第42話 ギルドの王と水中の潜伏者
ギルド員の寮はまだ二部屋ほど空いているが、寝具などを即日で手配するというわけにもいかなかったので、ゼクトとミヅハには泊まっていくように提案した。
「俺は明日になったら、青の射手亭を正式に抜ける。今借りている部屋に荷物を残しているから、整理をしておきたい。持ち出すほど重要なものはさほどないがな」
「それやったら、うちも手伝う。うちの荷物も、あのお部屋にちょっと置いてあるし」
「お前のものはさほど多くないし、全てまとめておく。今日はここで休ませてもらえ……では、よろしく頼む」
ゼクトはミヅハを俺たちに預け、いったん出ていこうとする。
「ゼクト、青の射手亭の連中を倒したんだよな。彼らは獣人が監禁されてた宿に残してきたのか?」
「ああ。後ろからの一撃で気絶させているから、俺たちに倒されたことは知らんだろう。しかし、これから青の射手亭を告発することになると、彼らも路頭に迷うことにはなるな……」
「悪事に加担していたのですから、それは仕方がありません。しかし、彼らに仕事を与えた青の射手亭に責任があるとも言えます。場合によっては、他のギルドに再就職することもできるでしょう。青の射手亭と私たちのギルド以外に、王都には10のギルドがあるのですから」
動物商と名乗っていたガラムドア商会が、獣人を監禁して人身売買をしていた。それは王都では重い罪になり、商会は商売の免許を停止されるか組織解体となり、青の射手亭もギルドマスターが罷免ということになるかもしれない。
その判断を下すのは、国王直属の法務庁の審問官たちである。人々に法を遵守させるために、必要ならば武力を行使することも許された集団だ。ギルドによっては、実力行使で抵抗するだけの力を備えている場合もあるが、審問官は騎士団などの国有戦力に協力を要請することもできるので、表向きは審問官に逆らえる組織は国内に存在しないと言っていい。
俺たちや、『白の山羊亭』のように強力な冒険者を擁している場合は、法に逆らうこともできるといえばできるが、いたずらに国を乱すことは望ましくないし、俺は現行の法に不満を覚えているわけでもない。
「青の射手亭のギルドマスターは、ガラムドアのしていたことを知っていて受けたと見るべきだろう。それを考えると、やはりギルドの一定期間活動停止か、罷免ということになるか」
「ご主人様、このギルドハウスを拠点にしていた前のギルドマスターは、実績不良で罷免されたのでしょう? では、ギルドマスターが新しい人物に入れ替わるというのは、それほど珍しい話ではないと思うのですが」
「しかし、俺が就任してから5年、自分から引退した人もいるが、辞任させられたってケースはなかったからな。王都じゅうに話題として広まるだろう……一過性のものだとは思うがな」
そうなると、一つ気がかりなことがある。
青の射手亭は、トップギルドである白の山羊亭の傘下のギルドなのである。白の山羊亭が、俺たちの干渉によって青の射手亭の悪事が暴かれ、活動停止に追い込まれたとなると、俺たちのことをどう考えるかというのは、注意深く様子を見なくてはならないところだ。
最も、俺がギルドを作ったばかりのころ、俺以外の全てのギルドが白の山羊亭の傘下にある状態だった。そこから切り崩し、3つのギルドを傘下から脱退させて今に至る。
ヴィンスブルクトの部下が雇っていた冒険者の所属する『紫の蠍亭』も、白の山羊亭の傘下である。それを考えると、白の山羊亭のギルドマスターが、今どのような指針を持って行動しているのか、調べておく必要があると感じる――青の射手亭の件も、白の山羊亭のギルドマスターが関知していた可能性は否定できない。
八つのギルドを束ねる白の山羊亭が、王都の闇を生んでいるのだとしたら。そんな考えがふと頭を過ぎるが、すぐに陰謀論に結び付けるのは、あまり俺としては好ましくない。
「ギルドマスター、どうした?]
