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第14話 三勇者の外泊と仮面の執事

 俺は閉店後、ミラルカとアイリーンに、彼女たちにユマを連れていってもらう屋敷について説明した。

 

 ギルドで購入した屋敷を保養施設として使おうと思うのだが、使い心地をリサーチしてほしい――そんなふうに頼んでみたのだが。


「その屋敷に何かあるということでしょう? ユマを連れていくってことは……」

「あ、分かっちゃった。もしかして、おばけが出るとか?」

「二人はやはり勘が鋭いな。ご主人様、どうやら説明を省くことは難しそうだぞ」


 店が終わるとヴェルレーヌが魔王口調に戻るが、ミラルカとアイリーンは慣れたものだった。ヴェルレーヌの正体を知っているし、もともとの性格がメイドに収まるものでないとも分かっているだろう。


「事情は分かったけれど……ディック、あなたが事前に泊まってくればいいじゃない」

「それだと意味がないんだ。ユマが体調を崩してる理由を、解消してやらないと」

「え、なになに? ユマちゃんがそこで外泊すると、どうして元気になるの?」

「ユマといえば、鎮魂したいが口癖みたいなものだったから、そういうことでしょうね。つまりその屋敷には、何かろくでもないいわれがあるということよ」


 天才教授は俺の目論見を見事に看破してしまった。俺にユマと二人で宿泊し、あの屋敷の異常を解決しろということになってしまったら、ご両親からの依頼を受けた手前、達成時の報告がとても気まずい。


「ユマちゃんがそのお屋敷に行くと鎮魂できるの? 迷える魂が住みついてるの? わー、なんかゾクゾクしてきちゃった」

「あなたほど強くても、そういう類の話は苦手なの?」

「そういうミラルカこそ大丈夫? 悲鳴を上げて、お屋敷を吹き飛ばしちゃったりして」

「急に驚かされるのは苦手だから、それ以外でお願いしたいわね。でも、そういうものは空気を読まないって相場が決まっているから……何を笑ってるの? ディック」

「いや、そういえば魔王討伐の途中に、アンデッドの住む洞窟を通ったなと思ってさ。足元からレイスが出てきて……」

「っ……や、やめて。レイスは体に触れるとひんやりするから、嫌なのよ。あれって精気を吸っているんでしょう?」


 レイスはアンデッドの中でも中位の魔物で、霊体であるがゆえに、壁や地面を通り抜けられる。

 いきなり足元から出てこられて悲鳴を上げ、近くにいた俺に抱きついてきたということもあった。アイリーンは「冷やっこくて気持ちいい」などと言っていたので、彼女はお化けなど全く恐れていないが、ミラルカは若干苦手にしている。


