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第21話 騎士団長の憂鬱と公爵家の企み

 ベアトリスと契約することで、俺は旧シュトーレン家の屋敷を手に入れることができたが、不動産屋は俺が退去すると言い出さないので、表面上は「気に入っていただけたようで何より」と言っていた。


 本音を言えば、死霊騒ぎで退去が続いた方が稼げると思っていたのだろうが、いずれは退去した人々の怒りの矛先が不動産屋に向くというリスクも、想定してはいたのだろう。


 あの屋敷は保養施設として、ギルド員が予約して利用できるようにした。もちろん俺がもてなすわけではなく、屋敷を管理する人間を雇ってある。ベアトリスは実体化していれば、魔族の瞳さえ見せなければ人間と見分けがつかない――そんなわけで、今彼女は、金色の目だけを覆う形の仮面をつけている。


 俺が目立ちたくないばかりに、銀の水瓶亭の関係者のあいだで仮面が大流行してしまった。あのミラルカも、友達付き合いはいいほうで、ユマが鎮魂のために王都を出るとき一緒に『仮面の救い手』をやることになったとアイリーンから聞かされたとき、俺は思わず酒を吹き出しそうになった。そのあと訪問したミラルカに、「初めに仮面をつけたあなたに言われたくないわね」と釘を刺されたのは言うまでもない。


 ◆◇◆


 『仮面の救い手』がデビューしたあと、その噂は徐々に広がりつつあった。なにせ、仮面をつけているが雰囲気だけで美女だとわかる三人組なのである。その姿を見た男性たちは、彼女たちが魔王討伐隊だとはつゆ知らず、口々に美人に違いない、そして声からして若い、いや妙齢の美女だ、妙齢ってどれくらいの歳だ、と議論をあさっての方向に白熱させていた。うちの酒場に来る客ですら話題にするほどだ。


「まったく……どうして僕にも声をかけてくれないのかな。人々を救う仕事をしているのに、僕だけ仲間外れにするというのは意地が悪いよ」


 騎士団の情報網を通して、ユマたちの活躍はコーディの耳にもあっさり入り、彼は小柄な僧侶、金髪の魔法使い、スタイル抜群の武闘家というだけで、仮面の救い手のメンバーをかつての仲間たちだと断定していた。


「僕たちは魔王討伐隊の仲間だ。僕は今もそうだと思って、こうして酒場に顔を出しているのに。ディック、聞いてるのかい? 僕はまじめにクレームをつけているんだよ」

「ああ、聞いてるよ……というか俺はただの酔っ払いだ。大きい声で名前を呼ぶなよ」

「っ……そうだった、ごめん。つい、カッとなってしまってね。でも反省はしていないよ」


 コーディは良くも悪くも、馬鹿正直で真面目を絵に描いたような性格だ。しかし直情的でもあり、こうやって騎士団の仕事が終わったあと、真っ先にやってくるくらいには、我慢のできない性格でもある。


 気持ちは分からないでもない――コーディには、分かっているのだろう。魔王討伐の過程でいつもそうだったように、俺も彼女たちの活躍の陰にいることを。


 俺は遠くからハラハラと親のような気持ちで見守っていたが、ミラルカは殲滅魔法で地形を変えたりはしなかったし、アイリーンは鬼神化して人々に恐れられるようなこともなく、見事に正義の味方をやってのけた。ユマは事前にちゃんと準備をして、村の僧侶の力が及ばない死霊のみを限定的に浄化するだけにとどめた。


 彼女たちの仕事は完ぺきすぎて、初回は何もすることがなかった。

 それでも見ているだけで楽しかったというのは、否めないところだろう。彼女たちの戦いには、相手のレベルを問わず華があるのだ――手加減しても無駄がなく、美しい。とても面と向かっては言えないことではあるが。


