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北日本旅客鉄道の行方 ~孜々営々のハイエナ~  作者: 錦坂茶寮
Ⅱ.銀証烈烈 〜北日本旅客鉄道篇〜
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第14話 密事露見

 NR貨物は国営の分割民営化の際に、一社だけ路線を持たない貨物鉄道会社となった。

 かつて圧倒的な競争力を誇っていた貨物輸送は国営鉄道の花形だった。


 しかし、高度経済成長期以降、高規格幹線道路が全国に巡らされるようになるとトラックの大型化が進行し、1台のトラックの輸送量は31フィートコンテナ相当まで拡大した。

 対する国営鉄道は12フィートコンテナを標準サイズとし、荷主も貨物用に12フィートコンテナを独自に保有していたため、標準サイズの切り替えの機を逸してしまった。


 さらに、1984年の減便、1986年の郵政省による鉄道郵便の利用廃止、そして、『貨物自動車運送事業法』ならびに『貨物運送取扱事業法』の物流2法の改正によってトラック輸送の規制緩和が行われると、小回りが利き、安価なトラック輸送が有利な状況となり、NR貨物の経営を苦しめていたのである。


 NR貨物へのテコ入れは既に分割民営化の時点から始まっていた。たとえば、路線を持たずに貨物輸送列車を運行する見返りにNR各社に線路使用料を支払うことになるが、線路使用料については『アボイダブルコスト方式』という貨物に有利な方法で決定する。


 この方式では、NR各社はNR貨物が線路を利用することで余計にかかった費用だけを線路使用料として徴収することができるとされており、NR本州3社が支払っている固定資産税等、そしてNR各社が計上する減価償却費や通常の修繕費などの莫大な固定費は、ほとんど請求されない。


 NR北日本でもレールの取替費用、信号保守費用のみをアン・アボイダブルコストとしてNR貨物に請求しているが、実際に貨物列車が通過しなければ不要な重量貨車対策保線費などは一切請求できないのが実態だ。


 こうした国を挙げての支援にも関わらずNR貨物の輸送は急増するBtoC(企業から消費者への輸送)と呼ばれる宅配運送の市場を開拓できず、トラック輸送に対抗できずにいた。


「NR北日本の2600営業キロ中、貨車併用の1300キロは、どう考えても貨物主体で運用されている。しかし、除雪費も重量貨車対策保線費も一切請求されていない……か、確かにおかしい話だな」


