75羽 2年後
チキが消えて2年が過ぎた。
あの日、部屋に戻ったユリウスが見たのは、金色にぼんやりと輝く鳥の羽。
まるでユリウスを待っていたかのようにその羽はユリウスの手に乗ると、ぱちんっとはじけて消えた。
あの喪失感は今でもユリウスの中に残り、女性に倒れられるという呪いが消えた後の彼に影を落とした。
ただ、その影はユリウスの魅力に艶を与え、最近では女性がこぞって彼の気を引こうと躍起になっているが、誰一人として彼の気を引けた者はいない。
「他の誰とも婚姻を結ぶ気はない」
ユリウスは宣言し、彼の父である宰相アラン・グレアムは根負けし、彼にお見合い話を持ち込むのをやめた。
「あんなにモテるのに勿体ねぇなぁ」
屋外合同演習の場は国王生誕祭に集まった貴族の令嬢に取り囲まれ、その多くがユリウスに熱い視線を送っている。それに手を振りながら、ユリウス達第一小隊の演習相手である第五小隊隊長バーデはぼやいた。
「あの呪いがあるくらいでちょうど良かったんだ」
ユリウスの呪いが解けた時、リチャードには随分と丁寧に謝られてユリウスの方が恐縮したぐらいだった。
あの呪いは確かにユリウスを苦しめたが、今ではあの呪いのおかげで本当に欲しいものを見つけられたと思っている。
「あいつどこにいるんだろうなぁ」
バーデは空を見上げてぽつりとつぶやく。
皆ユリウスに気を使ってあまり大きな声では言わないが、チキのことをぽつぽつと口にしてはいるのだ。そして、その誰もが「死ぬわけない」と口にする。
チキの義祖父となったロランはテレジアの事件以来老人ネットワークを使ってチキを探し、義父であるフランツは元通り世界各地を転々とし、商談を続けながらチキの行方を追っている。
成果は上がっていないが、どこかにいると信じているから続けていられる。
「面白い話仕入れましたよ」
にょっとバーデの前に顔を近づけたのはマリーだ。
彼女は赤い短衣の上着に赤い巻きスカートのようなものを履いており、開いた前部分から白い短いズボンが見えるデザインの騎士服を身に着けていた。
彼女は宣言通りこの女騎士用の服を作った後、この2年の間に女騎士団なるものを立ち上げ、自らも騎士となった。
テレジアとの戦い以来父の血が目覚めたのか、彼女の能力はメキメキと上がり、一時期命の危険でも迫っているのではと懸念されたが、そうではなく、努力によって騎士の座を手に入れたのだ。
その努力の多くはバーデを落とす為だとも言われている。
「顔がちけぇ」
バーデがマリーの顔をべしりと手で覆うと、マリーはその手をべろりと舐め、バーデが悲鳴を上げる。
「あら、反応が新鮮。子猫ちゃんて呼ぼうかしら、バーデ隊長」
「お前はだんだんニワトリに似てくるな…。その自由奔放さが」
「部下は上司に似るって言うでしょ」
実を言うと新設された女性騎士団はその隊長にチキを置いている。現在は副隊長であるエマが取り仕切っているが、隊員は皆そこそこ腕があってさらに曲者ぞろいの女性ばかりだ。
どちらかと言えばエマよりも、チキのように自由奔放なの者が多い。
「で、そのニワトリなんですけど、例の風見鶏教」
マリーは面白い話というやつを話し始める。その内容は最近爆発的な広がりを見せているニワトリ教…ならぬ、風見鶏教という宗教が信奉する金のニワトリの話だ。
風見鶏教というのはこの国でチキが巨大化した際に町の人々の魅了を解いたことで発生した宗教である。
町の、他人もうらやむようなおしどり夫婦の夫が魅了され、破局に陥りかけた所を救った神と言うことで愛の神様とも言われている。
そんな風見鶏教は各地で不思議なニワトリが現れ、奇跡を起こしたという話を振りまき、中には偶発的に奇跡のようなことも起きているために信者が増える一方である。
