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ニワトリだって恋をする  作者: のな
真実編
71/78

71羽 騒動の終わり?

流血描写ありです。ご注意ください

「残念ながら俺は仕事があるのであの男に名を伝えられん」


 使者の男はそういうと、くるりと振り返って壁際にいたマリーを見据えた。

 どこまで行っても暗殺者は暗殺者である。人殺しとして育てられ、それしか知らない人生だ。たとえ魅了されたように見えても、強靭な精神が魅了などまやかしだと訴えて効力を消してしまう。

 

 テレジアと共にいた時はほんの少し人として生きられたような気がしていたが、こうして彼女が消えてしまえば、彼女の命令が残っていて、やはり飼い犬でしかなかったと痛感した。


(人を愛するなどあり得ないな)


 テレジアに何かを感じ始めていた自分を嘲るように喉の奥でくっと笑い、男は双剣を抜いた。


 光が差し込み、全てが終わったかのような雰囲気の中で響いたスラリという音は意外と大きく響き、男達がぎょっとした表情で彼を見た。


 ほんの一瞬の隙があれば仕事は完遂できる。

 神速と謳われた速さを使ってマリーの目の前に迫り、剣を振り抜いた。


 ギィィィィン!


 目の前で、マリーを血に染めるはずの二本の剣は…止められた。


 灰色狼の血を絶やすべく振り下ろされた剣は、その灰色狼の娘のマリーの目の前で、息子の剣により止められたのだ。


「お兄…」


 銀色の瞳が男を射抜き、ものすごい力で双剣がふり払われると、がら空きになった胸に剣が振り下ろされた。


「ヴォルフ…」


 目の前にいるのはレギナルト、いや、この国ではラインヴァルトと呼ばれるヴォルフの息子だ。だが、今の一瞬は確かに以前使者の男が殺した男に重なって見えた。

 

「どこまでも嫌な男だ…」


 男はふっと笑うと、そのまま倒れ、息を引き取った。



「マリー、けがは?」

 

 急いで駆けてきたのだろう。荒れる息を整えつつラインヴァルトがマリーを振り返る。


「ないよ。それよりお兄ちゃん、いつの間にここに?」


 男が倒れるのと同時にわっと兵や騎士が動き出した。

 騎士団長ライルが死んでしまった人々とがれきなどの撤去を命じ、義祖父ロランが国王に大体のことのあらましを話している。

 ラインヴァルトはそれらを横目で見ながら大ホールの入り口へ顔を向けた。


「すぐにケガ人を運べ!」


「毒にやられた奴はいるかっ。まだまにあうなら」 

 

 ラインヴァルトが連れてきたのは騎士と兵士の医療部隊だ。


「あちこちで治療をしていたんだが、ここに来るのにやはり魅了された奴らに邪魔されて、それがさっき光と共に元に戻ったから来られたんだが」


 ラインヴァルトはあまり攻撃が得意でない医療部隊を守りつつ移動していたために、なかなか大ホールに辿り着かなかったようである。

 

「ヴァル! エマは!?」


 チキがいまだにぼんやり光を纏いながらラインヴァルトに駆け寄り、その後ろをユリウスとバーデがついてくる。


「そうだエマ! お兄ちゃん案内して!」


 暗殺者を倒したばかりだというのに何ら感慨に浸る余裕もなく追い立てられ、ラインヴァルトはチキ達をエマの収容された部屋へと連れて行ったのだった。


_________________


「エマ! 無事!?」


 バターン!とドアを壊しそうな勢いで部屋に飛び込んだチキは、目の前に飛び込んできた光景にカパッと口を開いたまま凝固した。


 エマは医務室のベッドの上で横になり、息も絶え絶えになりながら…


「も…ダメ…ログッ」


 騎士団の新入りで、魔道士で、エマに惚れてて、山賊みたいなログと深い口づけをかわしていた。


「「なにやっとんじゃー!」」


 バーデとチキの声は見事に重なり、廊下の先まで響いた。






「で、どういうことなのよエマ?」


 マリーがにやにやしながらベッドの端に腰掛けて尋ねる。


「そのう…、何度か息が止まったらしくてですね、それを回復させるためにログが人工呼吸をですね」


「あれは人工呼吸と言わないわよぉ?」


 チキもコクコクと頷く。先程のあれはチキの大好きな深いキスだ。


「そのっ…気がついたらものすごくしがみつかれててっ、あんなに激しく好きだって告白されたのはじめてだったんですよぅ」


 顔を真っ赤にして傷を庇いながらも小さくくねくねと体をくねらせるエマに、チキは笑う。


 なんだかんだとログは告白したらしい。

 あんなに奥手だったのに、失うかもと悟ったら強気になったようだ。

 そんな彼は今現在男達によりぼこぼこに殴られている。特にバーデの(こぶし)は恨みがこもっている。


「俺らがっ、あんなにっ、苦労してる裏で!」


 半分以上は決まった人がいない男の嘆きだろう。


「バーデ様っていいよね~。アタックしてみようかな」


 マリーが横で恐ろしいことを言うのにぎょっとして見れば、彼女の目はギラリと光る狼のようだ。

 

「マリーにはお祭りの時に会った恋人がいたんじゃ」


 慌ててチキが尋ねれば、「あぁ」と返事が返る。


「トムね。彼は彼よ~。やっぱり大人の恋愛もしてみたいじゃない。バーデ様ならその辺抜かりはなさそうだし」


(い、いろんな恋があるんだね)


 チキは驚きながらも笑い、ふと、自分の光が収まっていくのを感じて自分の体を見下ろした。


「あ、光ってるの治まったね」


「…お嬢様。なんだか身体付きが変わっておりませんか?」

 

 エマが横になったまま顔をこちらに向けて尋ねる。

 チキはそういえばと呟くと、ユリウスに向けて声をかけた。


「ユリウス」


「どうした?」


 チキは谷間ができるようになった胸を服の上からもにょりと上げて告げた。


「胸揉んで」


 ぴきっと言う音がするほどわかりやすくユリウスが固まり、仕掛けた目論見が成功したバーデが、傷口に響いて痛むのと戦いながらも大爆笑する声がかなり遠くまで響いたのだった。


 

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