 そんな彼女を友情の名のもとに幽霊屋敷に送り込むことに対し、俺も罪悪感がないわけでもない。


「ご主人様は、女性だけの外泊に同行してもいいものか葛藤しているようだな」

「ちょっ……そんな男子ってしょうがないわね、みたいな片付け方をしてくれるなよ。俺の内部で渦巻く葛藤はもっと高次なものであってだな……」

「でもディックがいないと、私たちだけじゃご飯の用意とか大変だし」

「俺は炊事係ではないんだがな……分かった、もうストレートに打ち明けるぞ。俺はユマにばれないように、ユマの抱えてる悩みを解決してやりたいんだ」

「伏せる必要がないから却下するわ。普通に私たちをもてなしなさい」


 何か当初とは別の方向に話が向かっている――俺が別荘に彼女たちを案内し、もてなすという話になっている。


「どうしてもというのなら、正体を隠してみてはどうだろうか? ご主人様ならば、魔法で声を変えるくらいのことはできるだろう」

「その手があったか。それなら、ユマに気づかれずに事を運べるな」


 明かり虫に偽装しても、ネタが割れていたら正体はバレバレだ。それならば、ユマにだけ正体を伏せていればいいのではないか。


「ねえねえ、どうしてバレたらだめなの? ミラルカはわかる?」

「この人はいい格好をするのが苦手なのよ。目立ちたくないというか、褒められたくない病ね」

「ご主人様の性格をどう表現していいものかと考えていたが、なかなか適切な表現だな」

「でもディックだって、褒められるとほんとはすごく喜んでるよ。そういうとこ、ちょっと可愛いよね」

「ご主人様がたまに可愛いことをすると、愛でたくて仕方がなくなるな。なかなかさせてもらえないのだが」

「っ……め、愛でるって一体何をしているの? 大の大人をあまり甘やかすのはどうなのかしら」


 閉店後なのでそろそろ帰らないかと言うこともできず、俺は三人の話を横で聞いて拷問のような気分を味わいながら、とりあえず酒に逃げるのだった。元から酔わないほうだが、ますます酒が回らないのが困りものだ。


 ◆◇◆


 数日後、ユマが休みを取ることを承諾したので、ミラルカとアイリーンに誘いに行ってもらった。


 俺はと言えば、ユマたちが泊まりに来る日の朝からギルド員と共に例の屋敷に入り、客を迎える準備をしていたのだが――その時からすでに、この屋敷の異常に気がついていた。


「マスター、この屋敷、数週間は放置されてたんですよね。それにしては手入れが行き届いてるんですが、不動産屋が清掃人を入れたんですかね?」


 若い男性のギルド員が異変に気付いて声をかけてくる。今日は男一人、女二人に手伝いに来てもらったが、思ったよりも屋敷が綺麗で、特にすることがなかった。


「清掃人とか、そんな話は聞いてないな。不動産屋も、ここには近づきたがらないし」

「そんないわくつきの屋敷を転がして金儲けしてるってのも、何か引っかかりますが……もしかして、この屋敷に何か仕込んでるんじゃ……?」

「そうと決まったわけじゃない。それにしても死霊が出るって話なのに、遭遇する気配もないな」


 俺は食堂とキッチンの様子を調べたが、何も異常がない。材料庫には、まだ使えそうな食材がそのまま残されていた――俺にも食材の目利きができるので鑑定してみたが、何の変哲もない、保存状態も良好な上質な食材が揃っていた。前に住んでいた貴族が残していったものなら、そのまま食べる気がしないが。


「昼でも死霊は出ますけど、夜の方が出てくる頻度は多いですからね。あ、マスター、お部屋の点検終わりました!」

「ああ、ご苦労だった。あまりやることがないのに呼んですまなかったな、それぞれの仕事に戻ってくれ」

「いえ、久しぶりにマスターと話せて嬉しかったです! ありがとうございました!」

「「「ありがとうございました!」」」

 

 若いといっても俺と同年代なのだが、スカウトして雇ったギルド員はみな俺の指導を経ているので、未だに俺に会うと指導していた当時の空気が戻ってくる。


 ――というか、火竜討伐で訓練したBランク冒険者三人というのが彼らなのだが。今では立派にAランクとなり、それぞれ独立したりパーティを組んだりしながら、うちのギルドで依頼をこなしている。


 ギルド員が依頼をこなすことによる収入だけで十分な収益が出ているのだが、景気は常に変動するものなので、報酬は価値の変動しにくい宝石に交換して貯めてある。もし景気が悪くなり、仕事が激減するようなら、そこからギルド員の給料を支払うつもりである。俺の読みでは、あと10年はこの国の経済は安定しているので、戦争でも起こらない限りは大丈夫だろう。



 そしてその日の夕方、ミラルカとアイリーンがユマを連れて屋敷にやってきた。

 俺は別荘を管理する執事を装うべく、日頃は着ない正装をして待っていた。そして、屋敷の玄関の前で、三人を出迎えたのだが――。


「……その仮面はなに? ふざけてるの?」

「いえ、わけあって素顔を見せられないのです。ミラルカお嬢様、どうぞお気遣いなく」


 顔を隠すために俺が選んだ方法とは、仮面で目元を隠すことであった。貴族のあいだで家来にファッションとして仮面を着けさせるという趣向が流行ったことがあるので、そこまで俺の行動は奇異ではないはずだ。


