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第22話 悩める従者と迷わぬギルド

 店の営業が終わったあとも依頼者の女性は他の客に悟られないよう店に残り、「潤しの杏の乙女椰子割り」をもう一杯口にする。それで完全に気分が落ち着いて、見違えるほど雰囲気が柔らかくなった。


「申し遅れましたが、私の名はキルシュ・アウギュストです。これまでの無礼を重ねてお詫びしたい」


 キルシュと名乗った彼女は、腰にエストックを帯びている。武芸はたしなんでいるようだが、見たところ冒険者強度は三千をわずかに超えるくらいだろうか。Bランク冒険者に相当する実力だ。


 貴族家に仕える護衛の平均的な実力としては、高いほうだと言える。一人で食っていける力のあるBランク以上の強度持ちは、どこかの家に縛られる生き方を選ぶよりは、独立した方がいいと考えるからだ。


「営業時間の終わり近くに訪問してしまい、申し訳ない」

「いえ、日中はお仕事もあるでしょうし、簡単に持ち場を離れては怪しまれるということもありましょう」

「……はい。お察しの通り、私はヴィンスブルクト公爵家に仕える者……本来、密告など、忠義に反する行いです。しかし、今回のことばかりは……」


 店が終わったあとということで、俺とコーディは厨房に引っ込み、そこで話を聞いていた。


「いいのか? 明日も仕事だろ。これはうちのギルドの問題だから、気にすることないぞ」

「何を言ってるんだい、公爵が何か企みごとをしているというなら、騎士団長の僕ができることもあるはずじゃないか。大丈夫だよ、君の意向は尊重するし、手足として便利に使ってくれていい」

「最強の駒は、最後まで動かないくらいがちょうどいいんだがな」


 コーディは笑うだけで、俺の皮肉はまったく通じなかった。言い分には一理あるので、これ以上は言わずにおく。コーディはまだラムの残っているグラスを口に運びながら、表のカウンターで話しているヴェルレーヌたちの会話に耳を澄ませる。


「それで……ゼビアス・ヴィンスブルクトは、どのような企みごとをしているのです?」

「ゼビアス様は、息子であるジャン様に当主の座を譲りました。しかし、実質上はヴィンスブルクト家の実権を握ったまま、ある目的のために動き続けていた……それを、私は知ってしまったんです」


 キルシュの声だけで顔は見えないが、並々ならぬ緊張が伝わる。それでも涼しい顔をしているあたり、コーディの肝の据わり方には改めて感心させられる。まあ、彼の実力を考えれば、ほぼ恐れるものなど無いというのは当然のことだ。


「ヴィンスブルクト公爵家は、我が国と西の国境を面する、ベルベキア共和国と結び、我が国を転覆させようとしているのです」

「……つまり、謀反を起こそうとしている。そういうことなのですね?」

「はい……何を世迷言を言っているのかと思われることは、覚悟しています。しかし、私は証拠を持っています。公爵がベルベキアと密通する際、密使に手紙を運ばせているのですが、その密使がこともあろうに、盗賊に襲われて手紙を奪われてしまったのです」


 運が悪かったのか、それとも良かったのか。アルベイン王国の平和を望む立場としては、後者だととらえるべきだろう。


 乱世を望まないからこそ、俺は魔王討伐隊に参加した。そうしなくても好きなことをやって生きていけたかもしれないが、人間の暮らしを魔物が日常的に脅かす状況は変えておきたかった。それも、俺が思う通りに気楽に生きていきたいからというだけだが。


「その手紙を見た盗賊が、ヴィンスブルクト公爵家を脅迫した……ということですか」

「お察しの通りです。しかし手紙はヴィンスブルクト家の人間しか読めない暗号を使って記されていましたから、盗賊たちは密使を拷問して、彼がヴィンスブルクト家とベルベキアの間を繋いでいたことを聞き出したのです。私は盗賊たちから手紙を買い取るため、ヴィンスブルクト様の命を受けて、部隊を率いて取り引きを行う場所に向かいました……しかし……」


