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第23話 魔法大学と若き女教授

 キルシュについては、身辺の安全を保障するために護衛をつけることにした。俺のギルドには隠密警護系の任務も持ち込まれるため、専門のギルド員が何人かいる。情報収集を担当しているリーザもその一人だ。


 契約書を店の二階にある事務室の金庫に入れ、ヴェルレーヌはその場でエプロンを外し始める。事務室が彼女の私室を兼ねているので無理もないが、俺も見ている前で大胆極まりない。


「……む? エプロンを外しただけだぞ。まさか、ご主人様はこのまま見ているから脱げと命令してくれるつもりか? それはなかなか興味深い趣向だな」

「まあお願いしたいのは山々なんだが、今はそれより仕事の話をしておこうと思ってな」

「冷静きわまりないな……私がダークエルフなので、女としての魅力を感じないのか。人間の男は白いエルフの方が好みだというが、本質的には元は同じ種族なのだぞ。暗黒神を崇めるか、光明神を崇めるかの違いで、肌の色に差異が生じたのだ」

「そういう理由があったらしいとは知ってるけどな。ダークエルフ本人から聞かされると、信じざるをえない」

「ふふっ……それこそ、神話の時代の話だからな。それが今の私たちの種族に影響を与えているというのは、正直を言うと私たち自身にも、あまり実感はない」


 ヴェルレーヌは言いながらエプロンを畳んで机に置くと、次にヘッドドレスを外そうとする。


「……そうして見てくれているということは、やはり愛でていいということなのだな? 私は見ていたぞ、今日はまだ酒を抜いていないので、ご主人様は少し気分が良いようだな」

「まあ俺も、毎回魔法で解毒してるわけじゃないからな」


 白いエプロンを外すと、下には黒を基調としたドレスだけになって、それもまたなかなか似合っている。白いエルフの姿のヴェルレーヌは言うなれば清楚だが、このドレスはダークエルフの姿でも似合うことだろう。


「しかし、なかなか規模の大きい依頼が入ったな。国家の存亡を賭けた依頼が、あっさり持ち込まれてきてしまうとは。ご主人様の仕込みのたまものだな」

「普通のギルドじゃないと知ってる人物が増えすぎても、それは目立ってるってことだからな……まあ、この仕事が終わったらほとぼりを冷ましたいもんだ」

「ベルベキア軍は今にも兵を動かしそうな状況だと思えるが、それについてはどうする? もし敵軍がすでに動いているようなら、多少は派手な手を打つ必要が出てくるのではないか。私が動くというのもいいが、ご主人様ならもっと適切な手を思いついていそうだな」

「ヴェルレーヌは戦いから退いて結構長いから、無理はさせられないな。まあ、代わりに打つ手は確かに派手だし、まず要請する相手の難易度が高いんだが」


 名前を出さなくても、ヴェルレーヌは誰のことを言っているか分かったようで苦笑する。


「あの娘か……我が国でもさんざん好き勝手してくれたものだ。あの娘のおかげで新たな湖ができてしまい、観光名所になってしまったぞ。他にもいくつか、変動した地形が今でもそのままになっているな。『歩く天変地異』とでも、通り名を改名してはどうだ?」

