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アスタリスクを五線譜に*  作者: kisaragi
第二楽章 虹色オクターヴ
22/27

第六小節 万華鏡のソナティーネ

 このまま、いじけていても仕方ない。


 暗い部屋の中でベッドに隠っていた響一はむくりと起き上がる。


「仕方ない。もう起こった後だ」


 そう。仕方ない。


 もう父親なる人物は家に住み着いているのだ。


 響一は考えた。


 普通に会話をしてもただの他人だ。

 少なくとも一週間で響一と合うか合わないかは判断しなければならない。


 響一は勉強机に座り、ルーズリーフを取り出した。シャープペンシルの先をカチカチとノックし芯を出す。


 現漫画家、佐藤マジメ(現蓮華唯一)の観察日記。


 一、第一印象。



 第一印象は、響一が仕方なく夕飯の準備をしようと台所に向かった時だ。

 何事か台所が悲惨な状況になっていてエプロンを仕掛けた響一はただひたすらポカンとした。


 そんなキッチンの奥。隅でごそごそと何かが動く。


「あ、……ご飯。作ろうと……思って」


 と、顔を出したのが唯一だ。


 思ったより若い人だった。

 短く茶色い髪に人の良さそうな顔。


 第一印象は悪くない。


 しかし現場は悲惨だ。


「えっと……キミは、響一君……だよね?」

「ええ。そっす。ラーメンがいいんですか?」


 唯一は即席ラーメンのパッケージを持ってわたわたしていた。


「いや、これなら、僕でも作れるかなって……思って……」

「俺、やりますよ。料理出来るので」

「え!?」


 響一はその即席ラーメンを持って台所に向かった。まずは悲惨な台所を掃除する所からだ。


「て、手伝うよ!!」

「大丈夫ですよ。料理、苦手でしょう。無理にする事……」

「手伝うよ! 僕に出来ること、教えて!!」


 スポンジを持ったままの両手を掴まれ、迫真の顔で迫られる。


「あの……」

「決めたんだ。景子さん、仕事辞めないから。僕、漫画家で、家で仕事出来るから。家にいる。好きに使っていいんだ。車の免許も持ってる。えっと……」

「あの……分かりました。じゃあ、俺は皿と鍋を洗うので食器拭いて下さい」

「うん」


 しばらく、二人で無言で作業をした。


「……ごめんね」

「良いですよ。何かしたかったんでしょう」

「そう、そうなんだ! だって僕でも分かるよ! 突然来た変な男に、突然部屋に入られたら絶対やだよ! でも、君とどうしても会話がしたかったんだ。えっと…僕、ずっと一人っ子、両親共働きでさ。兄弟すら居なかったから接し方が下手だと思うけど、嫌なことがあったら言って!!」


 唯一は怒濤の勢いで一気に捲し立てる。

 肩が上下するほど。


「……はい」


 そんな人が悪い人に見える訳がない。

 響一は苦笑した。


「じゃあ、料理は俺がするんで、何もしないで下さい」

「え」


 しまった、と響一は心の中で舌打ちする。

 今の言い方はない。


「料理以外にも、色々……出来ることをやって下されば」

「ねぇ。敬語じゃ無くてもいいよ」

「え」

「それに、もっと僕にガンガン文句言って良いから。黙っていられる方が辛いんだ。一日、悩んだ。キミは部屋から出てこない。僕だって分かるよ。拒絶されている。拒絶していい。でも、無反応は嫌だよ」