 部隊という時点で、取り引きの後に盗賊を逃がすつもりなど無かったのだと分かる。疑い深い人間にはなりたくないものだが、穏やかな展開を想像して聞いていられるような話ではない。


「……盗賊たちを、逃がすなと。あるいは、皆殺しにせよ、と命令されたのですね」

「……一枚目の命令書には、ただ手紙を回収するようにと書いてありました。しかし、取り引きの直前に開けるように命じられた二枚目には……盗賊たちを、殺せと……」

「あなたは、その命令に従ったのですか?」


 キルシュはその問いに、すぐに答えなかった。しかし震える声で彼女は言う。


「……脅迫を行ったことは許せることではありません。私たちは盗賊と交戦しましたが、一人残らず殺すということはできなかった。異常を感じた私は、手紙の封緘を剥がさないままに、『透視』の技能で中の文字を読み取りました。それが許されないことであるとは分かっていました」


 透視――薄い紙程度ならば透かして見ることのできるその技術は、学ぼうと思えば盗賊ギルドに行けば学ぶことができる。俺の場合は、別の方法で透視に近いことができるので必要ないが。


 しかし盗賊ギルドは冒険者ギルドと違い、技能を学ぶだけでも本来は罰せられる。盗賊ギルドに所属している者には、当然のことだが罪を犯している者が多いからだ。技能の教官も例外ではなく、過去に大きな盗みをしていたりすることは珍しくない。


 そこまでしてでも、キルシュはヴィンスブルクトに仕えていた。その果てに、汚れ仕事として任されたのが、脅迫してきた盗賊の抹殺だったというわけだ。


 盗賊たちの行為は罰せられるべきだが、密使を使って隣国と通じていた事実は、看過できるものではない。キルシュは自分の身の危険を承知で、告発者となってこのギルドに来た。


「ベルベキア共和国は、この国の領土を奪おうとしているのですか? 公爵家と通じて」

「……はい。ジャン様がマナリナ王女と結婚を急いだのは、王家の血筋を持つ者を妻とすることで、統治者としての正当性を主張するためです」


 ベルベキアの力を借り、王位を簒奪する。ジャン・ヴィンスブルクトはそこまでのことを考えて、マナリナに結婚を迫っていた。


 あの婚約破棄がなければ、今頃すでにベルベキアが攻め入ってきていたかもしれないと思うと、いい気分はしない。魔物と同じか、それ以上に恐ろしいのは、やはり昔も今も人間なのか。


「……ディック。久しぶりだね、そんな顔をするのは」

「そんな顔? ……まあ、誤魔化しても無駄か。酒が妙なところに回りそうな話で、悪酔いしそうだ」

「僕も同じ気持ちだよ。久しぶりに、血が熱くなってしまった。やはり君のところに来ると、僕は勇者だったときの気持ちを忘れずにいられるみたいだ」

「国のピンチを喜ぶのは、立場上まずいって言ってなかったか?」

「そんなことも言ったね。けれどピンチというのは、未然に防ぐことができれば、誰も危機だったと気づくことすらない。ディックはそういうやり方が好きなんだろう?」


 目立たないという意味では、それがベストだ。問題が起きたことにも気づかないままに解決していたら、それは問題にすらならない。


 今回のケースで言えば、国民が戦争になりかけたことすら知らず、ヴィンスブルクト家が原因不明の爵位剥奪処分となり、三大公爵家のメンツが入れ替わるということになるか。国王からの処遇次第ではあるが。


「僕もそのやり方を習わせてもらうよ……と言いたいけど、僕の『光剣』では目立ちすぎるのかな」

「まあそうだな。でも適材適所ってやつだ。今回、お前のことを頼る可能性はかなり高まってきてるぞ」

「絶対に頼るとは言ってくれないんだね。じゃあ、楽しみにして待っているよ」

「悪いな。こんな言い方もなんだが、お前は間違いなく最後の駒なんだよ。簡単に動かすべきじゃない」


 コーディのグラスは空になっていたが、彼はもう酒を飲むことはない。魔法で酒を抜くことに遠慮があるのならば、と俺は代わりの飲み物を出した。『潤しの杏』は、男にも十分効能があり、飲んだ日の夜の安眠を約束してくれる。


