58羽 媒体発見!
チキは後ろに男が迫ってくるのを確認し、挑発も忘れずに前を走る。
さすがにチキはこのサイズだ。
魅了による影響で町中の様子が少しおかしくても、まだまだまともな人は外にいるため、大いに注目を集める。
それを利用しチキはわざと声を上げ、人の目を引き、男を引き離す作戦に出た。
男が和平の使者だというのは衆目に怯む理由にはならない。だが、男が暗殺者だというのならば、衆目に怯む理由になる。
暗殺者が顔を知られることほどやりにくいことはないはずだ。
(あの男は魅了されていないようだったから、暗殺者として顔をさらすのを嫌がると思う)
チキは家の壁をとったったっと垂直に上り、屋根の上に出て声を上げながらさらに駆ける。屋根の上は人込みが少ないので走りやすいのだ。
(人間の時にできたことはだいたいできる)
チキは体の軽さから確信して屋根から屋根を渡り、町の中央近くの小さな教会の屋根の上へと降り立った。
「ゴゲゴッゴォォォォ~!」
あまり大声を出し過ぎると気絶する人が現れるので、少し抑え目で注目だけ浴びるようにする。
チキは教会の風見鶏の前でぼふっと座り込むと、少し広場になっている場所を見下ろした。
男はチキを追ってきたものの、チキが人々の注目を集めすぎていることに舌打ちし、くるりと踵を返す。やはり顔をさらして騒ぎを起こす気はないようだ。
ほっとして周りを見回せば、チキの目に映るのは集まってくる人々。そして、目の端に映ったのは、マントとフードで体を隠した人達。
チキは目を細め、怪しい人達をみてある違和感を感じ、首を傾げた。
「おぉ! みよ! あれは奇跡のニワトリだ!」
突然下の方が騒がしくなり、ちらりと視線を向けると、教会の神父らしき人が声を張り上げている。
「風見鶏は風向きを示すもの! あのニワトリは我が教会の風見鶏の化身! そのニワトリがこうしてそなたの夫を悪しき風から良き風へと導いたのだ!」
「あなたぁぁぁぁ!」
何やら目くるめくドラマが繰り広げられている。
どうやら教会には魅了された男達を連れたご婦人方が医者も頼りにならず、奇跡を願って集まっていたらしい。
チキの注目を浴びるための鳴き声は、真下の教会に作用し、魅了からの目覚めを促したようだ。
教会前の広場には拝み始める者まで出る始末。
さすがにこれはまずいと思ったチキの視界に、その時、バーデの姿が映った。それと同時に怪しい人達が幾人かの町の人々と共にその場から消えるのが見て取れた。
(町の人が魅了されたっっ!?)
ということは媒体を持っているのだ。
チキがすくっと立ち上がると、広場からは「おぉっ」と声が上がり、チキはとぼけたニワトリ顔ではわかりにくいが、渋面を浮かべた。
(動きにくい…)
表からでは人々に追いかけられそうな気がして裏に回り、ひょいっと屋根から飛び降りると、別の家の屋根に上がって少し大回りして先ほどの不審者を追う。
屋根の上から下を見るので、人の動きは掴み安いが、大きさが大きさなので気づかれると目立つ。
珍しいくらいに気を使って追いかけた…のがまずかった。
不審者が消えたように見えた裏通りに飛び降りたチキは、周りを10人ほどのマントとフードに身を包んだ者達にとり囲まれた。
「飛んで火に入るニワトリというやつかしら」
ばさりとフードを外した女の顔は蛇女テレジアだ。
だが、違和感がある。
実は昨日もチキは姿を現したテレジアに違和感を感じてマントの下にもぐった挙句、蹴り飛ばされたのだが、やはりこのテレジアも昨日と同じらしい。
「ゴゲッ(変)」
「何を言っているかはわからないけど、目障りなニワトリにはここで退場していただくわ」
テレジアが手を上げると、フードで顔を隠した者達がすらりと剣を抜く。
「ゴッ」
「残念ね。ここにいる者達は魅了で動いているんじゃないの。あなたの妙な鳴き声で正気に戻るということはないわ」
にこりと微笑むテレジアの表情はやはりどこか違和感がある。
チキが初めに出会った時のテレジアはもっとずっと老成したような大人の笑みを浮かべていたというのに、このテレジアは少し幼いように見えるのだ。
それに何より…
「始末なさい」
テレジアの命令で剣を持った者達が一斉に襲い掛かってくる。
しかし、チキに与えられた能力は本日確認済みだ。
チキは剣を避けながら空気を胸いっぱいに吸い込んで叫んだ。
「ゴゲゴッゴォォォォォ~!」
近くの空き家の窓がバリンと割れるほどの大音量に、さすがの凶手も耳を塞いで蹲るか、もしくは気を失ったようで地面に倒れた。
ただ、背の高い彼等の仲間の一人だけが耳を押さえるでもなく、驚き、周りを見て戸惑っただけですぐに攻撃に転じてきた。
チキは一人も動けなくなると睨んでいたために動きが遅れ、敵の剣が翼をかすめる。
「ゴゲ~!」
白い翼に赤い血が滲み、チキは慌てて後ろへ跳ねた。
「くっ、まだ耳がおかしい」
テレジアは耳を押さえながらよたついている。
「よくやったわ15番。お前は母さんと同じだものね」
おそらくは無意識に口にしたのだろう。だが、違和感を抱いていたチキはその言葉ですとんと全てが理解できた。
「ゴッゴゲゴ!」
ためしにとばかりに、背が高く、動きは速いが大ぶりなフードの人間に襲いかかり、そのフードを足の爪で引っ掛けて引き裂いた。
ビリリッと音を立てて裂かれたフードの下から出てきたのは、黒髪に白いメッシュの入った髪を持つ男の姿だ。
ただ、彼は完全な半獣である。
その顔半分は鱗が浮き上がり、瞳も片方だけ瞳孔が縦になった蛇の姿をしている。それでも、彼や目の前のテレジアには蛇女のテレジアと同じような蛇が重なっていない。
(魔法生物じゃ、ない)
町の者達を魅了するのだから魅了の力はかなり大きいだろうが、本物ほどではないはずだ。だが、先程女が言った15番目が数だとしたら、それだけいれば騎士団を翻弄するくらいの町の人間は魅了できるだろう。
媒体は物ではない。それどころか、あると思った媒体すらも元々なかったのだ。
テレジアから発せられた魅了が媒体を通して辺りに広まるのではなく、彼女の子供達がそれぞれ町の者達を魅了していたということだ。
しかも、子供の数は蛇だけあって多いとなれば、これだけ翻弄されるのも無理はない。
(テレジアの魅了の範囲は城。町の魅了は彼女の子供達。その範囲は一人につき数人!)
チキは理解すると、よろよろとよろめくテレジアに良く似た蛇の子供を前にして身構えた。
(何とか逃げて、皆にこのことを伝えなくちゃ!)
補足:蛇の聴覚は骨伝導のようなものなのだとか。なので蛇により近い息子は聴覚によるダメージは少ないです。