 また怒濤の勢いだ。

 大人しそうな人に見えたが、そうでもないらしい。


 響一はラーメンの具を刻みながらコクコクと頷いた。


 正直、イメージしていた人とは随分違っていた。

 ずっと若いし、父というより兄に感覚は近い。

 表情は何故か何時も笑顔で、一度話すと言葉が止まらない。そんな人だった。


 アリか、ナシか。

 好きか、嫌いか。


 一瞬の直感に委ねるのなら、嫌いではない、が正直な本音だ。


 何事も一生懸命なのにえらく不器用だ。

 ビジネスにおいては母が最も嫌いなタイプ。良く結婚する気になったものだ。

 それだけの何かがこの男にはあるのか少し気になった。


 一時間もしない間にラーメンは出来た。

 母と姉の分は具材だけ用意する。姉が料理は出来るのでこれで大丈夫だろう。


「すごい!! 美味しそうだ!!」

「ただの乾麺っすよ」


 どんぶり二つに良くある醤油の即席ラーメン。具は青ネギ、玉ねぎ、煮卵、作り置きのチャーシュー。残り物の更にアレンジだ。


「偉いね。僕が君ぐらいの時なんて料理をしようという発想すら浮かばなかったのに」


 それだけ言うと、唯一はひたすらラーメンを食べた。

 ただの即席ラーメンが高級ラーメンに見えそうな勢いで。


 流石に呆然としたけれど、美味しそうに食事を食べる人は嫌いではない。


 そして、食べ方は豪快でも礼儀正しく、きちんとご馳走さま、とパンッと手を合わせてお辞儀した。


 さて。

 ここからだ。


「……ごめんね。やっぱり、嫌だよね。僕、出ていった方がいい?」

「思ったよりは、嫌では」

「そうなの!?」

「突然、息子っぽくしろ、と言われても久しく父という存在が居なかったので……分からなくて」


「いいよ!」


 唯一は言い切る。


「……え」

「ねぇ。無理に親子になるのは止めよう。良いよ。そんなの無理さ。僕はもっと君が知りたい。第一印象はとっても暗い子だな、と思ったし景子さんもそう言ってた。でも違う気がする」


 どうやら、一度話すと言葉が止まらないのは彼の癖らしい。


「いや、自分で言うのも変っすけど、相当暗いっすよ」

「そんなことないと思う。僕は決めた」


 ダンッと唯一は机に両手を付いた。


「君とどうしても仲良くなりたい。親子じゃなくて。遠慮しなくてもいい関係になりたい。そうなると、僕は少しウザい。良く言われるからね。最初は自粛していた。でも、僕は遠慮するの辞める。ウザくなる。だから……君も遠慮しないで。ウザいと思ったら蹴っていいんだ」

