32羽 手紙
他の男に見せたくない――――――
仕立て屋はいつ見世物小屋になったのか…
店内でミニスカートの女性と、男装した美麗な女の人が昨日のユリウスとチキの再現を少し大げさに演じ、集まった少女達が「きゃー!」と悲鳴を上げた。
唖然茫然は仕方ないと言えよう。
「ユリウス様って騎士団の憧れの人でね、そんな彼があんな甘い言葉を言うものだから、自分も言われたいって子が購入しに来てくれたの。で、すぐに手に入るのは前から作ってあったもので、ほとんどがオーダー。忙しくなるわ~」
金髪に緑の瞳のラインヴァルトの妹、仕立て屋の自称天才デザイナーマリーは、黄色い悲鳴飛び交う店内の様子を眺め、うんうんと満足そうに頷いて三人を奥へと案内する。
「憧れの人ですか?」
エプロンドレス姿の良家のメイドといった姿のエマの質問に、マリーは「そう」と上機嫌に答える。
「あの方、貴族とのお見合いに失敗し続けてるでしょう。でも、それは運命の出会いが待ってるからだってもっぱらの噂だったの。だって、町中の女の子達の中にはそこそこ会話できた子がいるって話だったもの。だから、皆夢を見たのよ、あの方とまともに会話できて見つめあえる人物こそが選ばれた運命の人だって。ちなみに物語にもなってるのよ、全10巻」
不幸体質としか思えないものがよもや少女達の妄想を掻き立てる刺激物になろうとは誰が想像できようか。
同じ男としてギルバートはユリウスに同情した。
「ちなみにアタックした人は?」
「どうかしら? 話ができたーって騒ぐ子が稀にいたけどあれも怪しいものよ」
確かに、とエマは同意する。
チキにはわからないことだが、ユリウスの傍に立つと、言い知れない恐怖のようなものを感じるのだ。できれば近づきたくないし、声をかけても欲しくない。
声をかけられた日には殺人鬼に追い詰められたような錯覚を覚え、目が合えば失神するだろう自信がエマにもある。
「なんであそこまで怖く感じるのでしょうね?」
「エマも怖いの?」
チキが不思議そうに尋ねると、エマは正直に頷く。
「ロラン様が剣を振り回す時に似てますよ。ですが、お嬢様と一緒の時だけ少し雰囲気が和らぐんです」
「それは愛ね」
マリーがはしゃぎ、エマも同意してきゃあきゃあと騒ぐ二人の姿は年相応だ。
チキとギルバートは蚊帳の外だったが。
エマとマリーが仲良くなり、店の奥のキッチンへと通される。
この家は大部分を店として使っているので、居住スペースが小さく、応接室がない。それゆえ、通される場所はキッチンかそれぞれの個室になるのだそうだ。
キッチンにはゆったりしたシャツを着た灰に近い銀髪に、銀色の瞳をした男が椅子に座り、くつろいでいた。
「こんにちは、ヴァル」
「あぁ、お前達か」
ヴァルことラインヴァルトは席を立とうとし、それを皆に止められてもう一度席に着く。
「今日はギルドは休みなの?」
リチャードがしていた朝の報告ではラインヴァルトはギルド登録した冒険者という話だった。普段はギルドで仕事をしている時間らしい。
「手紙待ちだ」
「え? なんの? まさかラブレター?」
わくわくしている妹を無視し、ラインヴァルトはコーヒーを飲み干すと、やはり立ち上がって近くにあった大きめの巾着をチキに投げてよこした。
「お前の服だ」
「あ、ありがとう?」
礼を言うべきなのか迷ったが、一応礼を言ってチキはマリーに促されるまま椅子に座る。
ヴァルは自分の飲んだカップを片づけ、マリーがエマと雑談をしていると、裏口の扉が叩かれる音がしてラインヴァルトが出ていく。
「でね、今度は貴族様も巻き込みたくて~」
マリーは熱心に話を聞いてくれるエマに今後の予定とドレスのアイデアを話すのに夢中のようだ。
チキはぼんやりと話を聞きながら、ふと奇妙な表情で戻ってくるラインヴァルトに気が付いた。
「ヴァル?」
「何かあったのか?」
ギルバートも気が付いて彼に声をかけると、ラインヴァルトはチキ達全員を眺め、そして長く息を吐き出す。
「何?」
不思議がるチキにラインヴァルトが見せたのは、今受け取ったのであろう手紙で、その封筒には大きく騎士団のシンボルである『竜の絵が描かれた盾の前で交差する二本の剣』の模様が入っていた。
「…ひょっとして発表って今日なのでしょうか?」
ぽつりと呟いたのはマリーとの会話を中断したエマである。
「まさか知らなかったとかいうんじゃないだろうな?」
ラインヴァルトに尋ねられ、三人は同時に「「「知らなかった」」」と肯いた。
これにはさすがにラインヴァルトも呆れ、手紙を放り投げてよこす。
ギルバートは手紙をキャッチして目を通すと、大きく目を見開いて立ち上がった。
「二人とも戻りますよっ」
「なんで?」
手紙を読んでいないチキとエマはきょとんとしている。
ギルバートはばっとラインヴァルトの手紙を広げると、下の方に書かれた名前を指さした。
エマ・リュンナ
チキ・デルフォード
ギルバート・ドイス
ラインヴァルト・オーエン
「ギルってドイスって言うんだねぇ」
「そこじゃありませんよお嬢様」
ギルバートは呆れながら名前の少し上の箇所を読むように促した。
「以下の者を今季騎士団一般入隊者とする。つまり?」
チキが首を傾げる横で、エマが目をキラキラ輝かせ、それを上回る勢いで目を輝かせたマリーががしっとチキの手を掴んだ。
「わたしっ、私に女騎士用の制服を作らせてちょうだい!」
興奮する少女たちを置き去りに、ギルバートが冷静に答える。
「騎士団に入隊できたようです。とりあえずは男としてですよ。だからマリーさんはしばらくお預けです。それから…たぶんロラン様辺りの陰謀でしょうね、ここにいるラインヴァルト、私、エマ、そしてお嬢様は同じ第5小隊入りです」
ラインヴァルトが変な顔をしたのはそのせいだった。
明らかに一悶着起こさずにはいられないような面々と同じ隊になり、合格は嬉しかったものの胸中複雑といったところだろう。
ギルバートはチキとエマを見て真剣に尋ねる。
「男として所属する覚悟は御有りですか?」
「まかせて」
「ばれそうになったときの回避策ならあります。その時はご協力くださいね、皆様」
にっこりとほほ笑むエマに、ギルバートとラインヴァルトはなぜかゾクリと身を震わせ、マリーは自分も手伝うと何をするかわからないまでも申し出た。
「まぁ、マリー様が協力して下さったら完璧ですわ」
エマはそういうといざという時の何かをマリーに告げ、マリーの思考は何処かへ飛んで行ってしまったらしい。目を輝かせへらへらと笑い、今にもヨダレをこぼしそうな姿に、男達は目を逸らし、見なかったことにした。
「頑張りましょう」
ギルバートはチキ達を見ると、ため息を吐き出し、ラインヴァルトの肩をポンとたたいて、共に暴走娘達のお守りをする覚悟を決めたのだった。




