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第45話 襲撃者と限界解放

 二人のギルドマスターとの話を終えて、俺はその日の夜の部が終わったあと、深夜に赤の双子亭に向かうことにした。店を出ようとすると、ミヅハとヴェルレーヌが見送りをしてくれる。


「ディック様、大変やなぁ、こんな遅くに。うちもお手伝いできたらええんやけど」

「いや、二人も一日働いて疲れてるだろ。今日の俺は飲んでばかりいたから、体力は余ってるぞ」

「お気をつけて行ってらっしゃいませ。二時までにお帰りになりましたら、その時は少しお話にお付き合いしていただければと」

「うちも夜更かししたいなぁ……でも兄上様が心配するしなぁ。明日は泊まっていってもいいですか?」

「ええ、いつでもどうぞ。ご主人様は二人同時でも大丈夫ですので」

「同時ってなんだ、同時って……」

「うちとヴェルレーヌさんで、同時に……や、やっぱりあれかなぁ……」

「ミヅハさん、『あれ』については後日改めて、じっくりとお話いたしましょう」


 何を企んでいるのか知らないが、ヴェルレーヌは楽しそうだ。まあミヅハと一緒にということなら、さほど過激なことを考えてもいないだろうと思いたい。


 ◆◇◆


 赤の双子亭は9番通りにある。南北に伸びる9番街区、その南端に位置しており、住宅や店からは少し離れている。


 双子亭は俺のギルドよりかなり規模が大きく、ギルドの事務所、訓練所、食堂などを敷地内に備えている。敷地の入り口には、常に警備をしているギルド員がいるはずだが――。


 そのギルド員のいる詰所の扉が、遠目に見ても分かるほど大きく破壊されている。


 近くには街灯があったはずだが、辺りは真の闇に近く、月明かりしか照らしていない。街灯は何者かによって切り倒され、釣り下げられたカンテラは割られていた。


 俺は詰め所の中を覗き込む。皮の鎧を切り裂かれ、頭から血を流した男性が一人、中に座り込んでいた。


「おい、何があった。誰かの襲撃を受けたのか? 敵は何人だ」


 幸いにも命に支障はなく、『癒しの光』をただちに使用して回復させる。すると男は、青ざめた顔を上げ、怯えきった顔をして言った。


「ろ、六人くらい……いきなり、無断で敷地に入ろうとするから……止めたら、そこの扉を壊されて……風の刃の魔法を食らった……お、俺は……」

「分かった、とりあえず落ち着け。これはお前の責任じゃない。襲撃してきたのが、誰かわかるか?」

「……わ、分からない……ただ、シェリー様が、白の山羊亭の者が来るかもしれないと……そうしたら、すぐに入れずに、自分を呼ぶようにと、言って……」

「……白の山羊亭の人間かもしれないと、思ったんだな?」


 男は震えながら頷き、うつむいてしまう。よほど恐ろしい思いをしたのだろう。


 ――俺もこうしている場合ではない。侵入者の目的が何であるにせよ、このギルドは今攻撃を受けているのだ。


「とりあえずここでじっとしてるんだ。事が終わるまでは、その方が安全だろう」

「……お、俺は……門番の役目も果たせずに……」

「いきなり攻撃してくる方が悪いに決まってるだろ。ちゃんと詫びは入れさせてやるよ」


 俺は男を落ち着けるように肩を叩いたあと、外に出て『隠密ハイディング』の魔法を発動させる。さらに『消音ミュート』の魔法を使って足音を消すと、最高速度で走り始めた。



 『赤の双子亭』ギルドの本部の外観を見た時点で、俺は事態が切迫していることを悟った。


 三階建ての最上階から、争う音が聞こえてくる。そして一階の出入り口は、詰め所と同じように風の魔法で破壊されている――敵は最低でもSランク以上。白の山羊亭のSSランク幹部が来ている可能性もある。


 破壊の痕跡を残しているということは、赤の双子亭が審問官に訴えることのできないよう、手を打つ用意がある――あるいは、完膚なきまでに叩き、機能を停止させようというのか。


(何が理由なんだ……まさか、シェリーが依頼を断ったことへの報復なのか? それは完全に逆恨みじゃないか)