「いいんすか!?」

「いや、嫌だけど、自分の性格は変えられない」

「……そうですね」


 その通りだ。確かに、ウザく絡まれるのは苦手だが、こちらはこちらで全面丸一日シャットダウンしていたのだ。

 流石にそれは失礼だろう。


「分かりました。でも……やっぱり突然フランクに……は無理そうで……すんません」

「あ、いやいや、いいよ! でも景子さんったら酷いや。響一君のこと、根暗だし、ハッキリしないし、変な淀んだオーラが出てる背が高いだけのつまらない男だなんて」

「……すんません、多分俺、そういう性格です……」

「そうかなぁ。僕は違うと思うんだ」


 この人は先程もそう言っていた。


「多少、暗い所はあるけどいい人だよね、君」

「まぁ……絶望的に他人に嫌われたことはないっすよ」


 食べ終わった食器を見て、唯一は立った。


「これは僕が片付けるよ!」

「では、お願いします。俺は風呂掃除済ませるんで」


 響一が席を立つと唯一は響一の周囲をうろちょろした。


「あのー」

「ねぇねぇ、今日の夜、暇?」

「暇じゃないっす」

「えー、何してるの?」

「一応、受験生だし……」

「あれ、でも景子さんは響一君の成績は悪くない、って聞いたけど」


 ここでトランペット、等と言ってみろ。それこそ『聴かせてー』という面倒な展開だ。響一は仕方なく唯一の話を聞くことにした。


「……それでも、一応の応です。分かりました。何の用ですか?」


 何か、よほどの用なのか。


「うん! 僕と深夜のアニメ観賞、付き合ってよ~!!」


 と、唯一は満面の笑みで響一にアニメのブルーレイディスクを持って迫った。


「え、えぇええ!? 俺、そういうの詳しくな……」

「大丈夫! 僕の解説付き!!」


 想像しただけで、それはそれはウザそうだ。


「僕のおすすめは、これとこれと、これと……」

「二本まで! それ以上は途中で寝ます!!」

「むむ、景子さんも言ってたね。君は良く寝る系男子だ」

「そうです。出来れば一本で終わる映画がいいっす。後、美少女フルコースは趣味じゃない」

「えぇええ!?! そんな!! 人生損してるよ!」

「徳もしていないので大丈夫です」


「ムム、これは手強い……良くある王道から攻めるしかないか……」



 と、こんな経緯で響一は一晩中唯一のアニメ観賞に付き合わされた。


 アニメ事態は、なるべくオタクっぽいものではなく、深い内容を意識した物が選出された。


 その他にも美少女の日常系アニメを勧められたが響一はその他にはガッツリ寝ていた。


 朝、目覚めると親父はゴミ出しに行っていて居なかった。

 ポツン、とリビングに置かれた紙切れには何だか気の抜けるゆるゆるしたキャラクターがいる。

 更に久々に見た弁当箱に少し感動してしまった。


 メモの裏に文字があった。


『僕、お弁当と朝ごはんは作るの得意なんだ。両親が共働きでやるしかなかったんだよ。だから味は美味しいよ。洗濯物はやっておくよ。 唯一』


 表のふざけた内容とは変わって文字は綺麗な人だった。


 報告の総括。


 見た目はいい人っぽい。何故か何時も笑顔。思ったより若い。

 漫画家らしく色々なアニメを勧めてくる。

 俺は周囲のBGMが気になってメモして調べることにした。


 家事能力はB-。

 簡単なものは作れるが、大がかりな料理は指示を入れるべし。


 善悪の判断をする物証が少ないので観察を継続する。



 2、その他、家族の意見。


 都大会をとりあえず好成績で突破したので部活はそれほどカツカツに練習していない。

 ずっと基礎の反復だったが、セレスタンはそろそろ次のステップに行きたい、と呟いていた。


 その日から試験勉強で、部活は強制的に自粛、となる。


 生徒が数名騒いだがこればかりは仕方ない。元々、勉強が嫌いではない響一は塾には行かず早めに帰宅すると、今度は珍しくいた姉に捕まり引き摺られる。


「ちょっと……」

「良いから。飯やるから付き合いなさい」


 仕方なく響一は姉と二人で夕食の準備をした。


「うーん、最近はうどん、素麺ばっかりだったからね。たまには精力の出そうなもの、作りますか」

「俺が用意した具は……」

「ゴメン、夜食に食べちゃた。相変わらず、選ぶ食材ビンゴね。助かったわ」

「して、今回はいかに……」

「そうねー。回鍋肉にしましょ。帰りの途中、デパ地下でいい肉ゲットしたの」

「分かった」


 二人はしばらく無言で調理する。響一は付け合わせのサラダを担当して時々姉のフライパンをこっそり覗いていた。


「原稿は?」

「ボチボチ」


 ということはボチボチヤバイのだろう。


「で、どう思う?」

「は……?」

「だから、母さんの再婚相手!!」


 どうも姉は響一とこの話がしたかったらしい。


「俺は……そうだな、嫌いじゃないけど。ってか漫画描いてる姉貴の方が知ってるだろ?」

「のん。方向性が違う。それぐらい、絵柄見れば分かるでしょう?」


 ……確かに、姉はどちらかと言えばリアルで美形な青年を描く。あのゆるふわシュール絵とはまるで違う。


「……おう」

「内容は面白いわよ。日常ゆるふわかと思ってたけど、日々のレビューとか、起こったことの感想とか、商品レビューとか。バラエティーに富んでるし。ゆるゆるキャラがそういうなんだか気の抜けた話をしているのもシュールで斬新だしね」

