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ニワトリだって恋をする  作者: のな
騎士編
44/78

44羽 魅了

(なんだあれ)


 そこにいたのは透き通った一匹の蛇だ。

 

 鎌首をもたげた蛇がチキを見てチロチロと舌を出している。

 見た目は威嚇か獲物を見つけた時のようだ、だが、その蛇と重なる女はにこにこと笑みを振りまき、こちらを向いてはいない。


「変な蛇」


 ぽそっとつぶやくと、突然チキの肩はぐっと掴まれた。


「蛇って、どうしてそう思ったんだ!?」


 驚いて目をまん丸くしたチキは、肩を掴んだ美女、もとい、ラインヴァルトを見て何事かと問う前に前後に揺すられた。


「ヴぁ…ヴァルッ、チキッ、首、うぉうっ」


 はっと気が付いて止めに入ったのはエマだ。

 ギルバートとログはと言えば、虚ろな表情でふらふらと蛇の女に向かって歩き始めている。その様子があまりにもおかしく、嫌な予感がしたのでチキはラインヴァルトの手をするりと抜けて二人の前に出ると、思い切リ…


 ゴンッ ゴンッ


「いうっ」


「ぐほっ」


 頭突きをしたチキはどうだと腰に手を当て、ふんと鼻息荒く二人を見た。


「うぅっ…お嬢様…一体何が?」


「ぐぅぅ…何か変な音が聞こえた気がしたんだが…」


 二人は頭突きされたあごを押さえて唸りながら何が起きて頭突きされたのかとよくわかっていない様子である。

 ギルバートとログの様子を見る限り、二人とも正気を失っていたように見える。いや、事実正気を失っていたのだろう。二人に聞けば、あの蛇女を見た瞬間からの記憶が飛んでいるというのだ。


「これが魅了ですか。ですが、わかっていたギルやログがこれでは他の方々も正気に戻すのは難しいかもですね」


 エマがちらりと蛇女の方を見れば、女はたくさんの男達に囲まれ、戸惑っているように見える。だが、本当に戸惑っているのは彼女を囲む男達に放り出された女達だ。

 女達の中には泣き崩れる者もいて、異様な光景になっているのに、ほとんどの男が気が付いていない。


 チキはそこではっとしてあちこちへ視線をやる。


「ユリウスとおじいちゃまとおとうちゃまはっっ」


 チキが慌てて周りを見回せば、一部騎士達がふらふらと歩き出しているのを気絶させているユリウスの姿と、なぜかそれを手伝っている義祖父ロランの姿が見えた。

 義父フランツはと言えば、チキと目が合ってにっこりとほほ笑みかけてきたので、おそらく魅了にかかっていないのだろう。


「おじいちゃま達は平気なのね。でもなんで?」


「リチャード様がいれば平気な気がします」


 エマは胸の前でぐっと拳を固め、コクコクと頷き、チキとギルバートも何となくそんな気がしてそこは後で考えることにした。

 

「じゃあ、次。ヴァルは効いて無かったよね?」


 ラインヴァルトはコクリと肯くと、先程止められて聞けなかったことをチキに問うた。


「チキ、あの女が蛇とはどういう意味なんだ?」


 その表情は真剣で、時折蛇女に向ける視線がひどく冷たい。まるで敵を威嚇する狼のような気配を感じる。


「そのままの意味だよ。チキにはあの人が蛇に見える。黒と白のしましまの蛇」


「…父と同じだ」


「はい?」

 

 皆が蛇女をチラチラと警戒しながら、ラインヴァルトの言葉に耳を傾ける。

 ラインヴァルトはひどく言いにくそうだが、ぽつぽつと語った。


「俺は、セオドア出身だと言っただろう?」


 チキは頷く。直接ではないにしても、ログ以外はそれを知っていたのでさほど驚くこともなく皆が耳を傾ける。


「父が王宮の騎士だった(・・・)


 だった(・・・)ということは今は違うということだ。そしてそれは、勘のいいギルバートにある考えをもたらす。だが、今はまだ任務中なので質問は後回しである。


「その父があの女は蛇だと言っていた。昔はそれを比喩だと思っていたんだが、父も黒と白の蛇がと言っていた」


 チキはしばらく考え込み、もう一度あの蛇を見やってなんとなくだが確信する。


(でも、そういうことなら…)


 鎌首をもたげた蛇はいまだこちらを見ているが、女は言い寄ってくる男に困った様に応じ、それをパートナーらしき、おそらくは使者だという男が追い払っていた。

 使者はやはりどこか虚ろな印象を受けるものの、女のように何かが重なっているようには見えないので操られている人間なのだろう。


「つまり、ヴァルはあの女の能力の範囲を直に見てるってことですか?」


 エマの質問にチキは思考を中断させてラインヴァルトを見れば、彼はコクリと肯いた。


「間接的でしか知らないが、町の中におかしくなった男達はかなりいた。俺は幼かったからあまり詳しくはわからないんだが、大人の話していたのはこの城で起きていたものと似たようなことだったと思う」


「だったら、わかる人に聞くべきだよ」


 チキがラインヴァルトを見れば、彼はひどく苦々しい表情だ。

 わかる人、と言って出てくるのは当時大人だった人間。この国でそれがわかっている人物は、ラインヴァルトの母親だけである。

 

「できれば…」


「この国でまで被害者を出すわけにはいかん」


 ログがびしっと言い放てば、おそらくは母親に当時のことを思い出させたくなかったであろうラインヴァルトはぐっと喉を鳴らし、こぶしを握ってゆっくりと肯いた。

 

「では、我々は本来のお役目である彼等の監視を続けましょう。エマは上にこちらの報告を入れてくれないか?」


 ギルバートの提案にエマは頷くと、すっと建物の陰に溶け込むように消え、ログを唖然とさせる。


「あ、あの、エマさんは暗殺とか隠密とか…」


 ひょっとして暗い過去を持つ女性ではないかと心配するログに、チキとギルバートはそろって首を横に振った。


「あれはね、デルフォード家の人間は皆できるの」


「備えあれば憂いなしで鍛えられるとああなる」


 ラインヴァルトとログは顔を見合わせると、当主であるロラン・デルフォードは実はこっそりと国盗りを考えているのではないかと疑ってしまうのだった。


 


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