47羽 作戦会議を…
貴族の男達を連れて戻った会場は、すでに静かになっていた。
どうやら蛇女のテレジアがいない間にさっさとお開きにしてしまったらしい。
楽団やメイド達が片づけに奔走する中、数人の貴族女性が蒼白な顔で椅子に腰かけ、さらに数人は涙し、数人は怒りながらだったが、それでもテレジアを追いかけて行った夫や恋人を待っていてくれたようだ。
男達と女性達は騎士団から簡単に操られていたことを告げられ、皆蒼白になっていた。
実際操られている騎士をチキが蹴ることで正気に戻し、彼等はその様子を見てさらに恐ろしくなったようである。
無用の混乱を避けるため、口外はしないと約束して彼等は解散となった。
彼等もいなくなると、チキ達は団長室へ移動してロラン達と顔を合わせることになった。
デルフォード家の主であり、チキの義祖父であるロラン、義父フランツ、執事リチャードの三人は、騎士団長ライルを捕まえ、どうやら押しかけたらしい。
ロランはパーティー中に操られた者達を捕まえるのに協力していたので、今の騎士団がどうなっているのか心配になったのだろう。
「招集して集まれたのがこれだけか」
騎士団長ライルは目を細めて嘆いた。
招集をかけた相手は騎士団の小隊隊長格だったが、応じたのは第一小隊隊長シリウスと、その副官カイル。それから第4小隊隊長シャーンと、第5小隊隊長バーデだけだ。
「第5の隊員は結構無事ですよ。まさか第二のアドルフ達をふんじばる羽目になるとは思わなかったとぼやいてましたがね」
バーデは報告する。
大隊で動いていたのもある意味幸いした。
バラバラに配置された第五の面々は無事な者が多く、おかしくなった者達を各自の判断で(一部日頃の恨みとばかりに)封じ込めることができたのだ。
騎士の中にはテレジアの元に行くために暴れたものも多くいて、特に第1から第4のものばかり。第五だけでも正常なものがいて動いてくれたのは大いに助かったと言えよう。
「アドルフはかなり暴れたらしいな」
第二の小隊長はテレジアの元へ行かせろと大暴れしたらしい。
なんだかんだと言いながらやはり隊長だけあって実力が高く、数名が捕縛の際に怪我をしたそうだ。
「頭が痛い話だな。唯一の救いはその…ニワトリか」
なぜか皆を正気に戻すことのできる魔法生物であるニワトリを見つめ、ライルはため息とともに告げた。
救いがニワトリ…と部屋の中の皆が一抹の不安を抱きつつ期待のニワトリを見るが、ニワトリは広げられたドレスを前にずっと沈み込んでいる。
「コ~…」
「一部汚れが残りますが大丈夫ですよお嬢様」
「コッ(本当?)」
「えぇ、ですから落ち込まずに、ユリウス様も責めたりなさらないでしょう?」
戸惑いながらもユリウスは頷き、リチャードはにっこりとほほ笑んでニワトリを撫でた。
部屋にいるほとんどの男達は皆同時に思う。
(((なぜ会話ができているんだ…)))
「あ~、それでだな、ユリウス。チキについてなんだが」
自分の執事が妙な雰囲気を出す中、ロランが言いにくそうにユリウスに話しかける姿を見て皆が「お」と興味津々に彼を見た。
誰もユリウスにチキのことを言っていなかったが、ついにここでその秘密を明かそうというのだ。真剣な話し合いの場所であることは重々承知しているが、わくわくしてしまうのは人として仕方がない、と皆自分に言い聞かせ、耳をダンボにしている。
「コ~…(ユリウス)」
チキはユリウスを見上げ、二人は見詰め合う。
「魔法生物については知っているか?」
「チキ…」
ユリウスはチキを抱き上げ、チキはすりっとユリウスの胸にすり寄った。
ニワトリになっても化粧は残っていたが、すでにエマに拭き取ってもらっている。存分に甘えると、ユリウスもチキの背中を撫でてくれる。
「あ~、そこのバカップル戻ってこい」
バーデがニワトリでも同じかと呆れながら声をかけ、ユリウスは顔を上げる。
「チキが呪われているというのならできる限りの手は尽くす」
(((なぜそうなる…)))
恋は盲目とはよく言ったものだが、まさか耳から入る情報まで遮断するとは思わず、ロランは「う~む」と唸り、バーデは「アホだ」と本音をぶちまけ、騎士団長ライルは面白すぎて口の端が引きつっていた。
「チキ様の呪いはユリウス様にしか解けません。いつかチキ様が本物の淑女になられるよう日々努力なさってください」
にっこりとほほ笑む執事リチャードはそう煽ると、ロランの方を向いてもう一度にっこりほほ笑んだ。
(どうせ聞いてないなら話すな、というわけか…)
周りで男達が確信犯だと囁くが、当事者たちは全く気にせず、チキにいたってはユリウスを慰めるようにその唇を嘴で甘噛みしている。
絵的に面白すぎて団長ライルは先ほどから肩を震わせ、笑いを堪えている。
(あの堅物がこうなるとは…)
もう少し放っておいたらおそらくライルが爆笑しただろうタイミングで、リチャードがにっこり微笑み進言する。
「ライル坊ちゃん、これから騎士団がどう動くのかこの老いぼれにも聞かせていただけますか?」
相手はにっこり微笑んでいるのに、殺気に似たものを感じてライルはぞくっと身を震わせると、咳払いして背筋を正した。
ライルはロランの甥っ子だ。ゆえにデルフォード家には幼い頃よく世話になっていた。そこで何があったかはあまり思い出したくないが、この執事の怖さだけは身に染みている。
「ゴホンッ。では、これからのことを少し詰めるか」
額に汗を拭きだしながら、ライルは作戦会議をようやく始めるのだった。