「へぇー」

「って、アンタ読んだんじゃないの?」

「読んだには読んだが、どうか、と聞かれると……」

「そういや、アンタ読書感想文苦手だっけ」


 響一は頷く。


 実は響一は専ら理数系だ。今回のテストの順位が一つ落ちたのは選択科目に文系が多く必然的と言えばそうだ。

 なるべく文系は避けていたが音大に行くとなると多少英語は取らなければならない。


 昔から読書感想文は苦手だった。

 本を読む、こと自体は嫌いではない。その感想を纏めるのが苦手なのだ。


 懐かしいかな、小学校の宿題で提出した読書感想文はなんと原稿用紙を横書きに使い、ほぼ報告書だったので再提出だったのは言うまでもない。


 父……と呼ぶべきかはさておき、その人はどうにも部屋に籠りっきりだ。夕食は食べるのだろうか。作り置けばいいか、と作業を開始する。



 そんな様子で二人は夕食を作った。

 メインに作ったのは響一で姉はひたすら野菜を切っていた。今日は回鍋肉にするのでそれで構わないが。


「ただ、三日ぐらい一回籠ると出てこないんだ。様子を見るに夜中にごそごそ風呂に入っている様だから気にはしてないが」

「あらら。まぁ、漫画家だし、ありがちだから大丈夫っしょ。話せそうなら言ってみるけど」

「頼む」

「で」

「で?」


 そこから、妙な間があった。

 とん、とん、と野菜を刻む音が響く。

 しかしそこは家族。嫌な空気ではない。


「……俺は嫌いではないけど……親父、って言われるとピンと来ないかなぁ」

「そっか。同意見。うーん。どっちかって言われると兄貴、よねー」


 姉の言葉に響一は頷く。


「聞いてよ。面白くてさ。私が漫画描いてる、って聞いたらそりゃあ、スゴい勢いで。だから描くのも読むのもジャンルが違うってーの!! って色々ひっくり返したわ」


 姉はカラカラ笑うが、それは壮絶だったのだろう。


「もー、理解させるの大変だったわよ」

「でも……嫌いじゃないのか……」

「まあね。漫画が何かも知らず、問答無用で反対されるよりはね」

「それは分かるかもしれない」

「ま、気楽に行こうよ。どうせもう家にいるし。一応、家事を色々するのは響一だから迷惑はかけないでね、とは言っておいたけど」


 と、完成しかけた夕食を前に姉はエプロンを外す。


「あ、あの!」

「ん?」

「え……っと、あの漫画、読んだ方が良いか?」

「んー、んんーー、そーね~。日常系だから、少しは親父の人となりが分かるとは思うけど、無理に読まなくても大丈夫よ。ただ、売れてない、って言うけどそこはプロよね。分かりやすく上手い訳じゃないけどちゃんと考えられてる。基本丁寧だし」

