49羽 寿命
「ニワトリって字が読めるんだな」
チキは今城の図書館にて分厚い本と格闘していた。
ページをめくるのは本の前の椅子に陣取るバーデである。チキは机の上に乗り、本を覗き込む形だ。
山賊と図書館。全く不釣り合いな構図になったのには訳がある。
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「なるほど、敵を知る為に自分のことが知りたいとそうおっしゃるのですね?」
「コッ(そう)」
会議の後、チキは意思疎通の叶う万能執事のリチャードに、魔法生物について知りたいと訴えた。
テレジアがチキをニワトリに変える瞬間に言っていたのだ、魔法生物がどんな生き物か知れと。そのうえで立ち向かうならば容赦はしないと。
それに…
『あなた、もうすぐ』
頭の中に響くのはテレジアが言っていたチキにしか聞こえなかった言葉。
『消えるわ』
消えるとはどういうことなのか、魔法生物故なのか、とにかく何でもいいから自分について知る必要があったのだ。
「そういうことでしたら…ライル坊ちゃん」
リチャードが声をかけると、隊を新しく編成し、これから寄せられるであろう苦情の処理に頭を悩ませる騎士団長ライルが、すでに渋面を作っていたその顔に、さらに苦々しい表情を浮かべる。
「坊ちゃんはやめてくれ」
「坊ちゃん、お嬢様に護衛を一人つけてください」
「…人手の足りん今言うのか?」
そう、騎士団の人手は足りていない。
ライルが頭を悩ませるこれから寄せられる苦情というのは、城の警護に回る事になった第五小隊のせいだ。
騎士団は現在半数以上が魅了により使い物にならなくなっており、チキによってその解除ができるとわかったものの、やはりテレジアに近づきすぎれば再度魅了にかかるという懸念があって、城の警備を貴族出身の多い第一・第二小隊から、見た目山賊盗賊な風貌の第五小隊に変更せざるをえなかったのだ。
騎士団は現在大きく編成を変え、中心の警護をしていた者と外の警護をしていた者が入れ替わり、いつもと違う業務形態に戸惑う者達で業務の進行速度は低下、魅了被害により使える人間も減ったために完全な人手不足に追いやられている。
そこにきて、要人でなくニワトリの護衛。はいそうですかとすんなり答えられるはずもない。
「今現在お嬢様以外に魅了を解除できるものがおりません。となれば、あちらの狙いもお嬢様に絞ってくる可能性が高いかと思われます」
「確かにその娘の魅了解除の力は危険視される…か」
蛇女であるテレジアの真の目的がわからない今、魅了を打ち敗れる者がいなくなってはこちらも手の打ちようがない。
ライルはしばし考えた後、チキには護衛という名のパートナーを組ませることにした。
「ニワトリとはいえ騎士には変わるまい。ならば、業務はその時間のパートナーとこなし、パートナーとなったものがその娘の警護を兼任するものとする」
妥協策だとポツリ呟くライルに、リチャードは頷いた。
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そして現在。
チキは空き時間を使い、この時間のパートナーであるバーデと図書館にて魔法生物を調べているのである。
「魔法生物とは、月の魔力を取り込んだ動植物のことである…ふぅ~ん」
そこそこ気になるのか、チキがテーブルの上から本を覗き込む後ろで、同じように本の内容をバーデがなぞる。
「コケッ(ちょっと黙ってて)」
チキはざっと魔法生物についてを読む。だが、何冊本を並べて読んでも、書いてあるのはほんの少し。 バーデが口にしたことが書いてあればいい方で、あとはそのような生物がいるかもしれないという一言が書かれているだけである。
「コッコッコッコケッ(もっと難しい本に載ってるんじゃないかな)」
バーデが本棚に取りつき本を選ぶのをチキがちゃんと選べるのかとハラハラしながら見上げる。
チキは現在手がつかえないので、本を選ぶのはバーデに任せきりだ。そのせいなのか、どうなのか、もともとあまり載らない魔法生物の記述がひどく少ない。
「お、これならどうだ?」
バーデが一冊の本を抜き取ると、一緒に隣の本が落ちてきて危うくチキに直撃するところだった。
「コケー!(気を付けてよ!)」
「わるいわるい。で、ほら、これならいいだろう」
バーデがじゃーんと効果音を付けてチキに見せたのは
『誰でもわかる生き物図鑑』
なるほど、魔法生物の記述が見つからないわけである。
「コッコケコ!(まともな本を選べ!)」
バーデはそうかそうかと満足そうに肯いて、図鑑をテーブルの上に広げる。
どうやらバーデはすでに活字を読むのに飽いたようで、絵で描かれた図鑑をひらき、子供の様に「おぉっ」と声を上げ、似てる似てないと没頭し始めてしまった。
チキはため息をつき、自分の届く範囲の本を落として何とか読むかと考えたところで、先程自分に降りかかってきた本に近づいた。
『魔道辞典』
(間違いなく載ってないな、これは)
それでも手近に本がないのだからと足を駆使してページを開けば、索引には魔法生物の文字がある。
(期待はしないけど)
ぱらりぱらりと本を傷つけないよう細心の注意を払って開いたページには、見開きで魔法生物について書かれている。ただし半分は絵で、それも半分人間半分獣の姿が描かれていたので、想像上の生き物として記述されているもののように見えた。
『…により己の魔力を保つと言われている。よって、魔法生物は月の男神の祝福を受けるのでなく、月の女神の祝福を受けるのではとされている』
チキはおや?と首を傾げて文に見入った。
『魔法生物の派生: 魔法生物は月の魔力を糧として成長し、ある段階で目覚めると言われている。そのきっかけが願いであるとも、欲望であるとも言われるが、彼等は皆一様に願いを叶えなければ滅ぶという性質を持つ。とある国では…』
辞典に描かれている絵はともかく、書かれている内容は魔法生物にでも聞いたかのように事細かく。また、例が挙げられていてチキは夢中になって読んだ。
そして、全部読み終えると、チキはぱたりと本を閉じた。
(チキは…)
『あなた、もうすぐ消えるわ』
テレジアの声が頭の中に響き、チキはその場にうずくまる。
(チキは…もうすぐ消えてしまう…)
『魔法生物の寿命:獣の世界でも力の弱い者ほど願いを叶える時間は短く、最短で1週間、最長で3年とされている』
本にはそう書かれていた――――――




