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アスタリスクを五線譜に*  作者: kisaragi
第一楽章 檸檬音階
13/27

第十節 愛造のカンツォーネ

 

 あのホールでの合奏は海の中で蓮華 響一という人物が一気に分からなくなるぐらいの衝撃的な出来事だった。


 元々、巧い人だと分かっていたし海が一年の時は良く一緒に色々な曲を奏でた。その曲の種類はとても豊富でクラシックや吹奏楽ばかりに詳しい訳ではない海にとっても興味深い人物だ。

 ただ、当時の響一の目は死んでいて。楽しく呑気な女子部員には一切の興味も無く。ただ淡々と曲を奏でていた。その曲は巧いのにとても淡白で。だからあのソロは海にとっても衝撃的だった。


 それに響一は夕方に練習を引き伸ばすより個人練習なら早朝にする人だ。

 部活で手抜きする暇がない今、色々な部員が早朝に個人練習するようになると必然的に響一の音を聴くことになる。


 彼のトランペットの音は何処までも響く。

 響一の練習場所は屋上で音楽室は一階なのに。


「くっそうま……」


 普段あまり会話がない同じパーカスの後輩、一茶 偲は屋上を見上げて呟く。

 互いに合奏でのポジションの確認に海も早朝に練習することが多く、それに後輩もこうして顔を出すようになった。

 構成上ドラムとトランペットは同じく後方にいる場合が多い。距離は遠いが。


「肺活量の化け物だ……」


 えらく感心した様子で偲は呟いた。


「九条寺先輩は知っていたんですか?」

「まぁな。元々耳がいい人だし。探求心もすごいし。練習ってか趣味らしい」

「趣味……っすか。しかし、俺はこの曲好きなので、嬉しいです」

「僕らはみんな……って曲が?」

「はい。オケじゃないからこそシンプルで良いですね」


 と、うっとりした様子で屋上を見上げる。

 確かに相変わらず巧い。けれど最近はセレスタンの影響か随分感情的に吹いているな、と思う。響一の元は冷静無機質な音ではない。確かに朝倉よりよっぽど慈悲深い音ではあるのだが彼のトランペットの音は何処までも慈愛に満ちていた。だからこういう曲調も合う人なのだろう。


「他の人は不思議と驚く人が多いんですよね。俺は蓮華先輩がソロで普通に嬉しいです」


 打ち合わせは一通り終わった。一曲だけ偲に任せることにしたので、その個人練習に付き合う。もうすぐ本番が近い。負け犬根性が染み付いてしまったこの部は今、緊張感に満ちていた。しかしこの音を聴くとどこか安心するのも確かだ。巧いことは間違いない。


「……なんで?」

「え? だって、あんなに巧くて練習熱心だったら任せて良いじゃないですか。ステージって結構怖いでしょう。けれど絶対的に目指すべき存在がいる。この人に敵う相手じゃない、って思えると……すごく頼もしいです」

「俺じゃなくて蓮華先輩に言えよ」

「機会があれば。滅多にないけど」


 そう言う一年は実は多かった。何故か副部長でもないのに海は一年生に慕われる方だったのでそんな話は良く聞く。



 その日の演奏会場は大きなホールだった。

 セレスタンが計画した脱負け犬根性吹奏楽部への第一歩だ。

 市内では有名な場所であり演奏会や演劇も行われ人も多い。赤いシートはビロードで重厚感のあるホールだ。

 観客は演奏者の保護者や地元民で溢れている。


 名だたるジャスで有名な高校が行進するかのようにずらずらとバスから降りてステージ脇に向かっている。


 それを藤堂高校吹奏楽部はポカーンと眺めていた。全員ガッチガチに緊張していた。


 多くの他校の学生はあれ何処だろう?

 見たことない高校だ。

 初参加かな?


