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第41話 青狐族の兄妹と故郷の果実

 青の射手亭は、ガラムドア商会の獣人売買に加担していた。


 実際に捕まったミヅハがそう言っているのだから、俺はそれを信じることにした。二つの組織の繋がりを証明する材料はまだなく、状況証拠だけなので、ガラムドアを告発することはできても、青の射手亭の責任を追及することはできない。


 そうなると、やはり決定的な証拠が必要になるわけだが――と考えたところで、サクヤさんが店の裏口から入ってきた。俺たちのやりとりを見守っていたらしい。


「マスター、ガラムドア商会は、彼らの商館の屋根裏部屋に捕らえていた獣人を、別の場所に移した形跡がありました。その場所の目星をつけておいたのですが……」

「相変わらずいい仕事だ、サクヤさん。それで、その場所っていうのは?」

「こちらの地図をご覧ください。十一番通りにある、この宿屋です。表向きはただの安い宿ですが、深夜にガラムドア商会の人間が、大きな荷物を持ち込んでいるとの目撃情報がありました。おそらく、地下室か隠し部屋があるのでしょう」


 獣人たちが監禁されていると聞いて、ゼクトとミヅハの表情が陰る。ゼクトもそうだが、ミヅハも明らかに怒っていた。


 怯えてなどいない、この少女は戦うつもりだ。アイリーンを手こずらせたというから、この小柄な身体には、やはり相当な力が宿っている。


「うちにも、何かさせてください。仕返ししたいって気持ちもあるけど、それだけじゃありません。同じように捕まってる人を、助けたいんや」

「……俺も動かせてもらいたい。王都の中では、簡単に殺しをするつもりはない。このギルドの評判を落とすようなやり方はしないと約束する」


 ゼクトとミヅハ。SSランクの冒険者と、アイリーンにある程度力を出させた獣人の少女。この二人だけでも十分だが、もう一人だけ同行させることにする。


「私が、二人を案内いたします……ということで、よろしいのですか?」

「ああ、そうしてくれると助かる。すまない、ずっと働かせ通しで」

「いえ。私が自分でしたいと思っていることでもありますから」


 サクヤさんの獣人を救いたいという思いが伝わってくる。だからこそ、監禁場所を特定するところまで調べを進めていたのだろう。放っておいたら、彼女が一人で捕まった獣人を救出していたかもしれない。


「リゲル、ライア、マッキンリー。三人の仕事はここまでだ、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

