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ニワトリだって恋をする  作者: のな
魔法生物編
59/78

59羽 逃走!

(さすがに、この数はっ!)


 鳴き声によりかなりの数を減らしたはずだが、魅了により追加される街の人間の絶えることのない参戦によってチキはかなりの窮地に立っていた。

 何より、力や素早さが人間並みとはいえ、体はニワトリなのだ。やはり手がつかえないのは大きい。


(こんなことなら、もっと体術の特訓を頑張っとくんだった!)


 少しでも隙ができれば人の輪を飛び出し、逃げを打つが、すぐに囲まれる、をもう何度も繰り返している。しかも、チキが逃げる方向に現れる住人は男も女も魅了されていくので、女性にだけは手を上げられないチキは不利である。

 

 それならば屋根の上に、と言いたいところだが、屋根の上には何と、教会まで追いかけてきた使者の男がいるのだ。あれは強いと本能でわかるので、上に上がることができないのだ。


(くっそうっっ、バーデ隊長はどこ行ったのさ!)


 教会前の広場にいたのは知っている。だが、その後会えないままだ。

 

 実を言えば、チキがあちこちに逃げすぎていてなかなか追いつけないというのがバーデ側の現状であったが、チキはそんなことは知らず、あちこち通り抜けて逃げ続けた。

 

「な、なんて…丈夫な…ニワトリなのっ」


「ゲフッ ゴフッ グゲ~」


 チキも敵も走りすぎでかなりばてており、屋根の上の殺し屋は半ばあきれている。

 昼頃から逃げ続けてすでに日は沈んでしまっている。今や少ない外套と月明かりだけが頼りだ。


(暗くて見難(みにく)い…)


 夜も出歩くような変わったニワトリと言えども鳥は鳥、この人数と大立ち回りができるほど夜の闇には慣れていない。

 おまけに走り続けてさすがに疲れている。

 呼吸は荒いし、あちこち擦り傷はあるし、ところどころ斬られてあちこち赤く染まり、見た目がホラーなニワトリだ。サイズが大きい分迫力だってあるだろう。

 

(この姿なら子供達を泣かす自信がチキにはある!)


「ゴゲッ」


 自信たっぷりに頷いたチキに、敵の女はゼィゼィと息を荒げながら首を傾げた。


「なんなのよ。そのよくわからない自信は…。もう逃げられないでしょうに」


 子供を泣かせる自信は今関係なかったな、とチキは疲れすぎた思考で間抜けなことを考えながらさらに逃げるために周りを見回した。

 疲れていようが、絶望的であろうが、ニワトリの辞書に諦めるという文字はない。

 ニワトリ辞書にある「あ」行は、おそらく「飽きる」が一番初めに来るぐらいだ。

  

 チキはすぅぅっと息を吸い込むと、再び口を開け…


「そこまでだ」


 嘴の間に剣が当てられ、チキはビシッと固まった。




 ついに、屋根の上の使者の男が降りてきてしまったらしい。

 もう辺りは暗闇に閉ざされ、暗殺者としても遠慮がいらないということなのだろう。


「これほど時間がかかるとは思わなかったぞ2番」


「お前が取り逃がすからよ」


 チキは口が閉じられずあがあがと呻く。

 その間にテレジアそっくりの女、『2番』と、使者の男はわずかばかりに口論を始めた。

 

「お前が取り逃がさなければこんなことにはならなかったわ! どうせ狼の子も殺せてないんでしょうっ?」


「この国の騎士団を舐めすぎてるぞ。お前も、テレジアも」


 どうやら男の中でこの国の騎士達の評価は高いらしい。


(チキもそれには賛成!)


 チキはかぷっと嘴を閉じ、剣を強く噛むと、男がそのまま刺そうとする動きに合わせて後ろに下がり、体を横にずらして剣の刃を砕く作戦に出た。

 だが、嘴攻撃は地面に穴を開けられても、嘴で挟むだけの行為はただ剣を止めるだけで剣を折るほどの威力はないようだ。

 ・・・・と、今気が付いた。


(舌が切れるぅぅぅぅ!)


 チキは必至である。

 大して男は余裕に力を込める。このままニワトリの頭を落とす勢いだ。


(ユリウスゥゥゥゥゥ~!)


 神頼み、ならぬユリウス頼み。だが、もちろん返事はない。


 月が雲間から顔をだし、煌々と辺りを照らし出すと、チキは自分の変化と、目の前の男の表情の変化にはっとした。


 剣を噛む嘴が、人間の歯に変わり、翼が両腕に、にょきりと出た足がすらりとした人間の足に、もちろん体も人間のモノに変わっていく。


(今ぁ!?)


 明らかに歯の力は弱い。おまけに口の端に剣が当たってわずかに切れ、痛みが走った。

 これは顔から嘴の先までの長さがなくなったせいだ。


「あら、これで終わりね」


 2番の女の声にチキははっとして男に掌底をくらわせた。

 当然、手の存在を考慮していなかった男は後ろへ飛ばされ、胸を押さえて膝をつく。


「まだ、終わりじゃない」


 チキはなぜか再び伸びた体に絡みつく長い髪を背へと払い、斬れた口の端を手の甲でグイッと拭うと、周りを確認する。

 窮地は脱していない。けれど、チキには足音が聞こえてた。


「遅い!」


 路地の暗闇に向かってそう声をかければ、なんだか憔悴した様子の第五小隊隊長バーデが、魅了された町の者達を気絶させ、現れた。


「クソ走らされたぞ。どんだけあっちこっちに逃げるんだよお前は!」


 バーデは上着を脱いでチキに押し付け、剣を使者の男に向けた。


「それ着とけ。それから、ユリウスには言い訳考えとけよ」


「…なんで?」


 バーデはごいんっとチキの頭を勢いよく片手のグーで殴った。


「囮になろうなんざ百年はえぇ!」


「チキそんなに生きられないけど?」


 チキに言い回しは通用しなかったようで、チキを探して走りまわったバーデは、ここで一気に疲れたような気がするのだった。

 


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