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Next Crown  作者: 夢見無終(ムッシュ)
11/30

第四話 ―その2―

「破っ!」

 木の葉が舞い散る――。

「鋭やぁーっ!!」

 木の葉が裂かれる――二つ、四つ、六つ、八つ――それが三枚分。

「アシェルさん、ちょっといいですか」

「……………」

 手を止めるべきか迷ってしまって、結局剣を下ろした。

「何? まだどっか調子悪い?」

「いえ、そうではないんですけど」

 傍らで訓練をずっと見ていたフェイム。目覚めて二日目だが、すでにケロリとしていた。

「あの……いつまで此処にいるんですか?」

「マレルがアンタのことを調べているらしいから、その結果を聞いてから………って、ちゃんと説明したでしょ」

「そうですけど……」

「じゃあ何なのよ………あ」

 鞘に剣を収めると、フェイムの隣に腰を下ろした。

「大丈夫よ、もうアイツに手出しさせないし。たった三日だけど、なんか一気に力がついた気がするし」

「言霊呪法ですか? エデアさんのおかげですよね」

「その辺りはまぁアレだけど………魔術を使う感覚が身についたのは確かよね」

「食事と寝るとき以外はほとんど剣を振ってますけど、身体は大丈夫ですか?」

「はあ? 全く…なんでアンタに気遣われんのよ」

 さっきとまるきり逆だ。

(でもまあ………こうとぼけてるのは、むしろいいこと)

 この地に来て色々あったが、ようやく一安心といったところ。マレルの調べでフェイムのことが解決すればさらにいい。

(そんでもって私の仇のことを教えてくれれば最高なんだけど………さすがに無理があるか)

 大きく息を吸って空を見上げる。太陽が真上に昇ろうとしている。もう十二時前か。

「ふぅ……」

「アシェルさん……?」

「もうすぐ昼食よね。その前にお風呂に入ってくる」

 フェイムの頭をポンと叩いて、アシェルは屋内へ戻っていった。

 メイドの片割れ・レイに風呂を沸かすように頼むと、十分程度で用意してくれた。エデアにはどこか突っ張って一度もお礼らしいことを言っていないが、このマレルの従者たちにはついペコリと頭を下げてしまう。やはり、働いている人が一番偉いということだ。

「ふぅ~」

 お湯に浸かって、よく身体を揉み解す。三時間近く剣を振り続けていたわけだが、やはり言霊呪法を併用すると大きな反動がくる。

『言霊呪法とは一種の呪いです。アシェルさんが口にする言葉に意志が宿るほど、その効果は増します』

 エデアはそんなふうに解説してくれた。今まで、自分に言霊呪法の力があるらしいという程度にしか考えなかったから、特別意識したりはしなかった。これからは力を制御することも必要になる。より強い相手と不死者と戦うには………。