「はい! 俺たちも同行したいっすけど、あまり大勢だと目立っちゃいますからね」

「何か人手が必要なことがあったら、いつでも動けるようにはしておきますよ」


 リゲルとマッキンリーはそう答えて、いったんギルド員の寮へと帰っていった。


「……ギルドマスター殿、できれば私も、彼らに同行したいのですが……同じ獣人として、虐げられている者がいるなら力になりたいのです」

「大丈夫か? 任務から帰ったばかりで、疲れてないか。まあ、回復させるっていう手があるけどな」

「っ……あ、ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。体力には自信がありますので」


 『癒しの光ヒールライト』を使ってライアの体力を回復させる。せっかくなので、全員に対して使っておくことにした――これくらいなら、魔力の消耗は大したことはない。


「ご主人様、私まで回復してくれるとは……その心遣いには、私も心を動かさざるをえないぞ」

「本職の僧侶ですら、回復魔法は魔力の喪失が大きいので躊躇するというのに……ギルドマスター殿の慈悲の心には、常日頃から感服しております」

「……ギルドマスターは、いったいどんな職業についているのだ?」

「いややわ兄上、ギルドマスター様は、ギルドマスターが職業に決まってるやんか。そうですよね?」

「あいにく、ギルドタグを持ち歩いてなくてな。そこには一応書いてあるはずだが」


 そう言って誤魔化すが、俺のギルドタグに何と書いてあるのか――それを考えると、とても見せられない。


 SSSランクの冒険者と認められ、そして魔王を討伐した者の職業が、何と呼ばれるか。それを知られたら、俺がこれまで目立たないようにしてきた意味が無くなってしまう。


 ――しかし最近思うのは、今のままでは、俺は陰に隠れて表舞台に干渉しようとしていながら、自分から前に出過ぎているのではないかということだった。


 原点に戻らなければ、そう思っていると、アイリーンがミヅハを見て、何かに気づいたような顔をした。


「あっ、そうだ。ミヅハちゃん、それ羽織ってるだけじゃ寒いだろうし、着替えてから行った方がいいんじゃない? あたしの家が近くにあるから、服を持ってきてあげようか」

「店の二階に、小柄な店員用の、私と同じような侍女服も置いてありますが……どちらにいたしますか?」

「いいんですか? せやったら、うちは……ええと、どっちがええかなぁ……」


 アイリーンの武闘家服――深いスリットの入ったワンピースタイプのドレスと、メイド服。その二つは、ミヅハにとっては甲乙つけがたい選択のようだった。


「……ここのお店で働くんやったら、そっちの服はいつでも着れるから、アイリーンさん、借りていいですか?」

「うん、わかった。じゃあちょっと待っててね、ちょっぱやで行ってくるから」


 アイリーンは裏口から出て家に向かう。それを見送りながら、ヴェルレーヌが頬に手を当てて言った。


「当店の店員には、常に侍女服を身に着ける心構えが欲しいものですが……何か、アイリーン様に負けたようで、少し悔しさを覚えてしまいます」

「店員として働くことが前提になってるが、とりあえず配属先はまだ決まってないぞ。ゼクトさんと一緒がいいんじゃないか?」

「ギルドマスター、俺に敬語を使う必要はない。俺は部下なのだから、気を遣うな。雇われの身で言うことでもないがな」

「分かった、ゼクトでいいんだな」

「すみません、兄上は見た目通り、融通のきかへんところがあるんです。昔から、頭かちかちなんやから」

「……悪かったな」


 ゼクトは不愛想に言うが、そこまで怒っているというわけではなさそうだった。ミヅハも兄が本気で怒ることはないと知っていて、冗談を言っているのだろう。


「……では、着替えの前に一度入浴されますか? それとも、帰ってきてからになさいますか」

「あ……す、すみません。うち、お風呂何日も入ってへんから、気になりますよね……に、においとか……」

「それほどでもない。俺の外套は無臭だからな」

「何言ってるんかなあ、うちやから我慢して着てられるだけやないの、こんなん。何日洗濯してへんの?」


 冒険者は野営も多いので、自分の匂いには慣れてしまうものだが、こういう時に入浴という習慣の大切さを確認させられる。


 俺も昔は、野山を駆け巡って何日も風呂に入らないことがあった。姉たちに捕まってよく風呂に入れられたが、今は彼女たちの気持ちが良くわかる。風呂はいいものだ、湯船を張るのは贅沢ではあるが、できれば毎日入るべきだろう。


「ヴェルレーヌ、じゃあ手早く風呂に入れてやってくれるか。アイリーンの服を着ることを考えると、その方がよさそうだ」

「いいんですか? 久しぶりのお風呂に、今入れるやなんて……ええなあ、このギルド。兄上もそう思わへん?」

「元気になったのはいいが、あまりはしゃぎすぎるな。俺にも恥じる感情はある」

「こんなに可愛らしい妹さんなのですから、少しくらいのおてんばは大目に見てさしあげてください」

「ヴェルレーヌさんは優しいなぁ……うち、お姉さんのこと好きやわ。うちだけここに住み込んだらいけませんか? 兄上はひとりでお部屋に住んでたらええわ、うちも遊びに行ってあげるから」

「なぜおまえが勝手に……いや、いい。好きにしてくれ……」


 ゼクトは妹に翻弄されて困惑している。こんな姿を見ていると、彼がSSランクの冒険者というのをつい忘れそうになってしまうが、俺が伝え聞いている、彼が青の射手亭にいる間に残した実績は、その実力に見合うものだ。


