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第43話 ほろ酔い狐と鬼神化の影響

 浴槽から出てきたミヅハを前にして、俺はなぜこのような状況になったのか、さりげなく腰から下をタオルでガードしながら考えていた。


 ミヅハはこともあろうにノーガードである。ユマと比べると、どこがとは言わないが、発育にも、天が与えた成長曲線の差が歴然と存在している。例のごとく髪でガードされていなければ、俺は即座に浴室を出ることを強いられていただろう。今の場合、辛うじて即退場ではない。


 先ほどのココノビシェイクに彼女が感激していたのは確かだし、兄妹を雇うことになった件で、俺に恩義を感じているというのも考えられなくはないのだが、かといって、見た目俺より一回り年下の少女が、会ったばかりの俺に浴室で恩返しをするなどという事態は考えづらい。


 考えづらいのだが、実際にミヅハは浴室で待ち構えており、嬉しそうに俺を見ている。


「あ~、ディック様が二人に見える……三人……いっぱいに増えてはる。そんなに増えたら、うちどうしたらええんやろか……」

「何が見えてるんだ……ん? なんか赤いな……こんなぬるい風呂でのぼせるわけが……」


 そう考えて、俺はミヅハに何が起こって、こんなことになっているのかを何となく察した。


「……まさか、ゼクトの分の酒を飲ませてもらったとか……?」

「えへへ……ごめんなさい。お兄様がお酒に浸かったココノビを食べずに残してたから、勿体ないなと思って食べてみたら、これがびっくりするくらい美味しくて、全部食べてしまってん」

「あ、あれを食べたのか……? ラムに浸かったココノビを?」

「最初は苦いと思ったんやけど、噛んでみたら甘くてとろけるみたいになってて、気が付いたら全部食べてしまってたんや。あんな美味しいもの食べたの、久しぶりやわぁ」


 ラムは酒精がきつく、端的に言えば少量でもエールよりはるかに酔いやすい。そのラムがしみ込んだココノビを食べたとなると、大人ならまだしも、ミヅハの年齢では酔っ払っても無理もない。


「それで、ちょっぴり残ってたお酒も飲んでしまってん。うち、ミルクも好きやけど、お酒はもっと好きかもしれへん……兄上様、また残してくれへんかな?」

「俺に言われてもな……ミヅハの年では飲ませられないから、今度からは禁止だぞ」

「は~い。なんや、ディック様も、お兄さんみたいやなぁ……ヴェルレーヌさんとディックさんで、お姉さんとお兄さんが増えて、うち、うれしいなぁ……ひっく」


 支離滅裂とまではいかないが、思いついたことをあまり考えずに喋っている状態――つまり、普通に酔っ払いである。


 酒を抜く魔法を使うには、お腹に触れる必要がある。しかしこの場合、誤解を受ける可能性があるのでそれもできない――手を当てずに酒を抜けるように、解毒魔法を改良しておくべきだった。


「うち、ここのお風呂気に入ったわ。前のおうちやと、ときどき外のお風呂屋さんに行かへんとお風呂に入られへんねん。獣人がお風呂屋さんに行くと、他の人が気にするから、なかなか行けへんかってん」

「そうだったのか……ライアも、ティミスの家で風呂を借りてるらしいな」

「そうなんや。あの虎のお姉さん、帰るときに悩みがあったらなんでも言ってって言うてくれたんや。うち、それでこのギルドのこと、ますます好きやなぁって……」

「俺のギルドは獣人を差別しない。それはこれからもずっと変わらないから安心してくれ」

「……ディック様……」


 特に感動させたいと思って言っているわけではないのだが、酒が回っていてほんのりと頬を赤らめたミヅハは、感極まったように目を潤ませて俺を見つめてくる。


 ユマよりおそらく年下――いや、同じくらいか。その4歳下のユマにも、最近大人になったなと思うことがあるくらいなのだから、ミヅハに対して子供っぽいながらも女性なのだな、と思ってもそれは無理もない――と、自分を肯定している場合ではない。


 ゼクトという兄が今部屋の片づけをしているというのに、その妹と裸で向き合っているこの状況において、俺はギルドマスターとして最大の配慮をして、無難に切り抜けるべきであろう。