 敵が何者かを確かめるまでは、断定はできない。俺はギルドの一階に入る――『仮面の救い手』として使用している仮面では口元が隠せないので、今回は完全に顔が隠せるよう、鉄仮面を作ってきた。


 我ながら緊張感がないとは思うが、俺の頭は冷え切っている。これから俺が見るだろう光景は、ろくでもないものに違いないからだ。


 ヴェルレーヌの言葉が脳裏によみがえる。全てのギルドの実権を掴むべきだ――白の山羊亭がまっとうにギルドを運営してくれていれば、そんなことを考える必要も無かったのに。


「上手くいかないもんだな……まあ、仕方ない」


 腹を括るうえで、この段階に来てしまうと迷いはなかった。

 襲撃者が誰であろうと、全員を沈黙させる。こういうやり方は好かないが、俺の仮面を恐怖と共に、記憶に刻み込んでもらうしかない。


 壊された扉から、俺は堂々と侵入していく。深夜でもギルド本部には若干名の冒険者が残っていて、襲撃者と一戦を交えた後だった――しかし、赤の双子亭のギルド員は全てが倒れ、立っているのは二人の男だけだった。


 彼らのうち一人が、俺を見るなり戦闘態勢に入る。一人は魔法使い、一人は剣使い――俺は長剣を抜き、切りかかって来た男の太刀筋を読んで避けると、剣の峰を背中に叩き付けて吹き飛ばした。


「うぐぁっ!」

「っ……な、なんだこいつ……このギルドに、こんな仮面の男がいたか……?」

「俺の素性なんてどうでもいいだろう。それでお前たち、何をしようとしてた?」

「『火炎球ファイアボール』!」


 鉄仮面で変質した、歪んだ声で尋ねる。魔法使いは問いかけに答えることなく、炎の精霊魔法で攻撃してきた。一抱えもある巨大な火球を飛ばす、なかなかの威力の魔法だ。


 ――だが、建物の中で火炎魔法を使うなど、あまりに後先考えていない。これは、教育の必要がある。


「『防壁の檻プロテクト・プリズン』」


 ただ魔法を防ぐだけでは、反射した炎がまき散らされてしまう。それを避けるには、防壁を『檻』として展開し、敵の火炎球を抑え込んでやればいい。


 防壁の檻は火炎球を包み込むと、急速に狭まってもろともに消失する。それを見ていた魔法使いの男は、驚愕に目を見開いていた。


「なっ……んだと……!?」


 俺の前で驚くというのは、距離を詰める隙を与えるということである。彼が瞬きをした後には、俺はすぐ横まで移動していた。


「『静寂の印サイレス・ルーン』」

「ぐっ……な、何を……ま、魔力が、魔力が使えん……!」

「火炎魔法を屋内で使うやつに、魔法の力なんて必要ない。しばらく反省してもらおうか」

「き、きさっ……きささっ……ぐぇっ!」


 貴様、と言うことすらできないでいるうちに、俺はミヅハに言われたことを思い出し、額に指を弾いて打ちこんでみた。魔力で強化したことで、ズドン、と弾けるような音がする。


 吹き飛んだ魔法使いは、額から煙を発している。首筋には俺が刻み込んだ、魔法を封じるルーンが浮かび上がっている――『小さき魂スモールスピリット』のように特殊な塗料を使う必要のある魔法文字ルーンもあるが、簡易的な魔法文字ならば、その場で刻むことができる。


 といっても、静寂の印の効果時間は、今の俺が施術すると一週間ほど継続する。その間魔法が使えないというのは、冒険者としてはかなりのハイリスクとなる――今回の襲撃の罪状を考えると、そんなことは心配する必要もないのだが。どのみち、場合によってはしばらく牢獄送りだ。


 一階にいたギルド員は、全員が気絶している――いや、違う。

 今倒した男たち二人が、何をしようとしていたのか。一人の女性ギルド員が、身体をかばって座り込んでいる――装備を剥がされるところだったのだ。


 ただ倒しただけでは生ぬるいか、と思えてくる。こういう場面に出くわしたことは初めてではないが、そのたびに思う――女を力で屈服させようとする輩は、生きている価値が無い。