「うわ、かっこいい。ディ……じゃなくて、執事さん、今日はよろしくお願いね。美味しいお酒、準備しておいてくれた?」

「はい、お酒も用意しておりますし、お酒が駄目な方でも楽しんでいただける飲み物を用意しております」

「それは良かったです、私は教義に従わなければなりませんので、お酒はお料理の味付け程度でしか身体に入れられないのです」


 ミラルカとアイリーンもそうだが、ユマは司教の服ではなく私服姿だ。魔王討伐の旅の途中も寝るとき以外は僧侶服を着ていたので、新鮮な印象を受ける。


 そして仮面の効果で、俺の声は年季の入った執事らしさを醸し出している。まずユマにばれないかどうかだが――。


「あなたがこちらを管理されている方ですね。今日はよろしくお願いいたします」

「はい、セバス=ディアンと申します」

「セバス=ディアンさんですね。私はユフィール・マナフローゼと申します」


 アイリーンは何か言いたそうな顔だが、知らぬふりをしてくれている。ミラルカの視線が刺さるようだが、もう名乗ってしまったのだから、押し通すしかあるまい。仮面の執事として。


「今回はミラルカ様からご予約いただき、ありがとうございます」

「ええ、今日はよろしくお願いね。ユフィール、彼はおもてなしのスペシャリストだから、どんなことを申しつけても大丈夫よ」

「えっ、いいの? じゃああたし、後で肩と足を揉んでもらおうかな。人にやってもらうのって恥ずかしいけど、こういうときは開き直ってリフレッシュしたいよね~」


 アイリーンは特に裏表なく言っているのだろうが、俺も仮面執事とはいえ、中身は何の変哲もない男子である。二人きりでお客様の疲れをほぐすなどと、そんな役得を甘んじて受けていいものか。


「……アイリーンがしてもらえるのなら、私もしてもらおうかしら。変なところを触るなんてことはありえないものね、あなたほど優秀な執事なら」

「はい、お嬢様方がご不快になるようなことは決していたしません。アルベインの神に誓わせていただきます」

「私がアルベイン神教の人間ということをご存じなのですね。神はいつでも、アルベインの民を優しく見守っておられます」


 ユマは胸に手を当てる。それは、祈る時の仕草だ。

 この簡易な祈りですら、邪気を払う効果を発生させる。俺は周囲の空気が、若干軽くなったように感じていた。やはり、この屋敷には何かある。


「……お鎮めする魂の気配……邪気の残滓……ほんの少しだけ感じますが……いえ……」

「ユマ、どうしたの? 何か気になることでもあったら、教えてもらえるとありがたいのだけど」


 ミラルカがユマのつぶやきに反応する。俺も気になるが、ユマはふわりと笑って答えた。


「いえ、何でもありません。よくあることなのですが、こちらのお屋敷には無害な魂だけを感じます。そういった魂は、お鎮めして天界にお送りしなくともよいことになっていますから」


