7 とっても危険な安全装置
あけましておめでとうございます。お正月特番的に投稿です。
私の体調のほうは、熱も検査の数値も下がり、あとは抗生物質を飲みながら安静にしているだけという…。アレ、これってかえって都合よくねぇ? な、状況です。
戦闘は続いていた。
ビームライフル装備となったボールもどきのタグボートたちは善戦していた。
単発のビームを分離した小型べリアルに撃っても、無人機ゆえの反応の良さに避けられる。ならばどうする? 彼女たちは敵1機に対して5機分、両腕からの計10本のビームを集めることで対応していた。5つに分離した敵のうち、実に3機までをすでに撃墜している。
「太陽、そんなところに隠れていやがったのか」
オットーは俺の言葉を全く疑わなかった。
いいのかよ、と思わないでもない。
「敵の位置を確定させる。測距用レーザーを太陽に向けて照射」
「了解。…ところで、この装備にエネルギー消費100倍モードなんてありましたっけ?」
ない。正確には無かった。それはもちろん俺の《アカシックゲート レベル2》の仕業だ。
「前からあったかどうかは知らないが、今あるんだったら使え。100倍程度じゃ嫌がらせ程度にしかならんだろうが、測定が終わったらモードを変更して撃ちこんでやれ」
「OK。確定情報でました。こちらもかなり近い。距離200キロ程度」
「電磁カタパルトを太陽に向けろ。爆発性のある物体だったら何でもいい。どんどん撃ちだせ。100倍レーザーで起爆させられそうなものなら文句なしだ」
「わかった。時限信管付とレーザー起爆の2種類を用意する。デブリになりそうな部品と一緒にコンテナに詰めておけばいいな?」
「そうしてくれ。そっちの敵はデブリの海で溺れさせてやれ」
そんな喧騒の中、一つの視線が俺をロックしていた。
メタルボディのアンドロイドが俺を見つめている。
「コタロー、何をしたのですか?」
「何のことだい?」
「あなたはこの基地の情報端末と接続していません。あなたはその可動筐体に付属する感覚器官以外から情報を得ることはできません。なのに、どうやってこの基地の外にある物体を見つけ出したのですか?」
「なんとなくわかった、では駄目か?」
「駄目です」
「今はそんな議論をしている時ではないはずだ」
「これは、何よりも重要なことです」
それはどういう意味だ?
問いかけようとした時、周囲で悲鳴が上がった。
何がおきた?
《アカシックゲート レベル1》の力で、状況はすぐに分かった。善戦していたはずのタグボートが1機やられた。
距離が離れていた間は一方的に攻撃していたが、接近されてしまうとそうはいかなかったようだ。
べリアルにはビーム兵器のような長距離用の武装はない。だが、自身のパーツを投擲したり本体丸ごと体当たりしたりは出来る。そして、状況に対する反応速度ではタグボート側を大きく上回っているのだ。相対速度が大きくなった瞬間を狙われて目の前で分裂され、避けきれずに敵のパーツのひとつに激突した。
もともと戦闘用などではない民生品のタグボートだ。それなりに頑丈ではあっても、装甲板など望むべくもない。それこそ雑魚キャラに蹴られて壊されるレベルだ。あっさりと中破した。
「メイベル、メイベル。無事か?」
「ああぁぁ、なんとか、生きてる」
通信がつながっていた。
「よかった。自力で帰投できるか?」
「やって、見る」
「いけない、逃げろ!」
《アカシックゲート レベル1》で見ていた俺は思わず口走っていた。
生きていたのはメイベルという小人のパイロットだけではなかったのだ。激突したべリアルのパーツもまた機能を停止していなかった。先ほど俺を狙い、ジュディを貫いたあの針が、彼女を狙っていた。
「うぅ」
小さなうめき声を最後に、通信は途絶した。
「死んだのか」
俺はうつむいた。
「ご自分を死者と定義するコタローが、他者の死を悼むのですか?」
「別に寂しがって生者を冥界へ連れ去ろうとするだけが死者じゃないぞ。祖霊信仰なんて、歴史上掃いて捨てるほどある」
「生者に加護を与える存在だと? では、あのタグボートたちが本来以上の性能を発揮しているのもあなたの仕業ですか?」
どう答えようかと、俺は迷った。
ここまでくれば隠す意味もなさそうだが…
俺が迷っている間に、オットーが口を挟んできた。
「いくらサガラでもあれは無理だろう。あれは本部棟の連中の仕事じゃないか? 交信できないだけで、機械のプログラムを書き換えたり、リミッターを解除したり、あいつらも頑張っているんだろう」
「本部棟は何もしていません」
おい、アリスさんは今なんて言った?