 そんな声がざわざわと聞え当然のごとく生徒たちは緊張する。



 ただ一人、響一を覗いて。


 セレスタンは他校の演奏を聴いている間に段々と表情が険しくなる。


 王道の宝島。シング・シング・シングは被る。

 しかも巧い。

 生徒たちはもう絶望的な表情だ。


 そんな時にセレスタンは会場の隅に響一を呼び出した。

 人々の歓声がコンクリートの壁に響く。

 響一はかれこれステージに立った経験だけは長いので変な緊張はない。


「ワタシは決めました。演奏会、ある。コンクール、ある。その度に、君に課題を出すことに決めました」

「……課題?」

「はい。君の演奏は何時でも完璧です。けれど、私はその時。その場でしか出せない空間、ハーモニーを作りたい」


 セレスタンの言いたいことは分かる。

 彼の指揮はとても分かりやすく大振りで、とにかく感受性豊かな指揮者だった。


 今も他校の女子生徒が手を振っている。


 もう一度、響一の瞳をセレスタンは真っ直ぐ見つめた。


「君は落としなさい」

「……落とす?」

「そう。会場全ての人間を魅了するのです!!」


「そりゃ、無理だー!!」


 と、テンションの高いセレスタンと低い響一の落差は激しい。

 待ってくれ、と懇願する響一を尻目にセレスタンはスキップで緊張している生徒の元へ向かった。


「今回は曲を変えます」

「……え!?」

「もちろん。シング・シング・シングで勝負するのも悪くない。けれど本来音楽は競うものではありません。音楽は楽しむものなのです。この演奏会のレベルは悪くない。けれど吹奏楽です。ジャスではないのです」


 彼の言っている意味も分かる。

 これはジャスではない。上手な吹奏楽だ。県内のレベルならそれでも上手い方だろう。


 セレスタンはニヤリと笑った。


「ちょ……それは……」

「大丈夫。ミンナ知っている。誰しも知っている曲ですから」


「それはそれで大丈夫ではないのですが……」


「えぇええ、これっすか!?」

「マジで大丈夫かな……」

「でもセレスタン先生が決めたこと、だし……」



 騒ぐ生徒達を響一は呆然と立って見つめていた。

 セレスタンの言葉が脳内に響く。


『直ぐに分かりますよ』


 ステージに楽器を置き準備すれば当然、観客は首を傾げる。

 見たこともない制服。


 どこだ、あそこ?

 知ってる?

 上手いのかな?