「それは分かる」


 パッと見ただけだが、柔らかいハードカバー。タイトルまで手描きで、基本白黒なのに柔らかい曲線のおかげで柔らかく感じる。

 実際に起こりそうな、起こった出来事を赤裸々に描いているのにキャラクターはまたいい案配でデフォルメされた動物たち。

 主人公=唯一なのだが、これは白い棒人間に表情が付いたようなキャラクターだ。

 本来は本誌の隅にオマケエッセイとネットのちょっとしたブログで掲載されているらしい。


 夕食の回鍋肉は比較的いい感じに出来た。

 今日は母の帰りは遅い。

 食卓に夕食を並べて姉は困った様子で腕を組む。


「さて、どうしますか」

「呼んで来るか?」

「そうね~。ついに食事ぐらいはこっちにこんかーい!! と説教でもしますか!」


 くるり、と姉はエプロンを外す。



 そーっと、唯一の部屋の様子を伺うと電気は点いている。あまり切羽詰まっている様子も無さそうだ。

 響一は軽くコンコン、とドアをノックする。


「あのー」


 そういえば、この部屋防音だった。


 どうしたものか。

 悩んでいると、ドバンッ、と屍が飛び出した。


「うわぁあああ!???」

「お腹すいたぁあああーーーー!!!」


 そして、パタンキュー。


 仕方なく響一は唯一をリビングまで運ぶ。

 死にそうな瞳の唯一は響一の用意した麦茶を豪快に飲んで、ダンッとグラスをリビングに置いた。


「いっやー、原稿手伝ってくれて有り難う!! 間に合ったよー」


 と、唯一は姉に笑顔で言った。


「つか、絵はそんな凝ってないのに何処で躓くのよ」


 そんな会話を聞きながら響一は黙々と夕食の準備をする。


「そうそう。絵は拘ってないんだけど、その分、ネタ、ネーム、構想練るのが大変で」

「へぇ」

「ベタは助かったよ~。有り難う!」

「それしかやること無いじゃん。ま、なんか奢ってね」

「りょーかいっす!!」


 と、何だかんだ姉と唯一は上手くやっているようだ。


 また怒濤の勢いで唯一は夕食を美味しそうに食べて片付けは響一と一緒にわたわたと手伝っていた。


 姉はさっさと風呂に直行。


 唯一はもぐもぐ、怒濤の勢いで回鍋肉を食べる。そんなに焦らずとも誰も取りやしないのに。響一はお茶を飲みながらぼんやりそんな姿を眺める。


 うん、やはり嫌悪感はない。


 確かに当初のイメージと違ってちょーっとウザイと言えばウザイが、人の良さそうな人相でプラマイゼロだ。


「そうだ、やっぱり、君をモデルにしたキャラクターで一本シリーズをやりたいんだけど、良いかなぁ」

「……個人情報によりますけど……」


 響一の感想としては、まぁ、あの絵柄ならば大丈夫だろう、と判断する。


「君にプロットを見せられれば早いんだけど、その辺は分からないでしょう?」


 唯一の言葉に響一は頷く。

 姉は、ああ、閃いた、という様子で唯一に提案する。


「じゃあ、キャラデザだけでも先に作っちゃえば?」

「そっか!」

「どんな感じにするの?」


 姉は意外と乗り気だ。きっと、同じ『漫画』を創作する仲間が出来たのは純粋に嬉しいのだろう。確かに、母は編集長だけれど、それは既に完成された作品をとことん抉られる苦行なのだ。プロとアマではあるが同じ目線で話せるその感覚が楽しいのだろう。