「み、ミヅハ。そろそろ、濡れたままだと風邪を引くから、風呂から上がったほうがいい」

「寒いのは平気や。あったかいお風呂やとすぐのぼせてしまうから、ぬるいくらいが丁度ええんや。それよりうち、ディック様にお礼がしたいと思ってて……」


 ざば、と片足を浴槽のへりに乗せて、ミヅハがこちらに上がってくる。何という無頓着さ。酔っ払っているのか、それとも彼女の俺に対する感謝は、それほどに大きいのか。


 最近ベアトリス、アイリーンと立て続けに女性の裸身を見てしまったが、彼女たちと遜色ないというか、小柄な狐耳娘なりの魅力があるというのはとても素敵なことなのだが、とにかく落ち着かなくては。


 濡れたしっぽと耳をぷるぷると振って水気を払うと、ミヅハは嬉しそうに笑う。酔っ払っているから羞恥心が薄れているのだとしたら、後で気が付いたら心の傷を負わないだろうか。彼女の雇用主としてとても心配だ。


「ディック様、えらい筋肉ついてはるんやなぁ……兄上よりすごい体してるやんか」

「い、いや……まあ、ギルドマスターってのは、常に非常時に動けるように備えておくものだからな」

「そうなんや……アイリーンさんより強いんやったら、うちなんてでこぴんでやられてしまいそうやね」


 酒場に常駐していても筋肉が落ちないように強化魔法で負荷をかけているが、ゼクトの体格の良さからして、俺の方が普通の鍛え具合に見えると思うのだが、ミヅハはそれでも恍惚とした顔で俺を見ている。兄に対しての視線と、俺を見る視線で意味が違うのは当たり前なのだが――あまり見られると落ち着かない。


 酔った女性が、いつもより少し大胆になったりするところを見たことは何度もあるが、風呂場で相対するというのは別次元の問題だろう。緊張感、そこはかとない背徳感、どちらも尋常ではない。


 さきほどアイリーンがミヅハに服を貸して着せたのは、外套の下が裸だったからということなのだが、こうやって見せられることになるとは思いもしなかった。やはり女性を家に泊めるときはあらゆる展開を想定し、あらぬ姿を見ないように最大の注意を払わなくてはならない。


「……あ、でこぴんしてみようとか思ってへん? 一発だけなら試してみてええよ」


 ミヅハが無造作に、額を押さえて笑う。その拍子に、胸にかかっていた髪が、遮蔽物の機能を果たさなくなった。


「っ……う、腕を上げないほうがいい。というか、俺は一度出るから。ゼクトにも悪いしな」

「兄上はうちのこと、まだ子供やっていうけど、そんなことあらへんからね。兄上のことは好きやけど、うちはもう、じゅうぶんに大人なんやから」


 兄の名前を出したことで、子ども扱いされたと思ったのか、ミヅハは口をとがらせて反論する。 


 しかしその顔は真っ赤で、やはり酔っ払っている。怒ったかと思うとふにゃ、とこちらの力が抜けそうな笑顔になり、俺に座るように促してきた。


「もうむつかしい話はええから、お礼だけさせてください。うちがお風呂入ってるときに来るからあかんのやからね。ほんとは、あとであんまでもしようかと思ってたんや」


 お礼をしたいという気持ちは嬉しいのだが、どうも俺は獣人の少女になつかれる速度が速い気がする。リコのときもそうだったので、何かなつかれやすい要素でもあるのかもしれない――匂いだろうか。


「うわ……めっちゃ背中広い。お父様より大きい……」

「父親の背中を流すことがあるのか? 孝行娘だな」

「う、ううん、もっとちっちゃいときやけど……お父様は人間より体が凄く大きいのに、なんでかなぁ……」


 男は背中で語るものだ、というのも何か違うだろうか。とにかくミヅハは、俺の背中に見た目以上の大きさを感じているらしい。


 なかなか照れるものがあるが、彼女が純粋に俺に何か礼をしたくて背中を流してくれるというなら、必要以上に慌てることもない。


 泡を立てたタオルで、ミヅハは俺の背中を、くすぐったいくらいの力加減で洗い始める。それにも慣れてきて、背中を流してもらったら、そこでやはり先に上がろうと考えたところで、


