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第44話 三ギルドの鼎談とマスターの矜持

 ゼクトとミヅハはギルドの寮に入ることになり、ゼクトは依頼を実際に実行したり、時にダンジョン探索を行ってもらったりする『探索・実行部』、ミヅハは『情報部』に見習いとして所属することになった。


 ミヅハは店員としても働きたいというので、ヴェルレーヌの下についてウェイトレスの仕事を覚えている。俺のギルドに来るまではあまり家から出られず、窮屈な思いをしていたそうで、外で働けること自体が嬉しくて仕方がないとのことだった。 


「ミヅハさんが元気に挨拶をしてくれるので、常連の方々にも好評です。これからも続けてください」

「はい! うち、これからも頑張ります!」


 開店直後、ヴェルレーヌがミヅハを激励したところで、ちょうど客が入ってきた。


 一人は黒く長い髪に赤いリボンをつけた、暗褐色の外套を羽織った女性。外套の下にはブラウスとスカートを着ているが、極力目立たないようにとの配慮が見られる。


 もう一人は、銀色の髪を総髪にした、長身で筋肉質の男性。壮年と言っていい年齢だが、青い瞳は眼光鋭く、ミヅハが姿を見るなりびくっとするほどの迫力を放っている。やはり彼も、黒に近い色の濃紺の外套を羽織っていた。体格が大きいだけに、どんな格好をしても人目を引くのだろうが。


 二人はそれぞれ『赤の双子亭』『黒の獅子亭』のギルドマスターである。女性はシェリオン・ハーティス、男性の方はレオニード・バランシュという名だ。


「お客様いらっしゃいませ、お席にご案内いたします」

「おおディック、いつの間にか娘が生まれていたのか。狐人族がお相手とは、隅に置けんな」


 迫力のある見かけにそぐわず、レオニードさんはわりと軽い性格である。ミヅハが俺の娘だなどと、とんでもない。せめて妹にしてもらいたい、というのはゼクトに悪いか。


「うちがディック様の娘……ヴェルレーヌさん、どう思います?」

「私とご主人様の娘という設定にしても、特に問題はございませんが」

「明らかに問題ありだ。レオニードさん、前に会ったのは半年前くらいだぞ。いくら獣人の成長が早くても、俺の娘のわけがないだろ。それに俺を、店の中では名前で呼ばないでくれ」

「……こうやって外套クロークを着てきただけでも、感謝してほしい。外は結構暑くて、中が蒸れる」


 シェリオン――愛称としてシェリーと呼ばれている――は、ぱたぱたと外套を引っ張って風を入れる。彼女は暑がりなので、六月の今の陽気でもかなりこたえたようだ。


「彼女とは偶然そこで会ってな。ディック、安心しろ」

「……おじいちゃんと同じくらい歳が離れてるから、勘違いされることはない」

「はっはっ、ではおじいちゃんらしく、今度孫とデートでもするかな」


 レオニードさんは孫がいる年齢で、ギルドマスターの中でも最古参である。冒険者強度は54820、若かりしころより低下しているが、SSランクの水準を保ち、『黒の獅子亭』を現役で牽引する歴戦の槍闘士ランサーだ。


 そしてシェリーの方は、赤魔法士という特殊な職業に就いている。彼女は俺と同じ万能タイプだが、使える魔法の種類が異なっている。


 彼女は攻撃、回復もできるが、他に特殊な用途の魔法を身につけている。それは男性を篭絡するための魔法だ。俺は耐性があるので通用しないが、シェリーの魔法は男性に対して無類の強さを発揮する。それも評価に入れて、彼女の冒険者強度は33927と、Sランク相当である。


 ギルドマスターに求められるランクは、最低でもSとされている。しかしギルドマスターが自分で依頼を遂行することは滅多にないので、マスターの強さがギルドの格付けを決めるわけでもない。この二つのギルドは、12のギルドの中では同じ中堅層に位置していると言える。


「ミヅハさん、お二人を個室に案内して差し上げてください」

「はい、かしこまりました。こちらへどうぞ」


 シェリーとレオニードさんは俺を一瞥したあと、仕切られた席へと入っていく。昼間は客が少なく、昼食を取ることに集中していて、ギルドマスター二人がやってきたことには誰も気づかなかった。


 ◆◇◆


 シェリーは自分の愛称と同じ、甘めのシェリー酒を好む。喉が渇いていそうなので、彼女には水分の補給にも適した柑橘ジュースとシェリー酒のブレンドを勧めた。

 レオニードさんは黒エールをジョッキで頼んだので、俺も同じものにしておいた。飲むために集まったわけではないが、せっかく酒場に来てくれたのだから、それなりのもてなしをしたい。