 ――さすがだ。俺は何の気配も感じられなかったのに。


 しかし無害な魂では鎮魂の対象でないとなると、ユマの体調を回復することができなくなってしまう。


 だが、諦めるには早いだろう。さっきユマは確かに『邪気の残滓』と呟いた。この屋敷には、無害な魂がいるだけでなく、まだ何かがあるということだ。


「それではまず、お部屋にご案内させていただきます。夕食の準備ができるまで、ごゆるりとおくつろぎください」


 俺は恭しく一礼し、屋敷の扉を開けた。中に入った三人は、玄関ホールの広さに声を上げる。


「わー、おっきいお屋敷……私の一族だと、大きい家っていうと、もともとあった洞窟とかなんだよね」

「鬼族はそうだというわね。私の家と比べても、一回りは大きいかしら……」

「私は屋根裏が好きなのですが、屋根裏部屋をお借りすることはできますか?」


 ユマは屋根裏や地下など、霊が住み着きやすいところに好んで行きたがる。俺も事前に調査して何もなかったが、ユマなら何かを感じ取るのだろうか。


「屋根裏にもお部屋はございますが、本日はお三方ともに、同じ部屋をご用意しております」

「そうですか……では、あとでお屋敷の中を見て回っても良いでしょうか?」

「ええ、どうぞご自由にご覧ください。美術品のある部屋もございます」


 屋敷の二階にある部屋のうち、二つは美術品を飾るための部屋だった。それすらも置いていってしまったわけだから、前の住人がいかに慌てていたかがよくわかる。


「ユマ、この屋敷に来て少し元気が出たようだけど、あまり無理はしないようにね」

「はい。ご心配ありがとうございます、ミラルカさん」

「まずはセバスさんに『おもてなし』してもらおうよ。せっかくのお休みなんだし。あと、後でみんなで一緒にお風呂に入らない?」

「っ……わ、私は……皆さんと比べると、その……」

「気にすることはないわ、ユマはまだ14歳だもの。私も14歳のときは……」


 二年前のミラルカは確かに成長途上で、今のユマと比べても遜色ないくらいだった。 

 しかし成長期には個人差があるので、それほど気にしなくてもいいと思う。


「……あなたがいるのを忘れていたわ。セバス、今のは聞かなかったことにしなさい」

「重々承知しております、お嬢様方」

「ユマちゃん、そういうことは気にしないで一緒に入ろうよ。久しぶりにゆっくりしよ?」

「は、はい……では、そうさせていただきます」


 三人で一緒に風呂に入るのか。この家の浴室は広いし、何も問題はない。そして俺はただの執事である。一つ屋根の下で彼女たちが風呂に入っていようと、心を動かすことはない。


 そう、俺に求められているのは究極の接待、奉仕の精神のみである。


 俺は二階の客室に三人を案内すると、ディナーの準備をするために部屋を辞する――はずだったのだが。


「セバス、どこに行くの? アイリーンに言われていたことをもう忘れたのかしら」

「っ……い、いえ、忘れてなどおりません。大変失礼いたしました」


 客室は寝室と談話室に分かれており、談話室にはテーブルと椅子が置かれている。俺はミラルカとアイリーンに一番摘みの『リプルリーフの葉』で入れたお茶を、嗜好品の類を禁じられているユマには、両親に出したものと同じ聖域梨の清水割りを出した。


「じゃあ……セバスさん、お願いしちゃおっかな」


 アイリーンは腕を回してから、座ったままで肩を空ける。ここから始めてくれということらしい。

 そういえば魔王討伐中も、彼女たちでも疲労が溜まることはあったので、宿屋で揉んでやったことがあった。もしかしてその時のことを覚えているのでは、と思いつつ、両肩に手を置き、ぐっと押しこむ。


「んっ……」

「……アイリーン、声が出てるわよ」

「えっ? あ、そ、そっか……だってディ……セバスさんが……んぁっ……」


 いつ『ディック』と口走ってもおかしくないのでヒヤヒヤさせられる――こうなったら仕方ない、俺の全身全霊を込めて癒しの時間を味わってもらい、夕食の時間までぐっすり休んでもらうしかない。


「お客様、大変恐縮ですが、うつぶせに寝ていただけると施術がしやすいのですが……」

「……う、うん、わかった。じゃあ、飲み物は置いといて、順番にしてもらおっか」

「ま、まあ……セバスは執事だから、変なことはしないでしょうし……」

「はい、決してそのようなことはいたしません。アルベインの神に誓わせていただきます」


 ミラルカは『変なことをしない』を強調するが、そのほうが意識してしまうのは男のサガだろうか。

 絶対何もしないから、と言いつつ、王国最強の女武闘家を寝室に招き入れる俺。しかも仮面をつけているなどと、怪しいことこの上ないのだが。


「……わ、私は……神にお仕えする身なので、男性の方に触れていただくのはその、だめなのでっ……こ、心に決めた方しか……」

「ユマちゃん、それは大丈夫。だって、セバスさんは……」

「アイリーン、いいから先に行ってきて。夕食の準備もあるから、あまり時間をとらせられないわ」


 では今すぐに夕食の準備に戻りたいのですが、と言いたいところをぐっとこらえて、俺は場所をベッドルームに移し、うつぶせに寝そべったアイリーンを前にして覚悟を決める。


 夜に死霊が出るとしたら、今身体を休めておいてもらって悪いことはない。三人ともを眠りの世界にいざなうべく、俺は無心となり、ひととき癒しの施術師と化した。


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