 ふにっ、と背中に何かが触れる。柔らかいものが二つ、背骨の両側についた筋肉の盛り上がりに接触し、俺は思わず動きを止める。


「後ろからやと、腕まで手が届かへん……ディック様、両腕を上げてください」

「こ、こうか……?」


 何か当たってないかと聞くと逆に恥ずかしがられそうで、俺はミヅハの言うがままになる。両腕を上げると、脇にタオルがすべっていき、さすがに身もだえしそうになる。


 SSSランクでも、魔王討伐隊の一員でも、脇は弱い。だとしても誰が俺を責められようか。脇を責められてもびくともしない、そんな人間味のないやつは、間違いなくゴーレムか何かである。


「くっ……み、ミヅハ。そろそろいいだろう、流して終わりにしても……」

「まだ片方しかやってへんからあかんよ。すごいなあ、脇にも筋肉がついてはる。うちなんてぷにぷにやのに」


 男の筋肉にそんなに興味を持たせてしまい、ゼクトに対して非常に申し訳ない。しかしこの拷問のような時間も、ようやく終わろうとしている。


「これでええかな……ディック様、一回流しますね」


 俺の忍耐は、ミヅハのおかげでかなり鍛えられたと断言できる。今冒険者強度を測れば、忍耐的な意味で1は上昇しているだろう。人間は常に成長する生き物なのだ。


「んしょ……じゃあいきますね、ディック様……ひゃぁっ!」

「っ……!」


 風呂場で起きる事故の中で最も多いのは、足を滑らせるということだろう。

 俺は転倒の気配を察し、ミヅハが転んで頭を打ったりすることのないよう、とにかく彼女の体を支えるためだけに、電光石火の速さで体を動かした。


「……ご、ごめんなさい、足がふらついて……」

「気にするな、それより怪我はないか?」

「け、けがは、あらへんけど……なんか、胸がふわふわします」

「…………」


 俺の手もふわふわするというか、先ほど背中に当たったものと同じ感触がある。


「……ディック様……」


 ここに来てから、そんなふうに切ない声で呼ばれたのは二度目である。一度目に呼ばれたときに、爽やかに退出するべきだったと思う。


 事故とはいえ、俺は責任を取らなければならない領域に足を踏み入れてしまった。ミヅハの身体を抱きとめた拍子に、俺の右腕と左腕は彼女を支えるためとはいえ、思い切り触れてしまっている。


 ミヅハの顔は真っ赤になり、俺を見る目が再びしっとりと潤んで、熱に浮かされたように一言、


「……頭がぼーっとして……もうあかん……」

「……み、ミヅハ?」


 ミヅハの狐耳がしなっ、と倒れて、身体から力が抜ける。


 俺に抱き留められたことで、酔いがさらに回ったのか。それとも、もう寝てしまいそうなぎりぎりの状態で、俺への感謝を伝えてくれたのか。


 どちらにせよ、ユマ、アイリーン、あるいはミラルカとヴェルレーヌに頼み、彼女に服を着せてやらなければならない。


 そこで一体何があったのかと聞かれたとき、どんな説明をすればいいのか。ココノビの実を酒に漬けて食べると、酔っ払うようだと当たり前のことを真面目に解説し、状況を打開できればいいが――ダメだったら俺は、会ったばかりの獣人少女をたぶらかし、風呂場で気絶させた極悪人ということになってしまう。


「……ディック様……おっきい……背中……」


 どれだけ俺の背中を広く感じているのだと考えつつ、俺はミヅハを抱き上げ、できるだけやましくなく見えるように、紳士の顔で浴室から脱出した。


 ◆◇◆


 ディックさん、ミヅハさんに何をしていたんですか? そんなけがれた魂は私が浄化しなくてはいけませんね。ディックはそういうことしないって信じてたのに、最低。こんな人だと思わなかった――などと、最悪の展開にならないように祈りながら、俺は居間に救助を求めにやってきた。


