28羽 遭遇
「ち~き~さ~ま~」
輪投げに熱中していると、背後から猛烈に感じられる冷気にチキは「ひぃっ」と悲鳴を上げて振り返った。
そこに立つのは腕を組んでチキを睨み据えるギルバート、と苦笑いして手を振るエマ。
「ロラン様の私兵をお借りしてまで迷子捜索をしていたというのに何してるんですかっ!」
大通りの真ん中で怒鳴られ、 チキは首を竦めた。その姿に周りの者達が何事かとチラチラ目を向けてくるが、そんな視線はギルバートの睨みで四散する。
まさにさわらぬ神に祟りなし、といったところだ。
「ごめんなさい」
しゅんとして謝ると、様子を見ていた灰色狼ラインヴァルトが前に出た。
「すまない。うちの妹のせいだ」
予想外の人物にギルバートとエマが目を丸くする。それもそのはず、彼はチキに獲物認定された男だ。喧嘩せずにともにいることなど想像できなかったのだ。
思わずギルバートがチキを見下ろせば、チキは両手を腰に当て、胸を逸らす。
「今のところ引き分けっ」
なにが?とは言わずとも、彼等の手元にある商品を見れば一目瞭然だ。
平和的だが、やはり勝負はしていたらしい。それも子供向けな輪投げで。
「あら、何をとったんですか?」
エマが興味を持ったところで説教は中断である。
ギルバートがラインヴァルトに経緯を聞いている間、チキはエマに戦利品を見せる。
「おもちゃの指輪に、タバコ…これは駄目ですよチキ様」
エマがより分ける。
戦利品はほとんどがおもちゃばかりだ。輪投げの屋台には大人向けの商品もそれなりに並んでいるというのに、そう言った価値のある物よりもチキはキラキラしたものを狙っていたようだった。おそらくタバコは失敗した時に偶然手に入ったものだろう。
「…そういえば、そのお衣装どうしたんですか? ちょっと、その…足が」
チキはくるりとその場で回る。
ふわりと揺れたスカートのデザインは可愛らしく、チキに似合っているのだが、膝が見えてしまっていて如何したものかとエマはおろおろしてしまう。
貴族の子女がこんな膝を出した姿をしていたらユリウス様に嫌われるのではと焦ってしまい、エマはあちこちに視線を向けるばかりでいい案が浮かばなかった。
「チキ?」
チキは慌てた様子できょろきょろしているエマから顔を動かし、柔らかく甘い声のした方へ目をやって、その瞳に金糸の髪と空の青の瞳を映した。
ほんの少し焦燥感を漂わせるユリウスが、見知らぬ人間二人を引き連れ、そこに立っていた。
「ユリウスッ」
チキが満面の笑みを浮かべて駆け寄ると、ユリウスはチキを待ちきれずにチキの腕を引き寄せ、己の腕にしっかりと閉じ込めた。
ほうっと安心したような息がチキの肩に触れる。
「けがは?」
「ないです」
チキはユリウスの背に腕を回し、その服にしがみ付いてピッタリと体を寄り添わせる。
すんすんと鼻を鳴らして臭いをかげば、さわやかな香りが漂ってくる。ユリウスの臭いだ。
安心して息を吐くと、チキは告げた。
「逢いたかった…」
チキのストレートな感情表現に、後ろに控えるエマが頬を赤くする。
「忙しいってロランおじい様がおっしゃってたからまだ逢えないと思っていたの」
「すまない。少しでも時間を空けて会いに行けばよかったな。祭りも一緒に回りたいと思ってはいたんだが」
ほんの少し体の距離を開けて見つめあったところで、ユリウスははたと動きを止めた。
チキが離れるのを嫌がったが、嫌がる彼女を少し制して体を離し、チキの全身を眺めて口元を隠すと、目を逸らす。
「ユリウス?」
