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第26話 囚われた虎人族と月下の仮面

 ミラルカが獣人の少女に近づいていく。警戒されることもなく、少女は好意的な様子だった。

 亜人は亜人語を使うが、俺もある程度亜人の言葉は理解できるし、ミラルカは流暢に話すことができる。


「虎人族なら、新獣人語で大丈夫かしら。私が言っていることはわかる?」

「っ……わかる! お姉ちゃん、人間なのに、私たちの言葉、わかるの!?」


 虎人族の少女は興奮して言う。獣人語は使われていた年代によって古と新があり、文法がまるで違うという難解なものなのだが、よほどの秘境に住んでいる獣人以外はおおむね新獣人語が通じる。


「私たちはアルベイン王国の人間よ。あの人間たちはベルベキアの軍人だと言っていたけど、なぜ追われていたの?」

「っ……アルベイン、私たちの山、壊した。だから、アルベインのこと、みんなきらい」


 ヴィンスブルクト家はこの山を抜ける道を作るとき、虎人族たちが暮らす領域を侵した。考えてみればわかることだが、そうすると同じアルベインの国民である俺たちも、虎人族の敵と疑われてもおかしくはない。


 なんとか誤解を解きたいと思っていると、虎人族の少女が言葉を続けた。


「でも、お兄ちゃんとお姉ちゃんはちがう。私を捕まえようとしたベルベキア、やっつけてくれた。大きい竜も友達。虎人族、竜人族とは仲良し。竜は竜人族の守り神」


 獣人同士は対立関係にあることもあるが、虎人と竜人は友好関係にあると分かった。獣人の文化や種族の事情について知る機会は少ないので、これは貴重な情報だ。


 そして竜人は、火竜を守り神とする。つまり俺が火竜を従えていれば、友好的にやりとりができるというわけだ。その必要ができたときには、シュラ老にも相談したいところだが。


「ベルベキア、この道をずっと行ったところに集まってる。長老様、野営地って言ってた。その野営地から、私たちに食べ物を分けるようにってベルベキアが来た。それで、男の人と、女の人と、たくさんで持っていった。持ってこないと、山に火を放つって言われたから……」

「……ディック、すぐにでもベルベキア軍の野営地に行くわよ。痕跡も残らないくらい真っ平らにしないと」

「俺もそうしたいところだから、詳しいことを聞かせてくれ。その食料を持って行った虎人族はどうなったんだ?」


 そう尋ねると少女の表情が曇る。それだけで、何が起きたのかは想像がついた。


「ベルベキア、虎人族、力持ちだからって連れて行った。女の人たち、食べ物を料理するために行ったのに、一緒につかまった。私たちに手を出させないための、人質」

「そう……辛かったわね。でも、もう大丈夫よ。私たちが来たのだから、あなたはもう何も心配することはないわ」


 ミラルカは虎人族の少女を抱きしめる。虎人族の少女は目を潤ませたが、気丈にも涙はこぼさなかった。


「私より、みんなの方がつらい。私は、私だけでもって言われて、逃げるしかできなかった」

「あなたには何も責任はないわ。こうして無事だっただけでも十分。だから、心配せずに村に帰りなさい」

「いや、村まで送って行こう。一つ、長老に聞いておかなきゃならないことがある。切り拓かれた道を崩すことでまた山を騒がせることを、許してもらわないとな」

「長老、人間の手で開かれた道、元に戻したいって言ってた。道に人間が通らなければ、時間がかかっても、元の山に戻るって」


 そういうことならミラルカの殲滅魔法で、軍道の何か所かを塞いでしまえば良い。そうすれば人は通らなくなり、塞がれた区間はやがて、人が踏み入る前の自然に戻るだろう――少しは自然に戻すため、手を加える必要はあるかもしれないが。土や樹の精霊の力を借りるというのも一案だ。


