73羽 熱 ※
性的描写あり 苦手な方は飛ばしてください
ユリウスはチキの消えたり戻ったりを繰り返す腕を掴んで足早に己の部屋へと向かう。
まだまだ城内は混乱の中にあり、本来ならばユリウスは一隊の隊長として動かねばならないのはわかっていたが、今はそんなことは頭の中からきれいさっぱり消えていた。
(失ってたまるか!)
焦りなのか、頼られなかった情けない自分への怒りなのか、険しくなる表情に、すれ違う兵や騎士、メイドや侍従と言った人々がぎょっとし、メイドにいたっては何人かがいつものようにふらりと倒れたが、気にせずずんずんと先へ進む。
だが、ちきはその速さにまごつき、疲れもあって足をもつれさせ、転びかけた。
「わっわっ」
チキが「転ぶ」と覚悟して目を閉じると、ユリウスの腕がひょいっと腰のあたりに回り、小脇に抱えられた。
(…お姫様抱っこじゃない…)
おそらくはやる気持ちがその辺りの配慮を無くしてしまったのだろう。チキは荷物のように抱えられ、かなり複雑な表情でユリウスの部屋へと入って行った。
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「…ユリウス。チキ、もう少し・・・ええと、そうっ、ムー! ムーが欲しい!」
ムードと言いたかったチキをユリウスはどさりとベッドの上に降ろし、その体が逃げぬよう両脇に手を置いてチキを見下ろしほんの少し首を傾げた。
「ぬいぐるみは今度にしろ」
実は、つい最近ムーという名の羊のぬいぐるみが子供達の間で流行っていたのである。それを知らないチキはユリウスを見つめ、首を傾げる。
二人して話がかみ合わないことに首を傾げたため、しばらく見つめあった後、チキは笑った。
「ぬいぐるみじゃなくてね」
ちゅっと音を立てて唇を軽く啄まれ、チキは目を丸くしてユリウスを見上げた。
「ユリ…」
再びチュッと啄まれ、チキはユリウスに声をかけようとしてその瞳にどきりとして言葉を失った。
空の青を映す瞳が揺れている。
怒りにも苛立ちにも似た感情で揺れ、チキを逃すまいと射抜くように見つめてくる視線が熱い。
「他に隠していることは?」
突然ユリウスに問われ、チキは戸惑った。
やはり命にかかわることをユリウスに黙っていたのは良くなかったのだろう。ユリウスがチキを見るその表情は硬く、嘘は許さないとばかりに険しい。
チキは自分を見下ろすユリウスの服をぎゅっと掴み、首を横に振る。
嫌われたくなかった。そして、この視線が外されるのも嫌だった。だから、本当は一つだけ、とても大きな隠し事をしていたが、首を横に振ってしがみ付いたのだ。
時折思い出したように消える手や足をちらりと意識しながら、チキは見抜かないでと祈りながらユリウスの首に腕を回し、もう一度首を横に振った。
ユリウスは首に回されたチキの腕をほどき、もう一度チキを鋭い視線で見つめ、唇を重ねる。
「言え」
やはり何かあると見抜かれているらしい。だが、チキは告げることを拒み、ユリウスの口づけが深く、荒々しくなる。
「んっ…ユ…んむっ」
口づけは息を継ぐ暇もないくらい激しく、名を呼ぼうとすれば舌を絡め捕られて吸い上げられてしまう。
チキは次第に頭がぼんやりして浅く息を吐きながらクタリとベッドに身を沈めた。
「チキ、言わなければ優しくはしてやれない」
何が起こるのかわからず、チキはユリウスを熱に侵されたような潤んだ瞳で見上げてその服をきゅうっと掴む。
ぱちぱちと何度か瞬きした後、息を整えたチキが出した結論は…
「…言えない」
その瞬間、チキは挑むようにユリウスを見上げ、ユリウスはわずかに唇の端を持ち上げた。
どちらも負けず嫌いなのかもしれない。
チキはユリウスの咬みつくようなキスに翻弄され、この先何が起こるかはわからないのに、負けるものかーっと体に力を入れた。
一方、ユリウスはそんなチキを見下ろし、キスで翻弄しながら苦笑する。
「強情な」
ならば手加減はしないぞとその瞳に別の熱が浮かぶのを皮切りに、ユリウスはチキの首筋、鎖骨と唇をはわせ、チキの着ているバーデの上着に手をかけてその留め具を外す。
ほんの少し開いた胸元にはいくつもの傷があり、ユリウスは顔を顰めて手を止めた。
「ケガをするな…」
ユリウスの指先がチキの傷をなぞり、チキはピリリとした痛みの中に、ゾクリとした何かを感じて焦りだした。
「け、ケガは騎士の名誉でしょうっ」
「お前に怪我などさせたくはない。できれば籠の鳥にしたいくらいだ」
服の隙間からケガをなぞり、肩へと手がはわされ、そのままするりと上着が肩から落ちた。
(恥ずかしい! チキ裸なんて気にしないのに恥ずかしい!)
羞恥というものを初めて感じてじたばたするが、後の祭りだ。
ユリウスはチキの意識を奪うような蕩けるキスを繰り返し、浅い息で喘ぐチキの上で己の上衣を脱ぐ。
チキはその逞しく引き締まった体を間近で見て耐えられなくなり、近づいてきた彼の体にがしぃっと取りついた。
「…チキ、動けないんだが」
どくどくと張り裂けんばかりに脈打つ心臓の音が重なり合う。
「ユリウス」
「なんだ?」
「…どうしよう」
「なにが」
チキはユリウスの胸にぎゅうぅぅぅぅっとこれでもかとばかりに体を押し付けて困惑気味に告げた。
「ユリウスの中に溶けちゃいたいのにできない」
ぶふっとユリウスが噴出し、チキは不満そうに唇を尖らせる。
ユリウスはそんなチキをそっと体から離すと、神々しいほどの微笑みを浮かべ、チキの頬を撫でて告げた。
「愛してる・・・」
チキは驚きに目を見張り、そんなチキを見て再び月の神様のように微笑んだユリウスに翻弄され、チキはそのまま熱に蕩かされていくのだった…。