 彼にとって今回獣人を牢から助け出すことも、何ら困難なことではない。サクヤさんも同行するならば、俺はいつも通り、店で飲みながら安心して待つことができる。


「……マスター、ミヅハさんを看板娘として雇うのですか? 情報部の適性もあると思いますが」

「お、サクヤさんも目をつけてるのか。この兄妹は揃って優秀だよな、見た限りでは」

「はい。一度、冒険者強度を測ってみてはいかがでしょうか」


 ミヅハの実力は、サクヤさんに及ぶものか、それ以上の可能性がある。獣化すると強くなるとしたら、今の獣人の姿では、AからSランク相当といったところだろうか。


 測定器を俺が壊してしまったので、新しいものを買ってくる必要がある。もしくは二人を連れて、測定師のもとを訪れるのも良いかもしれない。



 ◆◇◆



 ガラムドア商会が獣人を監禁していた宿には、サクヤさんの予想通り、地下に隠された牢があった。青の射手亭のギルド員が警護に当たっていたが、BランクとCランクの男が一人ずつで、ゼクトたちは素性を気づかれる前に彼らを倒して捕縛した。


 牢に入れられていたのは、狼人族の少女と、狸人族の男性。二人は獣化能力を持ち、獣の姿のままで固定するための首輪をつけられて、一人ずつ別の牢に入れられていた。


 首輪をつけられると、意識が野生に戻ってしまう。そうすると違う種類の獣同士は互いを攻撃することが多く、調教がうまく行かずに放り出されることもあったという。


 ゼクトたちはそれを聞いて怒りを募らせたが、監禁に加担した宿の主人も、青の射手亭の男たちも、その場で罰するということはなかった。


 二つの組織の悪事を明るみにする材料は揃っている。それならば、ゼクトとミヅハが直接に手を下す必要はない。


 ゼクトは助け出した獣人二人を担いで帰って来たので、俺は近くのモグリの医者に治療を頼み、二人を一晩寝かせておくことにした。サクヤさんは狼人族の少女の父親に会ったとのことで、父親に引き渡すために医者に話を通してきたとのことだ。


 ――そして、俺の店は今日も賑わっている。


 ミラルカとユマも来店して、今日は個室でアイリーンと一緒に飲んでいる。リゲルたちも戻ってきてライアと合流し、テーブル席で今日の冒険の成果について話しながら、楽しそうに騒いでいた。ライアはいつも寡黙で、男たちの話に相槌を打ちつつ、たまに釘を刺すような鋭い発言をしている。


 そしてカウンター席には、アイリーンと似た服を着て、狐耳を帽子で隠したミヅハと、ゼクト、そしてサクヤさんの三人が座っている。サクヤさんがここで飲むことは滅多にないが、今日は気が向いたらしく、ヴェルレーヌと話しながら、人参のリキュールを柑橘の果汁で割ったものを飲んでいた。


「いつもお疲れ様です、サクヤ様。今日は、特にご気分が良いご様子ですね」

「はい。いつも充実した仕事をさせていただいていますが、今日は特に喜ばしいことがありましたので……」


 大人の女性二人の会話も気になるが、俺は隣に座っているミヅハ、そしてもう一つ隣に腰かけたゼクトのために、用意したものを振る舞うことにする。


「二人とも、口に合うかどうか分からないが、こんなものを用意してる。良かったら飲んでみてくれ」


 ヴェルレーヌが俺の指示通りに作っていた酒、そしてドリンクを、俺の前にやってきてことりと置く。


「っ……この、香りは……」


 俺は久しぶりに、二つのグラスをコースターに乗せ、カウンターテーブルの上を滑らせた。


「……ココノビの実の、山羊乳割り……どうして、これが……」


 寒冷地に強い家畜で代表的と言えるのは山羊である。そして、青狐族と同系統の獣人族である『狐人族』は、山羊を飼うことで知られている。


 そこから考えて、ゼクトとミヅハにとっても山羊乳はなじみがある飲み物だろうと予想した。


 ココノビの実の皮を剥き、中の白い実を取り出して潰し、裏ごししたあと、スパイスと蜂蜜で味を調え、冷やした山羊乳と一緒にシェイカーで混ぜる。それが、ミヅハに出した『ココノビシェイク』だ。