「ん…?」

 脱衣所のほうで気配がする……と、ガラス戸が開いた。

「え!?」

「あら」

 見覚えのあるブロンド。数日ぶりのマレルだった。

「アンタ、帰ってたの!?」

「ちょうど今ね。悪いけれど、ご一緒させていただくわよ」

「い…いいわよ、私は上がるから!」

 慌てて立ち上がって手で前を覆うと、マレルが嘲笑した。

「何をやっているのかしら。最初に会ったとき裸だったのに、今さら恥じらい?」

「う、うるさい、変態不死者!」

「失礼ね。こんな所で取って食ったりしないわよ」

 気持ち身構えるアシェルの前をふらりふらりと……どこかおぼつかない足取りで通り過ぎていくマレル。

「アンタ、大丈夫…!?」

「何が―――あっ」

 浴槽に入ろうとしたマレルは足を滑らせて、お湯の中に頭から突っ込んだ。

「ちょっ…!? 何やってんのよ!!」

「………大丈夫よ」

 浮かび上がったマレルは髪をかき上げると、大きく息を吐いた。

「早足で帰ってきて、少し疲れているだけだから」

「眠って溺れたりしないでよ……」

「フフ、それで不死者が息絶えたら傑作ね」

 軽口を叩きながらも、マレルにはどこか元気がない。見るからに脱力していて、何だか目が離せない。

 ふと―――。

だらりと四肢を投げ出すマレルの、ある一点が気になった。視線にマレルも気付く。

「何かしら、人の裸を凝視して……欲情してるの?」

「何をバカ…違うわよ! その胸の痕は……」

 左胸の豊かな膨らみに深々と、突き刺されたような小さな穴が二つ。まるで心臓まで届きそうな傷跡……。

「ああ、これはね―――」

 傷跡を撫で下ろしたマレルは、蟲惑的な瞳で意味深げに微笑み、言った。

「これは、私を殺したキスマーク」

「え? ……あ―――」

 これはエデアの牙の痕であり、つまりその時の状況というのは………

「バ、バカじゃないの!? 普通は首筋とかにするものでしょ!!?」

「ハハハ、真っ赤になっちゃって。あなたも望むならしてあげましょうか。最高の快楽よ?」

「結構!」

 さっさと退散しようと一歩踏み出した途端、ものすごい力で手を引っ張られた。気付いた時にはすでにマレルの腕の中…。

「なっ、このっ……何すんの―――」

「あなたが好き」

「へ………」

 吐息を感じるほどの距離での、甘い囁き。

 これまで何度も繰り返されてきた「好き」とは違う。ただ真っ直ぐで、純粋な告白……不覚にも、胸が鳴ってしまった。

 初めて触れ合う他人の肌は柔らかく、熱い……。

「好きって、そ、それは………不死者になれってことでしょ?」

「そうね」

「無理だって、何度も言った」

「息絶えるまで愛すると誓うから」

「何を言ってるのよ…!」

「今すぐに証明して見せてもいい」

「手出しはしない約束で――」

「そんなの、我慢できる気分じゃなくなった」

 グッと抱かれ、腰の力が抜ける。が、同時に奥歯を噛み締めた。

「アンタって………身勝手で、とても……酷いヤツよね。今ここで私に牙を突き立てようとすれば、私は――!」

「『私は』……どうするというの?」

「……言わせる気?」

「どうせ何もできるはずはない」

 マレルはアシェルをそっと、しかしあっさりと押さえ込んで寝かせ、のしかかった。

「武器も持っていない。力もまるで違う。残っているのは言霊呪法? それだって関係ない。今、口を塞いであげるから……」

「や…っ!」

 押さえられた手足は少しも動かない。吐息が重なり、マレルの薄い唇が――……

「止めてよ、その気も無いくせに――!」

 ピタリと、動きが止まる。

「………その気がない?」

「目を見ればわかる。アンタは……本気じゃない。本当は私のことなんか見ていない!」

「え……」

 拘束が緩んでいく。アシェルが振り払わなくても、マレルのほうから離れていった。

 マレルは呆然としていた。核心を突かれたからなのか。それとも、自身は本気のつもりだったのに否定されたからなのか。

 ただ、どちらにしろ―――

「ごめんなさい……」

 その一言を聞いて、アシェルはマレルの頬を平手打ちした。渇いた音が、胸の奥にしつこく余韻を残す……。

「……もうこれきりにして。次はきっと、剣を持っているから……」

 脱衣所に駆け込んだアシェルは身体を拭くのも忘れて、じっと鏡を睨む。

(あそこまでやっておいて………否定しなさいよ)

 アシェルの首にはまだ、マレルの跡が薄く残っている……。




 フルメンバーでの昼食は重苦しい雰囲気だった。アシェルは当然マレルに目を合わせられないし、フェイムも顔を上げようとしない。エデアにはようやく慣れてきたようだったが、さすがに直接痛い目に合わされたマレルは苦手か。

「どうしたの、皆して押し黙って」

 一人浮かれているのはエデアだけだ。全員が顔を合わせた事もあるのだろうが、やはりマレルが帰ってきたことが大きいのだろう。微妙な空気に気付かないほどマレルに視線を送る。当のマレルも半分無視しているような状況なのだが。

「………ごちそうさま」

 一番先に席を立ったのはマレルだった。さっきのことを気にしているのか……?