「コーディは光剣を使うと一発でばれるからな。唯一無二の戦い方だから」

「普通の剣を使って参加するのはだめなのかい? 僕が忙しいといっても、時間は作ろうと思えば作れるものだよ」

「わかった、本当におまえの力が必要なときは遠慮なく頼らせてもらうよ。だからそんながぶ飲みするなって」

「……まあ、君がそういうのなら、僕は必要な時のために待機しておくよ。ディ……いや、君は、そういうことに関しては律儀だから、信用できる」

「おまえの力が必要になったら、わりと国のピンチっていう状況だけどな」

「ははは……僕の立場上、そんな事態になることを望むべきじゃないんだろうね」


 今日のコーディはエールを頼まず、最初からきつめの酒を頼んでいた。十年ものの、熟成して味がまろやかになったラム酒を氷で割って飲んでいる。その氷は王都の北方にある『氷の洞窟』と呼ばれる場所で取れる『極純氷塊』から削り出したもので、濾過された地下水が時間をかけて凍結してできる。飲むだけで氷の耐性がつくというおまけつきだ。


「……不躾な質問をいたしますが、お客様は類まれな容姿をされていますし、女性にはとても人気があるはず。貴族の女性たちも、夜会に出席されるのを今か今かと待ち望んでおられるはずです。なぜ、こちらの酒場に足しげく通われるのですか?」


 ヴェルレーヌはずっと気になっていたらしく、ここぞとばかりにコーディに尋ねる。

 コーディはブラウンの瞳で、グラスの中に入った氷がカラン、と音を立てるところを見つめていたが、ふっと笑って答えた。


「僕は友達が少ないから、こうやって昔の友人に会いに来るくらいしか、肩の力を抜く方法がないんだ」

「騎士団……いえ、職場では、たいへん同僚と部下から慕われているとうかがっておりますが」

「僕を同僚というか、対等の立場で見てくれる人は、職場にはいないんだ。僕が人と違う方法で、今の地位を手に入れてしまったからね。部下は僕を人間としてじゃなく、冗談を抜きにして神様みたいに見ているものだから、なかなか人間の姿は見せられないんだ」

「……おまえも色々大変なんだな。まあ、飲めよ。帰る時には酒は抜いてやる」

「いや、多少は酔いを残しておかないと、今日は寝られなさそうだからね。それに、酒を分解するところに触れる必要があるんだろう?」


 酒は肝臓で代謝されるので、そこに触れる必要がある。医療的な行為のうえに、男同士なら何ら問題ないと思うのだが――考えてみれば、コーディは腹などの、服を脱ぐ必要がある部分に怪我をしたことがないので、回復魔法をそういった部位にかけたことはなかった。


 男同士でも身体を見られたくないという主義の人物は時々いるので、コーディもそのうちの一人ということだろう。一緒に風呂に入らないからといって、付き合いの悪い奴だと思うこともない。


「なぜ、そこまで遠慮されるのですか? 二日酔いを避けるには、そちらのお客様の魔法はうってつけですが……」

「明日の朝まで響かないくらいの酒量は心得ているよ。あと一杯くらいが限度だけどね」


 コーディは爽やかに笑うと、ラムを飲み干し、同じものをもう一度頼んだ。確かに俺は、コーディが悪酔いしたところを見たことがないので、彼の酒量調節には間違いがないといえる。


 この一杯に付き合ったら、もう閉店の時間も近い。

 そこで俺もラストオーダーを頼もうとしたところで、ドアベルが鳴り、外套を羽織った客が入ってくる。


 閉店までの時間を惜しむような客席の喧騒の中で、俺とヴェルレーヌのスイッチが切り替わる。入ってきた客は、水曜日に対応した、藍色の外套を羽織っていたからだ。


 眼力の強い、いかにも気の強そうな女性――彼女はカウンターに歩いてくるなり、ヴェルレーヌを睨みつけるようにして言う。


「……『ミルク』を出せ。なければ『この店でしか飲めない、おすすめの』……」

「お客様、恐れ入りますがこちらは紳士と淑女の社交場でございます」

「……客に注文をつけるのか、このギルドは……『ミルク』が欲しい。そうでなければ、『この店でしか飲めない、おすすめのお酒』を頼む」


 いらいらとしている――いや、ひどく焦燥している。相当の美人であるのに、その剣呑な態度で印象を悪くしてしまっている。勿体ないと思うが、今はそれを気にするところではない。


 この客が持ち込む依頼は、おそらくただ事ではない。

 これは俺の経験上の勘だが、今までギルドで請け負った中でも、とびきり際物の依頼となりそうな気がした。


「かしこまりました、『当店特製でブレンド』いたしますか?」

「そうしてくれ。『私だけのオリジナル』で……これでいいのか?」

「ええ。貴女は当ギルドにとって、大切な客人であると認められました」


 女性はフードを外すと、コーディの二つ隣の席に座る。その横顔を見て、コーディは何かに気づいたようだった。


 彼女に聞こえないように、コーディはラム酒のグラスを置いていたコースターを手に取ると、グラスについた水滴を使って文字を描く。王国最強の剣士としては細い指が、『彼女は貴族の従者だ』と記していた。