「ああ、いや。青の射手亭とガラムドア商会の告発の件は、俺に任せておいてくれ。情報部で証拠は揃えてあるし、あとはそれを審問官に提出するだけだ」
しかし、二つの組織の罪状を明らかにするだけで、終わりという気はしていない。
『白の山羊亭』のギルドマスターか、所属する人物か。今回の獣人売買の件に関して、後ろで糸を引いていた人物の影を感じる。
王都に多大な影響力を持つギルドの内情を探るには、慎重に事を運ばなくてはならない。一度、情報部の全員を集めて話をした方がよさそうだ。
◆◇◆
白の山羊亭の傘下に、俺の知り合いが全くいないというわけではない。『赤の双子亭』と仕事が競合したとき、話をつけるためにギルドマスターに会ったことがある。
ここ最近は会っていなかったが、白の山羊亭について聞くには、彼女が適切かもしれない。ほかには、独立したギルドである『黒の獅子亭』の男性ギルドマスターも知り合いだ。白の山羊亭とは対立関係にあるので、協力を得られるかもしれない。
しかし、白の山羊亭に想像以上の闇が潜んでいたとき、王都中を騒乱に陥れる事態に発展しかねない。そうなる覚悟を持って、調査を進める意味があるのか、俺はギルドハウス二階の事務室で小一時間ほど考えていた。
「ご主人様、どうしたのだ? 難しい顔をしているな」
「青の射手亭は、白の山羊亭の傘下だ。つまり、対立することになるかもしれない」
「……なるほど。そうなると、ギルド員や、私たちの近しい人物にも危険が及ぶかもしれないということか。そこまで悪どい相手ではないと思いたいが、もし獣人売買の件について裏で糸を引く人物が居たなら、その人物の存在は、王都にとって猛毒と言っていい。ご主人様が警戒する気持ちも、わかるつもりだ」
そこまで汲み取ってもらえると、俺としても気持ちが幾らか楽になる。
俺は白の山羊亭を恐れてはいない。しかし、俺は自分の力を発揮して白の山羊亭とやり合い、この王都を自分の思い通りにしたいと思っているわけではない。
「……だが、自分から首を突っ込まないと、ミヅハや捕まっていた獣人たちのように、被害者が出る可能性がある。その『猛毒』が、実際に存在するのなら」
「ならば、調べればいい。これまでそうしてきたように、情報部を使ってな。この王都の中のことなのだ、隠蔽するにも限界はある。銀の水瓶亭のディック・シルバーが本気を出せば、全ての情報を丸裸にできるだろう?」
元々は、このギルドでしか受けられない依頼を見つけるために作った情報網だった。
他のギルドの内情を知ることがあっても、それは他の情報に紐つけられた付加的な情報であって、ギルド自体を探れと命じたことはない。
12のギルドのそれぞれに存在意義があり、役割がある。俺が外部からの干渉を望まないように、俺からも他のギルドに干渉することはタブーだと考えてきた。
しかし今回、結果的にとはいえ、俺は他のギルドの活動に干渉した。
そして、青の射手亭だけでなく、全てのギルドの実情を知る必要があると考えてしまっている。
陰から干渉し、自分にとって良い方向に持っていく。それは、全てを思い通りにしたいわけではない――だが、そうすべきだと思い始めている。
獣人たちが迫害されている状況を変えるには、一つ一つの案件に対応しているだけでは追いつかない。そのことに気がついてしまったからだ。
「……ご主人様のメイドとしては、行き過ぎた発言ではあるが、許してもらいたい。元魔王として、忌憚なく言わせてもらう。ご主人様は、この王都のギルド全ての主導者となるべきだ」
「っ……な、なんでそうなるんだ。俺は12番目のギルドマスターがちょうどいい。他のギルドにまで手を出すほど傲慢でもない」
「能力のある者が上に立つことは傲慢とは言わない。求められて人を率いるだけの資質を持つ者を、人は王と呼ぶが……ご主人様は、ギルド全ての王となるべきだ。表向きは12番目でも構いはすまいが、実権を掌握するべきだと私は思う。ご主人様の理想を叶えるには、そうしなくてはならないと感じている」
元魔王として、と前置きをした通り、大胆極まりない進言だった。
――だがそれは、俺が考えてもみなかったことではないというのが、また悔しい。
俺は表舞台に立たず、日陰にいながら、最大の利益を得たい。
平穏で気ままな暮らしを送りながら、興味深い仕事を受けつつ、今まで通りに飲んだくれて暮らしていきたい。
俺のギルドは、初めに抱いた理想にほとんど近いところまで来ている。
だから、他のギルドにまで影響力を持つ必要はない。今日まではそう思っていたのに、状況は変わってしまった。
獣人と人間のわだかまりを無くしたい。そんな、俺には似つかわしくないくらい、大義じみた目的を見つけてしまったのだから。
「……そうだ。他のギルドを支配したいわけじゃない。影響力を持てればいい」