「どうもちょっと疲れているみたい。ねえアシェル、一眠りしたいのだけれど、そのくらいは待ってくれるかしら?」

 風呂場での弱った姿を見ていれば、首を横に振れない。

「わかった……」

「それじゃ、ニ時間後にここで。エデア、部屋に来て」

「え? だって眠るんじゃ―――」

「嫌…?」

 後ろから回るマレルの指がエデアの耳をなぞり、そのまま首、胸元へと滑り落ちていく。

「マ…マレルリア、何やってるの!? 貴女、今から眠るんでしょう!?」

「そうよ、今から〝寝る〟の。来て」

「えっ……マレル!」

 ぐいぐいと引っ張られるエデアが真っ赤になってこちらを振り返った。何か弁明したいのだろうが、何も言えない―――。

(だからって、こっちはもっと困るっての…!)

 唯一できるフォローといえば、そっぽを向きながら手を振って追い払うことだけだ。

「あの……お二人は一体どうされたんですか?」

 フェイムの反応は鈍い……いや、もしかしてタイミングを計っていたのかも。

「眠るまで、一緒にいて欲しいんだって」

「あの気の強そうなマレルリアさんがですか?」

「甘えん坊なんでしょ……!」

 なんだか腹が立つ。まさか焼きもちというわけではないが、自分がダメなら次エデアというようでは、あれだけ迫った言葉が全部ウソに思えてくる。

(って……何考えてんのよ。アイツは不死者。初めから信用なんてしていなかった……!)

 でも、胸の重いしこりは消えない……。




「マレルリア、離しなさい……離して!」

「はい」

 部屋の中に連れ込まれた途端、エデアはあっさり解放された。

「全く、急に何をするの! それも人前であんな……誤解されるでしょう!?」

「誤解も何も、アシェルにはキスも見せたし、それ以上のこともとっくにバレているわ。私がどこを咬まれたのかもね」

「なっ……」

 顔中が赤くなるエデアをクスリと笑って、マレルは自らをベッドに投げ込んだ。柔らかな寝床に体が沈んで気持ちいい。

「知られているから、こうして二人きりで話ができる。大事な話がね」

「…アロンのこと?」

 ようやくフリに気付いたエデアは、横たわるマレルの脇に腰を下ろした。

「サルマードという不死者に覚えは?」

「聞いたことがないわ」

「そのサルマードが、フェイムを拾った例の神父だった」

「ええっ!? そんな……それはおかしいわ。アロンは幼い頃、お父様によって『お披露目』されたから、アロンの顔を知らない不死者のほうが少ないはずよ」

 アロンが七つか八つの頃、父である王が名だたる不死者を集めて、自らの子らを紹介したのだ。それは純粋に親睦の集いではなかったのだが、不死者の実子という歴史的な出来事に他の不死者も興味をそそられたのだろう。このとき以来、アロンとエデアの存在は広く知れ渡ったのである。

「しかも問題はそれだけじゃないわ。サルマードは滅ぼされていた。やった相手はよりにもよってザクルム………しかも、こっちに剣を向けようとしている」

「ザクルム……! ついに動き出したのね」

 エデアは眉を顰める。誰に対しても人当たりのいいエデアでさえ、ザクルムは近寄りがたい。自己中心的で己の望むことに欲望を傾け、自分の欲することのためならすぐに命を賭けられる―――人間が忌むモノとして、最も不死者らしい存在なのである。

「あんな変人が王になることなんて誰も認めないだろうけど、ヤツ自身はもちろん、手下も手ごわい。正直、現状では多勢に無勢でしょうね……」

「……………」

 エデアは窓の外を眺めた。木漏れ日も緩やかで、空はよく澄み渡っている。

(この私たちの時間を、侵そうというの……)

 実感がないわけではない。これまでにも何度かちょっかいを出してきた不死者や人間はいるが、相手にならなかった。しかし今度は違う。無事では済まないかもしれない……。

「……アロンが要るわ」

「え?」

 エデアは、マレルが何のことを言ったのか一瞬わからなかった。

「この状況を打破するには、アロンに協力させるしかない。王殺しで、しかも王候補のアロンが一緒にいるとなれば、そうそう手出しはできない。ただしそうなってしまったら、アロンかエデアのどちらかが王にならないと収まりがつかなくなる」

「そうかしら?」

「そうよ」

 王になるなど考えたこともない。アロンは……やはり王になりたいのだろうか? そうでなければ、父を殺した理由がわからない。

「でも…アロンが協力してくれるかしら」

「するでしょう、エデアのためなら。アイツにとってエデアは母親みたいなものなんだから……」

「……あなたはそれでいいの?」

「………いいわ」

 マレルが苦々しく唇を噛むのが見えた。本当は嫌なのだ。マレルが国を滅ぼしたのも、エデアがアロンを育てるために付きっきりだったことが原因の一つ。国を、世界を秤にかけても、エデア一人に傾く。マレルの天秤は常にそうなのだ。