「あいつは手加減を知らないからな……なんでも、それが美学なんだそうだ」

「美学か……私はそういう拘りを持つ者は嫌いではないぞ。我が道を往く、それでこそ人生ではないか」


 魔族でも魔生とは言わないんだな、と無粋なことは言わず、俺はヴェルレーヌに心中で同意しておいた。


「もし話を聞いてもらえなければ、また酒場に連れてくるがいい。私も接待に協力してやろう」

「ああ、頼む。できるだけ急ぐ必要があるから、素直に聞いてくれるといいんだが」


 今ごろ、『歩く天変地異』はくしゃみでもしているんじゃないだろうか。そんなことを考えつつ、俺は事務室を後にしようとする。


「ご主人様は、コーディが結婚するまでは自分も結婚しないなどと、友情の誓いでも立てているのか?」

「いや、そんなことはないけど。というか、エプロンドレスのエプロンってのは、なぜ外すとこうも魅力的なんだろうな」

「っ……そ、そう思っているのなら、態度に出してくれてもいいではないか。全く、人が悪い。ご主人様の方が、よほど魔族らしいぞ」

「あまり人を堂々と誘惑するからだ。調子に乗ってると、酔ってる俺は何をするか分からないぞ」

「……やはりご主人様は一筋縄ではいかない。ますます燃えてくるではないか……だが、あまり私を侮らないほうがいいぞ。これでも、元魔王なのだからな」


 全く侮ってはいないし、いずれヴェルレーヌに護符を返してやることも考えなければならない。

 しかし店主としての優秀ぶりを毎日目にしていると、魔王国に返すのは惜しいと思い始めていることも間違いなかった。


 ◆◇◆


 翌日の朝、店をヴェルレーヌに任せ、俺は午前中に魔法大学に向かった。


 王都の北東部にある魔法大学前まで乗合馬車で向かう。敷地はかなり広く、前庭から研究室棟まで5分ほど歩かなければならないほどだ。生徒たちが野外で食事を取っていたり、魔法の練習をしていたりして、キャンパスは活気に満ちている。


 研究室棟の入り口に総合受付があり、そこに受付嬢がいた。さすがに顔を隠していると不審に思われるので、ここは普通に正体を隠さず近づく。俺がディックだと名乗っても、すぐ魔王討伐隊の一員だと気が付く人間はそういない、それはこの五年間で存在感を消してきたがゆえの成果だ。しかし一応、フェイクを入れて名乗りたくなるのが俺の性分でもある。


「こんにちは、こちらでご案内できることはございますか?」


 帽子をかぶった受付嬢が話しかけてくる。やたらと胸を強調する形の制服で、そちらにどうしても目が行きそうになる――ミラルカといい、魔法大学の関係者は胸に栄養が行くのだろうか。

 快活な笑顔で、幼めの容姿に見えるが、ここで働いているということは、18の俺よりは年上だろう。


「デューク・ソルバーという者だ。攻撃魔法学科I類のミラルカ教授の研究室に伺いたいんだが」

「デューク様ですね。ミラルカ教授でしたら、さきほど図書館の方に出向かれましたが、こちらでお待ちになりますか?」

「いや、直接行かせてもらうよ。教えてくれて感謝する」

「いえ、こちらこそ。ミラルカ様には男性のお客様が沢山いらっしゃいますが、だいたいは門前払いするようにお願いされています」

「そうなのか……あれ。じゃあ、なんで俺を案内してくれたんだ?」

「今日あたり、黒髪の若い男性が訪ねてきて、デのつく名前を名乗られたら、案内すればいいとおっしゃっていましたので」


 「案内してほしい」ではなく「すればいい」というのが、何ともミラルカが言いそうなことだった。そしてデのつく名前って、偶然他人とかぶったらどうするつもりだったのか。


「声が見た目より低めだともおっしゃっていたので、間違いないかと……そうですよね?」

「まあ、たぶん俺のことだな。ミラルカとまた会ったら言っておいてくれ、人の個人情報をいたずらに流さないでくれとな」

「かしこまりました。私とミラルカ教授のあいだの秘密にしておきますね」


 受付嬢はにっこりと笑って会釈をする。それに追随して、大きな胸部が残像を残して揺れる――そこにつけられた名札には、『ポロン・マーコット』と書かれていた。


「関係ない話で悪いが、男子学生に意味もなく話しかけられたりしないか?」

「私のお仕事は、外部の方のご案内をすることですから。そういったお声がけは、お断りしています」


 なるほど、じゃあ俺は外部の人間だからまた案内してもらえるな――と、ナンパしている場合ではない。ミラルカに知れたら致命的なので、これ以上の軽口は慎むことにした。

 


 ◆◇◆


 魔法大学の図書館に入り、司書からミラルカが向かった先を聞いて、そちらに向かう。ミラルカは資料として、攻撃魔法の資料を探しに来たそうで、図書館二階の東側書架にいるとのことだった。


 攻撃魔法といっても精霊の力を借りるもの、神の力を借りるもの、自分の中の魔力を引き出して世界の理に干渉するものといろいろある。俺の魔法は人から学んだものを独学で発展させたものだが、基礎的な部分は魔力で世界に干渉する種別に分類される。


