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媚薬の行方

それは、ある日の午後のことだった。


「はぁ、媚薬・・・」


 金髪碧眼の18歳になった青年、黒竜隊副隊長ケインは、その日摘発した違法商人の言葉を興味なさそうに返した。


 王の御膝元のこのセレイルの町にもやはり悪は蔓延(はびこ)るもので、今回の摘発に至るまでにはかなり時間がかかり、珍しく黒竜隊が出動する事態にまでなったのだ。

 

 だが、捕えてみれば、怪しい商売で稼いでいた男はこれと言った特徴のない実に小心者の小物だった。とはいえ、その小心者の性格が守備隊や警邏隊と言った町の治安を預かる者の目をかいくぐり、騎士団を呼び寄せたのだからある意味すごいと言えよう。


「そうさ~、おれっちの所の媚薬はそれは協力で、竜混じりの方にも効くって…おぉっと失礼」


 『竜混じり』というのは、竜の血の入った者達の蔑称(べっしょう)だ。

 気が付けば、仲間が剣を抜き放ち、商人の首筋に剣をあてがっていた。


「そう言うことは気にしても仕方ないと隊長が言ってただろう?」


 やれやれと息を吐きながら、ケインは仲間を諌め、剣を引かせる。

 

「強すぎる薬ってそれのことだね。成分を調べよう」


 実を言うと、その薬が原因で中毒症状が出ている者達がいるのである。まぁ、常用者に限ってなのだが、その数も日に日に増えていたため、さすがに見過ごせなくなっての騎士団の投入だった。


「早めに片付いてよかったよ」


 商人は縛り上げ、薬は回収。そのうちの一本は成分を調べるためにケインが預かった。


「じゃあ後はさらなる密売ルートがないか割り出しと、あれ? 隊長はどこ行った?」


 今日は暇だからと確かについてきていた黒竜隊隊長ヴァンの姿がない。

 黒髪に青い瞳の背の高い男は、彼自身が気を抜いていると意外と目立つ男なので、よほど注意して気配を消されていれば別だが、すぐに見つけられるはずなのである。本来なら…


「まさか…」


 嫌な予感がしてズボンのポケットに媚薬を放り込み、仲間達に尋ねると、誰も見ていないと言う。


「ということは…」


 あの人が部下にも気配を悟らせずに消えるときは決まっている。

 

 一つは重大事の時。


 一つは任務遂行の最中。


 一つはあるものを拾った時だ。


 現在急ぐような任務は無く、また、伝令もなければ現在国内外で変事が起きそうな動きもない。

 

 ということは…



________________



「また子猫を拾いましたねー!」


 ばんっ!と執務室の扉を開けば、黒髪に青い瞳の騎士団の中では最年長、45歳の渋い男、黒竜隊隊長ヴァンが、ちょうど子猫にエサを与えていたところだった。


 ケインの動きに子猫は驚いて毛を逆立たせ、唸っている。


「騒がしい。少し静かにしないか、子猫が逃げる」


「この隊舎を猫隊舎にしては駄目ですと何度言ったらわかるんですかー!」


 もうすでに何匹もの猫が住んでいるのにとさめざめ訴えると、執務机の上にいた猫がびょいんっと跳ねて驚き、そのまま一目散にドアの外へと走り出していった。


「あ…」


 ドアを開けっ放しにしていたことに気が付き、振り向けば、ヴァンの表情は変わらず無表情なのに、彼の背負うオーラは非情にどす黒く染まっていた。

 

 言外に、探して来いと言っている。


「う…ハイ」


 結局上司に逆らえずにとぼとぼと庭に出ることになった。





「おいで~ 怖くないですよ~」


 庭に出てすぐ、木に取りすがり、ぱたぱたと翼を動かす白い物体を見てケインは目を輝かせた。


「リ…リーリアさん!」


 小さな子竜は呼ばれて振り返り、パッと表情を明るくする。


「ケイン君! ちょうどいいところに! あのこにゃんこを助けてほしいのです。とっても脅えていて降りられないのです」


 ナイス子猫! である。


「任せてくださいっ」


 いい男振りを見せようと張り切って木に登り、子猫に手を伸ばすが、もともと怖がらせたのはケインである。子猫も警戒してずっと唸っている。

 

 このままでは手が出せないので、上着でくるんでしまおうかと考えて上着を脱ぎつつ、ふと小瓶のことを思い出し、ポケットから取り出して蓋を開けてみた。

 

 臭いで大人しくなってくれたりしない…よなぁ。


 媚薬効果は無かったが、もともとお腹を空かせた子猫だったので、びくつきながらも匂いをかごうと寄ってくる。


「リア?何の騒ぎ…」


 木の下に丁度ウィルシスが現れ驚いたが、しかし、絶好のチャンスは逃せず、ケインはとりあえず子猫を上着でくるんで捕まえた。


 ただし・・・・


「・・・・・これは何かな?」


 真下にいたウィルシスは媚薬を被ってしまっていた…。


「うわぁ~!! 総隊長! すぐお風呂に入ってください! 今のは町で流行の例のモノなんです!」


 くんと匂いをかぐウィルシスは合点がいったように「あぁ」と頷く。


「そういうモノはほとんど効かないから心配ない」


 そういえばこの人には毒物や魔法に耐性の強い古竜の血が流れていたのだったと感じてほっと息をつく。

 だが…


「で、なぜそんなものを持ってリアの傍にいたのかな?」


「う・・・え?・・・いや、その、それは誤解で」


 思わずぽとりと子猫をくるんだ上着を落とし、じりっと迫られてケインは悲鳴をあげながら逃げ出した。


「にゃんこはヴァンさんに届ければいいですかね?」


 リーリアは走り去った彼等の後姿を見ながら執務室へと足を向け、ケインがどうしたかをヴァンに話したのだった。






 さすがに今回は任務上の失敗だったのでウィルシスのみならず、のちにリーリアから顛末を聞かされたヴァンからもしごかれ、ケインは2日間生ける屍と化した。


 そして3日目…やけに艶々したウィルシスは、にこりと微笑み


「君のおかげで可愛いリアをたくさん見られた。ありがとう」


 爆弾を投下していった。


 


 自業自得とはいえ、ケインはその後数日廃人と化し、それを見つけたセルニア国守護竜グレンに首を傾げさせていたという…。



 

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