「……これ、女の人が飲むものじゃないのかい?」

「どっちでも効能は変わらない。女の方が特に効くってことはあるけど、男でもそれなりに効く。俺が、自分で飲んで試してるからな」

「それなら安心だ。ミラルカたちに飲ませてあげたら……いや、あまり気持ちを鎮めすぎるのも良くないか」


 潤しの杏を炭酸水で割ったものを作り、コーディに出す。そうしている間に、ヴェルレーヌとキルシュの話は佳境にさしかかっていた。


「つまり、キルシュ様が透視した手紙は、王女との結婚は成らず、ということをベルベキア側に伝えるものだったのですね」

「はい。ベルベキアは、すでにゼビアス様の手配によって、この国に密かに攻め入る準備をしていました。我が国とベルベキアの国境は、南側の平野部には砦と城壁が設けられ、侵入への備えがされています。しかし、北部は険しい山脈となっており、そこを自然の防壁としているため、警戒の目が行き届いていません」

「……その山脈を通る、秘密の経路をベルベキアに教え、軍を招き入れるということですか。確かにそうされれば、攻め入られたことにアルベイン側が気づいたときには、王都決戦ということになりかねませんね」


 ヴェルレーヌは魔王として戦争を経験しているため、キルシュの話を聞いて、状況の危険さをすぐに理解したようだった。


「その山脈一帯の守備を任されているのは、ヴィンスブルクト家なのです……その立場を利用し、敵と通じるなどと……」

「あまりにも、自分本位な考えですね。キルシュ様、よくこのギルドに来られました。他のギルドに相談していたら、公爵家に把握され、あなたは捕縛されていたかもしれません」

「……はい。私の部下は、盗賊たちの一部を逃がしたことを黙っていますが、それもいつまで続くかどうか……ゼビアス様は、部下の失敗に大変厳しい方です。ことが露見すれば、私は放逐されるか、もしくは……」


 気丈に話していたキルシュが言葉に詰まる。無理もない、命の危険を感じてここに助けを求めてきたのだから。


「自分の身可愛さに、仕えた家を裏切るなどと、してはならないことだと分かっています。しかし……」

「ゼビアス卿の企みが成ってしまえば、王都の民に被害が及びます。あなたの決意は尊いものです。それを密告だと後ろ指を差すような者を、『銀の水瓶亭』は決して許しはしません」


 キルシュがヴェルレーヌの正体を知ったら、その正義感に満ちた発言をどう思うだろう――元魔王であるからこそ、家臣が王を裏切るという行為に義憤を覚えているのか。


 しかし『銀の水瓶亭』を正義の集団みたいに言われてしまうと、若干身体がかゆくなる。コーディはそんな俺を見て笑っていた。


 ヴェルレーヌはいったんキルシュを待たせて、俺たちのいる厨房にやってくる。俺が頷いてみせると、ヴェルレーヌは嬉しそうに笑い、再び表に出て行った。


 この依頼を受けるか否か――そんなことは、迷うべきですらない。

 貿易でやってくるくらいならさしたる問題でもないが、土足で王都の近くまでやってこられるとなると、話は別だ。


 俺はただ、穏やかに暮らしたいだけだ。毎日酒を飲んで、それなりに仕事をして、仲間たちとたわいのないことを話して笑う、それだけでいい。


 そのために何をすればいいか?


 決まっている、これまで通りだ。コーディの言う通りに、危機を未然に防ぐ――もしくは、目立つことに問題のない立場の誰かに目立ってもらい、俺は暗躍する。 


「……やっと僕の力を頼りにしてくれる気になったのかい?」

「ああ。『仮面の救い手』にはまだ入れられないが、魂だけは分けてやる。明日、また店に来てくれ」

「約束したよ。それと分かれば、あとは君に任せることにしよう。僕は難しい話が苦手なんだ」


 コーディはこういうやつでもある――悪い奴を倒すということにかけては、熱意は人並み外れているが、その裏にある事情だとかを考えるのは苦手だ。簡潔明瞭でないと嫌がる、そういうところがある。


