたものだろう、革のベルトのようなものが床に落ちる。俺はそれを拾い上げ、確認する――これは、魔道具だ。


 アイリーンが持ち帰って来た、ミヅハの首につけられていたものと似ている。あれは切断されて使えなくなっていたが、この首輪はまだ使うことができる。


「シェリーとロッテを操ろうとしたと言ってたな……獣人だけじゃなく、人間を従属させるための道具を作ってたのか。一体、何のためだ」

「てめえらに関係あるかよ……ッ、いいから降ろせッ! 降ろしやがれッ! がぁぁぁぁっ!」


 空中でもがき、暴れまくる男。しかしシェリーの鞭の技術は流石のもので、弱体化した男がいくら暴れても、ゆるむ気配は全くなかった。


「これが、私たちに持ち込んだ依頼で、試すように言われてた魔道具……?」

「人を操って、言うことを聞かせる道具ですね。こんなものを持ち込んで、私たちを操って……赤の双子亭を、意のままにしようとしていたのね。なんて恐ろしい人たちなの」


 シェリーの双子の妹であるロッテは、姉と容姿がよく似ているが、髪型に大きな差異がある。シェリーは髪が背中に届くほど長いが、ロッテは肩くらいの長さだ。しかしつけているリボンは同じで、二人とも年齢のわりに艶っぽい雰囲気をしている。


 ロッテは自分の体を抱くようにして、吊られている男をけだものを見る目で見やる。彼女には潔癖なところがあり、男性に対しては姉が認めた人物以外、決して警戒を崩さない。


 男は唾でも吐きそうな勢いだったが、抵抗しても無駄だと悟ったのか、がっくりとうなだれた。


「……クソ女ども……絶対に犯す……殺してから犯してやる……」

「折れないのは大したもんだが、あまり汚い言葉を吐くなよ。こっちも、別に聖人じゃないんだ」


 ユマならば、これほど絵に描いたような下衆が相手であっても、神の教えを諭すだろう。しかし俺は、そこまで寛容でもない。


「……だが真っ先に殺すのはてめえだ。そのふざけた仮面を取りやがれッ!」

「あなたにはもう発言権はない。彼を侮辱することは許さない」


 シェリーは男を見上げて淡々と言う。男はシェリーを睨みつけていたが――彼女がただ見上げているだけで、その目から徐々に力が失われていく。


 赤の双子亭のシェリー――彼女の魔法は、『芳香』を操るものである。花の精霊と契約している彼女は、特殊な植物を召喚し、芳香を発生させることができるのだ。俺も、防御せずにうかつに嗅ぐと大変なことになってしまう。


「……あなたたちとしていることが同じみたいで、あまりいい気分はしないけど。しばらく、言うことを聞いてもらう」

「……はい……かしこまりました、お嬢様……オレを、好きに使ってください……」


 あれほど反抗的だった男が大人しくなり、従順そのものになる。何度見せられても恐ろしい――彼女の芳香も魔力によるものなので、俺ならば遮断できるが、男性相手にはほぼ無敵の能力だ。


 しかし風の精霊使いが相手では、芳香を散らされてしまうために相性が悪い。今の状態なら問題なく効果を発揮できるわけだ。


 ふぅ、とシェリーは息をつき、芳香を金髪の男が吸い続けるように、彼の周囲に固定する。そして吊るした男を下ろすと、彼は自主的に、床に這いつくばってシェリーの靴を舐めようとする。


「そこまではしなくていい。汚らわしいから」

「はっ……申し訳ございません、お嬢様……」

「ギルドタグを渡して。そして、何が目的でここに来たのか、全て話しなさい」


 シェリーは金髪の男からギルドタグを受け取り、俺に渡してくる。そこには、『クライブ・ガーランド』という名前と、SSランクの冒険者であること、白の山羊亭に所属していることが明記されていた。


 俺はシェリーたちと共に、クライブという男から話を聞くことにした。白の山羊亭が何を考えて行動しているのか――そしてこの首輪を使って、何をしようとしているのか。


 だが、話を聞く前に、シェリーとロッテは俺を改めて見て、感嘆を隠さずに見つめてくる。


「仮面で来るから、最初はだれかと思った。でも、すごく安心した……」

「私も姉さまと同じ気持ちです。やはりディック様……いえ、あなた様は、特別なお方なのですね。あまりにも強すぎるので、劇を見ているみたいでした」


 もう少し緊張感のある戦いができるかと思ったが、そんなことより、二人が無事で何よりだ。


 そう言おうとして、二人を正面から見て、俺はまずいことに気が付いた――能力の抑制を解除したままだ。


(『限定拘束スピリット・リミットホールド』)


 解除していた負荷を元に戻す。そうしなければ、俺のすべての感覚が鋭敏になりすぎる。

 何が問題かというと、視覚から得られる情報から、ふだんより遥かに多くのことを解析できてしまう。服を着ている相手でも、じっと見ているだけで中の体形が分かってしまうのである。


「……? どうしたの?」

「ああいや、何でもない。それより、さっそく話を聞くか」

「はい……ああ、そのさっぱりしたところも奥ゆかしい。あなたのような方こそ、姉さまにふさわしい……」

「ロッテ……余計なことは言わなくていい。勘違いされたら、困る」


 それが勘違いなのかどうかも、限界解放した俺なら、感情を読み取って解析できてしまうのだろうが――自分で言うのもなんだが、人間の領域を外れているので、自重しなくてはならないところだ。


 そして俺は地面に這いつくばったままで微動だにしないクライブを見て、シェリーの能力もまた、使い方次第でSランクの範疇を外れる強力なものだと実感するのだった。


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[気になる点] 一撃くらいは制裁を回避不可で与えるべきだよ?絶対少なくともねぇ
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