「……っ、か、仮面の方……ギルドマスターが……シェリー様が、上にっ……今の人達よりもっと、比べ物にならないほど……っ」

「わかった、必ず助ける。襲撃してきた奴らは全員、上の階にいるのか?」


 俺は問いかけながら、彼女と他の倒れているギルド員に『癒やしの光ヒールライト』をかける。回復していく仲間たちを見て、まだ若い女性ギルド員は目を白黒させていた。


「あ、ありがとう、ございます……っ、この御恩は、いつか必ず……」

「このまま残していくのは心細いと思うが、何かあったら呼んでくれ。すぐに終わらせてくる」

「……はい。お気をつけて……どうか、シェリー様を……」


 俺はふたたび『隠密ハイディング』をかけ、二階に上がっていく。


 深夜のギルドに、予想以上に人が残っている――それは、シェリーが白の山羊亭を警戒していたからか。


 二階には三人の男たちがいて、室内を荒らし、何かを探していた。倒したギルド員の装備を探り、金品を奪ってもいる。


 まさに無法者たちという光景を目にして、俺の心はさらに冷めていく。


 ――こんな奴らを守るために、俺たちは魔王と戦い、停戦に導いたのか。


 考えないようにしてきた、そんな愚にもつかない考え。そして俺は、家探しに夢中で気がついていない男に近づくと、思い切り脇腹に目掛けて蹴りを入れた。


「がはっ……!」


 男が倒れこみ、奥にいた二人が俺の存在に気づく。


「い、いつの間に……1階の奴らは何をしてやがる!」

「うるせえ、うろたえてんじゃねえ! 邪魔する奴は殺せ!」

「殺せ、か。お前たちは、このギルドの人間を殺してもかまわないと思ってるのか?」

「っ……うわっ、うわぁぁぁっ!」


 ――『限定殲滅型六十六式・粒子断裂陣』―― 


 残り二人の男が持っていた金属の武器が、ぼろぼろと黒い塊になって崩れ落ちる。

 無力化する方法は幾らでもある。しかし三階に上がる前に、奴らに聞いておきたいことがあった。


「こ、こいつ……一体どうやって……」

「化け物……ま、魔族だ。こいつ、魔族だっ……!」

「だから、簡単に魔族を貶しめるなよ。お前たちより遥かにまっとうに生きてる奴もいる……それより。俺の質問に答えろ。お前たちは、白の山羊亭の人間か? それとも……」

「――うぁぁぁぁっ!」


 俺から離れた位置にいた男が、最後の賭けに出る――隠していた短刀を出し、俺に向かって駆け込んでくる。


 ――アイリーンと組手をするとき、彼女は俺に武器を使うようにと言う。


 そして教えられたのが、武器を持つ相手に対する対応の仕方。短刀を突き出した腕を極め、そのまま投げ飛ばし、地面に倒して背中を踏みつける。


「答えろと言ったはずだ。話を聞けよ」


 動かなくなった男から足を外す。死ぬほどではないが、明らかに戦闘不能の状態だ。


 見たところAランクの連中でも、どこまで手加減をしても、やり過ぎているという感覚は否めない。しかし今は、多少やり過ぎてもいいという気分ではある。


「……白の山羊亭の命令を受けて来たのか? 答えてもらえるか」

「お、俺たちをやったところで、あの人には絶対勝てねえ……ざまあみろ、ははっ……はははっ……ひっ……!」


 自暴自棄に陥り、笑っていた男が、ひきつった声を出す。

 そして、笑いながらその場に座り込む。男はもはや戦意を失っていた。


「これで三度目だ。どうする? 俺はどちらでも構わないぞ」

「お、俺達を殺しても何もならねえぞ……何もならねえって、や、やめろっ、来るなっ、来るなぁぁっ!」


 ただ歩いているだけなのに、怯えられる。

 魔法の使い方を覚えるまでは、『師匠』に会うまでは、ずっとそうだった。

 気がつけば、皆に怯えられるようになっていた。その頃のことを思い出すと、無性に笑いたくなる。


「……これに懲りたら、違う生き方でも探すんだな」


 目の前に立っただけで、男は泡を吹いて気絶する。今の俺は、自制が効いていないようだ。


