目覚めたそこは
暖かな陽気には暑すぎる夏の日。
私は鄙くさい木の匂いを嗅いでゆっくりと目を覚ました。
私は、……。
「なぁ、鈴木、暇なんだったらさ」
あ、
聞き覚えのある声。そうだ、三時間目が終わった後の十五分休憩。空木くんはお弁当を早くに食べ終わって小腹が空いているんだった。私はと言えば、賑わいとも取れる教室の音からはみ出したまま世界を閉じて、うたた寝をしていた。
「なに? 寝ぼけてんの?」
瞬きを一つ。
空木 春陽。
まだ学生服を乱さずに着ている彼。もう一度瞬きする。『まだ』という違和感に慌てて頭を振る。夢を見ていた。彼が荒れ狂っている世界の。
「なに?」
私はまっすぐに彼を見つめ返した。いや、私はいつも誰かにまっすぐ見つめ返されて……。
「なんだよ。お前そんな目するんだ……いや、いつもなんだかさ、……暇そうだからさ……」
どんな目? 私、いつもどんな視線を貴方に投げていたっけ?
それにしても取り繕うようにして空木春陽が言葉を並べるのがなんとなくおかしかった。そうだ、私はいつも一人で休み時間を机に突っ伏して過ごしていた。今だって同じ。長すぎる休憩時間。トイレに行って、帰ってくるには十五分は長い。
暇を持て余し、教科書を読めば冷ややかな視線を感じる。漫画を読めば冷やかしの言葉が飛んでくる。小説なんて読めば、根暗の陰口をたたかれる。
何も見たくないし聞きたくない。目をつぶって、世界を閉じて、眠ったふりをする。
最初はパンを買ってこいだった。持ってきた昼ご飯が足りなくて、暇だったら買いに行ってくれないか? だった。一週間に一度程度。
それが、小遣いを忘れたに続き、めんどくさいからお前が買ってこいになった。
常に身体的な暴力を受けたかと言えばそんなことはない。私は従順で、子犬のように怯えていただけだから。おそらく、彼もそういう風な嗜好を持つ人間でもなく、ただ、誰かに従われる快感を得たかっただけなのだろう。
こんなつまらない世界に生きて、何が楽しいの?
というような。
だから、そう、認めたくないことから逃げていた。そして、やはり子犬のように差し伸べられる手をただ待っていたのだ。拾われた相手が、空木春陽だっただけ。
「暇だよ。だって、この教室に私の居場所はないみたいだし。空木くんはどうなの? 今、暇?」
彼の泳いだ視線の先にはなぜか黒板があった。
「日直さんかぁ」
夢を見ていた。これから起きる未来予定の。だけど、彼女が言った。
「あなたの言葉を聞かないような人ではなかったでしょう?」
彼は私の言葉をまだちゃんと耳に止めて聞いている。そう、彼女に話していたように、素直に告げるのだ。
「日直の仕事が終わったら、一緒に購買に行かない? まだ十五分もあって暇を持て余してた所だったから」
「お、おぅ」
ホワイトボードに書かれた化学式を消しにいく彼の背中を見つめて私はクスリと笑った。
ねぇ、ワカバ……この世界がワカバの作ったものだとしたら。あの時私が望んだことが叶えられているのだとしたら。
私、あなたのことも望んだの。あなたが守りたかった全ての人と一緒に幸せになる未来。
ねぇ、ワカバ?
どこかにいる?
いつか、会えたりするのかなぁ?
こんなこと考えるのは、やっぱり甘いのかな? でも、トーラって人を幸せにするためにあるんだよね。
私、ちゃんと少しずつ変えていくから。
きっと、ワカバの未来だって。きっと変わる。
窓の外には本格的に夏へと準備を進める、緑を深めた木々がまぶしい光を受け止めていた。
そうだ。海へ行こう。約束だからね。
結
最後までお読みくださりありがとうございました。
来週、ワカバの世界のエピローグを差し込み、完結とさせていただきます。