 そんな声がざわざわと会場に響いた。


 当然、藤堂の生徒は緊張している。

 突然曲を変えられ、しかもそれはルパン三世のテーマだった。


 自分達が下手だから。

 競うレベルではないからだ。


 誰しもがそう思った。


 セレスタンが立つ。


「さて、皆さん。今日は何をしに来たのでしょう?」

「何って……そりゃ、音楽やん?」

「ヤヨイ、その通り。だから音楽しましょう」


 そんなセレスタンの言葉に全員がポカンとした。


「良いですか。今日は楽しみなさい。そして楽しませるのです」


 セレスタンが指揮棒を振ると観客は誰も声を発しなくなる。

 言葉は途中で途切れトイレに行きかけていた生徒の動きは止まる。


 しかし一番驚いていたのは藤堂高校吹奏楽部の生徒自身だった。


 音がまるで違うのだ。

 テンポは早い。けれど確かな音量とセレスタンの分かりやすい指揮による強弱。


 当然だが、これは曲だ。


 宗滴のサックスのソロになると観客は大いに盛り上がり知ったナンバーに手拍子が入る。


 響一のトランペットのソロになると今度は会場は静まる。

 その堂々とした姿には以前のような暗さはなく。相変わらずぶっつけでも指揮者の無茶振りに巧みに応える。


 そんな姿を見ると尊敬と焦りが混じり困惑する。ホールの照明に光る響一の姿は誰しもが純粋に格好いい、と思った。

 この人に合わせれば間違いない。

 そんな自信が生まれる。ちょっと音が擦れれば直ぐに分かって修正する。

 大きく掠れた部分は細かく調整する。

 この人がソロを吹く為に。


 知っている曲でも指揮者が変われば変わる。


 演奏が終ると会場は拍手と歓声に包まれた。


 その瞬間、何故かアイリスは突然振り向いた響一と視線が合い、驚きながらも彼女は思わず照れる。そして必死に曲に集中した。


 何だったんだ。今の。


 演奏会は無名だった藤堂高校の噂を一気に広げた。

 もしかしたらもしかして上手い高校があるかも、と。


 休憩を挟み帰りはバスだった。


 みな、緊張が解けた様に疲れきっていた。演奏会の完成を喜ぶ暇もない。


 柚姫は窓際に座るアイリスの隣に腰かけた。ポニーテールがまた可愛い。

 車窓を眺めるアイリスは柚姫に気が付いて彼女に何時もの飴を渡す。


「ありがとう」

「いいって。それより柚姫さーん。最近元気ないでしょう?」


 海は良く柚姫がボーッとしていると『柚姫さーん』と呼び掛けていた。それの真似をしたのだ。


「良く分かったね」

「当然。だけど分かっちゃうぐらい出てるぜ」

「え……うそ」

「誤魔化しきれてない」


 ここでストレートに言うのがアイリスだな、と柚姫は思った。背凭れそしてアイリスの肩に頭を傾けるとさらさらと水色の髪が落ちる。アイリスはそれらをまとめて三つ編みにして遊んでいた。