 エデアがじっと見ていると、マレルは誤魔化すように指を絡めてきた。

「アロンを味方につけるには、まずアイツの状態を何とかしないと。サルマードは何か知っていたのかもしれない……。調べたところ、おそらくサルマードは五百年以上を生きている。あれを見てアロンとわからない可能性は、ほぼゼロでしょうね」

「知っていて拾ったというの?」

「だから気になる。『アロン』だったらわかるのよ……王の候補に手を貸しておけば、後々有利に働くから。でも拾ったとき、おそらくは『フェイム』だった。あれじゃ役に立たないとわかっている。と、いうのなら――……あーダメね。推測でしかないし、本人に聞いたほうが早い。でもそうするとアシェルが割って入るわけで、でも聞かせるわけにもいかないのよねぇ……」

「どうして?」

「どうしてもなにも、不死者を憎んでいるでしょ。正体を知ったら『フェイム』を殺そうとするかもしれない」

「まさか……。アシェルさんは分別のない人ではないわ。きちんと話せば解り合える」

「そう考えているのははエデアだけでしょ。あの娘は自分の信念を曲げないわ。愛するよりも深く不死者を憎む………」

 マレルの表情に影が落ちたのがすぐにわかった。

「どうかしたの?」

「……アシェルにフラれたわ」

「! そう……」

 エデアがマレルの髪をそっと撫でると、マレルのほうから擦り寄ってきた。

「疲れた…少し眠りたい。ねえエデア…………おやすみのキス、して」

 こういうときだけ子供の顔をする。大人のようで子供であり、逞しいのに時々あどけない顔で、いつも瞳が凛と輝く―――そのすべてが、自分一人のものだ。マレルがアシェルに拒否されたのもある意味朗報であって、密かに胸を撫で下ろしている自分がいる。

(あなたは私を無害なお人好しのように言うけれど、本当は貴女への独占欲で溢れている、醜い女のよ……)

 寝そべるマレルにそっと唇を重ねて、少しだけ想いを刻む。離れようとすると、首に腕を絡めて引き止められた。

「もっと……」

「…それじゃ眠れないでしょう?」

「気を失うまでしてくれたらいい…」

「……わかったわ」

 フリじゃなくなる―――望むところだった。




 闇の奥の奥の奥………果てなどない。しかし確かにそこに、その男はいる。

「どうだね? 順調かね? 準備は」

「万事、滞りなく」

「そうかい」

 黒の紳士――傅くレイクマルドと会話しながらも、主は見向きもしなかった。ただ一人、楽しそうに鎧を磨いている。

「さすがレイクマルド、屈強で高潔で手際のいい騎士だよ。私の部下であることが信じられないくらいだ」

「そのような……主君在っての騎士なれば。私の能力の高さも、主より血を頂いたこそでございます」

「上手く言うねぇ。でもその言葉が忠誠心からではないというのが、実は一番気に入っていることなんだよ……そうだろう?」

「左様でございます」

「くはっ、正直なところがまたイイ! だから君は腹心の部下なんだよ」

 ザクルムは兜を手に取る。黄金色で煌びやかだが、形はっている。

「千年経ち、ようやく王になる機会が来たね……。どうだね? 君も待ちわびていたかね?」

「王など主にとっては通過点。すべての望みを満たすには、あと千年あっても足りませぬ」

「そうだろうそうだろう。だが二千年も存在する不死者は指折るほどだ。自分に自信がないわけじゃないが……やれることは早いほうがいい。そのためには、邪魔なものはすぐに片付けないと」

「仰せの通りです」

「搦め手は、得意だね?」

「主の血を頂いておりますゆえに」

「ウソはいけないね。それは君自身の性分だろう?」

「フフフ………」

 闇は、蠢き出す。








 マレルさんは本当に情緒不安定というか、個人的にはそこが好きなのですが、現実にいたらすごく振り回されそうです。エデアさんは偉いなァ……なんの話だ、コレ(笑)

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