「んっ……ユマちゃんの手、あったかい……」

「アイリーンさん、じっとしていてください……すぐにすみますから……すごい、こんなに……」


 立て続けに動揺するしかない事態を迎え、俺はのぼせて夢でも見ているのかと現実逃避したくなる。


 しかし俺の目が見たものをありのままに受け止めるならば、居間のソファでアイリーンが服をはだけ、白いお腹をユマに見せて、ユマはそのお腹に触れている。


 まさか二人がそこまで親密だったなんて、思いもよらなかった――というのはもちろん大いなる勘違いで、よくよく見ると、アイリーンの体から赤と黒が混じったような魔力が生じていて、それがユマの体に入ると、清廉な赤色に変わってアイリーンの中に戻されていく。


 魔力の浄化――いや、これは魂の浄化だ。

 アイリーンは鬼神化すると、魂が鬼神の力に侵食される。それを、ユマは魂に触れる力と彼女自身の浄化能力によって、元に戻すことができるのである。


「……はぁ~、ありがとう。すっごくすっきりした。ごめんね、ユマちゃんも疲れてるのに」

「いえ、いつでも言ってください。アイリーンさんの魂を清らかなままで保つのは、私の生涯のお仕事だと思っていますから」

「ユマちゃん……本当に、持つべきものは親友だよね。あたし、ユマちゃんがいなかったら、自分が魔王になっちゃってたと思う」


 氷狐――ミヅハを元の姿に戻すために、アイリーンは鬼神化していたのだと、今になってようやく悟る。


 アイリーンの冒険者強度は、素の状態では95000ほどで、実はそのままではSSSランクには届かない。


 しかし、鬼神化したときの戦闘評価は明らかに跳ね上がる。それは言ってしまえば、獣人族の獣化と同じで、アイリーンも先祖返りをした鬼族だということだ。


 鬼族は地上で最強の戦闘能力を持つ種族だった。その当時の力を、アイリーンは自ら引き出すことができる。しかし、鬼族の破壊衝動は凄まじいものがあり、もし鬼神化を使い過ぎると、彼女は破壊衝動に振り回されてしまうことになる。


 アイリーンへの施術が終わり、服を戻したあと、彼女はユマの頭を撫でる。ユマは柔らかく笑って、少し恥ずかしそうにしながら、感謝の気持ちを受け取っていた。


「……悪い、取り込み中だったか。アイリーン、力を使わせてすまなかったな」

「あ……だ、大丈夫。あたし、鬼神にはならないよ。ユマちゃんがいてくれれば大丈夫だから」

「はい、大丈夫です。きれいに浄化してしまいました……あぁ……アイリーンさんの魂が、純白のきれいな姿に……ディックさんのもやもやも、清らかにしてさしあげたい……」


 ユマには隠し事はできない――魂が見えているのだから。俺にやましいところはない、しかしアイリーンが珍しく、俺をじっと無言で見ている。この圧力に勝てる男など、地上に存在するのだろうか。


「ディック、ミヅハちゃんがいないけど、もしかして……」

「ち、違うぞ。ええとだな、ミヅハが兄貴の酒を飲んでしまって酔っ払ってるんだ。すまないが、介抱してもらえるか」

「かしこまりました、ご主人様」

「……いったい何をしてるのかしら。こんな夜更けに、まだみんな起きているなんて。仕方ないわね。あとで私もまぜなさい」


 いつの間にか、階下から二人が戻ってきていた。タイミングとしては良かったと言えるが。


 酔っ払い度数でいえばミラルカも相当なもので、文句を言いつつもヴェルレーヌと共に浴室に向かった。二人に任せておけば、ミヅハは大丈夫だろう。


「ディックさん、とても疲れていらっしゃるみたいですね。やはり、お鎮めしてさしあげましょうか」

「ユマちゃん、ずっと言おうと思ってたんだけど、その『お鎮め』って、いけない感じに聞こえちゃうかも」

「……? お鎮めするのは、私にとっては、とても素敵なことなのですが……いけないこと、ですか?」

「あ、あははー……ごめん、あたしの考えすぎだったから気にしないで」


 ユマは本当に意味が分かっておらず、アイリーンもそれ以上は説明できずに、笑って誤魔化す。


 浄化されるとアイリーンはすっきりしたようだが、俺の邪念も払ってもらえるのだろうか。それならば、一度はユマに鎮魂してもらった方がいいのかもしれない――天国に送られない程度に。


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