 響一は姉もいるし、よっぽど変なものにならなければいいか、とその不思議な会議を興味深げに観察していた。


「題して『ある日、家族になった高校生の息子と漫画家の徒然』って感じで……まだ仮だけど」

「ほう」

「んでね、きょーくんは熊にしようかなーと思って」


 ご馳走さま、と丁寧に食事を終え唯一は食器を片す。


「私は出しても良いけど、熊はイヤ」

「分かってるよ~。僕、キャラデザは得意なんだ~。ちゃんと身元がバレないようにするし!!」

「……熊……くま???」

「ああ、大丈夫!! ちゃんとかわいい感じにするよー」

「完成したら一応見せて欲しいっす」

「うん!」


 と、唯一はにこやかに微笑む。



 報告の総括


 コミュニケーション能力は高し。

 姉とは絵柄のジャンルが違うが、話題は合うよう。

 正し、漫画アニメにおいてのコミュニケーションなので侮りがたい。

 裏表は比較的なく、直球な人である。



 3、家族一同日常生活


 いかに、唯一がそう問題のない人物でも手続きその他の諸々とやることはある。

 響一の日課は早朝練習だった。


 しかし、ある日。


 普通に登校していたのだ。

 しかし、やはり怒濤の勢いでやって来たあれやこれやに目を回してうっかり校内の廊下で倒れてしまった。


 偶然にも受け止めたのはセレスタン。


「ダイジョウブ!?」

「……あ、はい」

「だめだよ、急に動いちゃ」


 廊下なのにセレスタンは屈んで響一の頭を膝の上に乗せる。


「気分、悪い?」

「いえ……あ」

「チョットマッテ」


 と、セレスタンは鞄からペットボトルの水を取り出す。


「開けてないよ。飲んで」


 パキッとセレスタンはペットボトルのキャップを緩め響一に渡した。有り難く受け取り響一は水を口に含む。


「保健室、行く?」

「いや、すみません、帰った方がいいと思います」

「メマイ、する?」


 響一は頷いた。


「最近、学校に提出する書類が……」

「ダイジョウブ、知ってる。お家、タイヘン、聞いた」


 軽い貧血だったのだが、セレスタンが心配そうに見つめる。


「車、ダスヨ。送る? 救急車ヨブ?」

「すみません、家まで送って頂いても……」

「イイヨ。セレスタン、顧問だから授業はないし」


 セレスタンの車は黒いワゴン車だった。

 響一は後部座席に座ってくったりとしている。熱は計ったが微熱だ。

 しかし、呼吸は荒く水はゆっくりだが良く口に含んでいる。セレスタンはなるべく繊細に運転をした。


 車内は静かだ。


「ゴメン。色々、任せすぎた?」

「……あ、いいえ。俺、こそ何も……」

「それ、違うよ。キョウイチ、良くやってる。セレスタンの出来ない、苦手なの。堂々として、ピシッとして。そういうの。上手く言えないけど……」


 響一は力なく苦笑する。


「ええ。分かります」

「デモ、ちょっと休んで。ちゃんと」

「……はい」

「三日はね! ゼッタイ!!!」

「……はい」


 少し驚いたが、響一は頷いた。




 風邪ではなかったので、響一は家族に不調を伝え二日ほど部屋に籠った。


 風邪ではない。

 今までの過労。労働。精神的疲労。色々なものが一気に押し寄せたのだと思う。


 どう、見繕っても体には出る。


 結局、響一は学校への提出書類も考えて三日ほど休むことにした。


 これには家族は概ね賛成で、まだ家のことが分からない唯一に色々と教えるのは少々手間だった。


 親戚回りの挨拶は大まかに済ましてあるそうで響一も唯一の親族への挨拶は夏休みに入ってからでいいか、とまずは手短な問題から片すことにした。


 そんな時の不調。


 流石に唯一も空気を読んでそっとしていた。


 時々水を飲みに冷蔵庫に行くと簡単な煮物と果物があって思わず苦笑する。


 普段はあまり馴れ合わない家族だけれど、響一は響一なりにこの距離感が気に入っていた。


 少し歪なリンゴの切り身だけ持って響一は部屋に戻る。



 今回の報告の総括


 基本的に良い人である。

 一度話すと止まらない。

 基本的に正直な人である。


 コミュニケーション能力は高いがアニメやマンガの話になると止まらないので要注意。


 また、可愛い女の子、女子高生、幼女に異常な反応を示すのでまた要注意。


 漫画家だが、絵柄はゆるふわシュール。


 炊事家事能力はゼロだがやる気はあるようなので今後に期待。


 一応、空気は読めるらしくこちらが来ないで欲しい時は様子を伺っている。


 三日以上音信不通だと不摂生の可能性があるので引っ張り出すこと。


 今のところ母とどうなって結婚するに至ったのかは謎。




 ベッドの上、歪なリンゴを齧りながら響一は一枚のルーズリーフを眺める。


 まあ、感想としては思ったよりも嫌ではなかった。

 やはり、父、と呼ぶには抵抗はあるがそんなことを取っ払って良いと言うなら同居人としては悪くないか、と響一はまだ目眩のする頭を抱えてルーズリーフを机の上に投げた。

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