 白の山羊亭のことを、俺はまだどこかで、トップギルドの自覚を失っていない部分があると期待していた。

 それが甘い考えだったというだけだ。裏切られた、と思うようなことですらない。


 赤の双子亭に無理を強いるなら、それは俺の主義に反している。ならば、するべきことは一つだ。


 今の白の山羊亭の支配構造を叩き壊し、作り直す。そのために、これからシェリーを助ける。今は無心になって三階に上がり、そして――。


「――ロッテ、お願い! 私が動きを止める……!」

「はい、お姉さまっ……やぁぁぁっ!」


 明かりが失われ、淡い月光だけが照らすギルドマスター室で、シェリーとその妹のロッテが何者かと戦っている。


 部屋の中は荒れ果てている――まるで、嵐が吹き荒れたかのように。


「頑張るねえ、姉ちゃんたち。じゃあ、これはどうかな……? 『烈風刃ソニック・ブレード』」


 目の前に見えるのは、実際の風景とは別のもの。


 敵の技をこのまま発動させればどうなるか。


 吹き荒れた風の刃は、シェリーとロッテを切り裂く。


 敵の実力とシェリーたちの力の差を考えれば、彼女たちは致命的な傷を負う。


 ならば、どうすればそれを阻止できるか。


 敵よりも後出しで、先に魔法を発動させ、割り込めばいい。俺にはそれができる――詠唱を破棄することで。


 ――『防壁の二重檻プロテクトプリズン・ダブル』――


「これは……」

「……魔法……あの人の……」


 『烈風刃』とやらを発動させようとした男を、魔力の壁が包み込む――二重にしたのは正解だった。


 敵はSSランクだ。それも、レオニードさんよりも実力は上……冒険者強度は、おそらく8万を超えている。


「はははっ……面白えじゃねえかぁっ……!」


 魔法を封殺されたにもかかわらず、敵――金色の髪を逆立てた男が、心から楽しそうに笑う。防壁の中で風が吹き荒れているが、彼自身には風の精霊魔法は効果を成さないのだ。


 その獲物は、柄の長い大鎌。黒い外套もあいまって、死神のつもりでもいるのかという装いをしていた。


「うぜぇ……ッ、弾け飛べっ! 『烈風刃ソニック・ブレイド』!」


 内側から魔法をさらに重ね、男が防壁を破る。どうだと言わんばかりの顔をする男だが、俺は別のことに意識を向けていた。


 窓から差し込む月光の中で、シェリーとロッテが傷を負っていることが見て取れる。俺は回復魔法を発動させながら、吊り上がった目をした男と向き合った。


「言っとくが、今ので俺を凌いだと思うなよ? こいつら二人を倒すために、全力なんて出す必要ねえんだよ。オマエは別だがな」

「なんだ、負け惜しみか? ランクが高くても、度量は狭いんだな」


 軽い挑発を投げてやると、男の表情が明らかに変わる。こめかみに血管が浮かび上がるほど、その怒りはわかりやすいものだった。


「……俺に舐めた口を聞いたやつは、全員殺してきた。オマエもその一人にしてやるよッ!」


 思わず苦笑いしてしまうほどに、典型的な『殺人狂』。


 こんなのを相手にするほど暇ではないのだが、と思いつつも、これくらいの相手になると、一撃で昏倒させるというわけにもいかない。


 大鎌を振り上げ、切りかかってくる男を前にして、俺は抜いたままの剣を構えた。仮面をつけたままでも、シェリーは俺の戦い方で、正体を感じ取っている。


「っ……彼の本気が見られる……ロッテ、ちゃんと見てて」

「は、はい、姉さま……っ」


 自分が強いと思っている人間に、さらに上の世界を見せ、心を折る。それをいい趣味だとは思わないが――。


 今までずっと自分の身体にかけ続けてきた、強化魔法を逆転させて使うことによる『負荷』を、外す。


 ――『負荷解除・限界解放スピリットリリース・リミットバースト』――


「なっ……!?」


 その瞬間、自信に満ちていた男の顔が歪んだ。二階に居た男たちと、その顔に浮かぶ感情は、何ら変わりはしなかった。


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