53羽 ゲームの始まり
町の古株ネットワークを使うため、ロランと、ロランの元に一時避難することになったラインヴァルトの母モネが先に退出していった。
その後、バーデ、ユリウス、カイルが話をまとめ、新人5人には口止めをし、城に帰ることになったのは夕暮れ時である。
「あらあら、チキ様眠ってしまわれてますね」
ニワトリと人では活動時間が違うのか、はたまた魔力の温存なのか、チキはこの4日間眠っていることが多かった。だが、肝心なところは聞いているので問題はないだろう。
エマがチキを抱き上げ、皆が揃って歩き出した。
「チキ様いつ人間に戻られるんでしょう」
「た、たたたたた、たぶん近いうちですよっ、魔力が満ちてきてますしねっ」
エマに応える時だけどもるログに、エマは首を傾げて彼を見つめ、ログは真っ赤になって先をサカサカと早歩きする。
ログがちょうど路地が横にある場所を通ろうとした瞬間、ユリウスが駆け出し、ログの襟首を勢いよく後ろへ引っ張った。
「うぐへっ」
ログは喉を襟で絞められる形になり、変な声を出して道に転がる。
次の瞬間
ガキン!
金属のぶつかる音がして男達が剣の柄に手をかけ、少女達を守るように囲んだ。
チキはパチッと目を覚まし、道の先で、路地からいきなり振り下ろされたと見える剣を受け止めたユリウスを見た。
「コケッ(ユリウスッ)」
「俺は問題ない。ログは無事か?」
ユリウスは突然の凶刃を剣の鍔で受け止めており、剣をからめ取るように回すと、相手の手から剣をはじき、後方に確認をとる。
「問題ありませんっ。すみません、油断しました」
ログはごほごほと咽た後、すぐに自分も体勢を立て直す。
「問題無し。に、油断した…か。随分と余裕な発言ですこと」
路地の暗がりから出てきて落ちた短剣を拾い上げたのは、フードつきのマントで顔も体も隠した女である。しかも、その声は皆が一番聞きたくない声に似ている。
「妙な会合を行っているというから来てみれば、私の邪魔になりそうな人達ばかりが集まって、一体何を始めようというのかしら?」
女はユリウス達の前に出ると、そのフードを外し、さらりと黒い長い髪に白いメッシュの入った髪をマントの外へとおろした。
「テレジアッ」
姿を現したテレジアに、皆の緊張が一気に高まる。
テレジアは赤い唇に弧を描くと、ユリウスの手にそっと手を重ねてにこりと微笑んだ。
「殺せないでしょう…だって、国同士の争いになるものねぇ」
ふふふふと余裕の笑みを浮かべる女に男達が舌打ちする。
「子供のゲームを知ってるかしら、白と黒のコマを挟み撃ちにしてひっくり返していくの」
リバーシのことを言っているらしい。
「それがなんだ」
テレジアはユリウスの腕に白い手をはわせ、蛇のようなゆったりとした動きで迫っていく。
「それをしましょう。もちろん盤面はこの国で。先手は私」
そう言ったテレジアを中心に、わらわらと町の男達が集まってくる。その眼はすでに虚ろで、操られているのがわかる。
(いつの間に!)
テレジアは今日狩りで町中になど出られなかったはずだ。それが今現在こうして離れた場所にいた多くの男を虜にし、余裕の笑みを浮かべている。
やはり彼女の魔力を受ける媒体を通し、少しずつこの国も浸食されていくのかと思うと、ひやりとした汗が背を流れる。
テレジアはユリウスの肩に手を置くと、しなだれかかる様に体を寄せた。
「コッ」
ユリウスの足元で、ニワトリが一羽、小さく泣いたかと思うと、女のマントの下、その足元にずぼっと入り込み、その足に向けて嘴攻撃を繰り出した。
「きゃあ!」
足元が疎かになっていたテレジアは驚いてチキを蹴り飛ばし、ユリウスはテレジアの手をはねのけて飛ばされたチキを抱き上げる。
チキは思い切り蹴られたせいか、わずかにぐったりとしていた。
「愚かな魔法生物、願いなど叶わないのに人間に寄り添おうとでもいうのっ」
テレジアはヒステリックに叫ぶと、その手をニワトリに向けて振り下ろした。
それを合図に男達がチキめがけて襲いかかり、ユリウスはそれを避け、カイル達も慌てて周りの男を気絶させる方法をとっていく。
チキはスッと息を吸い込むと、そのままユリウスの腕の中から、空に向けて叫んだ。
「コケコッコォォォォォ~!」
その声は男達の目を覚まさせ、凶行を止めた。
しかし、次に振り返った先にはすでにテレジアの姿はなく、チキはケフッと声を吐いてそのままクタリと気絶したのだった