「では、三つのギルドの繁栄を願って、まずは乾杯と行こうか。乾杯!」


 レオニードさんは景気づけと言わんばかりに、木のジョッキをなみなみと満たしたエールを豪快に飲み干す。シェリーは一口飲んで『美味しい』とつぶやいた。


「ふう……美味い。やはりこの店のエールは特別だな」

「……ディック、話があるって聞いたけど。なにかあった?」


 シェリーは淡々と言う。席に着いて外套を脱いだ彼女は、自覚があるのかないのか、大きすぎる胸がテーブルに乗っている――レオニードさんが意に介していない手前、俺が指摘するのもどうかと思うので、そのまま話を進行することにした。


「シェリー、あんたのギルドでは、白の山羊亭からどんな依頼を振られてる? 話せる範囲でいいから教えてくれないか」

「……そのことなら、もう少し様子を見てから話そうと思ってた。ディックはもう気づいてた?」

「なんだ、どういうことだ? 白の山羊亭が何かやってるのか。そいつは捨て置けんな」


 レオニードさんが熱くなりかけたところで、ミヅハがお代わりのエールを持ってきた。ヴェルレーヌが、レオニードさんの飲みっぷりを見て持っていかせたのだろう。


「お客様、おかわりをお持ちしました」

「おお、気が利くな。ありがとうお嬢ちゃん、これはお小遣いだ。好きなものを買うといい」

「えっ……い、いただいてええんですか? じゃなくて、いいんですか?」

「ああ、もらっておくといい。この人は一度出したチップをしまわないからな」


 ミヅハは金貨を受け取ると、ぺこりと頭を下げて退出する。レオニードさんは銀貨より下の金を持たず、釣りを受け取らないので、ギルドマスターのわりには手元に金が残らないらしい。


 シェリーはミヅハが行ったあと、しばらくしてから話を続けた。俺のギルド員でも容易に聞かせられない、そんな話なのだろう。


「白の山羊亭から、最近来る仕事の中に、『実験』みたいなものがある」

「実験……?」

「まだ出回ってない、新しい魔道具の効果を確かめるための依頼……だと思う。そうやって書いてはいないけど、依頼書の内容を見ると、そういうことだとしか思えない」


 いきなり不穏な話が出てきた――白の山羊亭に対する信頼は、いきなり大きく揺らいでしまった。


 傘下のギルドに、未承認の魔道具の実験をさせている。それが事実だとしたら、その時点で法に触れている可能性がある。ガラムドア商会で使われていた首輪も魔道具だが、用途によっては、魔道具は所持するだけで違法なのだ。使用申請を出し、受理されたものでなければ、王都の中では使うことができない。


「その新しい魔道具ってのは、どういうものなんだ?」

「……依頼を受けなかったから、現物は見てない。でも、依頼書の内容を見る限りでは、人の行動を操ったりするものだと思う」

「催眠の魔道具か……何てこった。そんなもん、ろくな使い方をしないに決まってるじゃねえか」


 その情報が、白の山羊亭が、獣人の売買に絡んでいたのだという疑惑を強くする。


 ミヅハたちを希少動物として売るために使われた獣化の首輪も、言うなれば、獣人に催眠をかけるための魔道具だ。


 それだけでなく、人間に対しても、催眠をかける魔道具を作っているとしたら――それを利用する用途には、あまり良い想像はできない。


「その依頼、他のギルドが受けたのか?」

「……気になったから、他のギルドにも聞いてみた。いくつかのギルドは断ったっていう確認がとれたけど、『紫の蠍亭』は答えなかった」

「シェリー嬢ちゃん、大丈夫か? 探りを入れたことで、奴らに目をつけられたんじゃないのか」

「問題ない。紫の蠍亭に後ろめたいことがあるのなら、私も戦う覚悟はできている。面倒だけど仕方ない」


 眠たそうな目で言うシェリーだが、彼女にはギルドマスターとしての矜持と強い自覚がある。


 シェリーはグラスに口をつけ、酒で喉を潤す。そして、俺を眠そうな目で見やった。


「……白の山羊亭と事を構えるのは難しい。魔道具の実験依頼を受けたギルドには、白の山羊亭の幹部が送り込まれて、外に情報が漏れないようにされる。もう、紫の蠍亭はそうなってる」

