74羽 消失
微睡から目が覚めると、すでにあたりは暗くなっていた。
チキの体はユリウスにしっかりと抱きしめられ、チキはユリウスの広い胸板にすり寄ってほぅと息を吐く。
「辛かったか?」
どうやらユリウスは起きていたらしい。チキを腕の中に捕えたまま、そっとその髪を撫で、つむじに唇を落とす。
「…へ、平気」
チキは耳まで赤くなってユリウスの胸にさらに顔を寄せた。
ユリウスは羞恥に悶えるチキを見て苦笑すると、髪を撫でていた手を首筋、背中へと動かし、さらにチキを真っ赤にさせてしまい、笑った。
コンコンコンッ
「ユリウス様、騎士団長がお呼びです」
部屋の扉の外での呼び声にユリウスはチキを抱きしめたまま大きく息を吐き出す。
城内はいまだ後片付けで忙しく、ユリウスも騎士団の編成やら打ち合わせやらで本当なら朝から多忙なはずなのだが、騎士団長ライルはこの時間まで待っていてくれたのだろう。
ユリウスは体を起こした。
「すぐ行くと伝えてくれ」
扉の外で返事があり、ユリウスは名残惜しげにベッドから出た。
チキは服を着始める整った体を見て再びドキドキと心臓を高鳴らせ、このまま見続けては悶え死ぬとベッドに顔をうずめた。
「…何をしているんだ」
どれくらい悶えていたのか、服を着替え終わったいつものユリウスがチキを覗き込んでおり、チキは慌てて起き上がろうとして…できなかった。
「・・・・・・無理をさせたからな」
何とも言えない沈黙の後、ユリウスがわずかに照れたようで、チキはその新鮮さに再びキュンとして共に顔を赤くする。
「食事はどうする?」
すでに夜だ。窓の外からは月明かりが射しこんでおり、今日は食事をとっていないことを思うと何かお腹に入れるべきなのだが、チキは首を横に振ってこたえた。
「お腹いっぱいです」
チキの頭を撫でようと手を伸ばしたユリウスがびしりと凝固した。
「??」
チキは固まったユリウスをじっと見つめ、ユリウスははっとしてぎこちなく動き出すと、何でもないと答えてチキの頭を少し乱暴に撫でる。
「ゆっくり休んでいろ」
顔が赤いユリウスに首を傾げながら、チキは頷いた。
「ユリウス…あのね」
チキはユリウスの手を借りてベッドに上半身を起こし、屈んだユリウスの唇に唇を重ねる。
「大好き」
「あぁ」
「大好きよ」
「…チキ、これ以上は抑えられなくなるからダメだ」
ユリウスの言葉にチキは首を傾げ、ユリウスは苦笑すると二人、どちらからともなく口づけた。
「行ってくる」
チキは頷くとふんわりとほほ笑んで手を振った。
「いってらっしゃい。…またね」
ユリウスはそのまま部屋を出ていき、ぱたんと閉められたドアを見つめていたチキは、シーツを体に巻いてのそのそとベッドから降りた。
よたよたと少しおかしな歩き方でそのままユリウスの寝室の窓辺に立つと、空にぽかりと浮かぶ月を見上げる。
「月の神様、チキの最後のお願いです」
どうか――――――
続いた願いは何だったのか。
音のないその部屋で、チキの体は金色の光に包まれ、端からほろほろと崩れていく。
やがて、月が雲に隠れるその瞬間、チキの体はまばゆく発光し、そのまま光の粒となってはじけた。
部屋には、ふわふわと金色の鳥の羽が舞い落ち
窓辺にはもう人の姿は無かった――――――