一時期チキが絡んでるのではと調べたが、その多くがねつ造だったり、黄色い服を着たニワトリが出てきたりしたためにその線はすでに消えている。
「今度は黄金でも塗ったくられたか?」
「それが、そのニワトリが新しい王様を連れてきたんですって」
「はぁ?」
バーデは首を傾げ、隣で聞いていたユリウスもどういうことかとマリーを見る。
「風見鶏教ではその話で持ちきりですよ。セオドアの王様を連れてきたのはニワトリだって」
「・・・・・何でもアリだな」
バーデは呆れかえり、ユリウスも同じように笑う。
ほとんど壊滅状態だったセオドアは、確かに現在新しい国王が即位した。
今度の王は国から離れた所に住んでいた王族の女性で女王だ。その彼女の傍らには常に彼女を愛する夫がおり、その彼が女王擁立に深くかかわったことは周知の事実である。
「で、面白い話はここからなんですけど。その王様の隣にいる旦那さんの名前、知ってます?」
「なんだ?」
「ヴェンツェル。これって、あのテレジアが子供にって言ってた名前ですよねぇ?」
その瞬間、ユリウスとバーデの目の色が変わり、マリーはくふっと笑みを浮かべる。
「さらにですよ。そのヴェンツェルという方、最近になって名前が知られたそうなんですよね。それまでのあだ名がフュンフツェーンテスのテスさん」
フュンフツェーンテス…15番目という名にバーデはぐっと身を乗り出す。
「ヴェンツェルの名は俺達しか知らないはずだな?」
「ですよねぇ。それに、15番の顔を知っているのはチキだけですし…ひょっとしませんか?」
二人はちらりとユリウスを見つめ、ユリウスはぐっと拳を握りしめる。
期待してはずれだったという経験はこの2年嫌というほど味わっている。だが、こういった話が上がるたびに期待せずにはいられない。
「もう一つ、私からもご報告です」
マリーと同じ衣装に身を包んだ背の高い女性、エマが隣にスキンヘッドの男を連れて二人に近づく。
「女王の夫ヴェンツェルですが、今回の王の生誕祭に来るそうです」
ユリウスの表情に警戒が浮かぶ。また2年前のようなことが起きるのではないかと一瞬よぎる不安はこの国の騎士達ならば当然だろう。
隣でやはりバーデも顔をしかめていた。
「乗合馬車のジェームズさんを覚えてるでしょうか」
告げたスキンヘッドの男の頭がきらりと光る。
バーデは毎回毎回きらりと輝くようにつるつるなその頭を見て切なくなる。
「…その呪いはツライな…ギルバート」
そう、スキンヘッドはリチャードにより、「熟女になら何でも許してしまう病」を治すためにかけられたギルバートへの呪いなのだ。
同じ隊にいるので毎回見る姿だが、やはり毎回同情してしまうバーデである。
「今呪い返しを研究中ですよ。いつか見返してやります」
ギルバートは最近城のメイドの一人に入れ込んでいる(もちろん熟女)。その一人と恋が成就すれば呪いは解けるが、それよりも先に自分の持つ呪いスキルでリチャードをやり込めるつもりらしい。そのために現在呪いスキルを鍛えているようだ。
気概は認めるが、経験の差で恐らくかなわないだろうとバーデは思っている。
「ジェームズが何か?」
話が進まないのでユリウスが声をかければ、ギルバートは姿勢を正した。
「失礼しました。ジェームズさんがこちらに向かう途中で馬車の壊れた一行に出会い、拾い物をしたそうです」
「「拾い物?」」
ユリウスとバーデが同時に声を発すれば、ギルバートがコクリと肯く。
「商談であちこち回ってるはずのフランツ様と、セオドア大使のヴェンツェルさんだそうです」
バーデは黙り込むユリウスをちらりと見た後、空を見上げてぽつりとつぶやいた。
「なぁんか起きそうだよなぁ…」
その言葉は、その場にいた全員の一致する考えだった。