 そしてゼクトには、ラムに漬けて風味を染み出させた、『ココノビラム』。一日でどれだけエキスが出るかはやってみなければ分からなかったが、見事にうまく行った。

 

 ココノビの実は、そのままでは青色は食欲をそそる色ではないが、中は白い。しかしラムに漬けてみて分かったが、色素に黄色が含まれているようで、ココノビラムはほのかに黄色く色づいていた。


「飲んでみてくれ。青狐族には、ゆかりがある味だと思うんだが……」

「……これを、いつ仕入れた? 俺たちを迎えることになると分かっていて、用意したのか……?」


 俺は何も答えない。全てが自分の予想通りになったなどとは思っていないし、その味が彼らを満足させるかどうかも、まだ分からないのだから。


「……いただきます。んっ……こくっ……こくっ……」


 ミヅハはグラスを両手で持って、一口目は慎重に口をつける。そしてよほど気に入ったのか、驚くほどの勢いで飲み始めた。


「……お母様の味がする。うちの村の……お母様が作ってくれた、あの味……それだけやない……ああ、ココノビの実って、こんなに美味しい飲み物にできるんや……」


 ミヅハは再び飲み始める。氷の洞窟では、十分な食事を取れていなかったのかもしれない。

 ゼクトもまた、ラムのグラスに口をつけた。その目が見開かれ、彼は妹の様子を横目で見たあと、自分も同じようにぐいっと二口目を喉に流し込む。


「……雪が降る日に、酒で身体を温めることはあったが。ココノビを酒に漬けるとは……どこでこんな発想を……」

「ここは酒場だ。俺は美味い酒を飲んで、飲んだくれるためには労力を惜しまない。喜んでもらえて何よりだ」


 今俺が飲んでいるのはただのエールだが、二人に出す前に一度作ったものを味見はしていた。


 ココノビの仕入れが安定しないことを解決すれば、二つのメニューは間違いなく好評を得られる。そして嬉しいことに、ココノビには魔力を回復させるという副次的な効果もある。


「……ギルドマスター様って、素敵な仕事なんですね。まだ会ったばかりのうちのこと、こんなに喜ばせてくれるなんて」


 笑顔で言うミヅハの瞳から、涙が伝う。それは、故郷を思い出したがゆえの涙だろうか。


 ヴェルレーヌがハンカチを出し、ミヅハに渡す。涙を拭く妹を見ながら、ゼクトはグラスを持ち、席を立つと俺のところにやってきた。


「……懐かしい味だ。ギルドマスターよ、遅れて済まないが、改めて頼めるか」


 彼が言わんとするところは分かっていた。ミヅハもグラスを持ち、俺の方に差し出す。


 俺は木製のジョッキをゼクト、そしてミヅハと合わせたあと、彼らに改めて念を押しておくことにした。


「俺が店で飲んでるときは、ただの酔っ払いとして扱ってくれ。ギルドマスターと呼ぶのは禁止だ」


 ゼクトとミヅハは顔を見合わせる。ヴェルレーヌとサクヤさんもこちらを見て微笑んでいる――また仕方ないことを言っている、と少し呆れている様子でもあるが、俺の主義は曲げられない。


 そして青狐族の兄妹は、俺の言葉を聞き入れ、二人揃って笑顔を見せる。

 ゼクトという男が笑うことがあるのだと、俺はその時初めて知った。それは妹の前で見せる、兄としての彼本来の姿なのだろうと思った。


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