目を逸らされることを何よりも嫌うチキの震えた声にユリウスはどきりとして急いで上着を脱ぎ、傍らに立つ副隊長のカイルに向けて手を差し出すと、カイルが仕方ないといった表情で同じように騎士の上着を脱いで渡した。
「ユリウス」
不安そうに呼ぶチキをもう一度引き寄せると、その腰にカイルの上着を巻いて足を隠し、自分の上着でチキの肩を隠してもう一度抱きしめた。
「可愛くないの…?」
チキが尋ねれば、ユリウスは「いや」と首を横に振り、囁くようにチキの耳元で告げる。
「他の男に見せたくない」
甘い声にチキは胸がきゅんとしてユリウスの首にしがみ付くと、じっとユリウスを見つめた。
「まてまてまてまて! そのゲロ甘な雰囲気はどっか他でやれっ」
今にも口づけするんじゃないかという二人の雰囲気に水を差したのは山賊のような風体の男だ。
彼の勇気ある制止で周りの男達は助かったが、見目麗しい騎士と愛らしい少女のラブロマンスに心躍らせ、チラチラと見つめていた野次馬の少女達が男を一斉に睨む。
「うぉぉぉっ、いまだかつてない視線にさらされてる気がするっっ」
男はぞわっとたった鳥肌を抑えるために腕を必死にさする。
チキはユリウスにしがみ付いたまま、男を見て「あ」と口を開けた。
「裸の人」
ぽつりとつぶやいたその言葉に男はぎょっと目を見開き、カイルに呆れた目で見られ、見物人の少女達に冷たい目で見られ、さらにユリウスに射殺されそうな目で見られて首をぶんぶんと横に振った。
「やましいことはしてない! 誓って!」
「そうなのか?」
チキはユリウスに尋ねられ、「たぶん?」とあいまいに返した。
「俺を地獄に落とす発言は控えてくれ!」
男は必死で取り繕い、あまりに騒がしいのでで最終的にカイルに止められていた。
「とりあえず屋敷に送ろう」
ユリウスも周りの視線に気が付き、そっとチキの腕をほどくと、残念そうなチキの頭を優しく撫でる。
「あ、この服返しに行かないと」
振り返れば、どこか呆れたようなラインヴァルトと目が合い、彼は首を横に振ってチキの目の前に小さな袋を差し出す。
「服は後日でいい。その時お前の服を渡すのでも良ければだが」
「いいよ。じゃあ後日取りに行くね」
どこか砕けた様子の二人のやり取りを見てふとユリウスは無意識にチキの腰を抱き、チキが嬉しそうに微笑むのを見て安堵する。
そんな様子を後ろで見ていた男とカイルは死んだ魚のような目をしていた。
「これは約束の物だ」
差し出された袋を、雰囲気的に何かに感づいたエマが代わりに受け取り、お礼を言うチキの横でちらりと袋を覗き込んだ瞬間、ビシッと固まった。
「エマ、それ明日のオヤツにするの」
エマの持つ袋の中、小さな箱に入った物は、うねうねと蠢いてその新鮮さを物語る。
エマはぶるぶると震えたかと思うと、
「いやああああああああ~!」
悲鳴を上げてギルバートにそれを押し付け、遠く離れた場所へダッシュして蹲った。
なんだなんだとギルバートの持つ袋の中身を見た男とカイル、それにギルバートは、「なんだ、虫か」と呆れた声を出し、ギルバートは追い打ちをかける。
「エマ、騎士団に入るとこういうゲテ物も食べられるように特訓するんだけど?」
「聞いてません!」
「まぁ、女性にはきついかもねぇ」
カイルが呟き、男が続く。
「これぐらいなら塩スープでいけるだろ」
暢気な発言にエマは立ち上がると、二人の世界を作っているチキとユリウスには聞こえないように3人に近づき、小さく叫んだ。
「お嬢様は踊り食いするんです!」
そう言った瞬間、ギルバートを除く二人の男は青ざめたのだった。




