52羽 謀反の真実
セオドアの内乱の真相はこうだった。
ある日突然現れた蛇の女テレジアにより城内は制圧された。
それは本当に一瞬の出来事で、魅了にかからなかった者達は混乱し、次の行動が遅れた。
その一瞬が命取りだったと言えよう。
テレジアは邪魔になるもの、逆らうものを拘束、もしくは処刑し、次々と城からまともな思考を保てる者達が消えていったのだ。
当時騎士団にあり、テレジアの正体を知ったヴォルフは、国が侵食されていくかのように広がる魅了の範囲に疑問を感じ、媒介となるものの存在を疑い、調査に乗り出した。
しかし、初めの一歩が遅く、日に日に味方は減っていき、最後には町の中ですら息苦しい状況になったとき、彼は子供と妻を隣国アストールへと逃すことに決めたのだ。
「おそらく私はどこまで行っても追われることになる。だが、友人達に協力してもらい、お前達だけでも逃がすことは可だと、そういってあの人は私達を逃がし、子供達は魔法の幻術で死んだように見せかけ、自分は少ない兵士と共に王や仲間を救うために立ち向かっていったのです」
だが、王も王子も彼等が乗り込んだときにはすでに物言わぬ躯となり、必死に戦った騎士や兵士も、操られる仲間を前に次々と倒れ、汚名を着せられて処刑されたのだという。
「それでヴォルフ・オーエンの名が謀反人として世に広がったわけか」
「謀反だなんてひどい!」
ギルバートの呟きにエマが立ち上がって叫び、周りの人々が何事かと注目したため、エマは小さくなって席に着いた。
「彼の汚名を晴らすためにも我々にできることから始めねば」
ロランが呟けば、皆が強く肯く。
「では、媒介となるものを探すのが先決ですね」
ギルバートが言えば、それを引き継いで同じ第五小隊新入りのログが手を上げる。
「魅了はああ見えて魔法に分類されます。魔道士により魔力探索していけば当たる可能性は高いかと」
「いや、その方法はおそらくヴォルフ殿も試されてるはずだ。それで見つからなかったのだとすれば、別の手を考えねばならない」
ユリウスが冷静に判断すると、これにロランが手を上げた。
「蜘蛛の糸を使うか」
「蜘蛛の糸?」
皆が首を傾げ、ロランがにやりと笑みを浮かべた。
町の小さな食堂の一角はその日、軍の会議でも行われているのかと疑うほどの緊張に襲われていた。
実際半分ぐらいが城の一室でひっそりとおこなわねばならない会話だったが、今や敵だらけの城で話すよりも、まだ魅了の影響のない町でこそこそと話した方が安全だったのだ。
かつての名将ロランは、この国に昔からある古い人間ネットワークを使い、ここ最近姿を見るようになった人、物、流通ルート、果てはたわいない噂話までその全てを集めることにした。
それが蜘蛛の糸。
今も使われてはいるが、ロランが使うのは戦争後に作られた人間ネットワークではなく、その前からある少し古臭い人々でできた人間ネットワークを使うのである。
「これはわしが得た情報だが、あの魅了は老人には効きにくいのではないかな?」
パーティーから4日間、皆何もしなかったわけではなく、それぞれ情報を集めていた。その中には、魅了にかかりやすい年代やそうでない年代の報告も入っており、老人と子供はほとんど魅了の被害にあってないことが分かっている。
だが、ロランにはそれを報告していなかったが…。
「リチャード様ですか?」
ユリウスが呆れたように情報の出所を尋ねれば、ロランは頷き、ユリウスは渋面を作ってそれを認めた。
「あれのことだ、どうせ騎士団長辺りの寝床を襲って催眠術でもかけておるのだろうよ」
(((ありそう)))
主のために情報を催眠術によって聞き出す執事の姿に皆がぞぞっと身を震わせた。
もちろんロランは冗談のつもりだったのだが、本気にとられてしまって呆気にとられる。
(どこまで化け物と思われとるんだうちの執事は?)
物事をそつなくこなすだけだが、はたから見ると隠密かと誤解されがちだ。実際はなんてことないひ弱な老人なのだが。
「うぉほんっ、まぁ、とにかくだ、昔取った何とかというだろう。わしら老人にも国にできることをさせてくれ」
皆が頷き、さらに細かいことをつめていく。
本来ならば騎士団長ライルとも連携をとり、騎士団全体で把握したうえでやらなければならないが、残った騎士とてやはりこの先どうなるかわからず、魅了を解除できるチキの体は二つ無い。ということで、これは民間側の動きとして協力してもらう形にし、騎士団全体を介すのではなく、直接ライルに報告することになった。
「オーエンの母君と妹は身の安全のため、しばし住まいを移ってもらうことになる」
これはすでに決められていたことで、ラインヴァルトの母モネもすんなりと頷いた。
だが、妹のマリーは納得いかないようで、むすっと唇をとがらせる。
「ひどいわっ。仕事がノリにノッてきたこの時に休めだなんて。他のお店がアイデアをとってしまうじゃない」
「まぁ、あの短いスカートですか?」
エマが声をかけるとマリーはパッと目を輝かせる。
「エマならわかるでしょうっ、あのスカート評判なのよ。何でも男心をくすぐるとかで~」
「……妹は私が連れて行きますので」
ラインヴァルトが申し訳なさそうに告げ、マリーはすかさず話を中断して顔を兄に向けた。
「なら、私城に行くわ!」
「「「は??」」」
突然の言葉に皆ぽかんと口を開けたまま固まる。
城と言えば今現在彼等の最大の敵が住む最も危険な場所である。さすがにマリーの意見には皆首を横に振ると、これにもマリーは勢いよく告げる。
「女騎士の衣装係よ。だって、相手は私の顔を知らないんでしょう。だったら事件なんて全く知りませんて顔して勤めてる方がきっと見破られないですむと思うの」
ぐっと両手で拳を作って力説するその姿は何処かチキに似ていて、説得に苦労しそうだという雰囲気が皆に流れたその時。
「コケッ」
それまでじっとして黙っていたチキが声を上げると、皆がはっと我に返る。
「チキ様、賛成なら一度、反対なら二度お鳴きください」
エマがわかりやすい案を口にし、チキはそれに応える。
「コッ」
「チキ様はマリー様の登城を望まれるのですね?」
「コッ」
「…何か理由があるのか?」
ユリウスの質問にもチキは同じように答え
「コッ」
一度返事すると、しばらくの議論の後、木を隠すなら森に、ということでマリーの城行きがしぶしぶ許可された。
チキは喜ぶマリーをちらりと見上げ、その少し暗く陰った青い瞳を見た後、静かに瞼を閉じて眠りについた。