「ふふっ……それでも、大きな前進と言えるだろう。私は、ご主人様はいつでもこの王都を掌握できると思っていた。情報という強力な武器を、誰よりも多く収集する機構をすでに作っているのだから。その気になれば、遠く離れたところですら影響力を持てるだろう。転移陣の数だけ、このギルドの拠点は増やせるのだからな」
国を手に入れろ、というのか。実質上の影の支配者――表向きは国王が統治し、俺は裏の王となる。
俺はそう考えて笑ってしまった。そういう存在こそを、人は『魔王』と呼ぶのではないかと思ったからだ。
「むぅ、何か楽しそうだな。どうしたのだ? 私の言うことが、大げさすぎると思っているのか」
「いや、そうでもないよ。ヴェルレーヌはやっぱり魔王だっただけはあると思ってさ。もちろん、いい意味でだ」
「……偉そうなことを言っておいてなんだが、今の私では魔王失格だがな。こうやって人間の男の家に転がりこんで、何かを期待して毎日尽くしている。やっていることは、思い込みの激しい家出娘と何も変わらないな」
自嘲するように言うが、彼女はそんな自分を肯定しているからこそ、そんなふうに微笑んでいるのだろう。
「……まあ、当面はこれまで通りやっていくが、必要とあれば行動を起こす。白の山羊亭の内部が、腐敗してないことを願うよ」
「そのときは、ご主人様が陰から王都の全ギルドを掌握する大義名分ができるだけだ。私は、その方が良いと思っているがな」
ヴェルレーヌの俺に対する評価は揺るぎない。彼女こそ高い能力を持っているのに、俺の部下として人生を浪費してもいいのだろうかと、ふと真面目なことを考える。
髪の色を濃くしたような、紫水晶のような輝きを放つ瞳で、ヴェルレーヌはふと俺を見つめる。
彼女は俺と話すことが好きだと言っていた。理解を深めるには、会話の時間を多く重ねることが必要だと。
それは、彼女の言う通りだと思う。俺の迷いを取り払おうとして言葉を尽くしてくれるのは、なぜなのか。
何かを期待しているとヴェルレーヌは言う。その何かをずっと与えないでいれば、いつか彼女は魔王国に帰ってしまうのだろうか。
「……あ、あまり見つめるな。私は……自分から攻めるのはいいが、攻め入られるのは、苦手だ」
「そうか……だから、あのときは俺たち五人が勝ったんだな」
そういう意味ではないと分かっているが、冗談が口をついた。ヴェルレーヌはくすっと笑うが、その瞳はずっと、俺のことを捉えている。
目をそらすことができない。どちらかが動けば、今まで築いてきた関係が、決定的に変わる。
それが良い方向であるのだと疑わないのは、俺もまた、一人の男だからだろうか――。
と考えたところで、ガチャ、と後ろでドアが開いた。このタイミングで開くことについて予測できるようになってしまったあたり、俺は運命の女神にもてあそばれているのかもしれない。
「む……み、ミラルカ殿か。どうしたのだ、居間で休んでいたのではなかったか」
そう、ミラルカとユマ、アイリーンは今うちに泊まっているのだった。居間の応接用のソファを使って寝ていたはずで、ミラルカは寝ぼけてぼーっとしている。
「……お手洗いを借りたいのだけど、どこにあるのかしら。ああ、頭が痛い……殲滅しようかしら……」
「ま、待てミラルカ。頭が痛いのはすぐに魔法で治してやるからな。悪い、酔い覚ましをかけるのを忘れてて」
「良い気分になっていたから、それはいいのだけど……ディック、私が寝ているうちにどうして変なことをしなかったの?」
「ぶっ……な、何を言ってるんだ。ほんとに寝ぼけてるな、今のはノーカンにしといてやる」
「ご主人様、私はミラルカ殿を連れて行ってくる。女性同士の方が良いだろう」
ヴェルレーヌは身だしなみを整えると、ミラルカに肩を貸して階下へと降りて行った。一階にしか化粧室はないので、そこを利用してもらわないといけない。
俺はヴェルレーヌの残したお茶のカップに、口をつけたところに薄く紅が残っていることに気づく。
そして先ほどまでの、取り返しのつかないことになりそうだった空気を思い出し、脳内で自問自答する。もしミラルカが来なかったら、どうなっていたのだろうと。
◆◇◆
俺も風呂に入ろうと思っていて、つい遅れてこんな時間になってしまった。
浴室に入り、ぬるい湯をかぶる。ミヅハが風呂に入るときに沸かしたが、これなら夜の分も再度沸かしておいた方がよかったかもしれない。
「……ん?」
あまり気にせずにいたが、浴槽の水面に、ぷくぷくと泡が浮いてきている。
――誰かが水の中に潜んでいる。まさか暗殺者か、いや普通に考えたら泊まっている誰かだ、浴槽に隠れられるくらい小柄なのはユマかそれとも、と考えたところで。
「……ざばーーーん! うちでしたーーー!」
待ちかねたように風呂の中で立ち上がり、姿を見せた人物を前にして、俺はミラルカとヴェルレーヌが階下に行っていてよかった、と一時しのぎの安堵を覚えるのだった。