 裏口からコーディを送り出したあと、俺は最後まで話を聞き届ける。ヴェルレーヌは契約書を出し、キルシュと報酬の交渉をしているところだった。


「依頼内容を考えると、個人で報酬をご用意されるのは難しい規模だということになりますが……それについては、依頼達成の後に、本ギルドにもたらされる利益などを算定することにいたしましょう。このギルドが存在するのは、アルベイン王国からギルドとして認可されているからです。その認可を継続いただくという意味でも、報酬としての意味合いは大きいでしょう」

「し、しかし……本来ならば、ギルド一つが背負うべき問題ではなく、それこそ国家全体の……」

「当ギルドの依頼達成率は、依頼者様のお気持ちに添えない特殊な場合を除いて、例外なく十割です。それは依頼の規模に比例せずに同じであり続けます。ご信用にあたるだけの実績を、形としてお見せできないことが残念ですが、あえて断定いたしましょう。この依頼を達成できるのは、私どもだけです。そして、依頼を受けるだけの十分な理由がある。契約を結ぶには、その条件が揃っていれば十分かと存じます」


 ヴェルレーヌの言葉に、キルシュはただ聞き入っていた。

 本当に俺たちのギルドが、依頼を達成できるのか――達成できるギルドなどあるのか。そう思うことは当然で、藁にもすがる思いでここに辿りついても、確信など持てはしないだろう。


 それならば、結果を見せてやるだけだ。


 キルシュが抱えてきた問題を、問題として表出する前に、影ながら解決してやる。これまでそうしてきたのと同じように。


 依頼の内容を話すうちに再びキルシュは緊張し、張りつめた空気が続いていた……しかし。


「……私にできる限りのことで、あなたがたに報いたい。何度生まれ変わって人生を捧げても、報酬として見合わないことは分かっています」

「命はそれほど価値の低いものではありません。何よりも尊いとは申しませんが。私から個人的に報酬をお支払いいただくとすれば、キルシュ様がその選択に誇りを持つこと、それで報酬に足りると言えましょう」

「っ……く……うぅぅっ……」


 何を立派なことを言っているんだ、と思いはするが、正直を言って、器の大きさを見せつけられた気分だった。


 俺はヴェルレーヌほど上手いことは言えないだろう。だからこそ店主役を任せているわけだが――あれほどの風格を見せられたら、どっちがギルドマスターだか分からなくなりそうだ。


 キルシュはしばらく泣いていたが、ヴェルレーヌの差し出したハンカチで涙を拭うと顔を上げた。


 厨房から見た彼女の顔は晴れやかだった。まだ依頼を受けるか否かという段階だが、そんなことは関係ない、泣いたことで抱えていたものが楽になったのだろう。


「……どうか、お願いします。この国を救い、ヴィンスブルクト家の暴走を止めてください」

「かしこまりました、お客様」


 キルシュが契約書にサインをする。これで『銀の水瓶亭』は、明日から動き始められる。


 彼女の話から浮かび上がった、いくつもの問題。俺はそれに順序をつけ、解決していくことにした。


 ヴィンスブルクトが知っている、国境を越える秘密の経路。まずは、その穴を塞ぐ――そうして、ベルベキアが何の苦労もなく侵入してくるという事態を防ぎ、敵の手を遅らせる。


 同時にするべきことは、ゼビアスとジャンの親子の企みが、キルシュの把握しているものですべてなのかを調べることだ。


 ギルド員では少し荷が重い仕事もある。やはり、彼女たちに頼らなければならないようだ。


 最後の最後には、俺が動く必要もあるかもしれないが。基本的には、この酒場から動くことなく、全てを終わらせたいものだ――そんなことを考えながら、俺は契約を終えたキルシュが裏口から出ていくのを、物陰から気配を消して見送った。


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[一言] こんな言い方もなんだが、お前は間違いなく最後の駒なんだよ。簡単に動かすべきじゃない ↑ ちょいちょい切るようでは 切り札じゃないですからねぇ
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