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ニワトリだって恋をする  作者: のな
王都編
29/78

29羽 帰宅

「おや、皆さんどうなさいました。顔がおかしいですよ」


 そこは顔でなく顔色だろうと誰もが思ったが、男達は口を噤んだ。

 ギルバートとユリウスの副官カイル、それから金魚の糞のごとくなぜか付いてきた男、名はバーデ・ムートという騎士団第5小隊の男は、砂を吐きそうな表情でデルフォードの屋敷で執事のリチャードに出迎えられた。

 

 本来なら王都に構える別邸(・・)という名の屋敷の大きさや、デルフォードという名の敷居の高さに恐れ(おのの)くはずのバーデも、ここに来るまでのバカップルのいちゃつきぶりに(ほう)け、ただひたすらに何かに憑りつかれる様にここまで来たのだ。いちいち建物や位の高さなど気にしてなどいられなかったようである。


 いつものように飄飄としたリチャードは、メイドに皆を応接室に連れていくよう命じた後、自分は私兵の解散をさせるために外へと出て行った。


「エマ、大丈夫か?」


 ずっと青い顔で、思い出したように時々唸るエマを振り返ったギルバートは、ふらふら歩くエマの後ろの二人を視界に捉えてすぐさま目を逸らした。


 ユリウスはチキを見下ろすと、きゅっとつないだ手に力を入れる。

 

「チキ、着替えを」


 ユリウスはずっとチキの衣装…というか、今は騎士団の上着で隠された生足とむき出しの肩を気にしており、着替えを促すが、チキは首を横に振る。


「もう少し傍にいては駄目ですか?」


 もう何度目になるかわからない問答が再び繰り返される。


「もちろん構わないが、俺が落ち着かないんだチキ」


「うおぉぉぉぉぉっ」


 廊下を歩く最前列でバーデが髪をぐしゃぐしゃとかきむしって雄叫びをあげている。実は道中ずっとこんな感じだ。ユリウスのいつもの姿を知っているカイルとバーデのダメージは大きい。


「では、お爺様達の元に着いてから着替えに行きます。あの…待っててくださいますか?」


 騎士団はとても多忙な時期だ。

 チキの捜索も、知り合いであり、発表こそされていないが婚約者だということで特別に忙しい中を抜けてきているユリウスである、そう長くとどまることはできないとチキも知っていた。

 だからこそ、傍にいられる時間を着替えなどでとられたくなくて、その間に消えてしまうのが怖くて尋ねたのだ。


「ちゃんと出る前には挨拶をすると約束しよう。だから、着替えてくれるか?」


「約束してくださるならすぐにでもっ。あ、でも、あの…」


 チキは目をきょろきょろさせ、真っ赤になって俯いたと思うと、自分達が応接室の扉の前に辿り着いたとわかって慌てて顔を上げ、ユリウスに耳打ちする。

 その前方で、


(ぜ~ったい後ろを振り向くなよカイル~)


(えぇ、もちろんですとも。これ以上砂を吐きたくないですしね)


二人の男がぼそぼそと話すのをギルバートが呆れて肩を(すく)めていた。


 チキはそっとユリウスの耳元でお願いごとをすると、ユリウスは目を見開き、しばし考えた後、じっと自分を見つめるチキを見て仕方なさそうに、しかし、他人から見れば幸せそうな笑みを浮かべてチキの右頬に手を添えて、反対の頬にそっと口づけた。


 ぼんっとチキの顔が真っ赤になり、ユリウスは驚くと同時に笑う。


「も、もうっ、笑わないでくださいっ。あの、すぐ戻りますから。だから」


「あぁ、ちゃんと待ってる」


 チキは頷くとぴょんっと飛び跳ねてユリウスの頬に返礼のキスをしてエマの腕を掴んだ。


「すぐに戻りますからっっ」


「は? え? お嬢様っ?」


 エマはそのままチキに引きずられ、二人が消えると、それを見送ったユリウスが前を向き、その強面に顰め面を作った。


「なんだ?」


 彼の前に立つ友人二人はその表情の変わりぶりに盛大にため息をついたのだった。


______________



「うちの迷子のニワトリ回収に借りだしてしまって悪かったな」


 応接室ではいつものように泰然と構えるロランがソファに腰掛け、三人の男達を迎えた。

 広い応接室の両開きの扉の横には侍従とメイドが控え、部屋の中央のソファには屋敷の主であり、チキの義祖父(そふ)となったロランと、義父(ちち)フランツが腰かけ、なぜか玄関で別れたはずのリチャードがすでに部屋でくつろぐ主達にお茶とお菓子を提供していた。


