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ニワトリだって恋をする  作者: のな
真実編
70/78

70羽 彼女の終わり

流血描写ありです。ご注意ください。

 光が収まると窓からは太陽の光が射し、大ホールに集まった人々も、魅了されて気を失っていた人々も目を覚ましてその眩さに目を細めた。


 大ホールの中央部分には黒に白いメッシュの入った髪色の少女が血溜まりに倒れており、その足には幾本もの矢が刺さって実に痛々しく見える。

 

 ばさりと音を立てて少女に上着をかけたのは一番近くにいたユリウスである。

 彼の白い上着は血を吸ってみるみる赤黒く染まり、皆が顔をしかめた。

 あの血の量では助からないだろう。


 ばさばさと翼の羽ばたく音がしてはっとしてそちらを見れば、黄金色に輝く一羽のニワトリが彼女の頭の上に降り立ち、右に左にと動いた後、えいやっとばかりに血だらけの少女の額を(くちばし)(つつ)いた。


「ひでぇ!」


 第五小隊隊長のバーデも右肩辺りがちでどす黒く染まっていたが、ニワトリを非難できるほどには元気なようである。


 ごすごすと二度三度と額を突かれた少女テレジアはパチリと目を開いた。だが、焦点は合っていない。


「…馬鹿なニワトリ」


 ぽつりと呟かれた言葉に、もう一つお見舞いとチキが嘴で突き、テレジアは顔をしかめた。

 

「自分の命を削って私を人に戻すなんて」


 ニワトリのチキは羽ばたいて空中でくるりと回転すると、黄金色に輝く少女の姿で仁王立ちする。


「チキはやりたいようにやるっ」


 おぉっと周りの男達から声が上がり、ユリウスは慌てて傍に落ちていたバーデの上着を拾うとチキをそれでくるんだ。

 当然のことながら、チキもテレジアも裸だったのだ。

 チキにいたっては真っ裸で仁王立ちなどするものだからユリウスは思わず悲鳴をあげそうになった。


「人間なんて嫌い。こんな姿…」


 掠れる声で告げるテレジアの手にチキはロケットペンダントを乗せる。


「見えてないかもだけど、そこにテレジアの旦那様の顔が書いてある」


 ピクリとテレジアの体が跳ね、彼女はひどくぎこちなく首を動かし、手の中の物を見ようと目を凝らす。だが、もう目の機能は失われていてその目にペンダントの肖像は映らない。


 テレジアの瞳からは涙があふれ、彼女は呟いた。


「旦那様の大好きだった国を滅ぼしてしまったの…。だから、旦那様が見えない…」


「死んだら旦那様に叱られるといいよ」


 チキの態度は意外と辛辣である。やはりこれだけの被害者と悲しみを生み出したことには憤りを感じるのだろう。


「旦那様は…」


 諦めたような表情をするテレジアに、チキはふんと鼻を鳴らした。 


「村のおばーちゃんが言ってたけど。人間は死んだら会いたい人に会えるんだって。会いたい人はそこで生きてる人が十分に生を全うするまで待っててくれるんだって。おばーちゃんの会いたい人は飲んべだから今頃酒かっくらって寝てるだろうから叩き起こしてやらにゃって言ってた。テレジアは悪いことばかりいっぱいしたから逆に怒られればいいんだよ」


 ポロリとテレジアの目から涙が零れ落ちる。


「そんなこと、誰も教えてくれなかったわ」


 チキは嘴で突く代わりに指でテレジアの額をはじいた。

 コツッといい音がしたのだが、テレジアはもう痛みも感じないのか顔をしかめる事さえしない。


「教えてくれる人も、もう一度愛してくれる人も、旦那様が愛した人や大切にした人も皆殺してしまったからだよ」


「旦那様を殺した人間なんて」


「その旦那様の過去を知ってたり、友達になってくれた人だっていたかもしれないのに」


 テレジアの顔が憎しみに歪む前に告げられたチキの言葉に、テレジアはうっすらと笑った。


「友達なんて」


「旦那様の昔話を聞いて、友達を一杯作って旦那様にお土産話をしてあげればよかったんだよ。あれが憎い、これが憎いで生きてきた話を旦那様にするつもりなの?」


 テレジアははっとしたように眉根を寄せる。

 彼女の中で、冥途の土産になるような話が見つからないのだろう。


 人を憎んで、殺して、後に残るものなど何もない。

 どこの世界にお前の敵を討ってやったからなと言われて喜ぶ者がいるのだろう。そんなのは自己満足で、死んだ人間が望んだことではないだろう。


「私…旦那様に合わせる顔がないわ…」


 ぱらぱらと落ちる涙は透明で、本来の彼女を思わせる。

 チキは大きくため息をつくと、彼女の額に手を置いた。


「駄目な蛇だね。しょうがないから仲間の(よしみ)でお友達宣言してあげる。だから、旦那様にはカッコいいニワトリさんに助けてもらったって言っておきなさい」


 テレジアはぱらぱらと涙をこぼしながら、かすかにほほ笑む。


「ニワトリなんて」


「蛇のくせに文句言うな」


 チキが一蹴すると、チキの横に使者の男が立ち、テレジアを上から覗き込んで告げた。


「15番目は生きてる。あいつには大切な人がいるんだと」


 チキは驚いて男を見上げ、テレジアは大きく息を吐いて告げた。


「あの子に…ヴェンツェルという名を…旦那様と、馬車の中で…。…旦那様…」


 ふわりと銀色の光がテレジアを包み込む。


 驚きながらも見守るチキの目の前で、光は人の形をとると、テレジアの体からも光の塊が現れ、人の形を作り出した。

 

 テレジアの体の傍らに、あのロケットの肖像画と同じ顔をした男が現れ、傷だらけの本体の中から現れた淡く光るテレジアの手を取って二人立ち上がったのだ。


 テレジアがひどく幸せそうに男に寄り添うと、男はテレジアを胸に抱きしめ、チキ達の方を向いて唇を動かした。


 すまなかった


 そう一言呟くと、銀の光の消滅と共に、彼等と、テレジアの亡骸が光となって消えていった…。



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