 私がひと通り資料に目を通して、「有り難う、大変だったろう、非上場会社のデータ収集は」と言うと、シャロンは鼻高々に胸を張って言う。

「データは任せて下さい、クォンツの底力です。あと、松崎部長から聞きましたが、道庁もこの問題については動いているようです」


 何度聞いても、クォンツの力というものが私には理解できないのだが、具体的にでてきた道庁というのは気になった。

「道庁が?」

「はい、詳しい話は道庁の交通計画課に聞けば良いそうです」


 資料を読みながらシャロンの話を聞いていると、いつもは法人営業部のフロアをふらついている山崎さんが、珍しく私に言う。


「おい、椎野先生。これから船橋部長と打ち合わせだが、お前も来い」

 珍しく、山崎さんから命令されたので驚き半分、後をついていく。


 7階の経営企画室に入ると、船橋部長から隣の会議室に入るよう言われる。


 おそらく、昨日の鷹取社長に無礼を働いた件についてはとうに耳に入っているだろう。

 ひょっとすると、NR北の案件を外されるのかと不安に駆られながら会議室に入る。


「椎野、昨日の社長室の件、ちょっと言葉が過ぎなかったか?」

「はい、頭に血が上ってしまいスミマセンでした」


 船橋部長は厳しい言葉の割に、顔は穏やかだ。 

「山崎も私も意見は一致している。社長の言うことは気にしなくていい。

 ただ、社長がお前を担当から外そうとしている。揚げ足を取られるようなことが無いように気をつけろ」


 船橋部長の気遣いは本当に嬉しい限りだ。心の底から力が湧いてくる。


「はい、有難うございます」

「それよりも、肝心の案件のイグジットが見えないなら、社長の言うようにタスクフォース対応が必要だろう」


「はい、ちょうどイイ感じの統合対象先を見つけたのですが、グリップする方法が見つからないので、困っていました」

 私が、簡潔にそう言うと、船橋部長はズバリ核心に切り込んでくる。


「NR貨物か?」


「はい、優良会社とは言えませんが、NR北日本とは運命共同体です」

「しかし、NR北の問題意識と、NR貨物の問題意識はまるで違う。下手に動くとNR北の独り善がりになるぞ。それと……」


 確かに、NR北の片思いというだけでは、NR貨物が拒否してくるのは目に見えている。


「ちょっと、山崎も聞いてくれ。これは風のうわさで聞いたんだが、3月のNR東部日本の事業債500億円の主幹事が変更になるかもしれないらしい」


 しかし、山崎さんの反応はいまいち薄い。


「まさか、NR東はみすず証券とズブズブの仲じゃないですか。それに、NR東の事業債は額はデカイんですがマージンが薄いので、引受各社もみすずにヤラせておけという感じです。まあ、引受シェアのないウチには『高嶺の花子さん』ですが」


「変更先が四菱東京証券だとしたらどうだ?」

 場が一気に引き締まる。本当だとしたら一大珍事だ。

「それはないでしょう。銀行同士、メインバンクは四菱東京、事業債主幹事はみすず証券で仁義を切っているんですから、みすずサイドが黙っていません」


「だろう。でも、お前も知ってる株式部の古参ディーラーの阪口が、みすず証券のかつての同期がクビになりそうだから、就職先を探していると言っててね。履歴書を預かっている」


「ひょっとして、みすず証券のNR東の法人営業担当ですか?」

「そうだ。次期法人営業部長と目されている人物らしい。しかし、主幹事案件の中でも最重要先のNR東だ。落としたら降格、それも、四菱東京に取られたとなると、一生冷や飯食いの大失態だ」


「ひゃあ、運のない証券マンですねえ。しかし、言うたら悪いですけど、そんな男、ダリルリンチに必要ですかねえ」

「分からんが、オモシロイと思ってね。会うだけは会う約束をした。明日の夕方、悪いが山崎も付き合ってくれ」


「それは構いませんが……」

「あと、NR貨物の法人営業担当は誰だ?」

「NRは案件がありませんので、名ばかりですが、NR東部日本担当の……梁田ですね」


 それを聞いた船橋部長は、即座に告げる。

「梁田には用件を伏せてアポだけ取らせろ。投資銀行部長の船橋が社長に会いたいと言えば分かるだろう」

「いやいや、部長は人使いが荒いですなあ。それで、アポの希望はいつですか」

「来週後半で頼む」

「分かりました。すぐに法人営業部に行って梁田をつかまえてきます」


 山崎さんが出ていった後、船橋部長が私に言う。

「椎野、NR貨物は下手をすると政治銘柄に化ける。手強いぞ」


 私は、船橋部長を試すつもりはなかったが訊いてみる。

「ならば、手を引けと?」

「そうじゃない。NRに関してダリルリンチは失うものは何もない。乾坤一擲、気を引き締めていけ!」


「はいっ」

 私は、部長のげきに力強く頷いて、会議室を後にした。

※鉄道貨物……日本の長距離物流の4%程度のシェアがあり、BtoBと呼ばれる企業から企業への物資の輸送を主な固定客として持つ。トラックと比較して積替えを行なう場合、貨車の連結を解除し繋ぎ替える手間が膨大で、しかも、1984年のダイヤ改正で貨物取扱駅が大幅に減少し、使い勝手が悪くなった。現在ではトラックの拠点間輸送の下請けという立場に甘んじている。


※主幹事……四季報などで主幹事の記載があるが、年中、主幹事契約があるわけではなく、案件ごとに証券主幹事を替える企業もある。メインバンクとは異なり、非常に不安定な立場と言える。


※社長に会わせろ……証券会社の法人営業マンのリレーションシップの見せ所。大手証券や外資系証券のMA案件持ち込みは、デリケートなためトップへのアポイントが取れないと話にならないが、用件を知らされずに社長アポを取る法人営業マンの苦労は絶えない。

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