21羽 知識試験
宿屋から連れ戻される形で王都にあるロランの屋敷に入ったチキとエマは、当然のごとく屋敷に到着していたロランとフランツにこってりとしぼられ、しばらく外出禁止を言い渡された。
だが、騎士になろう計画は着々と進行し、叱られた翌日にはギルバートが申請を行い、宿のナターシャとも連絡を取り合って、騎士試験の日はギルバートの監視の元、王都観光をすることが決まったのである。
実は、2日かけて行われる騎士試験の日は王都全体も祭りのように沸き立つため、観光を言い出すにはちょうどよく、そこへジェームズの宿の話を持ち出して泊まってみたいと言えば、ロランもダメとは言えずに渋々三人を送り出すこととなったのだ。
「くれぐれもデルフォードの人間だとばれないようにな。おかしな輩が近づいてきかねない」
出発の朝、ロランが注意を促す。デルフォード家の名前はある程度の貴族からみれば格好の餌だ。ヘタに知られると利用されることもあるのだと警告する。
「大丈夫。今日の僕は男だから」
チキがそう答えると、フランツが非常に悲しげに顔を歪め「娘が~っ」と嘆くが、安全のために仕方ないとロランに諭されている。
その隙にリチャードが三人に近づき、小さく呟く。
「けがなどなさいませんように。それから、あちらでは女性とばれてはいけませんよ?」
三人が思わずぎくりとしてリチャードを見上げれば、優秀な執事はただにこりと微笑むだけで何が、とは言わない。
きっとばれてる…
チキと他の二人も同じことを思ったが、口には出さず少し青い顔して笑った。
「気を付けて行ってきます」
「お~、土産もよろしくな~」
ロランに手を振られ、フランツが泣く泣く見送る中、チキ達はようやく一歩を踏み出した。
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騎士試験の会場は意外と大勢の人でごった返していた。
周りを見れば腕に自信がありそうな筋肉質な男ばかり。そんな中、ひょろりとした三人組は実に浮いている。
「すごいですねぇ。勝てるでしょうか?」
エマはあたりをきょろきょろ見回して落ち着かず、そんなエマをギルバートが小突く。
「落ちつけよ。大丈夫さ、半分以上は知識試験で落ちる。戦うのはこの一部。ロラン様に比べたら…」
三人の目が死んだ魚のようになる。
ロランの地獄の特訓を思い出したのだ。彼は足を悪くし、歳もとっているが、剣を持つと別人だった。そう、それこそ鬼のような別人ぶりに三人はいつも悲鳴を上げていたのを思い出す。
「なんだあ?、随分ほそっちいのがいるなぁ。子供の集団かぁ?」
明らかに三人に向けて声が放たれ、周りの男達もチキ達を注目する。
荒くれの集まる場所だ。野次が飛ぶことなど当たり前、挑発等もしてくるので、それらにどう対処するかも試験のポイントになるとナターシャから事前に聞いていたのでここは冷静に対処する。
「まだ若いからね。おじさんは筋肉質でいいね。頭もカチカチになってそうだ」
チキが先制する。やはり負ける気はなく、喧嘩は買うらしい。
ギルバートは頭を抱えるが、エマは「当然」という上機嫌な表情だ。
「ガキがっ」
「おい、よせって」
顔見知りらしき男がとめて事なきを得るが、知識試験にあの男が通れば実技試験でぶつかることもあるかもしれないと頭にいれておく…のはギルバートのみだ。
チキはすでに別の人々に気をとられていて、今のやり取りを気にしていないようだった。
「知識試験を執り行います。各自部屋に入り、渡されるプレート番号の席に座って試験を開始してください」
友人同士、知り合い同士が近くになってカンニングをしないようばらばらの番号順で座らされ、チキ達も離れた場所で試験を受けた。
内容はおじーちゃん先生に習った基礎ばかり。これならば共に学んだエマも大丈夫そうだとチキはほっとしてすらすらと解いていく。
知識試験の問題数はかなり多かったが、最後は問題のように見えて問題ではなかった。
何のために騎士になるのかその理由を書け―――――?
チキは手を止め、頭の中にユリウスを思い浮かべる。
文字を覚えたばかりの頃はできなかったが、最近は手紙をやり取りするようになった。返事は男だけあってそっけないものだが、どれも大切にとってある。
目を閉じれば思い出せる彼の顔、声、手の感触がとても恋しい。
チキは幸せそうにふにゃりとほほ笑むと、ペンを動かす。
当然答えは一つ
大切な人の傍にいたい為――――だ。
だが、よく考えてほしい。騎士団は規定には書かれていないが事実上は女人禁制だ。そんな男の集団の中に入る理由が大切な人の傍となれば、あらぬ誤解を受けるものである。
当然チキの答えはあらゆる憶測と疑惑を生み、多くの騎士の誤解を生むことになったのだが、それは後の話である。