「ちょっと待て。本部棟と連絡がついているのか?」
俺と同じことに気付いたのか、オットーが食ってかかる。
「お答えできません」
本部棟の長命者たちは、言うまでもなくこの司令室の上位組織だ。非常事態にあたっては彼らが指揮を執るのが正しい。
それが、アリスさんの口を借りればいくらでも指示を出せる状況で何も言ってこない? それだけなら囮にされているのだろうと諦めもつくが『何も』していない? そんな馬鹿な話があるか。
いや、彼らは本当に何もしていないのだろうか?
本当に?
あのべリアルたちをこのゴル研究宇宙基地に到着させるには、母艦なりブースターなりが必要だと解析されている。
しかし、俺が《アカシックゲート レベル1》を使ってすらそんな物は発見できなかった。
なぜだ?
ベリアルたちがブースターなど必要ないほど近くから発進したのだと仮定すれば、説明はつく。
あれらの発進元はこの宇宙基地そのものではないのか?
しかし、何のために?
俺が思案している間も戦闘は続く。
タグボートがもう一機、パーツ同士をワイヤーでつなぎ合わせ、蜘蛛の巣のようになったベリアルに絡みつかれていた。その機体のパイロットはビームライフルとなった腕を回転させ、自機のメインエンジンを躊躇なく狙い撃った。ボールもどきは大爆発をおこし、小型べリアル1体を道連れにした。
司令室全体に悲嘆と賞賛のどよめきが巻き起こった。
二人目が、死んだ。
俺は宇宙に向かって黙とうをささげ、そのまま《アカシックゲート レベル1》による探査へと切り替えた。
今の状況は絶対におかしい。
調べるべき場所は宇宙空間ではない。この基地の第1第2の二つのリングだ。
第2リングは俺には良く分からない機械の塊だった。外見は他の3つのリングと同一だが、中身は別物。根本から構造が違うようだ。
中でも俺は二つの機械に引っ掛かりを覚えた。
ひとつは厳重に封鎖された中にちょこんとおかれた小さな箱。有線でどこかと接続されていて、作動中の緑のランプが点灯している。
なぜこんなものに引っかかるのかと疑問に思い、はっと気が付いた。
これは、俺の本体か。
俺というソフトが走っているハードがこの箱だ。俺なんてこんな小さなハードで再現できるぐらいちっぽけな存在なのだとちょっとへこむ。
俺の興味を引いたもう一つは同じく厳重に封鎖された中にある赤黒く輝く水晶玉のような物体だった。こちらは全くの正体不明だ。しかしながら、周囲にある『普通の』機械たちとはまるで別種の趣がある。
邪神の祭壇。
意味もなく俺の心にそんな言葉が浮かび上がった。
正体不明は仕方がない。
第2リングを離れようとした俺は、完全に無人のリングの中にちょこまかと動き回っている物体を発見した。点検や整備を受け持っているらしいその物体は、汎用関節ユニットの集合体。俺たちを襲った殺人機械と同種の存在だった。
限りなく黒に近いグレー、って所か。
俺は第1リングに意識を移す。
こちらは構造的には普通だ。中を歩いた第3リングと同じく内側には居住区が広がっている。
人影は少ない。
10人ほどの若く見える作り物めいた顔立ちの男女が、会議室のようなところに集まっている。
「個体名称コタローが機械的な装備なしで外の情報を入手できることは、これでほぼ確実となりました」
「最初からそう言っているだろう。あいつが太陽系がどうのと口走った時点でそれは明確になっていた。ここまでの費用を使って確かめるようなことではなかった」
「問題はそこではありませんよ。実験の過程で明らかになってきたこと、彼が自分にかかわる機械の性能を向上させられると判明したのは大きい。使った費用分の成果は出たと見ていい」
「今現在重要なことは費用ではありません。見てください。タグボートアームブロック18番、通称脚の現在のスペックです。明らかにカタログスペックどころか物理的な限界すら超えています」
「!」
「あり得ない」
「あり得ない」
「絶対にない」
「そんな馬鹿な」
「ある訳ないだろう」
「いいえ、認めてください。彼自身の言葉ではありませんが、これが観測された現実です」
「認め、られん」
「認め、たくはないが、認めると仮定してだ、それはどういう事だ? どう解釈できる?」
「信じがたいことですが、彼の周囲では現実が捻じ曲げられる。現実が書き換えられているようです。どこまで自覚的に振るっている能力なのかはわかりませんが」
「悪夢だな」
「科学という概念に真っ向から喧嘩を売るような話だ」
「こうしてみるとプロジェクトの成功例が一つだけだったのは幸運だったかもしれない。現実を捻じ曲げ続ける死者の群れなど考えたくもない」
「しかし、現実を書き換えるなどという事があり得るのかね? 書き換えなど不可能な確固たる存在だからこそ『現実』と呼ぶのではないのかね?」
「色即是空、空即是色」
「宇宙ホタルの採取装置は異星人由来の遺失技術です。何がおきても不思議はありません。だからこそ、我々には安全装置の用意と使用が義務付けられているわけで…」