「ありがとう、これで今すぐベルベキアの野営地に向かえるわ。捕まった人たちのことを考えると、一刻を争う事態だものね。あなた、名前はなんていうの?」

「名前、リコ。ティグ族のリコ。お兄ちゃんと、お姉ちゃんは?」

「私たちは……『仮面の救い手』よ。わけあって名乗れないけれど、許してね」

「うん、わかった。仮面の救い手、長老様に伝える。リコ、助けてもらった。みんなも助かる」


 山がもとに戻るとまでは、リコはさすがに思っていない。まだ、ミラルカの実力の一部しか見ていないからだ。


「村、もし後で来てくれるなら、匂いつけないとだめ。人間のにおい、ティグの村の人たち、あまり好きじゃない」

「それはそうだろうな……何の匂いをつければいいんだ?」

「リコのしっぽ、身体にこすりつける。村の外に、傷がついた大きい木がある。そこに来てくれたら、リコが迎えにいく。必ずいく」


 俺たちが来たときに、都合よく彼女が気づいてくれるかどうか――と思ったが、こんなに真っすぐな瞳で言われては、信用するほかはないだろう。


 ベルベキアの野営地を無力化し、捕らえられた虎人を救出し、そして軍道を塞ぐ。そののちに、リコの村に事と次第を伝えに行く。俺たちのするべきことが決まった。


「気絶してる連中は……まあ仕方がないか。リコ、村の大人を連れてきて、捕まえておくように頼んでくれ」

「わかった。ベルベキアがもう何もしないって約束するまで、捕まえたままにする」


 牙のようにとがった八重歯を見せつつ、リコは噛みつくような身振りをする。彼女も追いかけられ、弓で射られるかというところだったのだから、怒りはおさまらないだろう。


 捕まった虎人族を無事に救出できれば、ベルベキア軍の捕虜も無事に帰れるだろう。何だかんだで気の優しいミラルカが後に引きずることのないよう、そんな展開を期待したいところだ。


 ◆◇◆


 ベルベキア軍の野営地は、虎人族の村から馬を使えば20分ほど、火竜ならば5分も経たずに着くという位置にあった。


 夕暮れの時間帯になり、辺りは薄暗くなってきている――その方が、虎人族を救出するにあたっては好都合だ。


「まず、捕まってる人たちを助けてくる。ミラルカなら、段階的に野営地の建物を分解して、兵士を無力化して、なんていうこともできるんだろうが」

「多くの種類のものを一度に分解しようとすると、解析にも時間がかかるのよ。さっきは、敵の装備の素材がほとんど黒鉄だったから、簡単に壊せたけれど」

「じゃあ、あの野営地のテントや敵の装備を全部破壊するにはどれくらいかかる?」

「15分といったところね。それだけあれば、私の展開した魔法陣に接触した人物ひとりひとりの装備を分解して、テントの建材、その他もろもろを分解しても十分おつりがくると思うわ」

「よし。じゃあ、火竜を野営地の見えるところに降ろすから、ミラルカは魔法陣を展開して、破壊準備をしてくれ。俺が野営地に潜入して虎人族を救出したら、合図するよ」

「ええ、分かったわ」


 俺は一旦ミラルカと別行動を取り、気配を消す『隠密ハイディング』の魔法を使って、野営地に近づいた。

 野営地の軍道に面している側から見て逆側は明かりも少なく、盲点になっており、楽に近づくことができた。誰も、山を抜けて森の中から野営地に潜入を試みるとは思わないのだろう。まして、この野営地は国境線を挟んで、ベルベキアの内側にあるのだから。


 いちおう野営地の裏側にも、柵だけでなく櫓があり、その中には熱心そうでない兵士がいる。俺は鍵縄を投げて櫓に引っ掛けたあと、柵を駆けあがるようにして一気に高く飛び上がり、兵士の後ろに回った。


「な、なんだ? この縄、いつの間に……」


 櫓の中に着地するときは魔法で足音を減殺する。アイリーンならば体術のみで無音の歩行術を可能とするが、俺は何でも魔法に頼ってしまう――修行が足りない、と自戒するところだ。


「動くなよ。虎人族はどこにいる?」

「ひっ……だ、誰だ……まさか、獣人の……そ、それとも、まさかアルベイン……?」

「いや、個人的な動機で来ただけだ。質問だけに答えろ」

「じゅ、獣人は……あの、向こうにあるテントに……」

「よし、いいだろう。一つ言っておくが、この野営地は今日で消えてなくなる」

「な……っ」


 手刀で眠らせるとダメージが大きすぎる可能性があるので、『睡眠スリープ』の魔法をかけて無力化する。ミラルカの魔法陣が発動したら、櫓から落下する――ということも考えられるので、一応降ろしてやり、物陰に横たえておくことにした。