「このギルドは、どのような仕事も受けると聞いた。無理だとは思うが、それを承知で頼みたい……私の力では、どうなることでもない。こんなことがあっていいわけが……」

「まあ、落ち着けよ。ずいぶん焦ってる様子だが」


 俺は早い段階で、客に声をかける――そして、ヴェルレーヌに目だけでコンタクトし、オーダーを指示した。

 コーディが空気を読んで、カウンターから少し体を離す。


 オーダーしたドリンクを、俺はコースターの上にグラスを乗せたままで、依頼者の前に滑らせた。


「……何のつもりだ?」

「この店に初めて来た記念だ。常連としておごらせてくれ」

「フン……酔っ払い風情が。若い身空で遅くまで酒とは、嘆かわしいことだな」

「お客様、こちらがラストオーダーでございます。閉店時間のあともお話を続けられるのであれば、お飲み物を召し上がっていただかなければ、こちらとしても心苦しいのですが……」


 今回の客は見知らぬ他人の施しなど受けん、と言いかねない雰囲気だったが、俺に向けて鋭い視線を送ったあと、ふう、と肩をすくめた。どうも彼女は、芝居がかった振る舞いがくせになっているようだ。


 まあ俺としては多少性格に難があろうと問題ない――話を聞く間だけ、落ち着いてくれればいいのだから。


「この、黄色いものは……あんずか。こんな裏通りの店に、新鮮な果実が置いてあるとはな」


 今回彼女に提供したブレンドは、精神を落ち着ける作用を持つものを組み合わせたものだ。

 まず一つ目は、『潤しの杏』と呼ばれる、アルベイン東部湿地に暮らす少数部族の中で、気の立っている女性が口にすると三日は興奮が鎮められ、慈母のごとく優しくなると言われている果実――貴重だが、こういう場面でこそ使うべきものだ。その果実を漬けた酒も、成分が浸出して高い効能を持つ。


 それを、純度100%の『乙女椰子オトメヤシ』のジュースと均等に混ぜる。するとどうなるか――それは、彼女が口にしてみてのお楽しみだ。


「……ん……思ったより酸味がとげとげしくない。それに、喉にするりと流れ落ちて、全身にしみこむような、この感じは……」

「ご気分はいかがですか?」


 ヴェルレーヌの問いに彼女は答えず、しばらくグラスを見つめたあと、恥じらうように頬を染めつつも、きゅぅぅ、と残りを飲み干してしまった。


 そしてしばらくすると、きつくつりあがっていた彼女の瞳が、次第に穏やかになっていく。即効性があることは、これまでも何度か確かめてあった。


「……たびたびの無礼な発言を、全て撤回させてください。あなた方のギルドに、どうか話を聞いてもらいたい……大きなギルドであれば解決できる問題ではない。このまま見過ごしても、何かを間違えても、この国は危機に陥ります」


 急に口調が丁寧になった彼女を見て、コーディは目を見張る。そして俺の方を見てくるが、俺は知らぬふりをしてエールをぐびりとやる。


「どうか、ある人物の企みを、阻止していただけませんか。この国を救うために、あなた方の力をお借りしたいのです」

「……その、ある人物とは? 口に出すことが難しいのであれば……」


 依頼者の女性はヴェルレーヌの出したオーダーシートに、羽ペンである名前を書き記し、そしてヴェルレーヌだけに見せた。


 それを見たヴェルレーヌが、周りに悟られぬよう、かすかに唇を動かす。しかし俺には、その微細な動きを正確に読み取ることができる。


 その人物の名は、『ゼビアス・ヴィンスブルクト』。


 第一王女マナリナとの決闘に破れ、婚約を破棄されたジャン・ヴィンスブルクト――その父にあたる人物。その家名を、こんな形でもう一度聞くことになるとは思っていなかった。


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[一言] コーディは腹などの、服を脱ぐ必要がある部分に怪我をしたことがないので、回復魔法をそういった部位にかけたことはなかった。 ↑ 僕っ娘?
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