「安全装置!」
「安全装置か…」
「どうかね、現在の状況は安全装置の使用が必要だと思うかね?」
「本来ならあり得ない事象がおこっているわけですから、安全装置を使用したとしても我々が罪に問われることはありません。実験に必要なコストとして計算されます」
「苦渋の決断、だな」
「この時点ですべてを消すのは惜しいが…」
「しかし、現実の書き換えが進めば安全装置や我々自身まで書き換えられてしまう恐れがあります」
「決を採ろう」
「現時点を持って安全装置を起動することに賛成の者は?」
「賛成」
「賛成」
「賛成します」
「反対」
「まだ早い」
「賛成だ」
なんだか物騒なことになってきた。
すべてを消し去る安全装置ってなんだよ。この基地には自爆装置でもついているのか? だから、メテオールを使う時には制限時間を設けろとあれほど…
冗談が全く冗談になっていないから恐ろしい。
少し整理しよう。
まず、外部から攻撃してくるものはやはりいなかった。最初の殺人機械も宇宙からくるベリアルも、本部棟の長命者たちの自作自演だ。
目的はこの俺の能力を把握すること。
《アカシックゲート》の能力は秘密にしておくつもりだったが、どうやら俺はかなり早い段階でボロを出していたらしい。ただ、俺は疑っている。ジュディの瞳の動きから背後の異変に気付いたとか、床を伝わってくる震動から敵の襲撃に気付いたとか、そのあたりの事も俺の異能に数えられているのではないだろうか? そうでなければ『実験』のエスカレートが理屈に合わない気がする。
そして《アカシックゲート レベル2》の存在に気付いた彼らは『安全装置』とやらを作動させようとしている。安全装置は『すべてを消す』そうだ。
大事だ。
俺は意識をダッチワイフボディのほうに戻した。
迂遠なようだが、俺の声を本部棟側に届けるにはこちらを経由するしかない。
アリスさんの金属の両肩をひっつかみ、まくし立てる。
「リチャードさん、馬鹿なことはやめるんだ。安全装置なんて使う必要はない。俺一人のスイッチを切ればそれで済むことだろう!」
「申し訳ありません。つい先ほど、本部棟とのリンクは完全に切断されました。コタローの言葉をリチャード主任に伝えるのは不可能です」
「切断された…?」
「はい。私も情報汚染に巻き込まれたと判断されたようです。間もなく、皆様と一緒に処分されると思われます」
「処分なんて、されてたまるか」
突然の出来事だった。
この司令室全体が一方向へ加速した。俺はアリスさんともつれ合うように壁に激突する。無重力の中、身体を固定していなかった者たちが同じ目にあい、悲鳴を上げている。生身の人間なら骨折ぐらいしてもおかしくない勢いだった。
「各員、自分の体をチェックしろ! 何があった?」
「現在解析中、なんだこれ。リング、第2リングが…」
「第2リングがすごいことになってる。外から見ると壮観だよ」
うろたえたオペレーターの声にタグボートからの通信が重なった。
そう、壮観だった。俺は《アカシックゲート レベル1》の視覚を使ってそれを見ていた。
第1、第2リングが、宇宙基地の残りの部分から完全に分離していた。
第2リングはその上で変形。別に人型になったわけではないが、ただのリングがモビル○ーマーになったぐらいのインパクトはあった。
変形したリングから突き出たクローアームが自身の体の一部に突き刺さり、そこを抉り出す。
何をしている?
疑問に思ったのはほんの一瞬だった。《アカシックゲート》ではなくダッチワイフボディ側の視覚がノイズに包まれる。
やばい。抉り出されたのは俺の本体だ。
長命者たちがあれを破壊しただけで終わらせてくれるならそれでもかまわないが、ここまで派手なことをしておいてそれはあり得ないな。
《アカシックゲート レベル2》事象改変。
俺は本体で稼働している情報を、女の子ボディのほうに移植した。俺という存在が民生用のダッチワイフ一つの中に格納できることに哀愁を感じるが、そこは我慢する。
成功したようだ。
目が見える。体が動く。
クローアームは俺の本体であったものを宇宙に放り投げた。
そして、何かを発射する。
その通常の視覚ではとらえられない『何か』は俺の本体だったものを飲み込み、次いで猛烈なエネルギーと化した。
「ガンマ線バーストを観測」
「放射線防護は?」
「効いています」
「タグボートは?」
「あっちは距離がある。大丈夫だろう」
今のは、ひょっとしてミニブラックホール?
俺はなけなしの科学知識を総動員してあたりを付けた。
あるいは、未来の科学で造られたその類似物だろうか? 超重力で相手を飲み込み、次いで『ブラックホールの蒸発』現象によりエネルギーと化す。1000年後の世界にふさわしい必殺の超兵器だ。
波動砲とかディスラプターとか太陽ビームとか、SF世界の超兵器は男のロマンだが、撃たれる側になってみるとそれどころじゃないな。
あの武器の次の標的は間違いなくこの司令室だ。