「ということは、シェリー嬢ちゃんが依頼を請けたら、白の山羊亭に乗り込まれてたってことか」

「そうだと思う。白の山羊亭には、SSランクの幹部が2人いる。彼らが入り込んできたら、ギルドの中をめちゃくちゃにされる……」


 SSランクの実力を持っていても、他のギルドに干渉しようという野心を持たなかったゼクト。彼と違い、白の山羊亭の幹部が、思惑通りに他のギルドを動かすために手段を選ばないような人間だったとしたら。


 シェリーの肩が、小さく震えている。彼女はいつ白の山羊亭の幹部が来てもおかしくないという脅威を感じながら、今日まで耐え続けていたのだ。


「もっと早く、白の山羊亭の動きを知っておくべきだった。すまない、手が遅れて」

「……そんなことはない。本来なら、白の山羊亭の傘下にいる以上、私は彼らの命令には逆らえない。でも、彼らがそれまで良い仕事を振ってくれていたのは確か。状況が変わってしまっただけ」

「白の山羊亭に何かが起きたのか、ギルドマスターの心変わりか……直接話を聞いてみるべきか。ディック、お前さんはどう思う?」

「俺たちが疑念を持ってることは、まだ伏せておいた方がいい。白の山羊亭が俺たちを牽制するために動くと、人数が多いだけに厄介だ」


 かといって、傘下のシェリーが置かれている状態を考えると、彼女を安心させてやることがまず第一だ。

 レオニードさんも考えは同じようで、二杯目のエールの残りを飲み干すと、腕組みをして言う。


「白の山羊亭は、冒険者ギルドという立場から、王都の秩序を維持したいと言っていた。その意味が、どうもねじ曲がっちまったように思えてならん」

「……まだ、分からない。私が、深読みをしすぎているだけかも……本当はいけないことだけど、白の山羊亭からきた依頼の写しを残してある。それを、ディックに見て欲しい」


 情報部員に頼むことも考えたが、シェリーが俺に見て欲しいという気持ちもわかる。


 俺が赤の双子亭に行ったと、白の山羊亭に知られないようにすればいいだけだ。情報部がなかったころ、自分で隠密活動をしていた時のように。


「分かった。『赤の双子亭』に訪問させてもらうよ」


 答えると、シェリーはほっとしたように胸に手を置く。彼女は店に来て初めて、表情を緩めた。


 ずっと、緊張していたのだろう。彼女のギルドが置かれていた状況を考えれば、無理もない。俺の店に来るときも、助けを求めたいという気持ちがあったはずだ。


 しかしギルドマスターは、ギルドに所属するすべての人の人生を背負っている。だからこそ簡単に弱音を吐いたりはしない。シェリーにも、その強さがある。


 シェリーは改めてグラスに手を伸ばすが、その手が震えている。それに気づいた俺は席を立つと、シェリーの手に手のひらをかざし、『安らぎの光マインドキュア』の魔法を唱えた。


 魔法が効果を奏して、手の震えが止まる。だが、シェリーは瞳を伏せ、自嘲するように言った。


「……なさけない。こんなことで、怯えている場合じゃないのに」

「いいんだよ、たまにはな。このディックって男は、ここぞというときに頼れる奴だ。美人の頼みなら絶対に断らねえよ」

「まあ、おおむね断らないけどな。困ったときはお互い様だ。それで二人とも、何か食べていくか?」


 シェリーは少し驚いた顔をする。そして、きゅるる、と彼女のお腹が鳴った。


「……朝食を食べられてなかったから……恥ずかしい」

「いいじゃねえか、生きてる証だ。さて、俺は肉が食いたい。ディックよ、久しぶりに腕を振るってくれ」

「俺は料理をしなくても良くなったんだ。優秀な料理人を雇ったからな」


 ヴェルレーヌ――もそうだが、他にも料理人を雇っている。オーダーを通すとすぐに香ばしい匂いがしてきて、シェリーが鳴りそうになるお腹を気にしていたので、火炎クルミのおつまみを出した。レオニードさんは楽しそうに笑いつつ、再びミヅハにチップを渡しながら、持ってこられた黒エールのお代わりを豪快に喉に流し込んだ。


 白の山羊亭に対する疑念を放置せず、すぐに行動を起こして良かった。


 シェリーのギルドが、本当に悪事に加担させられそうになったのかは分からない。それを確かめるためにも、白の山羊亭が所持しているという未承認の魔道具を手に入れなければならない。


 その魔道具の出所が、どこなのか。誰かが作っているのか、外から持ち込まれたのか。


 俺の作り上げた情報網が、白の山羊亭に通用するのか否か。それが今、試されようとしていた。


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