 虎人族が捕らえられているというテントに、俺は物陰を移動しながら近づいていく。途中で接近してきた兵士は酒を飲んで酔っぱらっており、俺がすぐ近くにいても全く気が付かない。俺の『隠密』は一般兵に気づかれるほど生易しいものではないが。


 そして問題のテントの裏に回ると、俺はナイフでテントの幕に穴を開け、中を覗き込んだ。


 虎人族の男性――殴られて怪我をしている――が数名と、大人の女性、そしてリコと近い年齢の子供がいる。全員が縛られており、足には鎖をつけられ、鎖の端には杭が打たれていた。虎人族の膂力ならば抜けなくもないだろうが、子供がいる手前、抵抗できないのだろう。


 見張りの兵がにやつきながら彼らを見ていたが、虎人族の男性のうち一人が少し顔を上げ、兵を見た。


「なんだその目は。まだ、自分たちの立場が分かってないのか? お前たちはこれから、ベルベキアの奴隷市場に送られる。男は鉱山送りで、女は金持ちにでも買われるだろうさ」

「……!!」


 挑発に耐えられず、うなだれていた虎人族の若者が立ち上がろうとする。どうやら、彼の恋人か妻もまた、一緒に捕まっているようだった。


 若者は何かを訴えるが、その言葉は兵には通じなかった。


「良かったな、お前。何を言ってるか分かっていたら、この鞭が物を言っていたところだぞ」

「…………」

「いや、分からなくても不愉快なことに違いはないか。だったら、鞭をくれてやるとするか……お前の代わりに、こいつにな」

「っ……!!」


 兵士が虎人族の女性の方を向く。その手にあるのは、茨のような棘のついた鞭だった。


「女には傷をつけるなと言われてるがな。獣人ってのは、化け物みたいな速さで傷が治るんだろ? だったら、鞭の一発や二発、打ってみてもすぐに治るよな……そこの女、じっとしてろよ。可愛い顔に鞭が当たっても――」

「いい加減にしとけよ、三下」

「うぉっ、だ、誰ぶぁっ!」


 兵がべらべらと喋っている間に隙だらけになっていたので、密かにテントに侵入するための入り口を広げ、俺は兵が気づかないうちに背後に回っていた。


 兵が後ろに振り返る間もなく、俺は今度は手刀を叩きこみ、昏倒させた。睡眠の魔法などでは少々生ぬるいかと思えたので、つい手が出てしまったが、敵にそこまで遠慮する必要もないだろう。


 虎人族たちは何が起きたのかわからず、俺を見ている。そこで俺は、自分が仮面をつけていることを思い出した。


「あー……何だ、俺は怪しいものじゃない。こんな格好をしてるが、お前たちを助けに来た。裏手の柵を壊すから、そこから逃げてくれるか」


 うろ覚えの新獣人語を何とか記憶から引っ張り出し、話しかける。何とか通じたようで、彼らの中心人物らしい壮年の男性が、少しだけ警戒を緩めてくれた。


「……見たところ人間のようだが、なぜ私たちを助ける?」

「人間も、獣人を迫害するだけの連中が全てじゃない。俺はアルベインの人間だが、虎人族の聖域である山を侵した奴らとは違う……と言っても、にわかに信じられないかもしれないが。俺はあんたたちを助けたい、今はそれを信じてくれるか」

「むう……」

「……妻を助けてくれたことには感謝する。仮面の男よ、俺はあなたを信じようと思う」

「ルード……そうだな、私も信じよう。無礼な態度を取ってすまなかった、改めて礼を言う。仮面の男よ、どうやってこの野営地を出るのだ?」


 仕方ないことではあるが、『仮面の男』と連呼されると、虎人族たちに正体を隠す必要があったのだろうかとちょっと思ってしまう。いや、そんなことを考えている場合ではない。 