 二階に上がり、立ち並ぶ書架の蔵書数に感心しながら歩いていると、ようやく目的の姿を見つけた。


 ミラルカは高い位置にある本を見つめている。そして背伸びをして取ろうとするが、あと少しというところで、指先が届かない。


「なぜこんな高いところに本を入れるのかしら。教授の手が届かないところには、本を置かないべきよ」


 届かなかったことがよほど悔しかったのか、ミラルカは誰もいないと思って文句を言う。

 俺のことに気づいていない彼女に近づき、俺はミラルカが取ろうとしていたとおぼしき本を引き抜くと、彼女に差し出した。


「取ろうとしてたのはこれか?」

「っ……ディ、ディック。いつから見ていたの?」

「本を取ろうとしてたとこからだけど。これじゃないのか?」

「……まあ、これだと言えなくもないわね」


 ミラルカは俺から本を受け取ると、ぱらぱらと目を通す。やはり、この本で良いらしい。


「ちょっと私より背が高いからといって、颯爽と本を取ってくれても、それほど見直したりはしないわよ」

「じゃあ、今度からは踏み台を持ってきてやる。それとも、肩車してやろうか?」

「っ……ちょ、調子に乗らないで。あなたが自分で踏み台になりなさい。乗るときは靴くらいは脱いであげるわ」


 ミラルカはきゃんきゃんと噛みついてくるが、慣れている俺にはそこまでの口撃でもない。

 魔法大学の若き教授――といっても、16歳なので、普通に学生に見える。受付嬢もそうだったが、学内では学位を示す帽子をかぶっており、それがなかなか似合っていた。


「……そのうち来そうな気はしていたけれど。私に何か頼み事でもあるの?」

「ああ。ミラルカに、仮面の魔法使いとして「嫌よ」待て、話を聞いてくれ」


 全部言う前に遮られる。ミラルカは金色の髪を撫でつけつつ、不機嫌そうに本を待ったまま腕を組んだ。


「あれはユマのために、例外的にしていることよ。そうそうやすやすと仮面をつけると思わないでくれるかしら」

「それは俺も重々分かってるよ。ミラルカは、本当に友達思いだよな」

「お、おだてても何も出ないわよ。アイリーンだけをユマの保護者につけておくのは、少し危なっかしいと思っただけで、大したことじゃないわ」


 一番危なっかしいのはミラルカなのだが、そう言いたいところをぐっとこらえる。

 彼女の力を借りることができれば、それで一段階目の問題は解決する――豪快な形で。


「……本を取ってくれたから、少しくらいは検討してあげる。まだ資料を集めなくちゃいけないから、あなたが私の代わりに取ってちょうだい。強化魔法を使えば、50冊くらいは運べるでしょう?」

「バランスを取るのが大変そうだが、やってみるか。ミラルカ、わりと普通に教授らしいことしてるんだな」

「ここの本を読んでも私の魔法の参考にはならないけど、教え子たちには、理論を教えないと魔法が身につけられないもの……あ。あの青い背表紙の本を取って。その二つ左隣の本もお願い」


 ミラルカは遠慮なく、次々と俺に本を取るように申し付けてくる。しかし、これで彼女が話を聞いてくれそうなら安いものだろう。


 そうして二十冊ほど取ったところで、次の本を申し付けられるかと思いきや――ミラルカがふと、柔らかい笑顔を見せて言った。


「今日あなたが来てくれて良かったわ。一人で運ぶのは大変だもの。ありがとう、ディック」

「っ……そ、そうか。そいつは何よりだ」

「……? 何を変な顔をしているの? 私の顔に何かついている?」

「世間一般的に見て、きれいな目と鼻と口がついてるな」

「そんな当たり前のことを今さら言われてもね。あなたの顔には、世間人並みの目と鼻と口がついているわよ」


 まずミラルカが礼を言ったことにも驚かされたが――こうして彼女と一緒に資料本を集めていると、何ともいえず、楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。


「ああ、そういえば。どうせディックのことだから、受付のポロンの胸をまじまじ見たんでしょう? いやらしい。気を付けるようにね、って言っておいたから、次からは警戒されるわよ」


 そして一瞬で気のせいだな、と思い直した。デューク・ソルバーがこの大学内限定で、女性からの警戒対象として名前が広まることは、何とかして回避したいものだ。ティミスの耳に入りでもしたら、少々失望させてしまう気がする。


 そして俺は自分の身長の二倍以上に積みあがった本を図書館司書に渡し、目を剥いて驚かれながら、貸出許可を受けた本を再び担いでミラルカの研究室に向かうのだった。意味もなく目立っている気がするが、力だけがとりえだからと誤魔化しておいた。

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