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ニワトリだって恋をする  作者: のな
魔法生物編
48/78

48羽 灰色狼

蛇のテレジアのお話 

とばしても…たぶん大丈夫です

 馬鹿馬鹿しい。


 女はドレスを脱ぎ捨て、どさりとソファに身を投げ出した。

 

「ここにもいたわ。魔法生物」


「そのようですね」


 苦々しげに告げたのは黒髪に右側の一部に白いメッシュの入った長い髪をした愛らしい少女。しかし、シュミーズとドロワーズだけの姿で転がるその肢体は少女というよりも少し熟れた女性を感じさせ、赤い唇がひどく怪しさを醸し出し、女を意識させる。

 

 女の名前はテレジア・イエスタ・セルドゥーア。かつては、黒と白の体を持つ蛇の魔法生物であった。


「あの男といい、今度の小娘といい、魔法生物というのはどこまで愚かなの」


 テレジアは自分の親指の爪を齧る。これは人になってから出始めた癖だ。そんなテレジアの手を止めたのは、濁った瞳をしたどこにでもいる栗色の髪と瞳の特徴のない顔立ちの男。


「爪の形が崩れます」


「そんな物どうでもいいのよ!」


 テレジアは名前も知らない男に手近のクッションをぶつけると立ち上がり、いらいらと部屋の中を歩き回る。

 テレジアは癇癪持ちというわけではない。セオドアにいた頃もどちらかと言えば落ち着いた方で、普段は声を荒げることもない。

 唯一声を荒げていた時期があるとしたら、ある男が関わった時期だけだ。


「どうして誰もかれも魔法生物は人間なんかに尽くすの!」


「何をそんなに荒れているのです?」


 男はテレジアを後ろから抱きしめ、その首筋に口づけを落とす。

 

「同じ魔法生物として腹が立つだけよ」


 テレジアは男の顔を手で押し返し、すたすたと歩いてもう一度ソファに体を沈める。

 つれなくされた使者の男は、それでもテレジアに近づくと、テレジアの手を取り、その指に口づけを落とした。


「やめて頂戴。今はそんな気分じゃないの」


 男は手を振り払われても気にした様子はない。

 テレジアの頬に手をはわせ、唇を重ねる。


「…やめなさい、と言っているでしょう」

 

 テレジアはもう一度男を押し返し、睨んだ。

 男は動きを止めてその場に(ひざまず)く。


 男の瞳は操られているのを示すように濁っている。なのに、この男は時々命令に逆らうように動く時がある。

 テレジアは男に魅了が聞いていないのではないかと時々疑う時があったが、こうして睨めば従順に膝を付くので、効いていないわけではなさそうだ。

 

(エサの分際ではむかうのは魅了が効きすぎてるせいかしらね)


 テレジアは従順な男を冷ややかに見下ろし、そして再びあの反抗的な目を思い出す。

 まっすぐにこちらを見据え、自分の大切なものは何一つ奪わせないと言いたげな眼差し。


 セオドアでも何度かぶつかったその眼差しは、それよりももっと前に見たものにとてもよく似ているのだ。


 テレジアは立ち上がると跪いたままの男を無視して鏡の前に立った。

 

 ぬばたまのごとき黒髪、右側に一房白いメッシュが入り後ろへと長く流れている。そして、すらりと伸びた手足に、熟した体。顔立ちは甘く、それでいてどこか妖艶な雰囲気を醸し出し、人々を魅了する。

 瞳は…


「馬鹿馬鹿しい」


 テレジアは踵を返すと、いまだ跪いたままの男の胸元を掴んで立ち上がらせ、そのままソファーに押し倒す。

 馬乗りになって男を見下ろし、己の赤い唇をぺろりと舐めると、男の唇に唇を重ねた。


(あんな小娘に何ができるというの。見たところ魔力も不安定、エサも十分与えられていない。どうせ長くない。放っといたって消えていく存在)


 男はテレジアを愛撫し、テレジアは男に応えるようにしてしなだれかかる。


「人を愛して人になった魔法生物は、願いがかなわなければ消える」


 ふっと苦笑してテレジアは呟く。


(私は消えなかったけれどね)


 消えない代わりに払った代償は大きかったのか小さかったのか、今ではテレジアにもわからない。だが、彼女にはやるべきことがある。


「お前の無念も晴らしてあげるわ…」


 テレジアはどこかの誰かを思い出すように呟き、ふと夜の薔薇園の中で出会った背の高い女を思い出していた。

 

(あの娘もお前と同じ銀色の瞳だったわね…。無念のままに死んでいったお前の思いが出会わせたのかしら?)


 チキの隣に立ち、こちらを睨んでいた女は自分に歯向かって死んでいった魔法生物に良く似ていた。そして、ラインヴァルトという名前。

 テレジアはふと何かに思い当たって動きを止め、突然くすくすと笑い始める。


「そう、そういうこと」


 男は(うつ)ろな目でテレジアを見上げている。

 テレジアは男を見下ろすと、あの銀色の瞳を持つ男を仕留めた目の前の狩人を撫で、ご機嫌に笑いながら呟いた。


「お前は狩り損なっていたわ」


「何を?」


 男は機嫌のいいテレジアを(いぶか)りながら見上げ、その唇に何度も口づける。


「灰色の狼」


 男はぴたりと動きを止め、その瞳の濁りが一瞬消える。だが、代わりに浮かんだのはぞっとするような殺意だ。


「生きていたのよ。灰色狼の子供は」


 セオドラで散々テレジアを苛立たせた狼。その血の繋がりのある者は確かに殺したと思っていたのに、生きていた。

 テレジアは組み敷いた男の喉に唇を寄せ、その喉を舐める。


「この国じゃ名前の呼び方が変わるのをすっかり忘れていた。ラインヴァルト。ニワトリの傍にいたあの娘、あれはレギナルトだわ」


 ぐっと男の体に力が入る。


「灰色狼の息子。何の偶然かしらね、あのニワトリと一緒にいるなんて」


 くすくすと笑うその声がピタリとやみ、テレジアの瞳はまるで蛇のようにその瞳孔を細めた。


「あの二人を殺しなさい。人を愛する愚かな魔法生物の血などいらない」

 

「請け負った」


 男はぐんっと上体を起こすと、共に食い合うように深い口づけをかわした。




(今度こそお前の血は消して見せるわ灰色狼ヴォルフ…ヴォルフ・オーエン!)


 

 


 

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