「俺が手引きをする。さあ、拘束を外すぞ。野営地の外に出たら、まずは森の中に身を隠すんだ」


 十人ほどの虎人族が、まさに救い主のように俺を見て指示に従う。

 俺は久しぶりに、使わなさすぎて錆びかけていた剣を意識する。柵をどうやって最短時間で抜けるかを考えると、多少派手になってしまっても、実力行使が最も早いからだ。


 虎人族たちが脱出の準備を整え終わると、俺はテントの裏に開けた穴から外に出て、一直線に柵に向かって走っていく。


 俺の背丈の二倍ほどある、丸太を結び合わせた柵。飛び越えるのは容易だが、ご丁寧に先端が槍のように尖らせてあるため、子供もいる以上は安全策を取らせてもらう。


 俺は剣を抜くと、強化魔法で刃を覆った。コーディの『光剣』には及びもしないが、俺でも鉄を斬るくらいのことはできる――久しぶりなので、上手くいくか少しだけ緊張するが、それも集中力を増すスパイスだ。


「――っ!」


 強化魔法『斬撃強化スピリット・ブレード』を用いて、魔力で覆った剣を振りぬく。


 俺の放った斬撃は魔力によって間合いの三倍の範囲を切り裂き、丸太は水平に真っ二つになる。続けて数発斬撃を入れると、丸太は細切れになって吹き飛び、道が開けた。


「よし、森に抜けろ! すぐに俺も合流する!」

「なんという力……一体何者なのだ、仮面の男よ……っ!」

「あぁ、みんな無事で外に……ありがとうございます……っ!」

「ありがとう、仮面のお兄ちゃん!」

「あなたは俺たちの恩人です!」


 俺の力に驚いている間もなく、虎人族は持ち前の敏捷性で、獣のような速さで野営地を脱出する。


 中の兵たちが異変に気付き、こちらにやってこようとするが、もう遅い。


「ベルベキア軍に告ぐ! 死にたくなければ地面に手をついて動くな! お前たちにも家族がいるだろう!」


 そう告げたあと、俺はミラルカに合図を送る。天に手をかざし、『明かりライティング』の魔法を改良して、空高く光弾を放ち、上空で炸裂させた。


 何が起きているのか、と混乱するベルベキア軍。日が落ちた矢先の出来事で、気が抜けていた彼らは、ようやく事態の深刻さを知る――虎人族は逃げ出し、内部には謎の侵入者がいる。


 しかし、彼らが対策を講じる時間はもうない。十五分、ミラルカがそう申告した時間は、もう過ぎている。


 ――『広域殲滅型百二十式・城砦破砕陣』――


 俺の声を聞きつけてやってきた兵士たちは、まず信じがたい光景を目にする。


 野営地のテントが、櫓が、柵が――あらゆる建造物が砂に変わり、山風に吹き流されていく。


 それだけではない。ミラルカは建物と同時に、兵士の装備だけを狙う魔法陣を、すでに野営地の全域に張り巡らせていた。


 ――『限定殲滅型六十六式・粒子断裂陣』―― 


 リコを追いかけていた兵たちと同じように、兵士たちの装備が崩れ落ちていく。阿鼻叫喚の様を前にして、俺はとどめの一言を見舞おうとするが、その大役を譲ってくれるほどミラルカは甘くはなかった。


 火竜の背に乗り、月を背にして、『可憐なる災厄』が舞い降りる。彼女は野営地の上空に現れると、ゆっくりと高度を下げ、無力化した兵士たちに告げた。


「あなたたちはアルベインを侵そうとするだけでなく、虎人族を迫害しようとした。その罪は許されるものではないわ。山の神に変わって死の裁きをと言いたいところだけど、この山を血で汚したくはないから、見逃してあげる。二度とこの山に踏み入らないことね。そうでなければ『仮面の救い手』は何度でも現れるわよ」


 月光を浴びて、自信たっぷりに胸をそらせ、よく通る声で降伏勧告をするミラルカ――彼女を連れてきた俺の判断は、最良と言うほかなかった。


 恐怖にかられて一目散に逃げていく兵士たちの喧騒など、俺の耳にはまったく入っていなかった。


 ミラルカと一緒に火竜で見下ろしながら、決め台詞を放ちたかった。そんな俺らしくもないことを考えているうちに、野営地は跡形もなく消え去り、後には広い空き地が残るだけとなった。



 そしてミラルカは兵士たちが戻ってこられないように、広域殲滅魔法で軍道を塞いだ。 

 

 あとで彼女と合流したとき、まさに天変地異といえる奇跡を起こし続けるミラルカに対して、虎人族たちは地に伏して拝み奉るという行動に出たが、その光景を前にしたミラルカはさすがに照れて顔を赤らめていた。


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