「本当、世の中ままならないよね」

「柚姫の悩みは兄貴の悩み? それとも恋人の悩み?」


 柚姫の視線は男子たちで集まり簡易なゲームをする集団の真ん中にいる海だ。隣には春日聖が座っている。


「アイリスちゃん……」

「柚にはほら……蓮華先輩の事でお世話になったし。ちゃんと相談に乗るから」


 アイリスはぎゅっと手摺に置かれた柚姫の小さな手を両手で掴んだ。


「……敵わないなぁ。……海君のこと」

「何かされた?」


 ふるふると柚姫は首を振る。


「違うの……春日先輩……あの人、多分海君のことが好きなんだよ」

「……へ!?」


 それは驚きの事実だった。

 あの二人はお互い気の使う必要はない、つもりもない関係だとは思ったが、それでもいつも聖は海に対して喧嘩腰だ。


「分かるんだ。春日先輩、時々すごい綺麗な目で海君のこと見てるの。甘くて蕩けそうな目で。今も」

「……柚は言ったの? 九条寺先輩と付き合ってるって」


 柚姫は首を振った。


 バスの中はどこか閑散としていた。車窓から見える風景は何処までも続くコンクリートと少し曇った空の色。まるで柚姫の心中を表しているかのようだ。


「言えないよ。だって、あの二人は並んで立っているだけお似合いだもん」


 アイリスは柚姫の弱音を初めて聞いた。

 それだけ、彼女の中で海の存在は大きいのだろう。


「言って良いに決まってるじゃん! 何で!」

「……アイリスちゃん……でもね。だって、私、海君には強引に告白したの」

「……え?」

「一目惚れでね」

「え、確か九条寺って……」

「そう。ヤンキーだったの。でも私にはそれがすごくカッコ良く見えたの。誰に流される訳でもない。自分を貫いて。弱くて小さい私を守ってくれる」


 柚姫は膝を抱えて車窓から見える風景を眺めた。その行為に意味はない。


「もう、お兄ちゃんなんてそっちのけだよ」


 ようやく彼女はくすくす笑った。それでもどこか哀愁を帯びた表情だ。


「だから決めてたの。もし海君が私より、今より何か夢中になれるものがあるなら私は応援するって」

「……柚姫」

「私はそんな海君が好きなの。それが私ならもっと嬉しい。でも、私じゃなくて良いの。彼が真剣に何かに取り組んでいる姿が好きなの……」


 それは愛の告白だった。


 柚姫は永遠と続く車窓の風景を眺めている訳ではなく、その窓に反射して映る海の姿を眺めていたのだ。


「なぁ、柚。それは言っていいと思う」

「アイリスちゃん?」

「あのさ。九条寺は柚が思っている以上に柚が大切だよ。見てれば分かるんだ」


 けれど聞いた話。この問題は柚姫自身がどうにかするしかない。


 アイリスも海はモテるだろうと思う。眼鏡を掛けてはいるが変なダサさというのが全くなく。何でもそつなくこなしどこかクールで誰しもを簡単には寄せ付けない。

 しかも普段は割りとラフで気さくと来ている。年齢の割りに大人っぽく、しっかりもしている。


 しかし見ていれば分かるのだが九条寺海は柚姫にだけは特別扱いが違っていた。

 とても大切にしているのだと見れば分かる。そもそも元北関東最強の暴走族が柚姫のような小さな力もない女子に言いなりなのだ。どう考えても海は海なりに柚姫に気を使っている。