「あれは子猫でしょうロラン様」


 ユリウスが表現の違いを指定すれば、ロランとフランツが同時に首を横に振る。


「チキはニワトリでいいんですよ」


「ニワトリだな」


 首を傾げるのはこの場ではユリウスとバーデだ。カイルはしらっとした顔で黙っているが、口の端がぴくぴくしているので笑いをこらえているのだろう。


「とりあえず皆座ってくれ。あぁ、そうだギルバート、騎士団入隊の試験を受けたそうだな」


 ギルバートはソファには座らず、ソファの後ろで立つ姿勢をとろうとしてぎくりと身を固くした。

 チラリと執事に徹しているリチャードを見やれば、彼は軽く首を横に振って自分がばらしたのではないとアピールする。


 おそらく、屋敷を出て町に行くと決まったときに、護衛を兼ねて自分達に『影』が付いたのだろう。

 影達もチキが屋根へ上がってからはその姿を見失ったのだろうが、それまでの出来事についての報告はきちんとなされていたらしい。


「はい。受けました」


「チキとエマもだな?」


 これにはユリウスが目を見開き、カイルが「へぇ」と面白そうにギルバートを見やり、バーデがうんうんと腕組みして頷く。

 バーデの頷きは余計だった。それがなければギルバートはいくらでも誤魔化すつもりでいたというのに。


 案の定ロランは頷いたバーデを見やり、尋ねる。


「受かりそうか?」


「騎士団としましては女性などもってのほかだと言いますね」


「正論だな。だが、まだばれてないだろう?」


 バーデはロランのいいようにおや?と一瞬目を見張り、次いでにやりと笑みを浮かべる。


「えぇ、ばれてません。ですから、新しい風を吹かせることは可能ですよ。俺自身あの二人は欲しい逸材だ」


 一人は体力が劣るが、騎士団としては一人でも確保したい治癒士の能力を持つ。もう一人は、(いささ)重さ(・・)に欠けるが、その素早さと身軽さは類を見ない逸材だ。

 それに、女は入隊できないなどという昔ながらの体制はもう古いという考えをバーデは持っている。

 

 あの二人、特にチキは何かしらやらかしてくれそうで久しぶりにわくわくするのだ。でなければあの屋根で目を合わせた時からここまで追いかけてはこない。


「バーデ、いい加減にしろ。ロラン様も。チキは体の弱い娘なのですよっ」


 ユリウスの言葉に一瞬しんと部屋が静まり返る。


(男共と張り合って、屋根を走り回って、虫も食うような娘の体が弱い?)


 バーデは首を振りつつユリウスの肩に手を乗せる。


「ユリウス、それは多分こちらの方々の仕組んだ」


 ばたん!


「お、お待たせいたしましたー!」


 ノックがあったのか、無かったのか、扉を開いたのは赤みがかった栗毛に森の緑の瞳をした背の高いエプロンドレスの少女、エマ。

 

 そして、パタパタと後に続いて入ってきたのは、淡いクリーム色をしたハイウェストでくるぶし丈の長さのエンパイアドレスに身を包み、スクエアになったレース付きの襟元から出ている首に花付きのチョーカーを付けて髪を首の付け根で団子にし、頭にレースのリボンのカチューシャを付けたチキだ。


 チキが着ているのは最近王都ではやり始めたばかりの貴族女性の普段着で、スカートの下に何枚ものペチコートを重ねたふんわりとしたスカートの服ばかり見慣れた男達には新鮮に映る。その表情の変化ににやりとしたのは、チキの服を用意したフランツである。


 女性が現れれば男達は席を立つ。

 

 ユリウスは当然のごとくチキを迎えると、チキの手を取り、その頬に自然と口づけていた。


「よく似合ってる」


 チキが嬉しそうに微笑むと、思わずといった様子でバーデ、ギルバート、カイルは視線をあらぬ方向へ向けた。


(女って怖えぇ~)


 少年のようなまだまだ子供じみたチキに一瞬どきりとした男達の様子に、エマは一人ほくそ笑むのだった。


エマ「ふっ、お嬢様をサルだなんて言わせませんよ」

チキ「言われてないよっ、サルとは一言も言われてないよっっ」

ギルバート「エマがそう思ってたんじゃないですか?」

チキ・エマ「えぇ!?」

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