16羽 騎士に!
「二人の婚約発表を少し待てと?」
チキとユリウスで決めた婚約発表の延期は、婚約自体を取りやめるモノではないが、今の状態では納得できないという二人の意見の一致からきたものだ。
ユリウスの理由は、まだチキが幼すぎるからもう少し待った方がいいということ。
チキの理由は、まだユリウスをメロメロにできてないからプライドが許さないということ。
それらを二人は口にはしなかったが、二人の互いを見る視線を見てロランはなんとなく理由を察してガリガリと頭を掻いた。
魔法生物にはある制約がある。
チキには話していないし、ユリウスはチキが魔法生物だと知らない。
これを話したら・・・・と思ったが、ロランは恋にそんな無粋は必要ないと判断して口にするのをやめた。
「わかった。だが、3年以内だ。その間に決めろ」
ユリウスは頷き、チキは拳を握ってやる気を見せる。
何とも分かりやすい。
そんな風に決まった婚約発表もしくは婚約解消までの期間。とりあえずチキは数か月屋敷で行儀作法を身に着け次第王都に向かうことを約束し、ユリウスを見送ることになった。
「すぐに王都に行くから、待ってて」
ピタリとユリウスに抱き着くチキに、ユリウスの目は蕩けそうになっているのだが、気が付いていないのは当人達だけである。
「待っている。だが、無理はするな。また病に倒れては意味がない」
この言葉に、甘い雰囲気を出す二人に辟易していたロランが噴き出した。
チキ病弱説について真実を伝えるのをすっかり忘れていたのである。だが、まぁ、今のチキを見れば健康なことはわかるのでそのうち教えることにするかと雰囲気を壊さぬよう口を閉じた。
「あの、あのっ、少ししゃがんで…」
チキはぴょいぴょいと飛び跳ねてユリウスにしゃがむよう頼み、ユリウスは不思議そうにしながらも軽く膝を曲げた。
何か耳打ちするのだろうかと思えば、チキはユリウスの正面に回り、その首に抱き着いて嘴攻撃…ならぬ、ユリウスの唇を奪った。少々歯がぶつかるような勢いあるキスだったが・・。
「チキ~!」
フランツが悲鳴を上げて卒倒するのをリチャードがすかさず支え、使用人達に運ばれていく。
ユリウスは歯が当たった唇を手で押さえつつ、ほほ笑むと、次いでチキの額にキスを落とした。
「早く来い」
その台詞が思わず出てしまったことに内心驚きつつ、ユリウスは馬にひらりと飛び乗り、後ろ髪をひかれつつも王都へと帰って行ったのだった。
ユリウスを見えなくなるまで見送った後、チキはくるりと振り返ってロランを見上げる。
「おじーちゃま! チキに…じゃない、私に剣を教えて!」
「は?」
ロランは突然のチキの申し出に唖然として口を開けたまま固まったのだった。
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半年が過ぎた。
暖かな日差しは冷たい風に負け、木々の葉は赤く色づいている。
辺境の町ではもうすぐ冬支度が始まるという頃、二頭の馬が王都に向けて飛び出した。
「ロラン様もフランツ様もカンカンでしたよお嬢様!」
二頭目の馬で前を行く馬を追うのは、赤みがかった栗毛を一つに束ね、動きやすい薄いベージュの旅人の服に身を包んだ緑の瞳の長身の娘、侍女のエマ。
その彼女の前を行くのは、白に黒いメッシュの入った短い髪の白い旅人の服を身に着けたチキである。
「だって、旅に出るならお金が必要でしょうっ。髪が一番高く売れるもの」
「お嬢様が頼めばロラン様かフランツ様が出してくださいましたのにっ」
烈火のごとく怒った二人を思い出してエマはブルリと身を震わせる。
髪は女の命、しかも貴族の姫君ならば長い髪が当たり前だ。切ってしまうなど言語道断である。
「私は自分の力でユリウス様に近づきたいのっ」
チキは二人の怒りもなんのその、旅支度をすっかり整え、剣を腰に身に着けると、この半年間共に修行したエマを伴って館を脱出したのである。
本当ならば、ロランやフランツと共にゆったり馬車の旅をするところだったのだが、とある理由でどうしても先に出なければならなかったのだ。
お二人が知ったら憤死するんじゃないかしら…
エマは思わず二人の保護者に同情しながら前を向く。
「それにしても、髪を切って大丈夫なのでしょうかっ。新月の日に禿げたニワトリになるとか…」
「! …それは可愛くない…」
思わず部分禿げのある自分を想像してしまい、チキはう~んと考え込んだ。
後先考えないところは以前のままのようである。
だが、チキは大分変化していた。
恋をすれば女は変わる。
その通り、チキは死に物狂いで知識と教養を身に着け、ついでに誰にも負けないと思えるほどの剣技も身につけたのだ。
なにしろかつての名将ロランに教わった剣である。元々の身軽さも手伝って、屋敷の護衛達にも負けない腕前となったのだ。
「まぁ、髪はそのうち伸びるし。それよりも早く王都につかないとっ」
「そうですねぇ。ロラン様の追手に捕まる前に王都入りして申請してしまわないと後々大変ですからね」
冬季のとある職の申請の期限はチキとエマが王都に着いて数日で締め切られるはずである。ロランに邪魔されないためにそのタイミングを狙っていたのだから仕方がないが、やはりギリギリの日数であるため焦るのである。
「誤魔化せますかねぇ」
「規定には女は駄目だなんて載ってなかった!」
「ニワトリもですね」
「えぇそうよ!」
チキは元気よく頷く。
「では、目指しましょうか」
エマの唇は楽しそうに笑みを浮かべる。
「えぇ、ユリウス様の隣に立てるような騎士になる!」
チキはそう叫ぶと、とっても嬉しそうに目を輝かせ、馬の腹を蹴ったのだった。