 流石、柚姫が一目惚れした男だ。


 バスの中で黄昏ている柚姫に言える事などほとんどなかった。


「え、それはどういう意味?」

「流石、柚が惚れた男だってこと。そんなこと、これからもどんどんあると思うぜ」


 柚姫はきょとん、と瞳を丸くする。


「堂々と行けよ!! お前ら、お似合いなんだからさ」


 アイリスの言葉に柚姫はようやく心から微笑んだ。


「アイリスちゃんも蓮華先輩と上手く行くと良いね」

「は……ば、……それは……」

「残念。バレバレなのです。アイリスちゃんって本当に蓮華先輩のトランペットが好きなんだね。私も好きだけど、アイリスちゃんは……」


 良いかけた柚姫の口をアイリスは素早く塞いだ。バスが停車し響一が通路を通ったからだ。


「篠宮」

「あ、はい」

「もし、兄のことで何か悩みがあるなら二年の逆月稔に相談するといい」


 どこかで聞いたことのある名前だ。二人は顔を見合わせる。


「お前の兄、正樹が所属していた美化委員会の後輩だ。随分仲が良さそうだった」

「そうなんですか?」

「彼なら大抵植物園にいる」

「ありがとうございます」


 丁寧にお礼を行った柚姫を見て響一はそのまま去ろうとしたのでアイリスは思わずその腕を掴んだ。


「ん? どうした?」

「……先輩、この後時間あります?」

「あるにはあるが……場所が……学校ももう閉まるし」

「……家」

「……え?」

「私の家!!」


 叫んだアイリスに響一は少し驚きながらもこくこくと頷いた。


 柚姫は表情で『頑張れー!』と応援している。




 バスから降りた柚姫は海の視線はひしひし感じていた。


『柚姫が思っているよりずっと大切にされている』


 そんなことは分かっている。それでも、あの聖が海を見つめる視線が他人事だとは思えなかった。


 彼女は噂の植物園に足を踏み入れる。

 噂のガラス張りの植物園。そこの主。


 逆月 稔は柚姫の気配を感じて顔を上げる。


「お邪魔します」

「お待ちしていました」


 そんな言葉に柚姫はポカンとする。稔は真っ直ぐ柚姫を見つめる。美しいロイヤルブロンド。深いコバルトグリーンの瞳。そしてその瞳の下の泣き黒子。


 柚姫は呆然とその青年を見つめた。

 藤堂の制服の中間着であるシャツにネクタイ、カーディガンを着こなし柚姫を見つめる瞳は知性に満ちていた。


「貴女がこの高校に入学した時から、いずれここに来るだろうと思っていました」

「何故、どうして……あの時」

「……ああ、あの時。あの時、貴女は吹奏楽部に興味がおありでしたし、出会い頭に言えば文句も同然ですよ」


 それは仰る通りだった。

 この人、手強い。


 柚姫は拳を握ってその不思議な色彩をした瞳のを見返す。


「私のお兄ちゃんと……友人だったですか?」


 柚姫の問に稔は数秒の間を置いて答えた。


「後輩ではありました。しかし今は時期ではない」

「……え?」

「まずは貴女の問題を解決して下さい。それが出来たら、もう一度この扉を叩くと良いでしょう」


「……はい。分かりました」


 仕方なく柚姫は頷いた。


「貴女のボディーガードがお待ちですよ」

「え?」


 振り向くとガラス越しには海が立っていた。あんなに素っ気なくしたのに。


 柚姫は感動と嬉しさとで胸が一杯だった。


「その……遅いし送るけど」

「うん!」


 彼女は精一杯その腕に飛び付いた。


 こうして何でもない道を帰るのは久々だ。海は柚姫のクラリネットを背負い自転車を転がしている。


 自転車から点る光はまるで道しるべのようだ。


 しばしの無言が続く。


「稔のこと誰に聞いたんだ?」

「蓮華先輩だよ。けれどね海君。海君は逆月先輩と知り合いだったのね!」

「だからクラスメイト」

「どうして……お兄ちゃんと仲が良い人だって教えてくれなかったのー!」

「だって、あん時お前は吹奏楽部で必死だったろうが」

「……うっ」

「頑張れよー。稔はガード鉄壁だぜ。俺も一年、色々やってみたけど正樹については何一つ言わなかったな」

「そうだったの……まさか逆月先輩と友達になったのは……」

「違う、違う。純粋にテストで困るから賢いダチが欲しかったの。稔がまさか正樹と友好関係があったなんて知った時は驚いたぜ」


 そんな会話をしていると日は暮れていた。



「……柚姫」

「……何?」


 彼の機嫌は柚姫の呼び方で分かる。海はスッと眼鏡を外し柚姫の唇に触れる。


「ちょ、ここ外!」

「うるせー。俺だって嫉妬ぐらいするんだよ!!」

「……誰に? だって蓮華先輩も逆月先輩も海君と全然タイプ違うじゃない。素敵な人だけど」

「柚姫」

「……はい」

「誰が、何と言おうがお前は俺の彼女だ」

「はい」

「今日、俺の家、行くぞ」

「……はい」


 柚姫は自転車を転がし停めて荷物を荷台に。クラリネットを籠の中に入れた。

 そういう自然と柚姫のことを思ってしてくれる行動の一つ一つが愛しい。

 海の背中にコツンと頭を預けた。


「海君、大好き」

「知ってら」


 ただの夜道。電灯の電気は切れかけて音がジジジと響く。

 自動販売機には大きな蛾が蠢いて。


 決してロマンティックな光景ではないのだけれど柚姫は幸福に満ちて海の背中に腕を回した。


 深くなる口付けに拒むものは何もない。


「柚、柚姫……求めてんのはお前だけだと思うなよ」

「はい」

「春日は告白して来たら俺が振る。それまでに何かされたら絶対に言え」


「海君、分かってたの?」


 海は頷く。


「あんだけ突っ掛かって来たらな。けど俺、女で面倒で暴力的なツンデレって苦手なんだわ」

「あのー、それって……」

「柚と正反対だろ? 悪いけど時々周囲が見えなさすぎで呆れる時もある」

「まさか海君に言われるなんて……」

「思い出してみ? 夢野川はずーっと春日に惚れてんの」

「そ、そうなのー!?」

「あはは。鈍いな、柚姫さん。今日は朝まで寝かせねぇから覚悟しな」


「えー! 無理だよ!! 演奏会の後だよ!!」

「そういう時って、妙に興奮しねぇ?」


 海は柚姫の水色の髪をそっと持ち上げ甘く囁いた。


「ず、ずるーい!!」

「あははは!!」


 と、海は嬉しそうに自転車を漕ぐ。クラリネットは人質ならぬ物質だ。


 バスの中での会話をこっそり聞いてしまったから。


 海がヤンキーだった時も。どっち付かずで燻っていた時も。今も。変わらず愛している。

 それは何と熱烈な告白だろう。


「アイツは絶対に俺が守る」


 見上げれば、夜空に目立って光るのは緑の星。それはまるで、彼女の兄のような星だった。


「きっとそうやって、何処かで見てんだろう?」


 星は何も答えなかった。

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